稀代の暴君令息は、未来に期待出来ない 作:ヤハリ ナオ
「……マナーがなってねぇのはどっちだよ。人を呼び止めるのに星術使う馬鹿がどこにいる」
「人の言うことを聞かないあなたには、これぐらいしないと伝わらないようですから」
そう言ってピーターは、氷の剣を複数空中につくり出す。切先は当然、全てこちらへと向いていた。それを維持しながら、彼は礼服の懐から白い何かを取り出し、俺の方へと投げつけてくる。
すぐ目の前の地面に落ちたそれは、家紋の入った白い手袋だった。
「歴史のある公爵家の生まれなら、意味はお分かりでしょう?」
「……分からんな。踏めば良いのか?」
「そうしたいのならそうされれば良い。その瞬間、私は決闘の申し入れを受けたと判断しますがね」
……古びたしきたりを持ち出しやがって。
俺は思い切り顔をしかめた。
決闘。それは貴族の者同士で行われる、名誉と利害のための闘争だ。その最中に相手を殺してしまっても罪に問われることはない、神聖な果し合い。
尤も今では有名無実化した時代錯誤の行為になっているわけだが……まぁ、確かに言い訳に使えはするだろう。伯爵家の者が公爵家の者を殺したなんて、家を取り潰されても文句の言えない事態だが、決闘という建前があればほとんど問題はなくなる。ましてや俺が相手だしな。
「さぁ、ライルハーツさま。お選び下さい。そこなメイドを大人しく譲るか、手袋を拾って華々しく散るか」
ピーターが二択を迫ってくる。
俺はマントの下に隠れた腿にある数本の薄刃のナイフをそっと撫でた。
決闘とか言ってるが、いざとなったら絶対全員で攻撃してくるだろうな。敵は四人、剣は互いになし。向こうは星術主体か?暗器を使ってきそうな気配はないが……どう相手したものか。いや、そもそも戦うべきなのか。
チラリとグレイシアを見て、ピーターの方へ視線を戻し、問いかける。
「……どうしてコイツにそこまで執着する?そんな魅力的な女でもないだろ」
「ライルハーツさま?ちょっとー?その物言いはめちゃくちゃわたしに失礼ですよー?」
「どうして、ですか。それをあなたが言いますか。確かに大好物というほどではありませんが、楽しみにしていた料理ではあります。それを目の前で取り上げられたら……それは必死に取り戻したくなるものでしょう?」
気取った言い回しでそう告げられ、俺は首を捻る。よく分からない例えだ。
「……ちょっとピンと来ないな。俺、食えれば何でも良いし」
「それいつも言ってますよねー。お料理つくる側としては何でも良いって言われるのが一番困るんですけどー」
「は?手の込んだもんつくれって言われるやりマシだろ」
「いやむしろそっちのがつくり甲斐あって良かったりしますー」
「面倒臭がりが何言ってやがる」
「それとこれとは別なんですよー」
「──仲睦まじいのは結構ですが……もうそろそろ、よろしいか?」
下らない言い合いをしていると、遮るようにピーターが言葉を発する。
「別れの会話は充分でしょう。返答をお聞かせ願えますかな?」
勝ち誇った顔。ピーターは自身の有利を信じて疑っていなかった。
お望み通りに俺は答えを聞かせてやる。
「……決闘をするつもりはねぇな」
「では……!」
「──が、この女をやるつもりもない。……つーかそもそもお前の指図を聞くつもりはない。身の程を弁えて、黙って指でもしゃぶってろよ」
「ッ……!!なら、死ねばよろしい」
怒りに顔を赤くしたピーターが、氷の剣たちを射出する。俺はマントをはためかせ薄刃のナイフを二本取り出し、両の手でそれを振るって迫り来る剣群を迎え撃つ。
強度よりも造形にこだわっていたようで、いつぞやと同じく簡単に砕け散る氷の剣。
その光景を見て、ピーターは舌打ちする。
「チッ……おい、お前らもやれッ」
「ほ、本当に良いんですか?」
「早くしろ愚図がッ!先にお前から死ぬか?」
「し、失礼しましたッ」
どやしつけられて、及び腰だった取り巻きたちも戦闘に参加し出す。
飛んで来る炎の槍。俺は天空の星術を使い、腕を振る動作でそれを逸らした。続く氷の矢はナイフで捌く。
「ライルハーツさまー、ファイトですー。がんばー!良いですよー、鉄壁のディフェンスー。相手ビビってますー!」
「やめろその気が抜ける応援!お前も少しは手伝え……!」
「え、いや無理ですよー。鶏絞め殺すぐらいの腕前しかないですもん」
役立たずが!じゃあ何なんだよそのクソ度胸は!
