暗黒期に『アエデス・ウェスタ』を観せるのは間違っているだろうか?   作:リーグロード

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最近、小説書くモチベーションが下がっているのが悩み。
これが俗に言うスランプ大統領か!?




君にとって正義とは何?

 

「ぐあああっ!?」

 

 男の悲鳴が響き渡ったが、それは避難する一般市民のものではなかった。白いローブに身を包んだ闇派閥の男が上げたものだった。無力な民を虐げようとする悪徒たちを成敗するべく、正義の味方の3人が大立ち回りを繰り広げていた。

 

「おらおら!どうした、闇派閥共!!昨日みたく調子づいた勢いは無くなっちまったか?」

 

「やめろ、ライラ!これではどちらが悪役か分かったものじゃない」

 

「輝夜の言う通りです。私達はあくまで避難民を闇派閥から守るために戦っている。イタズラにいたぶる為に戦っているわけでは……」

 

 輝夜とリューの2人からの注意にライラは耳を塞ぐ。

 

「分かってるって。そんな説教垂れなくても、もう口は閉じとくよ。まっ、足と腕は動かしとくけどっな!!」

 

「があああっ!!」

 

 ライラの投げた短剣が闇派閥の胸に刺さる。致命傷ではないが、しばらくは動けない深手を負って男はその場に倒れる。

 

「これで半分か……」

 

 地面に倒れた戦闘不能の闇派閥の者たちと同じ数がまだ残っている。ライラの先ほどの悪役じみた発言は、決して嗜虐心からではなく、こちらが有利であるように見せかけて敵に撤退を促すためのものだ。

 こちらには未だ負傷者はいないが、多くの闇派閥を戦闘不能にするまで叩きのめしたため、かなり疲労が溜まっている。それなのに、まだ敵は半数近くも残っている。

 

「ああ、うっとおしい!こっちは疲れて眠いというのに!!」

 

 輝夜の苛立ちの声に、リューやライラは口に出して肯定はせずとも、内心では頷いていた。

 3人とも昨日の騒動で肉体的にも精神的にも疲弊がまだ残っている。幸い、敵側にレベル2以上の強者はいないものの、数が多いため討ち漏らしが避難民の方へ向かう可能性もある。

 どうしたものかと内心で焦っていると、背後から声を掛けられた。

 

「…………がんばれぇ!」

 

「え……?」

 

「がんばれぇぇええ!!アストレア・ファミリア!!!」

 

 小さな少女の応援がリューの耳に届いた。

 そして、それを皮切りに背後で護衛していた避難民の多くが、今も戦うアストレア・ファミリアの3人に声援を送る。

 

「へっ!おい、どうする輝夜?眠いんなら、私とリューで闇派閥全員をぶちのめして、あの応援は全部貰っちまうがよ?」

 

「ほざくなよ小人(パルゥム)。その程度の安い挑発に私が乗るとでも?だがまあ、貴様らではあの民衆の期待は重かろう。なら、私も手伝ってやらんこともない。だから、さっさと終わらせるぞ」

 

「輝夜、貴方しっかりライラの挑発に……。いえ、指摘するのは無粋ですね」

 

 先程までの苛立ちはどこへやら、3人は自身の得物を握る手に力が入り、気だるげだった体に喝が入る。

 

「っ!ひ、怯むな、同士達よ!!敵は疲弊している。いくら民衆の応援があろうとも、数ではこちらが未だ有利だ!!」

 

「なら、そこにもう一人加わるとするかのう」

 

「へっ?」

 

 闇派閥の背後から聞こえてきた声に男が反応すると、次の瞬間に物凄い衝撃が男の体を襲う。

 

「があああっ!?」

 

「「「っっっ!!」」」

 

