稀代の暴君令息は、未来に期待出来ない   作:ヤハリ ナオ

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界立学院

 入学許可証を片手に邸の中を歩いていると、曲がり角に差しかかった辺りで、茶色の髪の青年と出会った。貴族然とした格好、顔立ちはどこかサイモンと似ている。それもそのはずだ。何せ彼は、サイモンの実の息子なのだから。

 

「──んん?……なんだ、誰かと思えばライルハーツではないか」

「……アイザックか」

 

 俺の姿を視界に収め、青年はいやらしく頰を吊り上げる。

 

 アイザック・ノア・イシュザーク。それが彼の名前だ。

 

「使徒との抗争にまた参加したと聞いたが……目立った怪我はないようだな。相変わらず悪運の強いことだ」

「お前らの教育の賜物だな。すっかり死に難くなった」

「それはそれは……」

 

 当然サイモンの影響を強く受け育っているものだから、俺への当たりも強い。まぁまともな感性を持っていれば当たり前の対応だとも言える。俺が消えればサイモンは公爵となり、自身も次期公爵となるのだから、わざわざ仲良くなろうとするはずもない。

 

 と、彼は、俺の手元に目をやって。

 

「む。その手紙は……なるほど、学院への入学許可証だな?そうか、行くのか」

 

 顎を擦りながら、一人納得したアイザックは、懐かしそうに言葉を紡ぐ。

 

「いやぁ、学院は良いぞぅ?他国の者と友人になったり、ライバルと切磋琢磨して剣や星術の腕を磨いたり、ご令嬢と甘酸っぱい時間を過ごしたり……輝かしい思い出ばかりだ」

「ふーん」

「ものすごく興味がなさそう!!あ、何爪弄ってる、失礼だろうがっ、傷付くだろうがっ!!」

 

 だって、どうでも良いし。

 

「ぬぅ……まぁ良い。それより、どこの学院に行くのだ?私は第五だったが」

「第七だ」

「とすると……確かクロムバード王国との境目辺りだったか?ちと遠いな。いつここを発つのだ?」

「今からだな」

「ほう、今からか。……今からぁっ!?」

「喧しい……もう行くぞ」

「いやいや待て待て待てぃ」

 

 声を裏返らせて驚くアイザックを置いて歩き出すと、慌てて彼も後をついてきた。

 

「今からって……いくら何でも急だろう。馬車もそんなすぐには手配出来ぬぞ?」

「民間のやつを乗り継げば問題ない」

「それは……だがウチのより遅いだろう?」

「だから今から行くんだろ」

「む……なるほど。だが荷物はどうするつもりだ?」

「最小限のものを持って行く。担げるくらいのな。準備も済んでる」

「そんなので足りるのか?服とか……」

「数着あれば充分だろ」

 

 第一そもそもの話として、大仰に運ばなければならないほど荷物を持っているというわけでもないのだ。冷遇の一環で、俺の私物は驚くほど少ない。おかげで荷造りなんかはすぐに終わったわけだが。

 

「というか、準備は済んでると言ったか?……まさかお前、学院へ送られることを予想していたのか?」

「舐め過ぎだ。こうなることは、誰でも分かる」

 

 物理的に排除出来ないのなら、遠ざける。至極当然の思考だ。

 

「……その割には、抵抗しないのだな」

「むしろ願ったり叶ったりだからな」

「……どういう意味だ?」

「言葉通りだ」

 

 私室に戻り、用意してあった荷袋を左の肩に背負い、腰に剣を携え邸宅を出る。アイザックは未だなお付き纏っていて、あれこれ口喧しく言ってきていた。

 

「家紋の入った何かは持ったか?それがないと学院には入れぬぞ?」

「持った」

「旅費は足りるか?そこそこかかると思うが……」

「問題ない」

「あとは、そうだな……」

「いやしつこいわ。もういいわ。お前は俺の母親か」

「いや従兄だが」

「知ってるわ」

 

 本当に、調子の狂う。

 

 俺は小さく嘆息する。

 

 こういうところが嫌なのだ、この男は。人のことを疎ましく思っている癖に、イマイチ非情になり切れない、半端な抜け作。サイモンとはどうも似ても似つかない。

 

 一通り気になることを確認し終えたアイザックは、そこで真面目な顔をつくった。

 

 そして、躊躇いがちに。

 

 声音を低く、訊ねてくる。

 

「……ライルハーツ。お前、レアナのこと、まだ引きずっているのか?」

 

 蘇る情景。

 

 花が咲くような少女の笑顔、本、木剣、フードを被った男、灰をぶちまけたような空、崩壊した街、血に沈んだ左腕。

 

