「うぐっ...う......」
瓦礫と硝煙が支配する静寂のなか、ヒナは意識の底から浮上した。
肺に流れ込むのは、焼けた石灰と鉄の匂い。鼓膜は破れ、世界はひどく遠く、くぐもった耳鳴りだけが響いている。
彼女はまず、己の生存を確認した。視界の端で、ゲヘナの風紀委員たちが、かつて部下であった残骸となって横たわっている。
彼女は震える膝に力を込め、垂直の重力に抗って立ち上がった。
ふと、右半身に奇妙な「軽さ」を覚えた。
視線を落とすと、そこにあるべき黒い袖は肘の先から無造作に引きちぎられ、赤い断面を晒している。
痛みはまだ、神経を伝わってこない。あまりに巨大な衝撃が、脳の感覚を一時的に遮断していた。
「……あ」
声にならない呼気が漏れる。
失った右腕の代わりに、地面に滴る鮮血が、彼女の生を繋ぎ止める最後の砂時計のように刻を刻んでいた。
その時、カーテンのように垂れ込めていた爆炎が、左右に割れた。揺らめく陽炎の向こうから、ガスマスクを装着した一団が、幽鬼のような足取りで現れる。
先頭に立つ少女――ミサキは、虚ろな瞳で惨劇の跡を見据えていた。彼女の手には、重々しい火器が握られている。
背後に控えるアリウスの兵士たちは、感情を排した機械的な動作で銃口を並べた。
「……標的、確認」
ミサキの声は、掠れた風の音のようだった。
右腕を失い、血の海に立ち尽くすゲヘナの「最強」を前にしても、その瞳に憐憫も、昂ぶりも、恐怖もない。
「死に損ないを……一掃する。配置に(ポジション、セット)」
死の宣告が、淡々と会場に響き渡った。
ヒナは、感覚の消えた右肩を庇うこともなく、残された左手だけで、己の武器を握り直した。
爆炎のカーテンが揺らぎ、焼けた大気がヒナの頬を撫でた。
滴り落ちる鮮血が、瓦礫の表面を不規則なリズムで叩いている。
ミサキは、その空虚な瞳をヒナに向けたまま、感情の起伏を一切排除した声で告げた。
「……もう、無理だよ、空崎ヒナ。右腕を失い、部下を全員瓦礫に埋めて……そんな体で、何を背負うつもり?」
ミサキの指が、重火器のトリガーを軽くなぞる。背後に並ぶアリウスの兵士たちが、機械的にボルトを引き抜く金属音が響いた。
「これから、私たちがすることは一つ。……この会場に残っている『生きた記号』を、すべて消去する。慈悲はない。苦痛もない。ただ、無に還るだけ。……それが、私たちがあなたたちに与えられる、唯一の
ミサキの言葉は、まるで葬列の足音のように冷たく、静かだった。
対するヒナは、激痛が走り始めた右肩の断面を一度も見ることなく、真っ直ぐにミサキを見据えた。
紫色の瞳には、死の淵にありながらも、決して濁ることのない烈火が宿っていた。
「……救済? 随分と、身勝手な言葉を使うのね」
ヒナは、残された左手だけで愛銃を掲げた。
その重みに体がわずかに傾くが、彼女の意志がそれを許さない。
「右腕を失った。……けれど、私はまだ『風紀委員長』としての責務を、一分一秒たりとも放棄してはいないのよ。それに...貴方は皆が死んだような口ぶりだけど、皆死んだなんてどうやって判断したの?皆、瓦礫の下で意識を失ってるだけかもよ?現に私はこんな有様だけど生きている。」
彼女は、怯むことなく啖呵を切ると口内に溜まった血を無造作に吐き捨て、薄く、しかし傲然と微笑んだ。
「ゴミ掃除なら、私一人で十分。……そこで見ていなさい。風紀を乱す羽虫を一匹残らず叩き潰してあげるわ。」
淡々とした宣告に対する、冷徹なまでの拒絶。
ヒナの背後で、かつて「最強」と呼ばれた彼女のヘイローが、ひび割れながらも凄まじい光量を放ち、戦場の闇を白く照らした。