稀代の暴君令息は、未来に期待出来ない 作:ヤハリ ナオ
「──そういえば、もうすぐ収穫祭の時期ですね。明日からでしたか?」
秋を迎えて、清涼な風が吹くある日のこと。いつもの木の下で、何の気なしにオルレアナが言う。
「聞けばその時期は毎日、朝から夜まで街が大賑わいを見せるとか。ライルハーツは、行ったことありますか?」
「前に一度だけな」
「どのような感じでしたか?」
「露店が沢山出てて、人も大勢いたな。街も飾り付けされてて華やかだった」
「そうなのですね……!」
両親が生きてた頃の記憶を思い出しながらライルハーツが説明してやると、彼女は大きな金色の目を輝かせる。
「良いですね、行ってみたいです。……というか、行きましょう!一緒に、収穫祭!」
「……いきなり何を言い出すかと思えば……」
突拍子もない提案に、ライルハーツは呆れる。
領主一族は基本として、街に出ることを推奨されていない。棲み分けの問題だ。面子を保つためには、平民が無礼を働けば貴族は処罰せざるを得ない。が、向こうのテリトリーに自分から入っておいてそんな真似をするのは、理不尽とも言える。故に公的な用がない場合は、街には出ない。それが大半の貴族の暗黙の了解だった。
「なんで俺が付き合わなきゃならない。サイモンかアイザックでも誘ってろよ」
だがその辺りを抜きにしても、そもライルハーツにはオルレアナに付き合う義理はなかった。突き放すようにそう言えば、彼女は、酷く寂しげな、困ったような笑みを浮かべる。
「それは……無理ですよ。わたくしはあの人たちに……あまり、好かれていませんから」
「……」
別にそれは、珍しい話ではなかった。親の愛情が一方に傾くなんてのは、平民貴族問わず、どこにでもありふれている。そしてお家争いで兄妹仲が悪くなるというのも、また然り。
とはいえ、当人にとってはあまり持ち出したくない話題であったはずだ。そこに不躾に触れてしまった。ちょっとした罪悪感が、ライルハーツの胸中に生まれていた。ちょっとした罪悪感を覚える程度には、ライルハーツはオルレアナに情が移っていた。
「…………いつだ」
「え?」
「……だから、いつ行くんだって聞いてんだ」
そっぽを向いて告げられた言葉に、最初オルレアナは怪訝そうな表情を浮かべ──次の瞬間、顔を明るくした。
前のめり気味に、予定を口にする。
「三日後!三日後、一緒に街に行きましょう!確かその日は、夕方頃に花火も上がると聞きました!」
「近ぇよ……分かったから離れろ」
勢いにたじろぎつつ、ライルハーツは誘いに承諾する。しかしまぁ、どうしたものか。そこまで喜ばれると反応に困る。
どこか面映さを覚え、ライルハーツはまた顔を背ける。
「絶対ですからね?約束を破ったら、酷いですよ?」
「分かったっつってんだろ……」
そよりと優しい風が吹いて、二人の周りを囲む白い花が、踊るように揺れた。
◇◇◇
約束の日。昼過ぎになってから、二人は動き始めた。
いつもの木の下で落ち合い、広大な敷地を見回る騎士たちの目を盗んで、二人はこっそりと外へ出る。
日頃から星術の練習に励んでいる彼らからすれば、この程度は造作もないことだった。
さてそうして抜け出した先は──二人にとってはまるで異世界のようであった。
視界いっぱいを埋め尽くす、人、人、人。行き交う彼らは皆、楽しそうな表情を浮かべている。
通りの両脇には露店や商店が連なっていて、店主や店番が思い思いの誘い文句で客を呼び込んでいる。
その上には右と左の建物を繋ぐように、花や果実、枝葉などで装飾された帯が複数、緩やかに吊り下がっている。さながらアーチのようだった。
誰かが演奏しているのか、どこかから陽気な音楽も聞こえてくる。
初めて訪れる収穫祭のオルレアナはもちろんのこと、一度経験したことのあるライルハーツも幼い頃で記憶が曖昧だったこともあって、どちらにとっても心揺さぶられる体験であった。