 胸の奥底で、感情の火が小さく揺らめくのを感じた。

 

「……お前が知る必要のないことだろ、それは」

 

 突き放すように、そう言って。

 

 俺はアイザックに、そして十五年を過ごした公爵邸に、背を向け歩き出す。

 

 振り返ることは、一度もしなかった。

 

 ◇◇◇

 

 馬車を何度も乗り継ぎ、数日かけてようやく学院の姿が見えてきた。

 

 学院の敷地には基本、関係者しか入ってはいけない。普通の貴族の場合は家で馬車を持っているので問題なく中に入れるが、俺が利用する民間の馬車はそうもいかない。それ故最後は徒歩で目指すことになっていた。

 

 学院の外観は何となく城に似ていて、瀟洒でありつつ華美ではない。その周りに、無骨な城壁がぐるりと張り巡らされている。

 

 壁門には、衛兵が左右に一人ずつ配置されていた。その先には文官と思しき見た目の人物が数人立っている。

 

「──ようこそおいで下さいました。失礼ながら、何かご身分の証となるものはお持ちでしょうか?」

 

 文官たちは揃って恭しく礼をして、その内の一人がそう訊ねてきた。

 

 俺はポケットからぶどうをモチーフにした家紋のペンダントを取り出し、顔の前に掲げて見せる。途端、彼らは顔色を変えた。

 

「こ、公爵家の方でしたか……!その、供回りの姿が見えませんが……」

「まぁ、いないからな。普通にお一人さまだ」

「さ、左様ですか……えー、でしたら……」

 

 彼らを代表して話していた眼鏡の文官は、戸惑ったような反応を見せた後、助けを求めるように周りに視線を送る。が、他の文官は素知らぬ顔だ。孤立無援を悟った眼鏡の文官は、諦め顔になる。

 

「……でしたら、僭越ながら私が学院をご案内させて頂きます」

「ん、頼む」

 

 そういうわけで、眼鏡の文官を伴って学院の敷地へ足を踏み入れる。

 

 城壁の中は、想像を遥かに超える広さだった。下手をすれば、そこいらの小さな街よりも大きい。

 

 一番に目立っていた城のような建物とは別に、他にもいくつか学舎があり、また講堂も建てられている。用途が違うのか砂の敷かれたグラウンドも複数あった。学舎から少し離れ、放射状に並ぶ大小様々な建物は、生徒や教員が生活するためのものらしい。派手なものもあれば質素なものもあり、屋敷のようなものもあれば棟のようなものもある。またこれらの建物は、国ごとで区画が別れているようだった。

 

「こちらがライルハーツさまにお使い頂く建物になります。同格であらせられるレヴィアコール公爵家の方と大体同じ構造の屋敷となっております」

 

 ゼレンハーティア王国の区画に連れて来られた俺に紹介された建物は、有り体に言えば──クソデカかった。三階建て、奥行きと窓の多さからしておそらく部屋の数は数十はあるだろう。流石に公爵邸ほどではないが、それでも十二分にデカい。

 

「……これが?」

「え、ええ……」

「デカ過ぎだろ……管理し切れねぇよ」

「その、通常は側仕えや護衛、派閥の者も使われますから……」

 

 なるほど?公爵家ともあれば、身内も相当な数になる。だからこその、このデカさか。納得のいく理由だ。

 

 ……でも俺、一人なんだよな。派閥の貴族どころか側仕えすらいない。明らかに持て余す。

 

「……別の建物ないか?一人用の小さいやつ。家柄とか気にしないで良いから」

「ベ、別の小さな建物ですか……!?えー、少々お待ち下さい……!」

 

 多分、もっと広い建物に代えろという要求は過去に何度もあっただろうが、その逆は初めてだったのだろう。酷く慌てた様子で、手にしていた紙束をペラペラとめくる。

 

「そ、それでしたら、こちらの建物はいかがでしょうか?」

 

 そう言って次に紹介されたのは、先程のものと比べて幾分にもこぢんまりとした建物だった。石造りで、形は塔に似ている。

 

 内装も落ち着いていて、家具や調度品も必要最低限のものがきちんと揃えられていた。

 

「……良い感じだな。これにしよう」

「か、畏まりました。……あの、本当によろしいのですか?公爵家の方がお使いになられるような建物ではないと思いますけど……」

「良いんだよ。派閥も側近も荷物も、何もないんだから。何ならこれでもデカいくらいだ」

「は、はぁ……とりあえず、鍵はお渡ししておきますね」

 

 眼鏡の文官は、鍵束の中から一つだけ鍵を外し、それを俺へと渡してくる。住処を確保した次に案内されたのは、食糧庫だった。

 

 

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