 対峙していた闇派閥の最後尾に立っていた男が、他の闇派閥の仲間ごとこちらに吹き飛んでくる光景を目にして、3人は思わず言葉を失いながらも警戒を強めた。

 だが、吹き飛ばされた連中の空いた隙間から見えた人物の姿を見た瞬間、警戒していた3人は安堵したように肩の力を抜いた。

 そうして、闇派閥の男が吹き飛ばされて出来た穴から、最後尾の様子が見えた。そこにいたのは、重傑(エルガルム)の二つ名を持つガレスだった。

 

「救援に駆けつけたぞ。無事か、小娘たち?」

 

重傑(エルガルム)!?こちらは負傷者はなし。避難民も無事です!」

 

「っていうか、遅いぞ重傑(エルガルム)!!」

 

「がっはっはっは!許せ、ここにくる途中でも闇派閥の連中がおったんでな。ちょっとばかし小突いておったんじゃ!」

 

重傑(エルガルム)の小突きか。敵とはいえ同情する」

 

 輝夜は、先ほど吹き飛ばされた闇派閥の者たちを一瞥し、他の場所でやられたという別の闇派閥に対して、表面上だけの同情を示した。

 その後、冒険者側に一気に形勢が傾いた戦場では、ガレスの一撃と登場によって戦意を失った闇派閥の者たちが、瞬く間に殲滅されていった。

 

「ふぅ、これでこの場は片が付いたようじゃな」

 

「ご協力に感謝します」

 

「なんのなんの!今は冒険者全員で力を合わせて戦う時じゃ。礼などいらん。それじゃ、ワシは別の場所を見回りに行ってくる。どうも闇派閥の連中は昨夜の英雄の活躍で出鼻を挫かれ、焦っておるようじゃ。襲ってくるのは大したことない雑魚ばかりとはいえ、市民に被害が出れば士気に関わる。決して油断するでないぞ、小娘たち」

 

「そいつは重々承知だぜ。ウチらも避難民を仮設キャンプまで案内したら、一度ホームに戻って休息をとる。あんたも昨日の傷がまだ残ってんだろ。決戦前に傷が悪化して戦線離脱とかシャレにならねえことはやめてくれよ」

 

「ちょっ、ライラ!すみません、重傑(エルガルム)。仲間が失礼な真似を……」

 

 慌てて頭を下げるリューだが、ガレスは大して気にした様子もなく、笑い声を上げて小人はどいつもこいつも生意気な奴ばかりと豪快に笑う。

 それからガレスは3人に背を向け、次のパトロールへと歩き出して行った。

 

 それから無事に避難民を全員仮設キャンプへと送り届けると、3人はホームへと帰宅する。

 

「ただいま帰りました」

 

「あら、おかえりなさい」

 

 ホームで出迎えてくれたのは主神のアストレア様。神直々に出迎えてくれたことに、3人の疲れた心は癒され、戦場から帰って来たんだと実感する。

 そうして肩の力を抜くと、ホームの奥から団長であるアリーゼが武装を整えてやって来る。

 どうやら街の巡回に行くタイミングと重なったようだ。

 

「おかえり、3人共!街の様子はどうだった?」

 

「そうさな、闇派閥の奴らがうじゃうじゃいたよ。あいつらも昨日のアレで焦ってるんだろうな。一度はやられた冒険者がまた復活するのを……」

 

「なるほどね、確かに昨日のアレは爽快だったわ。でも、そのせいで敵の油断が消えちゃった。プラスマイナスで言えばプラスかもしれないけど、世の中ってうまくいかないものね」

 

「アリーゼ、我々に愚痴を零すのはいいが、パトロールに向かう最中ではなかったのですか?」

 

 リューの疑問にアリーゼはそうだった!と慌ててホームを出る。

 

「ねえ、リュー。さっき言ったプラスの話。アレね、貴方が正義を見失わなかった。それが一番のプラスだって、私はそう思うの。言いたいことはそれだけ!それじゃ、アストレア様。行ってきます!」

 

「アリーゼ!」

 