オルレアナが、感嘆の声を漏らす。
「これが街……これが収穫祭。なんて凄いのでしょうか。ドキドキが止まりません。わたくし……今日、ここに来れて良かったです」
興奮に頬を紅潮させる彼女に、ライルハーツは呆れた眼差しを向ける。
「来たばっかで何言ってんだお前……。そういう台詞は、終わった後に言うものだろう」
「……!そう、ですね。ええ、そうです。今は──思い切り楽しむとしましょう!」
ワクワクを隠し切れない様子で、オルレアナはライルハーツを連れて通りを歩き始めた。
初めて見る市井に、オルレアナの興味は尽きなかった。右に左にと視線があちこちを行く。それでいて人とぶつかることはないようきちんと注意も払っているのだから、流石と言える。
そんな中、ふと串焼き屋の露店がオルレアナの目についた。塩をかけた鶏肉を炙っただけのシンプルな串焼き。それが彼女の目には、とても新鮮なものに映った。
「ライルハーツ!あれを買いましょう!とても美味しそうです」
「金はあるのか?」
「もちろんです。小金貨で充分買えますよね?」
「……いや、そんなんで払われたら迷惑だろ。ああいうのは一本小銅貨数枚だぞ」
「……なる、ほど。なるほど、なるほど、なるほど……」
笑顔のままピシリと固まると、同じ文言を繰り返すオルレアナ。明らかに動揺している。それを見てライルハーツは察する。
「お前……金貨しか持って来なかったのか?バカだろ」
「返す言葉もありません……。その、ライルハーツは細かいお金、持っていたりしませんか?」
「持ってるわけねぇだろ。そもそも俺が自由に出来る金、ほとんどないし」
「う……すみません……」
オルレアナは項垂れた。ライルハーツはそれほどではあったが、オルレアナは串焼きというものに酷く惹かれていた。食べたい。でも支払いに使えるお金はない。小金貨など使ったら釣り銭に困るだろうし、身分もバレる可能性があるからだ。煙とともに届いてくる香ばしい匂いが恨めしかった。
「──そこの嬢ちゃんに坊主!どうしたんだ?買わねぇのかい?」
店の近くで、店の方をチラチラ見ながら会話していたのだ。向こうも気になるだろう。店主直々に声をかけられた。礼儀正しくオルレアナが対応する。
「いえ、買いたいのは山々なのですが、生憎と使えるお金がなくて……すみませんが、またの機会に頂こうかと思います」
「おいおいおい……そんなしょんぼりとした顔させたまま帰すわけにはいくかよ。サービスだ!二本選びな!タダでくれてやるよ!」
「まぁ……!本当ですか?ありがとうございます!」
人情に篤い店主だった。彼の心優しい申し出に、オルレアナは喜色満面となる。
「でしたら、そうですね……わたくしから見て左から四番目の、そう、その串焼きと……そこから更に左に三つ目の──ああ、いや、やっぱりそれから一つ戻った串焼き、そうですそれです!その二つでお願いします」
「お、おう、めちゃくちゃ拘るなこの嬢ちゃん……まぁその強かさが人生には必要だよ。ほら、持って行きな」
「どうもありがとうございます!」
店主にお礼を告げて、オルレアナは串焼きを二本受け取る。こんがりと焼かれた鶏肉は食欲をそそる色、見た目をしていた。それらを持って、ライルハーツの元へと戻って来る。
「どうです?ライルハーツ。串焼きを手に入れましたよ。これが──お姉ちゃんです」
「何得意げな顔してんだ。お前、店主の厚意に甘えただけだろ」
「それは言わないお約束ですよ?店主の方が優しいお人で助かりました。感謝してもし切れませんね。……はい、ライルハーツの分です」
「……どうも」
二人は揃って鶏肉の串焼きに齧りついた。皮はパリっとしていて、肉は柔らかい。滲み出る脂、また塩も効いていて、なかなかに美味しい。
「……美味いな」
「ですね!」
