暗黒期に『アエデス・ウェスタ』を観せるのは間違っているだろうか?   作:リーグロード

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ナツキ・スバルの人生上映会の息抜きで書きました。
本当はノゲノラ・ゼロも同時並行で書いてましたが、途中でノゲノラは面白く出来そうにないという自分の実力不足を感じて中止しました。

誰か!ノゲノラの上映を書いてやってくれ!!!


暗黒期に『アエデス・ウェスタ』を観せるのは間違っているだろうか?

 英雄の都『オラリオ』に災厄が降り注ぐ。かつての英雄は悪に堕ち、現代の英雄たちは次々と打ち倒されていった。

 民衆は皆、絶望に沈んでいた。正義は悪に屈したのだと。破壊、蹂躙、殺戮──悪の影はすぐそこまで迫っていた。

 

 ──そう、もはや自分たちを守る『英雄』など存在しないのだ、と絶望の中で気づき始めていた。

 

 だがもし、ほんの少しだけ歴史が歪んでいたなら?

 

 未来を知る何者かが、英雄を知るイレギュラーがこの光景を目にしたら、いったい何を思うだろうか?

 

 期待?それとも興奮か?使命感にせよ、力持つ者の道楽にせよ、オラリオの空に異物が介入する。

 それは喜劇だろうか?それとも茶番と失笑に値するものだろうか?なんにせよ、これを見ている諸君らは、我らの同胞なのだろう。

 ありえならざるストーリーを!そこに登場するキャラ達の反応を!諸君らは読みたい(見たい)のではないだろうか?

 

 ああ、前書きが長くなってしまった。では、開演するとしよう。

 本来では見ること敵わなかった暴食、静寂、そして絶対悪を名乗る神が目撃する英雄の活躍に、彼らはどのような反応を見せるだろうか。

 

「──聞け、オラリオ」

 

 何処からともなく、オラリオ全域に神の声が響いた。

 

「──聞け、ウラノス。時代が名乗りし暗黒の名のもと、下界の希望を摘みに来た」

 

 誰もがその声に傾聴する。

 

「『約定』は待たず。『誓い』は果たされず。この大地が結びし神時代の契約は、我が一存で握り潰す」

 

 それは酷く傲慢で、最悪な悪意の表明だった。

 

「全ては神さえ見通せぬ最高の『未知』──純然たる混沌を導くがため」

 

 続く言葉には邪神の目的が語られる。

 

「傲慢?──結構。暴悪?──結構。諸君らの憎悪と怨嗟、大いに結構。それこそ邪悪にとっての至福。大いに怒り、大いに泣き、大いに我が惨禍を受け入れろ」

 

 その言葉に、その宣言に、誰が悪意に屈したか、いや、きっと誰もがだろう。

 

「我が名はエレボス。原初の幽冥にして、地下世界の神なり!」

 

 その名乗りに闇派閥は歓声の如き怒号を発し、民衆は絶望に嘆くような怒号が上げられる。

 

「冒険者は蹂躙された!より強力な力によって!神々は多くが還った!耳障りな雑音となって!貴様等が『巨正』をもって混沌を退けようというのなら!我等もまた『巨悪』をもって秩序を壊す!」

 

 大寺院。オラリオで古い歴史を持つその屋上に、邪神と堕ちた英雄が揃って現れた。

 

「告げてやろう。今の貴様等に相応しき言葉を。──脆き者よ、汝の名は『正義』なり」

 

 ああ、なんたる茶番だろう。英雄が巨悪を討つのではない。巨悪が英雄を討つのだ、とでも言いたいのだろうか?

 

「滅べ、オラリオ。──我等こそが『絶対悪』!!」

 

 都市全域に轟き渡る『悪』からの宣言に、怒る者、絶望する者、歓喜する者、三者三様の反応を見せるオラリオの冒険者、民、闇派閥。

 だけど、ただ一人だけ、その誰とも違った反応を見せる。

 

 素晴らしい!実に緻密に、実に自己犠牲で、実に残酷で、実に絶対悪を演じている。

 この宣言が、この惨状が、彼らが汚名を被ってまで成し遂げたいと、その目的を知る第三者は大いに眼下で起きている状況に興奮していた。

 彼、いや彼女かもしれないが、そんな第三者は不作法な事を考えていた。

 

 目の前に誰かが作った大きな大きな砂のお城。どうせ遊び終えたのなら壊してしまうその建築物に、ちょっかいを掛けたいのが子供心というやつだろう。

 この世界の者じゃない者が、自分の好奇心や興味を満たそうとするのは間違っていると苦悩する者もいるだろう。

 けど、その感情って読み手からしたら邪魔じゃない?ただ見たい。ただ楽しみたい。純粋無垢な悪意がこの悲劇に一石を投じる。

 

 秩序を砕き、絶対悪と名乗りを上げた邪神と、それに付き従うかつての英雄の2人がその場から去ろうとしたその時だ。

 

「なんだアレ?」

 

 それは誰の言葉だったか?あるいは自分が無意識に言った言葉かもしれないと思いながら、空に突如として現れた鏡のようなそれ。

 鏡と称したが、現代の人間が見ればそれはスクリーンと答えるだろう。戦争遊戯の際に特例で使われる神々の力によって現れる神の鏡そっくりなそれに今度は何が始まるんだとオラリオ中が騒然とする。

 

「おい、エレボス。こんな事は聞いていないが、これもお前の仕業か?」

 

「……いや、こんなのは俺のシナリオにはない。誰か他の神の企てだろうが、下界で許可なく神の力の行使は即座に天界への送還されるルールだ。だというのに、何処にも『光の柱』が出現していない?」

 

 想定外の事態にザルドがエレボスに問いかけるも、そのエレボス自身もまた想定外という事実に困惑を隠せない。やがて『鏡』に何が映し出される。

 

 それは今のオラリオに劣らない混沌だった。いや、炎のようなモンスターが跋扈する分それ以上の混沌ひしめく滅びかけのどこかの都。その光景を目の当たりにし、オラリオの外の世界も地獄であると知った民たちは、外に逃げれば助かるという根拠のない希望にすがることすらできず、再び絶望に打ちひしがれた。

 

「くくく……。は~っはっはっは!これも我が神の計略か?あれは神の鏡?計画にこのようなものがあると聞かされてはいませんでしたが。いやはや、絶望の淵に追いやった末、尚もまだ希望をへし折る一手を打つとは!!我が主神ながらに恐ろしいものだ!!」

 

 都市中から響く絶望の声に歓喜するヴィトー。しかし、これがエレボスの仕業ではないと知るのは、ほんの少し後のことだった。

 

 オラリオの中心に聳え立つダンジョンに封する役割を持つ塔『バベル』、その屋上にて全身ローブを纏った男か女か分からない謎の人物が困惑し、絶望の海にのたうち回るオラリオの者達を見下ろす。

 そして告げる。この絶望を茶番にさせる誰もが予想だにしていない盤外の一言を。

 

『あ~、あ~、本日ハ晴天ナリ。っというのは冗談で、本題?いやボクの自己満足に付き合ってもらうが正しいかな?』

 

 先程の邪神の宣告とは異なる、性別すら判別できないデスゲーム主催者のような声がオラリオ全域に響き渡る。

正義も悪も民衆も、その声に困惑を隠せない。このオラリオの現状を作り出したエレボスでさえ、何が起きているのか理解が追いついていない。

 しかし、この声の主はそんなことを気にすることなく、話し続ける。

 

『今この都市には英雄はいない。絶望を跳ね除ける希望となる英雄が!!このまま神時代は終わるのか?かつての昔、英雄の時代よりも前の破滅の時代に戻るのか?不安だろ?恐怖してるだろ?だから、ボクの自己満足でちょっとだけ未来を見せようと思う。5年後?それとも10年後か?君たちは知らない。知りようもない。だが、これは俺が知る未来の情報だ。あの災禍に見舞われし都市に英雄は存在する!!!!』

 

「……英雄?」

 

 俯いていた誰かがその言葉に反応し、ある者が顔を上げた。灰色の空の下に浮かぶ映像には、未だに轟々と燃え盛るどこかの都市の光景が映り続ている。

 それでも顔を上げたのは、心の奥底で英雄という存在に未だ希望を抱いているからだろうか。一人が顔を上げ、それに続いて他の誰かも顔を上げる。

 絶望に苛まれる声は、わずかながらも減少していった。

 

「声が……。都市中に響いていた嘆きの声が……減っている?それに未来?英雄?なんだそれは!?これは、我が主、エレボスの策略ではないのか!!!」

 

 英雄というたった一言に、先程までの興奮が全て塗り替えられる。空を見上げれば、依然として映ったままの燃える都市。

 謎の声の言葉を信じるのならば、あそこに英雄がいることになる。ヴィトーならず、他の闇派閥の幹部らは所詮英雄がいようと都市は燃え、世界は絶望に堕ちると内心で嘲笑っていた。

 

「……っ、ああそうだ!英雄なぞ、世界の悪意の前には無力に朽ち果てる。その筈だ……!!」

 

 この都市の惨状と、空に浮かぶ映像に映る都市の惨状。英雄がどれだけ無力なものかと口にするヴィトーだが、その顔には苦々しさが薄っすらと浮かび上がっていた。

 

 やがて、映像は都市全体からある場所にズームしていく。

 そこは中央祭壇と呼ばれている場所だった。その都市で最も天に近く、そして大きな存在感を放つ場所。

 