 正義を見失わないとはどういうことかと、アリーゼに問いかけようとするリューだったが、既にアリーゼはホームを出て行ってしまった。

 そして、その言葉の意味を聞こうとアストレア様の方を向くと、彼女はとても嬉しそうに微笑んでいた。

 

「う~ん、私からは何も答えられないわね。でも、こうして貴方たちが正義とは何かを考え続けること、それが大事なのよ。私には貴方たちに正義の答えを出すことはできない。神といえど、この下界においては私は無窮の夜天にちりばむ数多の星の一つに過ぎないのだから」

 

「そんな!おやめください、アストレア様。正義を司る貴方がそのような!?」

 

「いいえ、これはまぎれもない真実。だからこそ、リュー。貴方は私に頼らずに見つけなければいけないの。貴方が求める貴方だけの正義を」

 

「私だけの……正義……?」

 

「そうよ。けれど、ごめんなさい。これ以上はもう私からは何も言えないわ。ただ一つ言えるとすれば、貴方はこのファミリアで一番純粋な子。だからこそ、貴方の正義に皆が期待している。けれど焦っちゃダメ。ゆっくりでもいいから、答えを出すことを諦めないで」

 

 柔らかな笑みで諭すように話すアストレア様に、未熟なリューは何も言えず、ただ口を噤むしかなかった。

 そんなリューの様子を後ろで見ていた姉的存在の輝夜とライラは、困った妹を見るような目で口元に微笑みを浮かべていた。

 

「ほらほら、いつまで玄関で駄弁ってますの。こっちは闇派閥の連中のせいで疲れてますの。さっさと道を開けてくれまへんか?」

 

「そうだな。こっちはシャワーを浴びて、温かいスープでも飲みたい気分だ。それに、ぐっすり横になって眠りたいところでもあるからな」

 

「なっ、なんですかその言い方は!?」

 

 2人のからかい混じりの言葉に、正義とは何かで袋小路に陥ってフリーズしていたリューがようやく動き出した。

 そんな3人の様子を、母親のような優しい目で見守るアストレア。

 

 黒く、厚い雲に覆われたようなオラリオだったが、今この瞬間のここだけは、陽だまりのような明るさと温かさがあった。

 

 

 

 

 

 ♦

 

 

 

 

 あの日の敗北の夜からちょうど四日目の昼過ぎだろうか。まだ本格的な動きはないものの、闇派閥の使い捨ての雑兵たちはひっきりなしに都市に現れ、襲撃を繰り返している。

 いくつものファミリアがオラリオを巡回し、闇派閥の襲撃に対応している。アストレア・ファミリアも当然その巡回に参加している。それどころか、自主的に巡回を希望してパトロールを行っている。

 その為、必要最低限の休息はとっているものの、疲労が完全には抜けない。

 

「まったく、闇派閥の連中はいつになったらいなくなるんだ?敵が野菜畑から湧いてくるのか?」

 

「馬鹿馬鹿しいと笑いたいが、その馬鹿げた妄想も、現実かと疑いたくなるくらいの数やからな。ほんま、どこから湧いてきてはるんかいな?」

 

 巡回の最中、ライラと輝夜がそんな愚痴をこぼしていた。実際、オラリオのどこにでも現れてくるのだから、そう思ってしまうのも無理はない。

 

「しかし、本当に彼らはどうして闇派閥などに、それもあれほど多くの者が……」

 

「ぶぁ~~~~かめ、破滅願望持ちの奴らの事なんぞ考えてもどうしようもないだろうに」

 

「しかし!相手を理解せずに本当の正義が──」

 

「やぁ、リオン──」

 

 間延びした嘲弄を吐く輝夜に反論しようとリオンが思わず口を開いた時、後ろから声を掛けられた。

 聞き覚えある声に咄嗟にリオン達が振り返り距離を取る。

 

「貴方は──!?」

 

 リオンの瞳に映ったのは、現在この都市を襲撃している闇派閥を操る邪神だった。

 そして、その後ろには、煩わしそうに不機嫌さを隠す気配もない白髪の美しい女性が立っていた。

 