ライルハーツの零した感想に、オルレアナは弾けるような笑みで同意した。
収穫祭だけあって、通りにある露店や屋台で売られている品は種々雑多だった。
串焼きのような軽食の他にも、土産品やアクセサリーなんかが売りに出されている。
「まぁ……見て下さいライルハーツ、あのブローチ。葉っぱの形をしています。とても可愛いですよ」
「……可愛いか?よく分からんが」
「可愛いですよ。物凄く買いたいです。でも、はぁ……金貨しかありません」
「庶民向けっぽいしな。また強請ってきたらどうだ?」
「出来ませんよ、そんな真似っ。人の優しさにつけ込むなんて、よろしくありません。……明日。明日まで残っているでしょうか……」
もどかしそうに呟くオルレアナに、ライルハーツが呆れた反応をする。
「お前、明日も来るつもりなのか……?」
「だって一日で満喫し切れませんよ、こんな素敵な催し!ところでライルハーツは明日、暇ですか?暇ですよね?」
「…………はぁ。乗りかかった船だ。仕方ねぇ」
「──!大好きです。ライルハーツ」
「うるせぇよ」
どこまで通りを進んでも、街は賑やかだった。まさしくお祭り騒ぎだ。店に人、もの、飾り付け、色々なものに目移りしながら歩いていたその時だった。
「──そこの二人、兄ちゃんに嬢ちゃん。手品やるから、ちょっと見ていかねぇか?」
露店の切れ間。裏路地の入り口の前で、木箱に腰かけた男に声をかけられる。フード付きのローブを身につけていて顔は分からない。が、僅かに覗いた右目は、オルレアナと同じ金色をしていた。
「手品ですか?とても心惹かれるお誘いです」
「良いね、そうこなくっちゃ。それじゃあ始めよう」
男はニヤリと笑って、二人へ差し出すかように手を開く。そこには一番価値の低い貨幣、鉄貨がのっていた。その上をもう一方の手がなぞると、通り過ぎた頃には鉄貨は小銅貨となっていた。繰り返すこと三度。小銅貨は大銅貨になり、大銅貨は銀貨になり、銀貨は小金貨になった。
驚く二人に、男は今度は右手で小金貨をつまんで掲げて見せる。
それを左手に包ませ、手の甲を上向きに目線の高さまで持ち上げる。腰ほどの位置で右手を皿のように置いて、左手を開く。するとどうしたことか、落ちて来たのは指輪だった。
右手でそれを受け止めると、今度は右手を持ち上げ左手を受け皿にする。落ちて来たのは石ころだった。その次はガラス玉、そのまた次は飴玉だ。
飴玉をつまんだ男は、それを口へと投げ込み──ボコボコと、ローブが膨らみ出す。
すわ何事かと身構えるオルレアナとライルハーツ。次の瞬間、バサバサバサ、と。大量のカラスがローブの中から現れ、空へと飛び立って行った。
「──どうだい?楽しんで頂けたかい?」
二人は暫く空へと舞ったカラスの集団に目を奪われていたが、男に声をかけられてハッと我に返る。
「ええ、とても素晴らしかったです!」
「見事だったな。まるで種が分からなかった」
「ひゃははっ、そりゃあ良かった」
「おひねりもバンバン飛ばしたい気持ちです。ただ、今はそれに使えそうなお金がなくて……すみません」
「気にすんなよ。あぁでも、そうだな……お前ら、今日はいつまで収穫祭を楽しむ予定なんだ?」
「花火を見てから帰ろうかと思ってます。わたくし、花火を見るの初めてなんです」
「そうかい。そいつぁ良い。きっと忘れられない思い出になるだろうよ」
「ええ、楽しみです」
オルレアナの返事を聞いて、フードを目深に被った男は、顎をさすりながらニカリと笑った。
男と別れて、街の散策を再開する。収穫祭は、あまりにも見所があり過ぎた。吟遊詩人の唄を聞いたり、露店を冷やかしたり、見世物を眺めたりしている内に、時間はあっという間に過ぎていた。間もなく花火が上がるはずだ。雑踏の皆が足を止め、その時が来るのを待っていた。
夕空はほんの薄らと紅がかっているも、青く澄んでいる。色とりどりの花火もさぞ映えることだろう。