 そこに誰かが立っていた。否、誰かが戦っていた。

 映像が近づくにつれて、炎の燃える音から剣戟のぶつかり合う音が聞こえてくる。

 

 そしてようやく映像がくっきりと顔まで見える距離に近づいた。

 浅黒い肌の男は炎のような剣を手にし、悪鬼羅刹のごとき形相で戦っていた。

 その相手は一見すると子供のような少年で、少し年齢を上に見積もったとしても、かろうじて青年と呼べるかどうかという白い兎のような少年だった。

 その少年もまた、自身の身の丈には不釣り合いな大きな剣を携え、果敢に挑んでいた。

 

「……っ、ベル!?」

 

 ありないという表情でアルフィアはその兎のような少年を見つめた。

 その愛おしい白い髪と憎たらしい赤い瞳、すべてが彼女の愛する妹が産んだ子供にそっくりだった。

 

「おいおい、噓だろぉ……。あの瞳に顔立ち、そして今アルフィアが口にしたその名前!?まさか、あの坊主が、アイツの息子!?」

 

 ザルドもまた驚愕の表情で少年を見つめる。ゼウス最弱とヘラ最弱の組み合わせで生まれた子供。生まれてくるのはどんな凡人かと思いきや、剣を振るい、炎の魔法を撃ち込む英雄様ときた。

 そんなザルドの驚きを余所に、少年はその剣を駆使して男と互角に渡り合っている。

 男が弱い訳ではない。むしろ、自分達でも苦戦、あるいは敗北しかねない実力で立ち振る舞っている。

 ならば認めるしかないだろう。あの白い兎は、ベル・クラネルはまさしく英雄の強さ、そして輝きを放っていた。

 それはもう、堕ちてしまった筈の英雄の目をも焼く輝きを──。

 

 あの剣を手にするまで、あの剣技を習得するまで幾度、あの力強い光を放つまで何度、あの少年は試練を乗り越えてきのだろうか。

 それを想像するだけで、目頭に熱い何かが込み上げてくる思いがする。

 

「知り合いか、ザルド?アルフィア?」

 

「……知り合い、という間柄よりも近しい関係だ」

 

「そうだな。少なくとも、アルフィアにとっては家族の間柄といえるだろうな」

 

 エレボスの問いかけにしばしの沈黙の後に、アルフィアが口を開く。

 続けてザルドが口数少ないアルフィアをフォローするように説明する。(間違ってもおばさんと口にしないように気を付けながら)

 それを聞いて察したエレボスは、「ふ~ん、なるほど……」と再び白い髪の少年を見やる。

 

「そうか。そういえばアルフィアの目的はあの子が戦わないようというものだったな。だが、その願いに反してあの少年は英雄の道を辿った。そして、その目の前には強き敵がいるときたものだ」

 

「あまり口を開きすぎるなよ。神といえど、雑音を並べ立てるばかりなら、私が直々に天界に送還してやる」

 

「ひゅ~!おっかないね。流石はヘラの眷属だ」

 

 嘘ではないが、これ以上深入りしなければ何もしないというアルフィアの発言に、エレボスは肩をすくめておどけてみせた。

 アルフィアもまた、それ以上話す気がないようで、口を閉ざしたままだった。

 

「にしても、あれはどこの都市だ?それに、あの都市を焼き尽くす異様な炎?俺にはそのどちらも見覚えがない」

 

「──オリンピアだ」

 

 ふざけるのをやめたエレボスは、真剣な眼差しで都市を覆う炎を見上げながら、その場所がどこなのかを言い当てる。

 

「なに?」

 

「あの都市を焼きつくす禍々しき炎。この下界でそれが存在する場所など、たった1つしかない。3000年前の神々の負債、プロメテウスの馬鹿が下界に持ち出した『原初の炎』が封印されし聖域」

 

「なるほど、あの愚物と蔑まれる英雄エピメテウスの守護した地か……」

 

「エピメテウス……、愚物とも敗残者とも呼ばれる太古の英雄か……」

 

 エレボスの言葉に納得するザルド。エピメテウスの名前を聞いて、アルフィアはふと、あの英雄譚が一番あの子の好きな物語だったなと思い出す。

 

「あの都市の炎が暴走するのはまだ先の話。だとすると、本当に今映っているのは未来の映像か。こんな真似クロノスぐらいしか出来る奴に心当たりがないが、アイツはこんな真似しない筈だしな……?」

 

 頭を悩ませるエレボスだが、その目は映像から一度たりとも動いてはいなかった。

 ただ大人しく、未来の英雄たる少年の動きを――活躍を見守っている。

 

 何故あの子が戦っているのか?敵対している男は誰なのか?穢れた炎をどうするのか?疑問に思うことなど山のようにあるが、それでも今だけは純粋なままに空に浮かぶ映像に目を奪われていた。

 それはエレボス達だけではない。悪に折れかかった正義も、かつての覇者に叩きのめされた強者も、蹂躙に喜ぶ悪も、ただただ弱き民も、誰もがその場から動くことなく目を上に向けていた。

 

 

 

『一体何度負ければ気が済む!?女神の島、祭壇の塔、そして今!貴様が私に楯突くのも、これで三度目!』

 

「あの少年は……」

 

 リューは浅黒い肌の男の言葉から、あの少年がすでに2度も敗北を喫していることを悟った。

 どんな敗北だったのかは想像もできない。それでも、あの兎のような少年は立ち上がり、また自分を倒した相手に挑んでいるのだろう。

 

『……勝者は常に敗者の中に存在する』

 

「──っっ!!」

 

 瞳を閉じて、誰かの言葉を思い出すように紡ぐ少年の言葉にリューは息を吞む。……胸が熱い。今の自身を恥じる気持ちが湧き上がる。

 自分は……正義は悪に負けた。敵の自爆によるアーディの死とオラリオの神々の送還。決定的ともいえる敗北に心が折れていた。

 それでも、今こうして戦うあの少年の姿と言葉を聞いたことで、少しだけ、ほんの少しだけその両脚に立ち上がる力が戻る。

 

 

 

『──抜かしたな、小僧。よりにもよって、このエピメテウスの前で!!敗者の理を説いたな!?』

 

『──力を貸して、エルピス!』

 

『はああああああああっ!!』

 

 打ち合う剣戟の激しさがより増していく。

 

「すごい、凄すぎるわ!あれが未来の英雄の姿なのね!?」

 

「──アリーゼ、オラリオはまだ、終わっていないのか?」

 

 燃えるオラリオ、送還されていく神々の光の柱を見て心折れていたネーゼは隣ではしゃぐアリーゼに尋ねる。

 

「ええそうよ!まだ、まだ終わってなんかない。だって、未来はまだ終わってなんかないもの!!私が、私達の正義がまだこのオラリオには残っているのだから!!」

 

 実のところ、これはただの口からのでまかせだ。あれが本当に未来の光景かどうかなんてアリーゼには判断出来ない。だが、出来なくとも肯定することは出来る。まだ正義は終わっていないと、この英雄の街はまだ堕ちてはいないのだと断言出来る。

 故にアリーゼはそう答えた。そして、それは正義の眷属達の力を取り戻すには十分な言葉だ。

 

 

 

 剣と炎が交錯する壮絶な戦いに、誰もが目を奪われ、心を揺さぶられる。

 

 これは単なるファミリア同士の戦争遊戯ではない。世界の命運を背負い戦う英雄の勇姿は、一般市民はもちろん、冒険者でさえ一生に一度目にするかどうかという重大な戦いだ。もはやオラリオの人々のみならず、神々でさえも彼らから目を離すことはできない。いや、離せるはずがない。

 

『私が統べる『炎』と、本当に渡り合うか……!ちッ、鍛冶神め!余計なものを作り出してくれる!!』

 

「ほぉ!両者どちらも見事な業物を握っていると思うたが、鍛冶神の生み出したもの。すなわち、神創武器の類のものであったか!」

 

「こちらに目を向けてわざわざ言わないでくれる、椿」

 

 得心がいったとばかしに椿は感心の声を漏らす。その隣に立つ鍛冶神たるへファイストスは未来の私は何をしているのかと溜息を吐いた。

 まあ、あの炎を見るに、あの少年の主神が誰なのか薄々と勘づいているヘファイストスは、未来の自分がどういった理由であの武器を打ったのか大体の想像がついていた。

 

 

 

『ファイアボルト』

 

「短文詠唱!?それで、あれ程の威力かいな!?」

 

「いや、術者本人ですら驚いている。きっと……」

 

『快感だろ?『天の炎』という恩恵は』

 

 映像で放たれた魔法に驚くロキに、冷静なフィンはあの魔法には外付けの何かがあると口にしようとしたところで、浅黒い肌の男から答えが開示される。

 

「天の炎?知っているか、ロキ?」

 

「……ああ、胸糞悪いけど。それで全部分かったわ。あの都市の場所はオリンピア。んでもって、天の炎っちゅうんわ、プロメテウスが下界に落とした原初の炎のことや」

 

「じゃあ、やっぱり……」

 

「せや、あの肌が黒い兄ちゃんが口にしたエピメテウス。あれはマジで本当やったってことやで。なんで今になって昔日の英雄らが敵になってんねん!!?」

 