「神、エレン。いや、邪神エレボス!!なぜ貴方がここに!?」

 

「なぜ……と問われたなら、それは君を探していたからさ、リオン」

 

 動揺する自分たちとは対照的に、まるで散歩の途中で偶然出くわしたかのような気軽な調子で答えるエレボス。

 だが、それは初めて会った時の胡散臭い神ではなく、あの夜のように冷徹で冷酷な雰囲気を纏った神として、リオンの前に立ちはだかる。

 

「それはそれは、ご苦労なことですな」

 

「言っとくけど、ナンパなら他をあたりな神様よ。それともあれかい?神々のいうところの『すとーかー』ってやつかい?だとしたら、ふん縛ってガネーシャ・ファミリアに送り届けてやんよ!」

 

 そんな邪神エレボスとリオンの間に、輝夜とライラが割って入る。

 そんな2人にエレボスは気にする様子もなく、ヘラヘラと笑いながら次の言葉を贈る。

 

「そう嚙みつくなよ、辛辣な美少女達。俺はただ……、そうだな。占いをしに来たとでも言えばいいのかな?」

 

「神が占いだと?冗談もほどほどにしておけ!」

 

「言っとくけどよ、女が全員占い好きって思ってんなら、見当違いも甚だしいぜ!」

 

 神は笑いながらそう言うと、輝夜とライラは嫌悪感を出しながら、エレボスを睨みつける。

 

「輝夜、ライラ。私は守られるような存在じゃない──!!」

 

 エレボスとの間に立つ2人の間にリオンが並び立つように進み出た。

 そして、凛とした瞳でエレボスを睨みつけながら対峙する。

 

「私を探していたと言っていたな。だが、それはこちらも同じこと!このオラリオの惨状を生み出した邪神である貴方をひっ捕らえる。そして、我々の正義を持って、貴方の絶対悪を打ち砕く!!」

 

「そう、それだ!俺は君にもう一度『正義』とは何かを問いたい」

 

 リオンの口から出た『正義』という言葉にエレボスが反応する。

 その問いかけは、かつて神エレンとして出会った時と同じものだった。何を目的としているのか警戒を強める3人を前に、エレボスは両手を広げ、まるで演説でも始めるかのように語り出す。

 

「そんなに怖い顔をしないでくれ、乙女たちよ。俺は君たちを脅かしに来たわけじゃない。ただ聞きたいだけなんだ。このオラリオの惨状を目の当たりにして──リオン、君の正義はまだ枯れていないのか?」

 

 超然とした絶対者である超越存在《デウスデア》の眼差しが、噓も沈黙も許さないというようにリオンたちを射抜く。

 

「っ、いい加減にしろよな、神様!そんなにおしゃべりがしたいなら、牢屋の檻越しにたっぷり付き合ってやるぜ!」

 

 これ以上の会話は危険と判断したライラが一歩足を踏み出した瞬間、背筋に氷柱を入れられたかのような冷たい殺気が3人を襲う。

 

「「「っっっ!?」」」

 

「いつまでこのくだらん茶番を続ける気だ?あまりにも雑音ばかりを奏でるというのならば、私が終わらしてやろうか」

 

 静かながらも苛立ちを含んだ声でエレボスを諫め、ライラの動きを止めたのは、先ほどからずっとエレボスの背後に佇んでいた女性だった。

 邪神エレボスの存在に隠れて見ようともしなかったが、灰色の長髪、閉じた瞼、白い肌を覆う漆黒のドレス、そして何よりも静寂そのもののような静けさを纏った存在が、そこに立っていた。

 

「てめえは、【ヘラ・ファミリア】の……!?」

 

 そこでようやく背後に立つ女性の正体に気付いたライラ。彼女の気配はあまりにも薄く、目を離したらその存在すら忘れてしまいそうなほどだった。

 しかし、それは弱さの表れではない。圧倒的な実力者だからこそ、気配を完全に断つことができたのだ。

 