「もうすぐ、ですね。ドキドキしてしまいます」
ほぅ、と熱っぽい息と共にオルレアナは言葉を漏らす。視線の先は、当然空だ。
「…………ねぇ、ライルハーツ」
「なんだ?」
ライルハーツは、オルレアナの方を向く。目に映ったのは、空を見上げる彼女の横顔だ。それは幼いながらにほとんど完成されていて、ゾッとするほど美しい。
オルレアナは、視線を空に向けたまま、言葉を紡ぐ。
「初めて会った時のこと、あなたは覚えていますか?」
「……まぁ、姉を自称する不審者が突然現れたんだ。忘れたくても忘れられねぇよ」
「ふふっ、酷い言い様ですね」
口元を手で隠しながら、彼女は上品に笑う。
「…………この間、わたくしはお父さまたちから好かれていないという話をしましたよね。きっと、多分……お母さまからもそうでした」
「──」
「わたくしは望まれて産まれてきたわけではないのです。愛のない政略結婚だったんです。だから、わたくしはお父さまと話したことは数えるほどしかありませんし……お母さまとだって、ほとんど会話をしたことはありましたでした」
滔々と語る彼女の姿は、ガラス細工のように儚く見えた。触れたら簡単に壊れてしまいそうな、そんな危うさがそこにはあった。
「わたくしは、家族が欲しかったんです。気安く話せて笑い合える、そんな家族が。……あなたに近付いたのも、そのためなんです」
ライルハーツは、黙って耳を傾ける。
「どの顔でと、自分でも思いました。あなたから権利も屋敷も思い出も……いくつも奪っていった人の娘のくせして。けれど……我慢出来ませんでした。どうしても、家族が欲しかった」
胸元で握りしめられたオルレアナの拳には、強い力がこめられていた。願いの切実さを示すかのように。
「ねぇ、ライルハーツ。打算で近付いたわたくしを……わがままばかりのわたくしを許してくれるのなら。どうかわたくしをあなたの家族に……姉にしてくれませんか?」
ようやく、振り向いて。
彼女はライルハーツに請い願う。
透き通ったその声には、僅かに怯え調子が含まれていた。緊張できゅっと引き結ばれた口元。大きな金の目は、少し揺れていた。
睨むように目を合わせ、ライルハーツはゆっくりと口を開く。
「…………別に、打算だとか。そんなことは分かってた。当たり前だろ。むしろ慈悲だとか憐れみで近付いて来てたんだったら、俺はお前に付き合ってねぇよ」
「ライルハーツ……」
「お前と……お前と過ごす日々は、悪くない。嫌いじゃない。だから……レアナ。その、なんだ。……お前がしたいように、すれば良い」
最後は、気恥ずかしさから目を逸らし。酷く遠回しに、ライルハーツは思いを伝える。
果たしてそれは、正しくオルレアナに届いた。
喜びを、安堵を、幸福を、彼女は噛み締めるように微笑む。
「……ありがとうございます、ライルハーツ。やっぱり──大好きです」
「……喧しい。花火始まるぞ」
赤くなった顔を背け、青々とした夕空を見上げるライルハーツ。愛おしむような眼差しで彼を一瞥してから、オルレアナは倣って夕空を見上げる。
示し合わせたかのように、花火が上がる。
わっと巻き起こる歓声。
一筋の軌跡を描いて飛び上がったそれは、けたたましい音と共に、鮮やかな花を空に咲かせる。
──それが、終わりを告げる号砲となった。
花火の音を優に超える騒々しい倒壊音。
遠く音の所在地へ目を凝らせば、市民に愛される時計塔が、ガラガラと崩れ落ちていた。
立ち昇る粉塵の影から、幾多もの鳥が飛び出す。否、それらは鳥ではなかった。鳥を模した──混沌の使徒だった。続いて犬型の使徒が、牛型が、蜘蛛型が、どんどんと湧き出て来る。
街は城郭に囲まれていて、使徒が入り込めるはずはなかった。なのに、いる。飽和するほどに暴れ回っている。目にした有り得ない事態に、人々は一気に狂乱の渦に叩き込まれた。