 ザルドとアルフィア、ゼウスとヘラの英雄たちがオラリオを襲うだけでも頭の痛い問題であるというのに、未来においてはさらに太古の英雄が世界の敵となっている。

 無論、あのエピメテウスと名乗る男が本当に世界の敵となったという確証はないが、燃え盛る都市と憎悪に歪む顔をした男が無関係であるとは到底考えられない。

 

「それじゃあ、あの少年は誰か心当たりは?」

 

「いや、無いな。やけど、あのボウズの主神になら、ちぃ~っとばかし心当たりはあるで」

 

 あの幼さで昔日の英雄と渡り合えている。そこに天の炎という恩恵があるのならば、なるほど納得が出来る。なれば、天の炎の恩恵を受けられるのはどうしてか?そこに疑問が湧けば、その背後にいる主神の存在に辿り着くのは必然。

 そして、その神は未だに天界に居て、下界には降りてきてはいない。ならば、未来の光景という言葉も真実なのだろうと納得するロキ。

 

「けどな~、納得出来るからといって、素直には信じきれんよな~。未来の光景を見せるなんて、並大抵の神じゃ無理やで。それこそ時を司るクロノスぐらいやけれど、あの神がこないな真似するかいなっちゅう話やで!」

 

 うが~!と頭を抱えるロキ。それを尻目にフィンは映像の中で戦う少年を見やる。

 天の炎の恩恵ありきとはいえ、その動きには確かな経験と努力が見て取れる。なにより、あの少年の目には勇気を感じ取れた。

 

「未来の話だし、今のこのオラリオの惨状を前に言うことではないかもしれないが──欲しいな」

 

 強い少年だと素直に思う。自分が彼と同じ年齢だった頃、果たしてあそこまで戦えただろうかと考えてしまう。 もし今、自分と彼が共にいたなら……都市は少なくとも今よりもマシな状況になっていたのではないかと思わずにはいられない。

 

 

 

『貴方は、本当に腹が立ったからという理由で……。世界を滅ぼそうとしているんですか?』

 

『驚いたな……。道理も弁えていない小僧に見透かされるとは』

 

 その言葉にやはりエピメテウスは世界の敵になったのだと多くが認識した。

 だが、真に驚くべきことはその後の彼の続く言葉にあった。

 

『黒竜を討つ』

 

「「………………っ!?」」

 

 それは今のオラリオを襲う、堕ちたる英雄が渇望せしことだった。

 あの破滅と厄災の権化ともいえる存在を討つ。それを穢れた炎をもって実現させるのだというエピメテウスの言葉に絶句した。

 

 そしてそれは、冒険者ならびに一般市民もまた絶句していた。人類最大にして最後の悲願ともいえる厄災の討伐を太古の英雄が成し遂げようとしていることに。

 もしかして、未来では黒竜が討たれるのかとザワつき始めるオラリオにベルの言葉が響く。

 

『……何を言ってるんですか?……貴方は、何をしたいんですか!?』

 

 最初はベルが何を慌てているのか、事情を詳しく知らない市民らは困惑し、戸惑っていた。

 だが、続く言葉にベルが何を焦燥しているのか、オラリオの市民は理解する。

 

『穢れた炎が溢れれば、世界が滅ぶ……!それなのに、世界を犠牲にしてまで、黒竜を討つなんて……!?……いや、()()()()()()()()()()()()()()()()()……』

 

 そう、因果が逆なのだ。世界を救うために黒竜を討つのではなく、黒竜を討つために世界を滅ぼそうとしているのだ。

 昔日の英雄の目的はただひたすら黒竜を討つこと。その結果、世界が滅びようと彼は微塵も躊躇していない。

 それを理解した者たちは嘆き叫ぶ。馬鹿げている、ふざけるな!と声を張り上げても、その声は彼には届かない。

 だが、その叫びが届いた者がいる。それは闇派閥の者達だった。

 

「くっくっく!あはっははっはっは!!やはり世界は壊れている。昔日の英雄の目的は救済ではなく偉業の達成!その結果として世界が滅ぶことも厭わない!」

 

 腹を抱えて心底愉快そうにヴィトーは嗤う。まるで自分は間違っていないと、そう世界に肯定されたような興奮すら覚える。

 

 

 

『このエピメテウスが、『最後の英雄』になってくれる!!』

 

「………………いや」

 

 黒竜を討つと語ったエピメテウスに、金髪の幼い少女アイズ・ヴァレンシュタインは英雄を見つけたような表情を浮かべた。

 だが、その後のやり取りで彼が自分の望む英雄ではないと悟り、彼の口にした「最後の英雄」という言葉に対する不快感から、短い拒絶の言葉を言い放った。

 

 さらに続くエピメテウスの憎悪に満ちた言葉の数々に、絶望の色は一層濃くなっていく。

 それは対面するベルも例外ではなかった。

 

『……世界も、英雄も、殺す?太古の英雄が!?』

 

 声も震え、動揺を隠せもすることの出来ない少年に、誰もが諦観の想いに囚われた。

 あの英雄では立ち向かうことは出来ても、敵うことは出来やしないのだと……。

 

 

 

 高笑いを浮かべる世界を滅ぼさんとする太古の英雄と、震えて動揺する未来の英雄。

 既にこの時点で勝者は決まったと、誰もがそう思い始める。

 事実として、エピメテウスの纏う炎の力が更に上がる。すなわち、本気をまだ隠していたということだ。

 

『──私が『黒竜』を討てると至った結論(こたえ)を、見せてやろう』

 

 そうして次に放たれた一撃は今までの比ではなかった。それを少年は避けることなく、真っ正面から受け止めようとしてみせた。

 

『ぐっっ──ぁあああああああああ!?』

 

「何故避けない!?」

 

「恐らくだが、映像には映っていないだけで、あの少年の背後に誰かいたのだろう。だとすれば、英雄ならば避けるという選択肢は消える」

 

 炎の一撃を受け苦悶の声を上げるベルに、なぜ避けようとないのかと焦るアルフィア。しかしエレボスは冷静に分析する。

 あの炎は、ベルが避ければ背後に誰かに直撃する可能性があると。それゆえ彼は回避という選択肢を捨てたのだ。そしてそれは事実であり、映像の中で少年は背後の誰かを守るよう立ち塞がっていた。

 

 だが、それも所詮は無駄な足掻きに過ぎない。このまま少年が目の前に立ちはだかる太古の英雄に敗北すれば、守ろうとした者もまた穢れた炎によって焼き尽くされるのだ。

 

 

 

 吹き飛ばされ、瓦礫の中に埋もれながら、なお原型を留め生き残る。映像越しとはいえ、あの一撃を受けてなお生き延びられる者が、このオラリオに何人いるのか、あるいはそもそも存在するのかすら怪しいほどの一撃であるにもかかわらず、彼は生きている。

 だが、生きているだけだ。痛みに悶えながら、まともに立ち上がる事すら出来ないでいる。

 エピメテウスもまた、そんな少年の姿を見て、勝ちを確信したように余裕の笑みを浮かべながら歩いて近づいてくる。

 そして、少年の心を砕かんとばかりに、苦悩と挫折の経験の有無を問う。

 

『…………あり、まし、た──』

 

『抜かせ。十と僅かも生きていない青二才が。挫折などと、酔いしれるな』

 

 是と答える少年に、エピメテウスは怒りを隠すことなく吐き捨てる。 そして語られるのは、エメテウスが3000年間耐え続けた挫折による痛苦。それは聞く者が耳を塞ぎたくなるような言葉の羅列だった。

 何より、それを引き起こしたのが自分たちでもあるとオラリオの民は自覚した。今までエピメテウスの童話を読んだことがあり、『愚物』や『敗残者』と口にした記憶もある。

 

「………………正直、気持ちは分かっちまうな」

 

「ああ、正義など背負っていれば、守った筈の者から、守れなかった際の恨み言を聞く機会など幾らでもあるのだからな……」

 

 特に、今の自分達の陥っている状況など、そっくりそのままエピメテウスの辿った道のそれだ。

 ライラと輝夜は悲痛な顔を浮かべながら、エピメテウスの言葉に同情していた。

 勿論、黒竜を討つために世界を滅ぼそうとする男の考えなど、肯定する気はない。が、それでも男の絶望の深さはきっと理解できる。

 いや、3000年の怨讐を理解出来ると口にすることすら烏滸がましいのやもしれない。

 そうした想いで映像を見ていると、フラフラとした足取りでも尚、立ち上がる少年が映る。

 

『なに……?立っただと……!』

 

 それはエピメテウスだけでなく、他の多くの者が抱いた感想だった。

 あれ程の炎を受けて、見るも無残なほどに全身は焼け焦げている。指1本動かすのも辛いはずだ。

 それなのに、あの少年は剣を杖代わりにではあるが、それでもまだ戦う意思を示すように立っている。

 そんな少年の姿を見て、オラリオの民たちはなぜ立ち上がることが出来るのかと疑問に思う。

 

 

 

『……つらかった、のは、……馬鹿にされたこと、だけですか……?』

 

 痛みでロクに回らない舌でなんとか言葉を発そうとする少年の言葉に、エピメテウスを始めとして誰もが耳を傾けた。

 

『本当に……悲しかったのは……。……()()()()()()()()()()()()……?』

 

 その問い掛けに、エピメテウスが静かに驚愕する。

 そして、少年が何を見たのか察したエピメテウスが怒りに声を上げる。

 