「っ!敵の主力が出て来たのならば好都合!!忌々しき家伝の一刀にて切り捨ててくれる!?」

 

「待て、輝夜!!」

 

 アルフィアから放たれる殺気に耐えた輝夜は、ライラの制止する声を振り切り、一気に踏み込んで刀で一撃を放つ。

 それは、同等の実力者であれば防ぐことが難しい見事な技だったが、相手はレベル7の天才と認められる存在だ。迫り来る刀を反射神経だけで捉え、中指と人差し指のみで真剣白刃取りを決めた。

 

「「「!?」」」

 

 輝夜の放った斬撃をあっさりと見切り、指先で摘まむだけでその剣技を受け止めてみせた。

 これまで何度もその剣技でモンスターを切り裂いてきた場面を目の当たりにしてきたライラとリオンも、その常識を超えた絶技とも言える防御に、輝夜同様に言葉を失った。

 

「随分とぬるい一撃だな。さも憎々しげに、その技で私を討てるとでも言いたげに唾を吐いたが、これでは虚勢混じりの戯言ではないか」

 

「ば、馬鹿な!?あの一撃を指先だけで止めるだと!?貴様、化け物か!!」

 

「吠えるな、小娘。まさか未来に英雄が現れると知って、自分も英雄になれるなどという愚かな幻想を抱いているのではあるまいな?」

 

 アルフィアの表情は微動だにしないが、その声に微かな怒りが込められていた。

 そして、その怒りは指先に込められていき、輝夜の刀からミシっと嫌な音が聞こえてきた。

 

「っ!?うおおおぉぉぉぉ!!!」

 

 このままでは折られると瞬時に判断した輝夜は、雄叫びを上げながら全体重をかけて刀を引き抜くのではなく、逆に押し込むという行動に出た。

 凹凸のない刃物の側面を掴んだ程度の状態では、たとえ格下のレベル3の膂力であっても、体重を加えて押せばその均衡を崩すことができる。

 

「むっ……!」

 

 このままでは刀が滑って手を斬られると感じたアルフィアは、片腕を振り払った。

 たったそれだけの動作で、輝夜はまるで巨人に投げ飛ばされたように吹き飛ばされる。背後にいたライラとリオンが飛ばされた輝夜を受け止めたお陰で、壁に叩きつけられることは避けられたが、このわずかなやり取りで彼我の戦力差が鮮明に浮き彫りとなった。

 

「ああ、そうそう。今のアルフィアを下手に刺激しない方が賢明だぜ。なんせ、この間の英雄様の活躍を目の当たりにして、怒るべきか、悲しむべきか、喜ぶべきか、アルフィア自身も感情がぐちゃぐちゃになって、最近ちょっと暴走気味だからな」

 

「エレボス──?」

 

「あっはい、すみませんでした!!」

 

 たった一言から「余計なことを……、お前から殺すぞ?」という意味を察したエレボスは、オラリオを絶望のどん底に叩き落とした邪神とは思えないほど、綺麗な90度のお辞儀をアルフィアに見せた。

 神にもまともな部類とそうでない部類がいるのは知っているが、都市を襲った闇派閥の頂点()のこんな情けない姿を見て、リオン、ライラ、輝夜の3人は「こんな奴にオラリオは一度は負けたのか」と、ため息をつきたくなった。

 

「さて、ちょっと話しが脱線しちゃったかな。それで、答えて欲しい。リオン、君の言う正義は一体なんだ?」

 

「ちっ!そんなの答える義理は──」

 

「輝夜、……大丈夫です」

 

 舌打ちとともに輝夜が再び刀を構えて飛び出そうとするのを、リオンがそれを制した。

 そして、リオンは一度瞼を閉じ、一歩前へと踏み出す。そして、覚悟を決めたようにゆっくりと瞼を開けた。

 

「へぇ~」

 

