稀代の暴君令息は、未来に期待出来ない   作:ヤハリ ナオ

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始業式

 食糧庫は、見た限りでは灰色をした立方体の建物といった印象、だがそれはほんの一部分でしかなく、実際は地下で袋状に広がっていた。

 

 食糧庫内に入ってみれば、実感できる。一階部分にも木箱や麻袋に入った食糧が棚や床に並べられているが、地下への階段を下れば、広大な空間にそれ以上の量の食糧が所狭しと並べられている。

 

「大分冷えてるな……宝珠機構を使ってるのか?」

「ええ、はい。流水の宝珠を」

 

 いくら地下だとしても、この肌寒さはおかしい。問いかけてみると、やはり宝珠機構を用いているようだった。

 

 ──混沌の使徒の身体には血はなく肉もなく、あるのは骨格と外殻、そして宝珠だけだ。

 

 骨は丈夫で軽く、加工しやすいため、雑貨や小物などに使われている。外殻は骨よりも遥かに頑丈なため、武器の素材として用いられている。そんな中宝珠は、飛び切り不可思議な物体として存在している。

 

 長い歳月をかけても使徒の身体構造は完全には解明し切れてはいないわけだが、宝珠はとりわけ謎に満ちている。

 

 はっきり分かっているのは、宝珠が使徒の動力源であることと、各使徒の身体に必ず一つ存在していること。そして星術の力を蓄積する機能を持ち、また一定の時間をかけて一定の量を放出する機能も持っているということだ。

 

 この最後の二つの仕組み及びそれを利用した道具や装置を、一般的に宝珠機構と言う。

 

 例えばこの食糧庫は、流水の力を籠めた宝珠を使用して冷気で空間を満たすことで、食糧を低温で保管しているようだった。

 

 ……まぁ貯蔵してあるのはこの量で、しかも提供する相手は貴族だしな。宝珠機構も使うか。

 

「担当の者に身分の証となるものを見せて頂くことで、食糧を受け取ることが出来るようになっております」

「好き勝手持って行くことは出来ないと」

「ええ、食糧も無限ではありませんから。また中に入る際にはこのように……」

 

 言いながら眼鏡の文官は周囲を見渡し、共に入ってきた新しい文官と数人の衛兵を示す。

 

「見張りも同行しますので、食糧に何かが混入されるなんてことも起きないようになっています」

「厳重だな。……まぁ良い。一先ず一ヶ月分の食糧を用意してくれ」

「畏まりました」

 

 答えたのは新しい方の文官だった。大きめの木箱に果物や野菜などを詰めながら、彼は訊ねてくる。

 

「何か嫌いな食べ物や過敏を起こす食べ物はございませんか?」

「ないな。食えれば何でも良い」

 

 数分ほどして、大量の食糧が収められた木箱が三つ用意された。

 

 そのタイミングで、眼鏡の文官が恐る恐る質問を投げかけてくる。

 

「その、側仕えはいらっしゃらないのでしたよね?でしたら、私がお運びした方がよろしいでしょうか?」

「いや、良い。自分で運ぶ」

 

 そう言って俺は、それぞれの木箱の下で小さく天空の力を発動させる。

 

 天空の力は、大まかに言えば大気を操るものだ。風を纏って加速することも出来るし、こうやって物体を浮かすことも出来る。

 

 食糧庫を出ると、他の生徒の姿がチラホラ見えた。年頃は皆同じだが、振る舞いからして友人などではなさそうだ。主と護衛や側仕えの関係だろう。

 

「──その他の学院の設備につきましては、それほど複雑なものはございませんのでご案内は省かせて頂きます。講義室などを探す場合はこちらの地図をお使い下さい」

 

 渡されたのは、学院全体の案内図だった。あまり詳細に書かれてはおらず、おそらく講義に用いる場所の位置だけを示したものだと考えられる。が、ないよりはずっとマシだろう。

 

 「またこちらは実施予定の講義表となっております。何か分からないことがございましたら、我々執務官や教師などにお訊ね下さい。それでは失礼いたします」

 

 最後に講義表を渡すと、止める間もなく逃げるように眼鏡の文官──執務官は、その場を去ってしまった。余程プレッシャーがかかっていたらしい。さもありなん。

 

「しかしどうしたものか……」

 

 じっと、学院の案内図に視線を下ろす。学院の外、城壁の向こう──即ち使徒の生息域には、無許可での立ち入りを禁ずるという旨が記載されていた。それは少し……困る。また資料室や書庫の存在が学院の案内図に載っていないことも痛い。ただ載っていないだけだと信じたいが……まさか存在しないなんてことはないよな?