「……そうか、英雄エピメテウス。彼もまた自らではなく、誰かのために悪を貫こうとしていたのか」

 

エレボスは、今もぎこちない言葉でエピメテウスの隠していた本心を語るベルの言葉を聞き、英雄というのは皆似た者同士なのかと乾いた笑みを浮かべた。

 

 

 

『俺の記憶に触れただけで、何をわかったような口を利いている!?真の不条理を知らぬガキが!己の手を汚したこともない、無知のお前ごときが!!俺達の無念を、知ったように語るなぁ!!』

 

『…………殺しました。女神を』

 

 英雄の独白により、オラリオは凍りついた。神殺し──それは下界では禁忌中の禁忌であり、人が決して犯してはならない大罪である。

 それを成したと語る少年の言葉に、偽りの気配は微塵も感じられなかった。

 その声、その表情から、神ならざる身でありながらもそれ真実であると理解せざるを得なかった。

 

 なぜなのか?どうしてなのか?誰も問わずとも、少年は堰を切ったように後悔の念を吐露した。

 

『僕はっ……あの(ひと)を、救ってなんかいない!!助けられなかった!!』

 

 泣き声と共に語るその言葉に、悪意をもって成したとは誰も思わなかった。

 ただただ、少年の涙混じりの懺悔のような告白に、黙って聞き入るしかなかった。

 

『貴方が、間違った僕だっていうんだったら!!貴方だけには、負けることはできない!!』

 

 フラフラだった足はいつの間にかしっかりと地を踏みしめ、弱々しかった眼差しは真っ直ぐにエピメテウスを見据えていた。

 誰もがこの少年を応援したくなってしまった。弱くて、脆いはずなのに、あの幼き英雄の意志に心が動かされてしまったのだ。

 

『貴方をここで、絶対に止める!──あの(ひと)が願っていた、『英雄』のように!!』

 

 その宣言にエピメテウスは激怒し、英雄の末路とその代償たる絶望を知りながら、それでもなお英雄になりたいのかと問うた。

 少年は一度だけ考えるように瞳を閉じ、再び開いたその眼には確固たる決意が宿っていた。

 

『英雄に、なりたい』

 

 英雄になりたいと願ったベルを祝福するかのように、憧れを音楽に変えたような壮大で美しく、魂を揺さぶる旋律が響き渡る。その音色は魂を揺さぶり、胸を熱くする。

 一体どこから聞こえてくるのか?誰が奏でているのか?そんな疑問を抱く人はいない。なぜなら、そこに英雄がいて、その姿に誰もが目を奪われ、その声に心を奪われているからだ。

 

英雄(あなた)の目を覚ますことのできる、強い『英雄』に!!』

 

『────小僧ぉおおおおおおお!!』

 

 心を折るつもりだったのだろう。目障りだった瞳を曇らす筈だったのだろう。

 されど、白い兎は立ち上がり、英雄としてエピメテウスの前に立ち塞がった。

 

「英雄が…生まれた?」

 

 その光景に、アイズは呆然とし、あるいは歓喜していた。かつて自分が願い、憧れた存在が目の前に現れたことに。

 だがそれは、手を伸ばしても届かない未来。英雄は自分の前には現れていなかったのだ。

 

 

「いや~、素晴らしい光景だ!見ろ、アスフィ!!太古の英雄と未来の英雄が互いの矜持を賭けて雌雄を決する。心が震えるものがあるじゃないか!!」

 

 空に映像が、炎に燃やされて包み込まれる都市の光景が映ったその時に、自身の眷属であるアスフィと合流したヘルメスが嬉しそうに騒ぎ立てる。

 

「ヘルメス様。今はそのような時では……。ですがまあ、あの少年に、感化されるのは否定しませんが」

 

 己の主神が言う通り、あの少年の姿に心が震えるような高揚感を覚えたのは否定しない。冒険者であるならば、まだその心が完全に腐っていなければ、彼の少年に触発されて心が熱くならずにはいられないだろう。

 生産技術者である自分ですらそうなのだ。このオラリオにいる他の冒険者たちは、あの映像を見て一体どんな想いを抱いているのか。

 

 

 

「……おのれぇ」

 

 その怒りの声は誰に対してのものか?決まっている。不甲斐無き己自身にだ!!

 都市最強、その称号をゼウスとヘラなき時代の今に授かった自分の弱さに憤怒していた。

 

 いつから目を覚ましたのか、その記憶すら朧気ながらも、視界に映る光景だけは異様なほど鮮明であった。

 小さく、そして己と比較するべくもないほど頼りなく見える少年。到底、戦士とは思えぬその少年が、満身創痍の状態で立ち向かい、太古の英雄と渡り合っている。

 そのタネが天の炎という外付けの恩恵であったとしても関係ない。結果として、少年は英雄願望と共に、希望の炎を灯しているのだ。

 己には出来なかったことを……。あの少年(こども)は今もなお成し遂げようとしているのだ。

 

「ああ、無様だ。奴らが失望するのも無理はない……」

 

「うるせぇ。クソ猪……」

 

 オッタルの弱音を切り捨てるのは瀕死となった彼を戦場跡から回収したアレンだった。

 そう、彼もまたオッタル同様に、今も戦い続ける兎のような少年と自らを比較し、怒りに震えていた。

 それでもなお気丈に振る舞っていたのは、プライドのためか、それとも暴走して主神たる女神に恥を晒したくないがためか。

 いずれにせよ、彼の胸中が他の誰よりも荒れ狂っていることは疑いようがなかった。

 

 

 

 本気を出した太古の英雄と、立ち上がった未来の英雄。

 彼らの剣が激しくぶつかり合い、纏う炎をぶつけ合う。その光景を映すスクリーンが炎に覆われ、やがて何も見えなくなるほどに真っ暗となった。

 

 これでもう終わってしまったのか?決着は見れないのかと、誰もが思ったその時、声が……聞こえた。

 

『いつからだ。自分を卑下できなくなったのは』

 

 その声は紛れもなく英雄エピメテウスのもの。

 

『いつからだ。周囲を恨むようになったのは』

 

 誰かに語りかけている?否、これは彼の心の吐露。偽らざる彼の本心の声なのだろうと、誰に言われるまでもなく勘づけた。

 

『……いつからだ。『英雄』という言葉に、呪われるようになったのは』

 

 その言葉に一番強く反応したのは、奪われてしまった側の民衆だった。

 英雄――その言葉に希望ではなく、憎悪を持ってしまっている自分がいることに気付いた。

 先程まで奔走していた冒険者達に、足元に転がっている砕けた瓦礫の破片を投げつけようとしていた醜い怒りを持つ自分がいることに……気が付いた。

 

 誰が悪い?決まっている、闇派閥だ。じゃあ、闇派閥に復讐するのか?それは無理だ。何故なら怖いから。

 じゃあ、亡くなってしまった大切な人を、居場所を、ただ黙って黙禱するしかないのか?……それはいやだ。

 じゃあどうする?守れなかった奴らを糾弾するのか?──いいんじゃないか?

 だって、悪いのは守る立場の癖に、守れなかったあいつらが悪いのだから。

 

「……何考えてんだよ。俺は……」

 

 それは誰の言葉だったのか。守れなかった奴が悪い?そんなことはないと理解(わかって)いるはずなのに、あの英雄の悲しみと憎悪に満ちた怒りの声を聞くまでは、それが正当だと思い込んでいた自分の醜さに嫌悪感を抱いた。

 

 

 

 やがて、空に再び2人の死闘が映し出された。

 そこにはエピメテウスが有利に立ち回る姿はなく、本気を出したエピメテウスに喰らいつく少年の姿があった。

 傷だらけでボロボロ、されどその足は地に根付き、確かな意志を持って剣を振るっていた。

 

『ふざけるな……!貴様はもう、死に体だろうに……!!』

 

「ああ、そうだぜちくしょう……!!とっとと、くたばっちまえよ!?」

 

 あんな無様な姿で、それでも立ち上がり歯向かう英雄の姿に苛立ちを覚えるのは、闇派閥のヴァレッタだった。

 エピメテウスの怒りの言葉、それは彼女も同意するものだった。

 

 圧倒的な力で英雄を捻じ伏せる。いや、捻じ伏せた筈だった。なのに、英雄はまた立ち上がる。それも倒れる前よりも更に強くなって。

 ザルドとアルフィア、闇派閥が有する鬼札を使って都市最強を倒した。だが、今あの空に浮かぶ光景が、未来の自分達を暗示させているようで腹立たしかったのだ。

 

『どうしてお前は、立ち上がる!?』

 

「ああ、そうだぜ!クソ英雄がよぉ!?いい加減に倒れ伏しっちまえよぉぉぉ!!!」

 

 苛立ちのままに地面を蹴りつけながら、声も届かぬと知っていてなお、ヴァレッタは叫ぶ。

 英雄が憎い。その強さも、心も、全てが憎い。

 だから、だからこそ……あの少年(英雄)が口にする根拠も理論もへったくれもない精神論を嗤えば、きっとこの胸のわだかまりが晴れるはずだと信じて疑わなかった。

 だが……。

 

『ぜッ、ぜぇッ……!一人でっ、戦ってるんじゃない……!ヴェルフの剣も、みんなの声も預かってる……!神様の、聖火だって!』

 