 それは、つい先日見た瞳とは違っていた。そこに傲慢さも愚直なまでの盲信もない。

 確かな変化があるのを感じ取ったエレボスは、期待を込めた声を漏らす。

 

「以前、私は貴方に対して、正義とは無償に基づく善行であると口にしました。だがそれは間違いでもあった。あの時の私は、正義とは無償であることが絶対であると、そう信じてきた。いや、信じようとしていた」

 

 エレボスは黙って、リオンの語りに耳を傾ける。

 

「ですが、それは私が未熟で覚悟すら出来ていないから口にしてしまった理想だ。勿論、理想を全て捨てるつもりはない。だが、私よりも遥かに高潔で偉業を成し遂げていた英雄ですら、見返りのない世界への奉仕の結果、その心を闇へと堕としてしまった」

 

「エピメテウスのことか。それで?リオン、君はそれで正義を諦めたのかい?」

 

「いいえ、そんなことはない。……ですが、私は一度折れた。いえ、怖くなりました。私の正義が……、無償の善行の行為の果てがあんな悲惨な末路なのかと」

 

 ぐっと拳を握り、肩を震わせてその時の恐怖を思い出すリオン。

 それでも彼女は一呼吸だけ息を整え、その体の震えを止める。

 

「だからこそ、私は自分が愚者になる前にそれを知ることができて本当に良かった。もしあのまま何も知らずに……いや、知ろうともしないままでいたら、あなたの言う通り、私の正義はいつかどこかで枯れてしまっていたかもしれません」

 

「ということは、今の君の正義は変わったということかな?だとしたら、ますます今の君の正義が何なのかを聞いてみたくなった」

 

 悪趣味だと言いたげなアルフィアや輝夜とライラの視線を気にせず、エレボスは品定めするような目でリオンを見つめる。

 

「……神エレボス。今の私の答えを聞かせてやる。それは──」

 

「それは?」

 

 一呼吸置き、リオンがその答えを口にする。

 

「物語と同じだ」

 

「ふむ、正義とは物語と同じか……。それは、どういう意味かな?」

 

 リオンが紡いだたった一言の答えに、エレボスは楽しげに問い返す。

 その問いに対し、リオンは凛とした声でまるで叩きつけるように言い放った。

 

「あの少年を見て、私は勇気と共に、もう一つの正義を得た。それは紡ぐこと。太古の昔に英雄が救った命は巡り、その果てに生まれた少年が英雄に憧れ、その憧憬への想いと共に歪んでしまった英雄の心を目覚めさせた」

 

 思い出されるのは、あの白髪の少年がエピメテウスの英雄譚を語っていた場面だ。戦場では到底考えられない光景だったが、リオンの胸を深く打った。

 あの瞬間、まるで子供の頃に戻ったかのように心が揺さぶられ、気がつけば恐怖で震えていた体は静まり、屈していた足もいつの間にか立ち上がっていた。

 

「ならば!憧れが──物語が巡り、やがて英雄を生み出すというのならば、正義もまた同じこと!!我々は、オラリオは悪に敗北した!!だが、それでも、あの英雄が戦った姿が!!正義を果たさんとするあの少年の姿が、我々に再び立ち上がる勇気をくれた!!だから、私は正義を紡ぐ!そしていつか、あの少年が未来にいるというのならば、私が!私たちが正義をあの少年に受け継がせる!!!」

 

 リオンのその宣言に、邪神たるエレボスは笑みを浮かべた。

 

「それが君の絶対の正義なのか?」

 

「いいえ、これは私が見つけただけの正義。絶対の正義などという崇高なものではない。だがそれでも、それが高潔で正しい正義なのだと、今の私は信じている!!」

 

 迷いも、偽りもなくリオンは言い切った。

 その答えに、後ろに立つ2人も満足そうな顔を浮かべてリオンの横に並び立つ。

 

「だってよ、神様。言っとくけど、これ以上ウチの末っ子の心をかき乱そうとしたって無駄だぜ」

 