後ろで冷や汗を流しつつもへらへらとしているグレイシアへ、内心で罵倒をぶつける。
実際確かに普段の動きなんかを見るに戦える人間ではなさそうだが、だとすると一歩間違えれば命を落とすこの状況でいつもの振る舞いが出来るのが謎だ。普通は怖がるものだろう。なんで野次みてぇな応援飛ばせてんだよ。いや、怯えて変な行動取られても困るわけだが。
相手は皆が皆星術の扱いに長けているというわけではないようだった。攻撃のテンポは遅いし、威力もそれほどのものばかり。狙いも甘い。現に今、岩の弾丸が俺を掠めもしない軌道で後方にそびえる岩の壁へと衝突した。破砕音、岩弾の欠片が飛び散る。
しかしそれでも数は力だ。一斉攻撃がないからこそある程度の余裕を持って攻撃を凌げているが、それはすなわち順繰りに攻撃されているからこそ休む暇がないということでもあった。
「おや、防戦一方ですな!時間稼ぎでもされているつもりですか?残念ながら今日この道を通るのはパーティーに参加する者くらい……それももう皆会場に揃っていることでしょう。あなたのような途中で抜ける礼儀知らずもそういないでしょうし……どれだけ待っても、助けは来ませんよ」
言葉と共に放たれる氷の剣。ナイフで弾く。
ほとほと面倒なことになった。この状況、果たしてどう切り抜けたものか。俺は口角を下げ──ふっとそれを緩めた。
「……そうだな。むしろ──そういうのにうるさいのが来た」
「何……?」
「──これも野暮用ですか?ライルハーツ殿」
凛とした声が、ピーター達の後ろより響く。闇の中、緑の瞳が煌めいている。
「そんなわけあるか。トラブルだよトラブル」
「そうでしょうね。一目見れば、大体状況は分かります」
赤いポニーテールを揺らし現れたのは、アシュリーだった。予定になかったであろう乱入者の登場に、ピーター一行は狼狽える。
「何故、あなたがここにいる……!」
「礼儀知らずの誰かさんを連れ戻すためです。尤も、それを遥かに超える愚か者に出会ったわけですが」
爛々と熱を感じさせるような眼が、ピーターを射竦める。
「学院でこのような乱闘を起こすなど、正気とは思えません。あまつさえ従者を背に一人で戦う者相手に大勢で襲いかかるなど……恥を知れ」
「ッ……ご高説痛み入りますよ。ですが勘違いされてませんか?王女さまの威を借りて気ばかり大きくなっているようだが、あなたは所詮没落した伯爵家の女でしかない。指図される謂れはありませんよ」
「人の威を借りて調子に乗っているのはそちらでしょう。偉いのはあなたのご両親であって、あなたではない」
「生意気な口を……!」
アシュリーが言うと、ピーターは忌々しげに顔を歪めた。ピクリと手が動く。まとめて彼女も始末してしまおうかと一瞬悩んだようだったが、護衛騎士という立場とその隙のない立ち振る舞いから断念したらしい。しかし瞳は憎悪に塗れていた。
アシュリーを睨みつけていた視線はやがて俺を捉え、最後にグレイシアを捉える。そしてピーターは大きく舌打ちをすると、こちらに背を向けた。
「…………おい、戻るぞ」
「え、あ、はい」
「か、畏まりました」
捨て台詞はなく、ピーターは取り巻きを連れアシュリーの横を通り、無言で親睦会の会場へと帰って行った。それを見送って、俺はナイフを仕舞う。
「ご無事ですか?ライルハーツ殿。それに従者の方も」
「ああ」
「ご無事ですー。ありがとうございます助けて頂いてー」
「いえ、騎士として当然の務めだ」
カツカツとこちらに近付いて来たアシュリーは、俺たちの安否を確かめた後、ピーター達が残したままにしていた岩壁に触れる。淡く光り出す目、それは星術を発動した証左だ。大地の星術を使い、壁を元に戻していく。俺も天空の星術を使い、砂塵だったり散らばった草花を片付けていく。