「……ッ、なんだよそれ!クソうぜぇ英雄が!!死ね!とっとと死んじまえ!!!」

 

 嗤えなかった。嘲笑よりも先に怒りが(まさ)った。だから、その口からは子供のような罵倒しか飛ばせなかった。

 血が出るほど唇を嚙みしめて憎悪に濁った両の眼が空に映る英雄を睨む。

 

 

 

『ッッ──罰せよ、【炎誅の山(カフカス)】!!』

 

『【ファイアボルト】!!!』

 

 激しい猛火の衝突。それは大魔導士の長文詠唱に匹敵する火力だった。

 

「……凄まじいのう!リヴェリアの最大火力の魔法に匹敵するのではないか?」

 

「それを超短文詠唱で成されては、こちらの立つ瀬がないがな……」

 

 アルフィアの攻撃で気を失っていたガレスとリヴェリアが目を覚ました時、2人が気付いたのは誰もが空を仰いでいるという異様な光景だった。何が起きているのか全く掴めない状況の中、こことは違う別の場所で自分たちより遥かに若いヒューマンの少年が、自分たちと同じように傷だらけの姿でありながら、なおも戦い続けているという事実が2人の胸を熱くさせた。

 

 そして、先ほど目の当たりにした魔法の威力に驚愕する。

 

「あのヒューマンども、一体どこのファミリアの者じゃ?」

 

「さあな、私も都市外の有名な冒険者は一通り知ってはいるが、あれ程の強さを持つ者の名は知らぬ」

 

 それもその筈、1人は太古の英雄で、もう1人は未来の英雄なのだから。今を生きる英雄しか知らないリヴェリアが知らないのは無理もない。

 

 

 

『聖火の祝福──いや火を統べる鍛冶神の権能か!!』

 

「そうか、主神の一柱だけでなく、二柱の力添えによるブーストか。だとするならば、エピメテウスとの天の炎のリソースの奪い合いで優位を取れるのも道理、か」

 

「せやな、あのドチビがおるんなら、ファイたんも当然おるんやろうしな。あっちも炎を司るから、もしもの保険でおったんやろうけれども、一体どういう状況やねん!」

 

 エピメテウスの発言に、2人の天の炎の綱引きのような争奪戦、それに少年の背後に二柱の神が手を貸すように存在するのならば、エピメテウス相手でも優位を取れると納得するフィン。

 それに対し、ロキも同様に納得するが、あのヘファイストスが同行していたことや、どのような経緯で剣を鍛えたのかが気になるようだ。

 

 

 

 依然としてレベル6あるいはレベル7の力を持ち、剣と炎を巧みに操り戦うエピメテウス。そのエピメテウスに挑み、大立ち回りを繰り広げるのは敗北を喫した少年であった。

 しかし、その敗者は立ち上がり、鍛冶神が鍛造した剣装を手に果敢に喰いついていく。そして、彼は着実に強くなっていた。肉体は活性化、傷ついた体は次第に修復され、さらに英雄の攻撃を防ぐ障壁をその身に宿していった。

 

 そう、まるで目の前に立つエピメテウスのように。

 

 もはや疑う余地はない。少年はすでに自分たちと、ゼウスとヘラの覇者たる自分達の領域に辿り着こうとしているのだ。

 

「凄まじいものだ。天の炎の恩恵といったか。それを加味しても、あいつはこの都市の誰よりも今は強い。いや、あれは未来を観せているんだったか。なら今という表現は間違っているのか?」

 

「くだらん。言葉の正否など些細なことだ。重要なのは、才能の欠片、ただの1つの資格すらなかったあの子が、今やこのオラリオの誰よりも強く、英雄としての役割を果たしているという事実、ただそれだけだ」

 

 その身に炎を纏い、エピメテウスと互角に戦う少年の姿に感嘆の息を漏らすザルドに対して、アルフィアは冷淡にベルとオラリオの冒険者を比べて吐き捨てた。

 灰色の空に映る甥っ子……間違えた。義理息子の活躍を目にして、彼女の失望は大きくなっていた。求めていた英雄。それが今のこの世界で誰よりも、何よりも守りたかった存在がなってしまった。

 その事実が、今の彼女の心を蝕んでいた。

 

 だがそれでも……。

 

「いい子じゃないか。魂を見通すような女神ではないが、そんな俺でも彼の魂は純粋無垢。穢れを知っても尚その輝きを強める高潔なソレだと一目で分かる」

 

 エレボスはベル・クラネルを知らない。知っているのは、ザルドとアルフィアに聞いたその血の出自と、目の前の2人の英雄に愛されていたということだけ。

 ただそれだけの情報しか知らなかった。それがこの1時間にも満たない短い時間で、彼がこの都市の誰よりも輝かしい英雄であることを魅せられた。

 

 強いだけじゃない。優しいだけじゃない。憧れているだけじゃない。

 くじけぬ心と、立ち上がり続ける勇気、そして何より絶対に負けないという男の意地が英雄を作り出す。

 

「初めからそれを持っていた訳じゃないのだろう。きっと、数多の洗礼を受け、幾つもの壁を乗り越え、ああして今に至った。それが英雄によるものか、ダンジョンによるものか、あるいは神によるものか、その過程を目にすることができなかったのは残念だが……。それでも、この余興を仕組んだ誰かのズルのおかげで俺達が切り開かんとした未来が垣間見えた……。違うか、アルフィア?」

 

「…………まったく、神の言葉には雑音が多すぎる。だがまあ、そうだな。ここはNOと答えておこう。それを噓と判断するかどうかは貴様に任せる」

 

「──っ!あっはっはっは!下界の子の噓を見破れる神に虚実の判断を任せるとは、本当に流石はヘラの眷属だ!!」

 

 アルフィアの返答に、エレボスは腹を抱えて大笑いした。

 それはそうだろう。神にとってみれば、その程度のことは朝飯前。噓をついているのか、それとも本当に言っているのかなど見抜くことなど造作もないのだから。

 だが、それを分かった上で彼女は言ったのだ。お前にその判断を任せると。

 ならば、ここで無粋な言葉を重ねる必要は無い。

 エレボスは、ただアルフィアの答えに満足するだけだった。

 

 

 

「どっちも強い。正直、ウチのフィン、リヴェリア、ガレスの3人掛かりで挑んでも、あの2人のどちらにも――――」

 

「通用はしない……。そう言いたいのだろう、ロキ。残念だが、それは僕も同意見だ。エピメテウスには『技と駆け引き』そして『天の炎』で負け、あの未来の英雄には『成長』と同じく『天の炎』で負けている」

 

 いつもの糸目を薄っすらと開きながら、ロキは苦々しい顔で自身の愛すべき眷属の負けを認める言葉を発する。

 それは自分とその仲間の実力を知るフィンも認めるものだった。

 

「にしても、あの白い兎っぽいのが強くなるんを成長って言うんかいな。あれは、単に天の炎の恩恵を供給されていった結果のパワーアップやないんか?」

 

「確かに、その面もあるだろう。肉体の活性化と修復、そして炎の力。それら全ては天の炎の恩恵によるものだ。だがあれは僕はランクアップに近しいものだと感じている。僕自身を含め、リヴェリアやガレス、そして都市最強と称されるオッタルでさえ、ランクアップ直後にその実力を完全に引き出すことは難しい。場合によっては、強化された肉体に感覚が追いつかず、従来の技を発揮できずにランクアップ前よりも()()()する可能性すらある」

 

 確かに、フィンの言う通り、ランクアップ後の眷属からそういった悩みの相談をされたことは幾度となくあった。

 

「だけど、彼は肉体と感覚のズレが驚くほどに小さい。これは天性の才とかではなく、きっと何度も経験しているんだろうね」

 

「経験って、なにをやねん?」

 

「決まっている。短期間、あるいは超短期間でのランクアップを──」

 

 それは正解だった。都市最速のレベルアップ記録保持者であるアイズ・ヴァレンタインが持つ1年という規格外の記録を大きく更新し、約1ヶ月半でランクアップを果たした。それを一度きりではなく、何度も繰り返してきた。

 そんなベルだからこそ、天の炎の恩恵を受けた直後であろうとも、その力が身に馴染むのも早かった。

 

「そして、なによりも僕が彼を成長で負けていると言ったのはそこの部分だけじゃない。短期間でのランクアップをしただけならば、技を駆使し戦略と戦術で囲い込めばいい。ジャイアントキリングなんてものは、往々にしてそういった要素を突いた結果の産物だ」

 

「なら、あの白い兎っぽいのが技量で成長してると?」

 

「戦いの動きや技術だけじゃない。あの体格から考えると、普段の武器は槍かもしれない。でも彼の動きを見る限り、近接戦に慣れているようだから、小型のナイフを使っている可能性が高いだろう。エピメテウスの動きを観察し、その剣術を確実に習得してきている。これまでの言動から、彼は非常に純粋な人物だとわかる。その純粋さが吸収の速さにつながっているのだろう。でも、それだけじゃない。何かしらの前兆があったのかもしれない。ランクアップの速さは、数々の激動が彼を襲った結果とも言えるだろう」

 

 未来で少年に何が起きたのか、それに自分たちが関与しているのかという疑問が、次々と湧き上がる。

 それでも、太古の英雄からの猛攻という極限の状況下で、成長を遂げる英雄の姿に、フィンはその輝きを目に焼き付けていた。

 

