稀代の暴君令息は、未来に期待出来ない   作:ヤハリ ナオ

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初めての講義

 講堂を出て、城に似た中央の学舎に入る。最初に選んだ講義が行われる場所として指定された講義室には、いくつものラウンドテーブルが並べられていた。全てにテーブルクロスがかけられていて、四つずつ椅子も置かれている。

 

 適当な位置のテーブルを選んで、椅子に腰を下ろす。

 

 時間が経つにつれ、どんどんと席は埋まり出したが、俺のところには誰も来ない。余程悪名が効いているらしい。領外どころか国外にまで広まってんのか?馳せて回り過ぎだろ、悪名。

 

 どこかで鐘が鳴ると同時に、担当の教師と思しき男が、ティーセットなんかを乗せたワゴンを押しながら姿を現した。開け放たれていたドアを閉め、ワゴンを教卓の横に止めた彼は、口を開く。

 

「ああ、どうも皆さん、お初お目にかかります。若輩者ですが、皆さんの力になれましたら幸いです。……えー、皆さんこれを受講するということは、一人前の使用人を目指しているということで間違いないと思うのですが……」

 

 講義室を見回りながら喋っていた彼は、俺の姿を見留めて、話を止めた。

 

「……あの、イシュザーク公爵家の方、ですよね?ゼレンハーティア王国の」

「そうだが」

「た、大変失礼ながら……講義室をお間違えではございませんか?ここで行うのは、使用人技能についての講義で、公爵家の方が受講するようなものではないと思うのですが……」

「……?いや、合ってるが。それを学びに来たんだよ」

「???さ、左様ですか……」

 

 甚く混乱しながらも、彼は話を再開する。

 

「え、えー……とにかくこの講義では、使用人に求められるスキルや、そのコツなどについてお教えしていきます。初回はまず、美味しい紅茶の淹れ方について。実習に使う一式を用意していますので、申し訳ありませんが各テーブルから一人、取りに来て下さい」

 

 指示されて、わらわらと動き出す生徒たち。俺もまた指示に従い実習用のセットを取りに行く。

 

 一式の内容は、四人分のティーカップにティースプーン、ティーポット、それと中身が入っているのと入っていない水差しが一つずつ、加えてやかんにスプーン付きの茶葉入れ、茶漉し、手拭い、黒い箱に似た装置といったものになっている。それらが銀盆の上に乗せられ、纏めて運べるようになっていた。

 

 銀盆ごとその一式を持って席へ帰る。

 

「全てのテーブルに行き渡りましたね?よろしい、それでは始めていきましょう。まず──」

 

 と、そこで。ギィと音を立てて、講義室前方のドアが開いた。入ってきたのは、一人の女子生徒だった。

 

 気怠げな雰囲気に、艶やかながらもボサボサの黒髪。眠たげな瞼から覗く瞳は月のような金色をしている。

 

「すいません、遅れちまいましたー……」

「ああ、いえ、まだ始まっていないので大丈夫ですよ。とりあえず、好きな席に座ってもらって……」

 

 言いかけた教師は、口を噤む。席はほとんど埋まっていて、選択の余地はなかった。空いているのは、俺のラウンドテーブルだけだ。教師は困ったように、俺へと視線を向ける。

 

「その、構いませんか……?」

「好きにすれば良いと思うが」

「ありがとうございます。……では、あちらの席に座って下さい」

「りょーかいですー」

 

 間延びした口調でそう返事して、彼女は俺の対面の椅子に腰かけた。

 

「改めまして、まずは器具の説明からしていきたいと思います。一式の中に、黒い箱のようなものがありますね?それは日輪の力を用いた宝珠機構でして、持ち運べる竈になります」

 

 そんなのがあるのか。しげしげと携帯竈を眺めていると、頬杖をついていた黒髪の女子生徒に声をかけられる。

 

「そのペンダント……イシュザーク家の紋章ですよねー?ってことはあなたが噂の暴君令息さまですかー?」

「……そう呼ぶやつもいるな。お前は?」

「ああ、しつれーしつれー。巡り合いに感謝を。ゼレンハーティア王国、セルヴィス子爵家のグレイシアと申しますー」

「……巡り合いに感謝を。ライルハーツだ」

「はい、とりまヨロですー」

 

 異様にノリが軽いな、コイツ……本当に貴族か?