「……あの男の悪い噂は、わたしも聞いています。それもライルハーツ殿と違ってほとんどの噂が真実に近い。引き続きお気を付けを。また何かあれば、力を貸しましょう」
「……またがないのが一番なんだけどな」
「違いありませんね」
小さく笑って、同意するアシュリー。岩の壁は、すっかり消え失せていた。
「──本当は見つけたら連れ戻すつもりだったのですが……事情が事情だ。二人はもう帰られた方がよろしいでしょう」
「元よりそうするつもりだ」
「ではその前に一つ、お聞かせ願いたい。これは勘なのだが……あなたにはまだ随分余裕があったように感じられた。もしわたしが来なかった場合、どうされるおつもりだったのですか?」
そう訊ねられて、俺はグレイシアへと視線を送る。見られてることに気付いた彼女は、コクンと首を傾げた。
「……?何ですかー?……あ、もしやわたしに見惚れちゃいましたー?」
その彼女を指差し、俺は言う。
「あの男は、コイツにご執心だったからな。いざとなればコイツを盾にしてどうにか切り抜けるつもりだった」
「最低だ……」
「うわー……」
蝿を見るかのような目で俺を見てくる二人。淑女があんまりしちゃいけないような面をしている。良いだろ、別に。置き去りにしてるわけでもないんだし。
「……まぁそれは最後の手段だ。本当は折を見て親睦会の会場に星術をぶつけるつもりだった。そうすりゃ誰かしら人が飛んで来ただろうから、アイツらもどっかに逃げただろうし。問題はエドワードに喧嘩売ったみたいになることだが」
「別の意味で最悪ですよ、それも。追いかけて来て正解でした。間違っても公爵家同士の抗争なんて、起こさせるわけにはいきませんから……」
額を抑え、頭が痛そうにアシュリーは言葉を漏らした。
「出来ることなら、もっと穏便でスマートな方法を考えておいて欲しかったのですが……まぁ、実行に移してはいませんから良しとしましょう。とにかく、わたしはそろそろ会場に戻るとします。それでは、良い夜を」
「ああ」
「良い夜をー」
赤い髪を揺らめかせ、彼女は闇へと消えて行った。
それとは反対方向。
先までの騒がしさが嘘のように静かになった夜道を俺たちは、塔を目指して再び歩き始める。
少しの無言の時間を経て、グレイシアが口を開く。
「……いやー。まさかここまで直接的な手段に出てくるとは、思ってもいませんでしたねー。身分差を考えればまず有り得ない行為ですしー……え、ライルハーツさま舐められ過ぎじゃないですかー?」
「俺を舐めている筆頭、お前だけどな。というか俺が舐められてるんじゃなくて、お前が執着され過ぎてんだろ」
「人気者は辛いぜー」
戯言を彼女が吐かして、また訪れる無言の時間。二人分の足音と、穏やかな夜風に生垣が揺れる音だけが響く中、囁くようにグレイシアが呼びかけてくる。
「ね、ライルハーツさま」
「……なんだ?」
「もしもの時は、全然見捨ててもらって良いですからね?別にわたし、将来の夢とかないですし。何かあっても、悲しんでくれる家族がいるわけでもないですからー」
「……」
あっけらかんと告げられて、思わず押し黙る。
自分の生にまるで執着のないようなその台詞に、口を開きかけ。
けれども自分には関係のないことだと言葉を飲み込む。
自分が完全無欠の超人などではないことは、自分が一番良く分かっている。寄り道をしている余裕など、欠片もないのだ。
「……最初からそのつもりだ」
「なら、良かったですー」
月明かりは弱く。そう答えた彼女の表情は、窺い知ることは出来なかった。
塔はまだまだ先にあった。