「ああ、まるで、絶望を前に一分一秒を凌ぐように強くなっていったとされる英雄たち。そう英雄譚に語られる古代の英雄のようだ」

 

 

 

『ふざけるなっ……!破道のため、復讐のため!俺は返り咲かなくてはならない!忌まわしき『英雄』に!』

 

 エピメテウスの炎の出力がまた更に上がった。

 

『俺はぁ!俺もぉぉぉぉぉ──!!』

 

 その勢いでエピメテウスは英雄に鍔迫り合う。

 2つの炎の纏った剣がぶつかり合うことで、映像は真っ白に変わった。

 

『その炎剣を執り、世を救え』

 

 それは英雄の声でも、エピメテウスの声でもなかった。

 まさにそれは天上から奏でられし、美しき女神が発する偉大な声だった。

 

 真っ白に染まった映像の次に映ったのは、戦闘の余波でボロボロとなった中央祭壇ではなく、何処かの丘だった。

 

『始まりは、たまたま選ばれただけだった』

 

 次に聞こえてきたのはエピメテウスの声。

 

「これで2度目、なんだこれは?」

 

 再び突然現れた声だけの映像に、ザルドは首を傾げながら呟いた。

 これに対して、エレボスはある程度心当たりがあるのか、それとなく察した自身の見解を述べる。

 

「ふむ、恐らくだが、これはあのベルという少年が天の炎を通して見たエピメテウスの心の声と過去といったところか?」

 

「なるほど、道理で物悲しい声の筈だ……」

 

 その瞳を閉じて、自身の過去を語るエピメテウスの声にザルドは耳を傾ける。

 

 

 

『頭に鳴り響いた『神託』に打ち震え、それに従い、必死に戦った──』

 

 映し出される栄光の日々、そして戦場を共に駆ける戦友、人々を襲う魔物との戦場での争い。

 エピメテウスが『天の炎』の力を使い『オリンピア』からモンスターを完全に駆逐する。その功績に多くの者が笑顔を取り戻し、誰かの涙を拭うことが出来た。

 それを、誇りに思っていた──。

 

『あの人を返して!返してよぉぉぉ!!』

 

 女性の悲鳴のような痛哭から、慟哭、怨嗟、救えぬ悲劇が流れてきた。

 

『栄光と凋落は表裏だった』

 

 あれだけ人々の笑顔を取り戻したエピメテウスの栄華は、強大な敵に敗北を重ねたことで一転し、王や貴族、果てには救った筈の者から罵倒と石を投げられた。

 

「あっ、あああぁぁぁぁ!!」

 

 その叫びを流したのは獣人の女性だった。その者は娘を失った。隣では友を失ったものが、後ろでは母を失った子供が、何処かで大切な誰かを失った誰かが叫んでいた。

 誰しもが怒りを持っていた。誰もが恨みを抱いていた。誰もが――悲しみを背負っていた。

 そして、今ああして映されるエピメテウスの過去に登場する民衆の姿はまるで自分自身だった。

 鏡を見るように、そうやって英雄だった男を糾弾する姿に、己の醜悪さを見た。

 

『なぜだっ……、なぜ墓すら建てられない!?人々のために勇敢に戦った者達が、どうして名を残すこともできないのだ!?』

 

 エピメテウスの悲痛な叫びが更にオラリオの民衆の心を抉る。涙が……止まらなかった。

 都市に広がるのは昔日の英雄の悲痛に叫ぶ声と、嗚咽のみが支配した。

 

 

 

『気が付けば、俺は『英雄』ではなくなっていたらしい』

 

「──はっ。はは、あっひゃっひゃッ!英雄を、昔日の英雄を殺したのは黒きモンスターではなく、彼が救った民衆だと!!」

 

 エピメテウスの過去の声と光景に、ヴィトーは呆れた思いをしながら、顔を歪ませるほどに高笑いを浮かべる。

 

「なんたる悲劇、なんたる滑稽さ、これが!これが、英雄の辿る末路!!!如何に栄光を築こうとも、凋落すれば全ては偽物と化す!!ああ、世界はなんと傲慢で!強欲で!!歪んでいるのか!!!」

 

 ボロボロになりながらも立ち上がり続ける英雄(ベル)に興奮と喝采を上げる一方で、心のどこかに不満と不平が渦巻いていた。

 それは、彼が破綻者であり、その英雄信仰がただの『嘲笑』に過ぎなかったからだ。ゆえに、エピメテウスの過去の凋落は、ヴィトーにとって()()()()でしかなかった。

 地に打ち上げられながらも、海中にいる錯覚に囚れた魚に水を与えるように、エピメテウスの嘆きはヴィトーにとって水を得る瞬間となったのだ。

 

 

 

『世から離れ、聖地を築き、炎を管理せよ』

 

 再びの女神の声に、流される涙の声は……少しだけ止んだ。

『愚物』、『敗残者』、そう彼が呼ばれる時代は終わったのだと思ったからだ。

 だが、それはすぐに間違いだと気付かされる。

 

『敗れ去った俺に、『神託』も呆れ果てたらしい。神域(オリンピア)と名前を変えた始まりの丘で、虚ろな日々を過ごした』

 

 映し出される景色が凄まじい速さで流れていく。朝、夜、雨、晴れ、何度太陽と月が交差しただろうか。

 

『時が巡り続け、抜け殻になった俺は、不意に『それ』を知った。世の歴史が、『エピメテウス』を『愚物』と呼んでいることを』

 

「ち、ちがっ……。少なくとも、アーディは……。アーディはそんな風には……」

 

 リュー・リオンの記憶では、いつも賑やかで明るい英雄譚が好きな親友は一度たりともエピメテウスをそう呼んではいなかった。

 されど、世は──世界はそうではなかった。『犠牲』が生じた瞬間、正義は――英雄は批判や中傷、責任の追及にさらされる。他ならない救われた者たちと救えなかった者たち自身によって。

 

 美しく純粋なものが正義であり、決して悪には負けないのが英雄だった。

 それがどうだ。悪であるモンスターに敗北し、友の墓すら作れぬと嘆きを叫びながら、民衆の憎悪をその身で受けるかつての英雄の姿は?

 あれはまるで、そうまるで……。

 

「今の……私達……?」

 

 辺りを見回せば、悪に屈して滅びを待つオラリオの景観がよく目に映る。

 今は誰もが空に浮かぶあの映像に注目しているが、もし誰かが【アストレア・ファミリア】を、正義の味方を、私を見てあの慟哭と怨嗟を、石と共に投げつけられたら?

 

「はっっ……、はぁはぁっ、……ああぁぁぁ」

 

 恐ろしくて叫び声は出なかった。もし叫んでしまえば誰かが、世の中が、私を見つけて嗤うかもと恐怖した。

 ガタガタと震え止まない両肩を抱きしめるように手を回す。息がうまく吸えない。涙と共に空気が体の外へとどんどん流れ出いく。

 胸が苦しい、誰か助けてと悲鳴を上げたい気持ちで一杯だった。

 

(助けて、助けてぇ、アーディ……!!)

 

 すでに亡くなった親友に助けを求めながら、英雄から分け与えられた勇気で立ち上がった脚が、再び膝から地面へと崩れ落ちた。

 

 

 

『世の嘲笑は、奥底に沈んでいた怒りに簡単に火を付けた。数千の時でさえ風化できなかった感情は、もはや『化物』に成り果てている』

 

 エピメテウスを通して、世の負の感情が天の炎を汚染し、穢れた炎へと変質していったのだろう。

 純粋な色をした炎は、禍々しい色へと変貌していく。

 そして……、穢れた炎は地上に溢れ出し、そこに住む人を、建てられた街を、一切合切の全てを飲み込んだ。

 

「ありゃすげえ!下界を焼く炎か!!堕ちた英雄に穢れた炎!!とことん世界ってのは英雄様を嫌っているらしい!!!」

 

 その災厄を目にしてヴァレッタは興奮していた。あの煩わしい英雄の姿が消え、かつての英雄が堕落していく過程を見ることで、彼女は次第に調子を取り戻していったのだ。

 さらに、あの世界を焼き尽くす炎。たとえ今、この都市を襲う悲劇を覆したとしても、未来のいつかには、その炎がオラリオを含む全世界を焼き尽くすだろう。そうなれば、結局のところ、この都市を英雄たちが救ったとしても、それは無意味となる。負ければ地獄、勝っても後に地獄が待っているのだ。これを嗤ずにしていられるものか!

 

 

 

『……どうして。……どうしてっ、守ってくれなかったのです?』

 

 涙を流して睨む女性がエピメテウスの前に現れた。

 そして、決定的な言葉を口に出した。

 

『──『英雄』のくせに!!』

 

 ガラスが砕けた音が聞こえたのは、きっと気のせいではないだろう。

 

『…………一体、いつからだ。…………『英雄』という言葉に、呪われるようになったのは』

 

「英雄は……呪いなの?」

 

 英雄だった父と、英雄に救われた母、だからアイズも自分を助けてくれる英雄を欲していた。

 弱くて幼い自分を守ってくれる英雄を──。

 だが、英雄は……英雄だった者は救けを求める者を歪で、醜悪と呼んだ。

 

「でも、あの兎みたいな人は──あの人だったら!」

 

 アイズは迷子の子供のような悲しい顔で、ぎゅっと拳を握る。

 英雄の過去は悲惨で、救いなどなかった。救われてもいない者に、救いを求めることなど出来るわけもなし。

 だけどそれでも、世界を滅ぼすと言い放ったかつての英雄の前に立ち塞がったあの白い兎の英雄なら?