 

 失礼なことを思っている間にも、講義は進んでいた。携帯竈の利便性と危険性についての説明が終わり、丁度その使い方について話そうとしているようだった。

 

 なんでも、レバーを動かすだけで中央部分から熱が放たれるらしい。どういう仕組みなのだろうか。

 

「それでは実際に紅茶を淹れていきましょう。一度に全員は出来ませんので、順番を決めて下さい。そうしましたら、まずやかんに水を入れて沸騰させて下さい。携帯竈では火が見えませんから、気をつけて」

 

 いよいよ本格的に紅茶の淹れ方についての講義が始まるようだった。しかし、順番か。グレイシアに視線を送る。

 

「お先にどーぞ、ライルハーツさま。あ、でもわたしの分もつくって欲しいかもですー」

「初心者の淹れる紅茶だぞ?良いのか?」

「怖いもの見たさってやつっすねー」

 

 普通に失礼だな。内心イラッとしつつ、指示に従い動き始める。

 

「沸騰したお湯を、ティーポット、そしてカップに注いで下さい。こうしてあらかじめ温めておくことによって、紅茶の温度が下がること、香りが逃げることを防ぐことが出来るんです。そうしたらお湯はまた温めておいて下さい。また少ししたら、ポットの方のお湯は空の水差しに捨ててしまって構いません。水滴は軽く拭いておいた方が良いでしょう」

 

 ???え、何、めんどくさ。そんな手間かかるのか?紅茶淹れるのって。

 

 若干もたつきながら、言われたことをこなす。

 

「茶葉をポットに入れていきます。今回はティースプーン一杯で一人分になりますので、三杯分入れましょう。今回使うのは大きい茶葉なので、山は大きめでよそります。細かい茶葉の場合は、山は膨らんでいる程度にしてよそります」

 

 よし、こんがらがってきた。

 

 早くも諦めの域に入りつつ、その後も話を聞きながら紅茶をつくっていく。湯をティーポットに注ぎ蓋をして三、四分ほど蒸らし、時間が経ったらスプーンでポットの中を軽く一回混ぜる。カップの湯を捨て手拭いで水気を拭き取り、茶漉しを使いながらポットの中身を注いでいく。かくして紅茶の完成である。

 

「おー、お疲れさまですー。飲んでみても良いっすかー?」

「勝手にどうぞ」

「どもー」

 

 形式上のお礼を述べて、グレイシアはカップに口をつける。楚々とした動作だ。こういった部分は貴族らしい。

 

 一口飲み終えた彼女は、静かにカップをソーサーに戻し、感想を告げる。

 

「なんかドブの味っすねー」

「おい、いくらなんでもだろ。いくらなんでも言い過ぎだろ」

「や、でも、ガチで……ライルハーツさまも飲んでみて下さいよー……」

 

 あまりにもあんまりな感想。そんなわけないだろうと、俺もまたカップを口元へ運び傾ける。

 

「──まっず……なんだこれ、紅茶への冒涜だろ」

「本当ですよー。才能ねーですね、ライルハーツさま」

「お前はお前でさっきから言い過ぎだろ。じゃあお前つくってみろよ」

「はぁ、良いですけどー」

 

 あっさりと了承して彼女は、テキパキとした手際の良さで紅茶をつくっていく。瞬く間に淹れられた紅茶は、俺が淹れたものと比べて色から違うような気がした。

 

「どぞー」

「……」

 

カップを手に取り、口元へ近付ける。芳醇な香りが漂って、舌に乗せれば甘くすっきりした味わいが広がる。

 

「どーですか、お味はー?おい……?美味し……?んー?美味し……?」

「腹立たしい……」

 

 一から十までムカつく女だ。首を傾げながらニヤニヤしてくる彼女に、顔が引き攣る。紅茶に関して、自慢げにするだけの腕前は持っているようだった。

 

「──今日はここまでに致しましょう。次回は星術を用いた家事の仕方についてです」

 

 講義が終わり、廊下に出る。と、背後からダウナーな声。見れば、グレイシアが後をついてきていた。

 

「ライルハーツさまって、次、何の講義受けるつもりなんですかー?」

「それをお前に教える必要はあるか?」

「つれねー……そんくらい教えてくれても良いと思うんですけどー?」

 

 ぶーたれるグレイシア。

 

 けれども彼女がどんな意図を持って接近して来ているのか分からない以上、あまり余計な情報は与えたくなかった。

 

 講義の時間は既に終わっている。普通の子爵令嬢なら、悪名轟く俺にこれ以上関わりを持とうとは思わないはずだ。

 

 単に肝が座っているだけなのか。それとも悪評が偽のものだと知っているのか。仮にそうだとしたら──。

 

 身長差の関係で見下ろす形になりながら、グレイシアに眼差しを向ける。こちらの内心を知ってか知らずか、視線に気付いた彼女はニコリと微笑んだ。

 

「──じゃあわたし、こっちなんで、ここでお別れっすねー。ではではー」

「ああ」

 

 グレイシアと別れて、学舎の外へ。グラウンドに出る。

 

 

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