「このエルフはウチらのファミリアの中でも特に頑固な部類やさかいな。一度こうやと決めたなら、ちょっとやそっとの惑わしじゃ、もう折れも曲がりもしまへんで、神様」

 

「ライラ……輝夜……」

 

 リオンの両隣に立ちながら、輝夜とライラはエレボスを睨みつける。

 

「そうか……。いや、いい答えを貰った。正義は物語と同じで巡るものか。いやはや、不変たる神では中々に出せそうもない答えをありがとう。これで、俺も憂いはなくなった」

 

 顔から笑みが消え、冷酷な邪神の表情へと変わる。

 その瞬間、場の空気が支配されたように感じられ、目の前の邪神から目を離すことができない。

 

「何を企んでいる?」

 

「決まっているだろう。オラリオの壊滅、そしてバベルの塔の崩壊。それが俺たちの目的だ。忘れたか?俺たちが巨悪をもって秩序を壊すと宣告したことを」

 

 忘れるはずがない。あの日の恐怖と絶望が、そう簡単に記憶から消えるはずがないのだから。

 

「しかし、全ての世に通じる絶対の正義は見つからなくとも、自分が信じられる正義を見つけたか。それもまた俺の求めていた答えなのかもしれない。本当にアストレアはいい眷属を持った」

 

 エレボスはそう言って、悠然とリオンたちに背を向け、この場を去ろうとしていた。本当に正義とは何かをリオンに聞くためだけに足を運んだのか。

 その神らしい身勝手さに怒りが込み上げ、その無防備な背中にドロップキックを浴びせたい衝動に駆られるが、その背を守るのはかつて最強派閥の一角を担った豪傑である。

 感情に任せて行動してもどうにもならないことは明白だった。しかし、勝算が薄いからといって、このまま悪の象徴たる邪神を見逃すことはできない。

 

「ふむ、やる気か?小娘どもが私の相手になるなど、笑止千万……。まさか、数が多ければ勝てるなどという古臭い考えで挑んでくるわけではあるまいな」

 

「ふざけるな。例え貴様がどんなに強くとも、それで我々が諦める理由になどなりはしない!!」

 

「ほぉ、威勢がいいのは立派だが、私は面倒が嫌いだ」

 

 リオンのその言葉に、アルフィアは心底面倒臭そうにため息を吐いた。

 そして、たった一言だけで全てを終わらせる。

 

「【福音(ゴスペル)】」

 

 その瞬間、目には見えなくても、凄まじい衝撃がリオンたちを襲った。

 そこから先のことは、もはや語る必要もないだろう。本来の歴史と違ってリオンが参戦していたとしても、所詮レベル3が1人増えただけでは大きな戦力にはならなかった。ライラの機転がなければ、輝夜の絶技がなければ、アルフィアの魔法によってリオン達は確実に敗北、つまり死を迎えていただろう。

 気絶したリオンを輝夜が背負い、這う這うの体で3人は逃走に成功した。

 

「よろしいのですか?あのまま彼女たちを見逃しても?」

 

「ヴィトーか。もう心の傷は癒えたのか?随分と苦しんでいたように思えるが」

 

 リオンたちが逃走に成功した場面に偶然現れたヴィトーが、追撃しない理由をエレボスに問いかける。

 それに対し、エレボスはヴィトーへと気遣うような言葉をかけるが、ヴィトーは肩をすくめるだけで答えない。

 

「まあいいさ、きっとあの可憐で辛辣な正義の乙女達は再び俺たちの前に姿を現す。決着をつけるとするならば、こんな街中よりも、そっちのほうが相応しい」

 

 エレボスは不敵に笑みを浮かべながら、逃走した彼女らが逃げた先を目で追う。

 その瞳は、まるで何かを期待するような、あるいは試すかのような妖しい輝きを灯していた。

 

 

 




次回でこの短編小説は終わらせます。
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