 いつか未来に現れる英雄ならば、小さな私の救けてを聞き届けてくれるだろうか?

 

 

 

『じゃあ、もういいだろう?俺を嗤う世界の破滅を祈りながら、最後に『我儘』を言うのは。俺を信じて、逝った者達のために、『復讐』をするのは──』

 

「そんなのダメ!ダメなのよ!!復讐なんて英雄のお友達が願うはずないわ。…………そう、ないのよ」

 

「アリーゼ……」

 

 そんなことは、エピメテウス本人も理解している筈だ。そしてアリーゼも、それをどうしようもなく理解している。分かっているからこそ、止めたいと願うのに、その声は届かず、英雄の沈み、憎悪に染まった心を晴らす術も、適切な言葉も持ち合わせていなかった。

 そんなアリーゼを、主神であるアストレアは優しく抱きしめた。

 

 アストレア・ファミリアで誰よりも強くて元気で明るい子。それがアリーゼ・ローヴェルだ。

 そんなアリーゼが悲しみに負けて涙を堪えている。今にも泣きだしそうになりながら、アストレアの腕の中に包まれている。

 声を掛ければ、優しく慰めれば、彼女はきっといつもの元気を取り戻して、可愛いらしい笑顔で顔を上げてくれるだろう。

 されど、その役目は神である自分ではなく、別の誰か……。

 

 ──未来の英雄に任せるとしましょう。

 

『────そんなこと、させない!!』

 

「──っ!?この声は……」

 

『貴方にっ、『復讐』なんかさせない!』

 

「さあ、アリーゼ。顔を上げて、見逃しちゃうわよ。貴方が大好きな英雄が活躍する瞬間を──」

 

 アリーゼを抱きしめていたアストレアが腕を広げてアリーゼから離れていく。

 そしてアリーゼが泣き顔を乱暴に腕で擦り上げると、泣きそうだった顔から、いつものキリッとした顔へと戻し、空を見上げて英雄を見た。

 

 

 

『……勝手をっ、抜かすなァァァァ!!』

 

 復讐を止めようとするベルを弾き返し、その無責任な言葉に対して怒りと憎しみを込めた声で糾弾する。

 未練と無念、そして何より深い後悔が響き渡るエピメテウスの叫びに、ベルは思わず怯んでしまう。

 

『っっ……!』

 

「迷うなよ、小僧。己がそうすると決めたなら、足踏みなんざしねえでぶっ飛ばしちまえ」

 

「ああ、そうだ。雑音に気を取られるな。なにせ、お前には私の血、ヘラの眷属の血も流れているのだからな」

 

 かつての英雄の零落、それに思うところがないわけではない。栄光と凋落の経験なぞ、8年前のあの敗北から嫌というほど味わった。

 だがそれがどうした?どれだけの苦悩と不幸を背負っていようが関係ない。やるのならばとことん我を通せとばかりに、ザルドとアルフィアは未来の英雄の背を後押した。

 

 

 

『何も見返すこともできず、世界を呪って果てろと言うのか!戦友の仇も討てず、『愚物』として──『敗残者』のまま!!』

 

『……違う。『愚物』なんかじゃない!貴方は『敗残者』なんかじゃない!』

 

 自らを卑下するエピメテウスに対し、ベルは立ち上がり、その思いを懸命に訴えかける。

 しかし、一度生じた亀裂はすでに修復不可能な領域に達しており、それを察した闇派閥の幹部ヴィトーとヴァレッタは嘲笑を浮かべながら、あの白き英雄を見下した。

 

「ふふふ、詭弁だな。もはや()の英雄は堕ちた。他ならぬ民衆の手によって!」

 

「あの小僧にフィンのような狡猾な頭脳はねえ!どんなに戯言を並べても、太古の英雄の心は動かせねぇ!!」

 

「「英雄は──ここで(つい)える!!!」」

 

 離れた場所にいながらも、英雄を見下すその思いは二人の心をシンクロさせていた。

 

 そして、だからこそ2人は気付けない。気付こうともしない。

 世に流されることもなく、神々の思惑すら上回り、定まった天秤すらひっくり返して希望を生み出す存在。それを世は英雄と呼ぶことに……。

 

 

 

『どうしてそんなことが言える!ならば、俺が何を残した!?こんな俺が、一体何を残せた!?』

 

『────()()()()()()

 

「「「「「「っっっっ!!」」」」」」

 

 その瞬間、オラリオから音が消えた。

 燃え盛る炎の轟音も、吹き荒れる風の音も、崩れ落ちる建物の響きさえも、その音は誰の耳にも届かなかった。

 今、このオラリオにいる全ての人間と神の耳には、ただあの英雄の言葉だけが響いていた。

 

『傷付いて、それでも立ち上がり続けた英雄(エピメテウス)に、憧れ続けた僕が!今、ここにいる!!』

 

 悪意の嘲笑は聞こえなくなった。誰かの泣き声はぴたりと止んだ。

 全ての悪意、全ての絶望が彼の英雄の言葉によってひっくり返されようとしている。

 

 ああ、来るぞ!さあ、来るぞ!!『アエデス・ウェスタ』の大一番!!!

 バベルの塔の屋上で空を見上げ、地上を観察する謎の存在ははしゃぎまわる。

 

「正義は巡り、物語も巡る。英雄に憧れ続けた少年が、英雄に至らんとする!!」

 

 神も正義も悪も英雄の卵も民衆も!!この大舞台を目撃せよ!!!本来ならば、ここにいる誰もが目にすることのできなかった冒険をその目に刻め!

 そして願わくば、多くの卵たちが英雄へと至らんことを!!!

 

 

 

『──アクロの丘、始まりの火。祈り続けた男は炎剣を抜き、英雄を始めた!!』

 

 詠唱ではない。あれは語り聞かせ、英雄譚の一小節だ。

 

「──あれは、英雄エピメテウスの物語?」

 

 夕日が落ちる街のパトロール中に何度も聞いた英雄譚。親友だったアーディが笑顔で話す物語のなかの1つにそれはあった。

 

 

 

『滅ぼした魔物は万軍では足らず。覇者は唯一人(ただひとり)希望(エルピス)をもたらす』

 

「ああ、そうだ。あれは、英雄エピメテウスが成した偉業を讃える情景(ことば)

 

 いつかの過去、英雄譚好きの妹が語った英雄エピメテウスの偉業。

 あの柔らかな笑みで、自分のことのような語るあの妹の笑顔が好きだった。守りたかった。それを思い出し、彼女の周りに()()()()()

 

 

 

『絶望を忘れた都は、勇者の凱旋に歓声を上げた。男は、丘の上で涙し、微笑みを湛えた』

 

「……英雄譚エピメテウスの朗読か。戦場でするはずのない選択だな」

 

「そういえば、あの好々爺が綴り、それをあの子は暗記するまで好んで読んでいたな」

 

「だが、それがあの結果を生んでいる。見ろ、エピメテウスの顔から余裕がどんどん消えていっているぞ。ああ、素晴らしいな。ゼウスとヘラの最後の子供、まさに英雄のそれだ!!」

 

 ベルの英雄エピメテウスの語りにザルドは驚き、アルフィアは呆れたような声を漏らしながらも懐かしい記憶に微笑みを浮かべた。

 さらに、神エレボスも、どのような言葉でエピメテウス制止するのかと期待していた矢先、まさかの朗読会の開始に内心で呵呵大笑をあげるのを必死で堪えていた。

 まさに英雄、神々の思惑など意に介さず、純粋な子供だからこそ選んだ選択が望外な結果を引き寄せようとしていることに、神エレボスも興奮を隠し切れない。

 

 

 

『男は誇った。かけがえのない笑みを守ったことを。男はなお、誇っていい。汝が守り、残した種は、未来に花を咲かすだろう』

 

「一の種は十に、十の種は百に、百の種は……世界に。どこかの好々爺が綴った。偽らざる物語」

 

「意外です。まさか、あの場面であのような選択をとるだなんて」

 

「そうだな。普通はしないだろうさ。自らの過去を恨むような英雄の前で、その英雄が成して作り上げた物語を朗読するなんて真似は……。だが、彼はそれを選び、そして突きつけた。英雄エピメテウスは愚物ではないのだと」

 

 絶望し、憔悴しきった男に語りかけるベル。その姿をヘルメスは、滅多に見せない真剣な眼差しで見つめていた。

 それは、彼の大神ゼウスが育てた最後の英雄の活躍を、その目に焼き付けるためであった。

 

 

 

『エピメテウスは哀れな娘を救った』

 

『…………やめろ』

 

『エピメテウスは魔物から亡国を取り戻した』

 

『…………やめろっ』

 

『嗚呼、エピメテウス。汝こそ真の勇者なり』

 

『────やめろぉおおおおおおおおお!?』

 

「うわちゃ~、あの白い小僧もエグイな。あんなん黒歴史ノートの大暴露大会みたいなもんやで。それを分かってやってるんなら、あの小僧もフィン並みに腹黒いな」

 

「ロキ、君が何を言っているのか分からないが、何を言いたいのか理解してしまえる自分が残念だ。だが、間違いを一つ訂正しておこう」

 

「間違い?」

 