 

 ああ、講義のカリキュラムも組まなければいけないのか。いきなり明日から講義が始まるらしいし……。

 

 やらなければならないことはてんこ盛りだった。ともかくも俺はまず、浮かせていた食糧を塔に仕舞うことにした。

 

◇◇◇

 

 界立学院には制服の着用義務はないが、代物自体は存在する。カラーは黒で、上は詰め襟に肩章といった所謂軍服に似たデザインだ。男子は下はシンプルにズボンになっているが、女子は構造からして少し異なっていて、上下一体のドレス型になっている。

 

 別に着なくて良いのならわざわざ着る必要もないだろうと俺は考えていたのだが、同年代の多くはむしろ制服というものに大層な憧れを抱いていたようだった。

 

 次の日の朝、学院のだだっ広い講堂。

 

 そこには始業式を行うために、全生徒およそ六〇〇人ほどが集められていた。前述の通りに生徒の大半は制服というものが大好きらしく、見渡す限りそれを着用している者ばかりであった。

 

 その中で普段通りの白いシャツに灰色の片マント、黒のズボンといった格好をしてるもんだから、今の俺は酷く目立っていた。悪目立ちだ。

 

 更に首から家紋を模したペンダントをかけているもんだから、余計だ。何故なら、俺の悪評は領外にも広まっている。二倍に悪目立ちをしていた。

 

「あれが、噂の暴君令息……」

「目つきが悪いな。確かに人殺しなんて慣れてそうだ」

「あまりお近付きになりたくはありませんわね……」

 

 遠巻きにヒソヒソと囁かれ、向けられるは奇異と怯えと嫌悪の視線。まるで出来の悪い絵画にでもなったような気分だった。

 

 一人壁に背をもたれて顔をしかめていると、講堂全体に声が響き渡った。

 

「──入学、あるいは進級おめでとう。学院長のイミグラント・ノア・クラリティだ」

 

 講堂の奥の壇上には、初老に差しかかっているだろう男の姿があった。刻まれた皺は苦労の跡か。しかし眼光は衰えておらず、鋭く生徒を見渡している。

 

「手短に話そう。諸注意は三つだ。まず学院内において諸君は帯剣及び星術の行使を許可されているが、無闇矢鱈とその力を振るう行為は推奨されていない」

 

 ……嫌な言い方だ。つまり、禁止はされていないということだろう。

 

「また諸君らには、家、そして国を背負う立場にあることを自覚した振る舞いを求める」

 

 これは……身の程を弁えろという意味か?それとも国同士の揉め事は避けろという意味か?

 

「最後に、生徒間で起きた事象について、基本我々は関与しない。我々はただ学びの場を整え、知識と技能を授けるのみだ」

 

 どっちもっぽいな。勝手にやってろって感じか。まぁ下手に学生同士の揉め事に首突っ込んで、自分より身分が上の奴に目を付けられたら、将来何されるか分からないもんな。

 

「そしてそれが諸君らの血肉となれば幸いである。以上だ。世界は諸君に期待している。では、解散だ。講義は三〇分後から始まる。各々興味の赴くまま講義を選ぶと良い」

 

 集めるだけ集めといて、話は一瞬だった。学院長はさっさと壇上から消えている。

 

 周囲の生徒たちはというと、未だ講堂から出ようとはしていなかった。近くにいる者同士で言葉を交わし、早くも友人ないし側近、派閥をつくろうとしているようだった。

 

 むしろ学院としては、始業の挨拶よりもこっちが狙いだったのかもしれない。短いながらも社交の場をつくることで、生徒間でのその後の軋轢を少なくする。そんな狙いが。

 

 ……まぁ、憶測でしかないわけだが。

 

 とはいえ俺にはやはり関係のない話である。別に友人も派閥もつくるつもりはないのだから、いるだけ無駄だ。早いところ講義室へ向かおう。

 

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