「ああ、彼はエピメテウスの精神を揺さぶろうだとか、良心の呵責に訴えかけようという意思はない。──あれは、憧憬への想いだろう」

 

 今も語り続ける少年の偽らざる想いを乗せた朗読。仮に自分が同じことをしたとしても、エピメテウスは怒りを示すだけで、動揺なんてしない。想いの乗らぬ言葉では心には届かないのだろうから。

 

 

 

「……勝て」

 

 誰かがそう言葉を口にした。

 

「お願い、あの英雄を……助けてあげて」

 

 誰かがそう願いを口にした。

 

「頼む、世界を──救ってくれ」

 

 誰かが祈りを口にした。

 

 幾多の絶望に疲れ果て、捻じ曲がった民衆の目を覚まさしたのは、子供(純粋)な英雄の姿だった。

 

 

 

『ふざけるなっ……、ふざけるな!俺もお前のように、『愚物』ではなく、『ただの愚か者』であったなら!』

 

「エピメテウスの顔が……」

 

 怒りに震えていたエピメテウス。その表情が変化したのをアリーゼは見逃さなかった。

 

『喜劇と知っておきながら、踊り続ける『道化』であれたならっ────……()()()()()()

 

 浮かぶ映像に現れたのは、笑みを浮かべる者達の姿だった。

 

『誰かの笑みを信じることのできる……『英雄』になれたのか?』

 

『────なりたかった』

 

『────俺も『英雄』に、なりたかった!!』

 

「────っ!」

 

 涙を流し、咆哮の如く叫ぶエピメテウスに、アリーゼの目頭に熱いものが込み上げてきた。

 その瞳には涙が浮かび、曝け出された英雄の本心に触れた瞬間、彼女の魂は深く震え、揺れ動いた。

 そしてそれは彼女だけじゃない。英雄になりたいと、そう叫ぶ想いに感化された者は他にも多くいるだろう。

 

 

 

『──【ここに願い奉る!そして、どうか赦し給え!】』

 

「あれは詠唱!?いや違う!まさか、祝詞(のりと)なのか!?」

 

「なんじゃい!?ただの魔法ちゅうんじゃないのか!?」

 

 エピメテウスが紡ぐそれに最初に反応したのはリヴェリアだった。魔法の詠唱とは異なる祝詞に驚愕し、目を見開く。

 限界を解除した神創武器の最大解放など、エルフの長い生涯においても目にすることができるかどうかの希少な機会。

 それを映像越しであれ目にする機会を得ことに、不謹慎ながら興奮している自分がいた。

 

 

 

『【我は神言に背く者!この手は災禍を開く罰!】』

 

「炎の鷲の最大解放なんてもの、さしものお前らでさえ受けきれるものではないだろう」

 

「だろうな。毒に侵される前ならいざ知らず、今の俺や病に侵されたアルフィアに神をも殺せる一撃に耐える力は残ってはいまい」

 

「だが、あの子は避けることはせぬだろうよ。あれは冒険に挑む者、英雄たる漢の面構えをしている。嗚呼、聞こえてくる。勝利を呼び込もうとする鐘の音、大鐘楼(グランドベル)の音色が……」

 

 雑音を嫌うアルフィアが聞き惚れるような心地よく、そして力強く、諦めの悪い英雄が鳴り響かせる憧憬の音色。

 だが、聞こえてくるのは大鐘楼の鐘の音だけではなかった。

 

 

 

「これは鐘の……いえ、大鐘楼の音色。それだけじゃない。なに?この胸を熱くさせるような音楽は?」

 

 再び響くオーケストラの合唱曲。それは、この世界の住人たちが知らない白い兎の憧憬を歌ったBGMだった。

 この世界には存在しない英雄への憧れを謳うその音楽は、絶望に染まりきった群衆や、いつの間にか停滞し冒険を忘れてしまった冒険者たちの心を揺さぶった。

 アリーゼもまたその一人。物語が巡るように、彼女の心にも英雄への憧れが宿る。

 

『貴方の物語が、好きだった!悲しくて、苦しくて────それでも、勇気をもらっていた!!』

 

『っっ────【目覚めよ、花嫁!呪われし泥の巫女!】』

 

 エピメテウスの祝詞が終わりに近づく、それと同じように英雄の勝利を求めし大鐘楼の音と輝きが増していく。

 美しく、綺麗だった。まるで自分達の信じる正義が形を成したようなその輝きに、正義の眷属は魅入られた。

 

『────【エルグス・パンドラ】!!』

 

『あああああああああああああッッ!!』

 

 英雄同士の必殺技が激突し、世界を覆い尽くさんばかりのまばゆい閃光と轟音が放たれた。

 果たして、勝者は誰なのか、決着はついたのか。人々は空を仰ぎ、その瞬間を息を呑んで待ちわびる。

 そして、光が消えたその先に立っていたのは――。

 

 

 

『────がっっぁあああああああああああ!?』

 

 最初に聞こえたのはエピメテウスの悲鳴だった。そして光が晴れると、ボロボロで傷だらけ、痛々しい火傷の痕と血を流しながらも、しっかりとその両脚で立つ少年の姿があった。

 その姿、その眼差し、その堂々たる勝者の佇まいに、民衆は歓声を上げた。

 

『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』

 

 堕ちた英雄を下した未来の英雄の勝利に沸き立つ民衆。いや、民衆だけではない。敗北を喫した冒険者たちもまた、その英雄の勝利に歓声を上げていた。

 もちろん、これで闇派閥に勝利したわけではないことはわかっている。それでも、胸の奥底から沸き上がるマグマのような熱い感情に突き動かされ、英雄の凱旋を祝う声を抑えることはできなかった。

 

 だが、正義が喜びの雄叫びを挙げるなら、悪はどうするか? 決まっている。正義が天に勝利の咆哮を響かせれば、悪は地で悔しがりながら地団駄を踏むのだ。

 

「ふっっざけぇんじゃねぇぇぇぇ!!!!」

 

 この耳障りな金切り声が誰の声かなど、詳細を述べる必要もあるまい。

 

 そうして、一時の英雄の勝利に騒ぎ立つなか、静かに英雄の勝利した姿に歓喜する神がいた。

 

「────っ!」

 

「ヘルメス様。その顔はちょっと……」

 

「いや、しょうがないだろアスフィ!?太古の英雄を、その英雄に憧れた少年が止めるために立ち塞がって勝利する。これ以上ない英雄譚に俺は興奮しちまってるんだ!!」

 

 普段、人を食ったような飄々とした笑みしか浮かべない主神が、少年のような無邪気な笑みで喜びと興奮の表情を見せる。

 その笑顔に、アスフィは「誰ですか?」と言いたくなる気持ちを抑えながら、しばらくの間だけこの勝利の余韻に浸る時間を共に過ごすのだった。

 

「まさか、本当に勝っちっまうとはな……」

 

「…………認めたくはないが、認めざるを得ないだろう。あの子は英雄と成った。そして、いつの日かあの黒竜を討つ役目を担うだろう」

 

 ベルの勝利に歓喜するでもなく、冷めた態度を見せるでもない。ただその事実を淡々と受け入れ、一言だけ呟くザルド。アルフィアもまた、ベルの勝利した姿から、いずれ訪れるであろう未来の光景を思い描き、そっと瞳を閉じてため息をつく。

 あの絶望や恐怖に、この世の誰よりも大切な子が挑むことはアルフィアにとって受け入れ難い現実だ──―。

 それでも、唯一の肉親として、その道を否定することはできない。どんな困難にも屈せず、小さな体で乗り越えてきたベルを信じて……アルフィアは静かに閉じた瞳を開かせ、ベルの勝ち姿を目に焼き付ける。

 

「ああ、なんだ。一つ聞いておきたいんだが、お前らはこの先の未来で英雄が生まれることを知った。お前らの覚悟も信念も知った上で敢えて聞こう。……悪を貫き通す考えは変わらないか?」

 

「「愚問だな──」」

 

「ああ、そうかい。そりゃよかった。お陰で俺が拠点に帰ってからヴィトーやヴァレッタらから文句をつけられないで済む」

 

 ヘラヘラとした表情のエレボスだったが、その目は笑っておらず、どこか2人の選択に悲しみを感じているようだった。

 

 

 

 あらゆる陣営、あらゆる人々が未来の英雄の勝利に一喜一憂し、闇派閥が憤怒していると、バベルの塔の屋上から再び声がオラリオの都市全域に響き渡った。

 

『未来の英雄さんの活躍はもうちょっとだけ続くんだけど、流石にこれ以上はダメなのでもうお終い。そろそろお日様も昇ってきたし、夜更かしの時間はとっくに過ぎちゃったしね』

 

 そう言われて東の城壁に目を向けると、ちょうどそのタイミングで太陽が昇り、オラリオを美しい朝焼けで包み込む。

 それを見届けた何人かが即座にバベルの塔の屋上に視線を戻した時には、既に謎の人物は影も形なく消え去っていた。

 

 その日、オラリオ史上最も長い夜になるはずだった夜は、まるで一瞬の出来事のように過ぎ去ってしまったのだった。

 

 




個人的に好きな周年イベントは1位がアエデス・ウェスタで、2位がアルゴノゥト、3位がアストレア・レコードです。

今回は1位と3位を混ぜ合わせた作品を作ってみたけど、面白かったら高評価と感想よろしく!!!
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