稀代の暴君令息は、未来に期待出来ない 作:ヤハリ ナオ
次の講義は剣術の訓練だった。生徒は皆制服ではなく動きやすい格好に着替えていた。チラホラと女子の姿もあり、その多くがキュロットのようなものを履いていた。
「──これより剣術訓練を始める!皆、木剣は手にしているな?慣れていない者は私のところへ、そうでない者は二人組となって打ち合うように!準備運動はしっかり行え!あくまで剣術の訓練なので、星術は使わぬように!」
よし、素振りしよう。
とっとと相手をつくることを諦め、俺はグラウンドの隅で木剣を振ることにする。軽く身体をほぐしてから、素振りに入る。
顔の横で、剣身が地面と平行になるように構え、振り下ろす。ヒュッと風を切り裂く音。良い感じだ。上手いこと振れないと、風の抵抗を受け鋭さが衰える。
その点に注意しながら、また振り切らずにしっかりと止めることも意識しながら素振りを続けること暫く。
「──お一人ですか?でしたら、手合わせ願いたい」
「……誰だ?」
凛とした声。振り返ればそこには、赤い髪をポニーテールに纏めた深緑の瞳の女子生徒が立っていた。
「ギレスドーレ家のアシュリーと言います」
ギレスドーレ……あまり聞いたことのない家名だな。
「あなたの噂を聞きました。それも複数。悪いものばかりだ。しかしあなたの剣筋からは、邪なものを感じません。噂は本当なのか、わたしは確かめたい。是非、手合わせを」
「……?意味が分からないな。剣筋に邪もクソもないだろ。第一、剣を交えても、事の真偽なんぞ分かるわけないだろ」
「剣を交えれば、心も交わるはずです」
コイツ、あれだな。青臭い騎士物語を愛読書にしてる感じだ。一度勝負をすれば、誰とでも友情が芽生えるとか思ってるタイプ。
……だが、都合が良いと言えば良い。公爵領では使徒とばかり戦っていたから、対人戦闘経験は少ない。こういう人間は正々堂々を重んじるから、事故を装って命を狙ってくる真似はしないだろうし……ローリスクで、経験を稼げるなら、悪くない。
「まぁ、良い。模擬戦形式、どちらかが降参したら終わり……で良いな?」
「はい、感謝します」
向き合い、互いに木剣を構える。グラウンドの隅ということもあって、ギャラリーはいない。遠くから木剣のぶつかる音や、気合の声が、小さく響く。
「行くぞ」
「いつでもどうぞ」
肌を刺すようなピリピリとした緊張感の中、踏み込む。
右脇腹を狙った斬り上げは、容易く防がれる。想定内だ。慌てず突きに移行する。しかしそれは躱された。ならばと今度は左肩目掛けて斜めに木剣を振り下ろせば、向こうの振る木剣によって弾かれた。
一度距離を取り、体勢を立て直して再び接近する。
ステップのフェイント、右を狙うと見せかけ左側に斬りかかる。しかし大して効果の法則はなく、難なく動きについてくる。斬り上げから振り下ろし、横薙ぎ、また斬り上げ。緩急をつけながら攻撃を仕掛けるが、届かない。
その後十数度に渡って打ち込むも、尽くがアシュリーの身体を捉えず防がれ、木剣はリズミカルな音を奏でるだけだった。
……コイツ。
「攻守交代です」
「ッ!」
放った攻撃が綺麗にいなされ、かと思えば風を裂き横薙ぎに襲い来る木剣。
顔を仰け反らせた直後、前髪を木剣が掠める。胸元でペンダントが跳ねた。
四方八方から、激しく木剣が打ち込まれてくる。まるで手本のごとく洗練された動きで繰り出される攻撃の数々は、どんどんと鋭さを増していく。
これは──無理だな。勝てない。
絡め取られるようにして、手元から木剣が飛ばされた。間髪入れず、そっと首元にアシュリーの木剣が当てられる。
「……降参だ」
緩く両手を挙げ、そう告げる。下げられる木剣。……強過ぎだろ。手が四本あるのかと思ったわ。
「ふぅ……ありがとうございました」
「随分対人戦に慣れているようだったが……」
「不肖の身なれど、一応は護衛騎士ですから」
「護衛?」
「はい。姫さま……王女さまに仕えさせて頂いております」
「……そうか」
改めて彼女の顔を見つめる。真面目くさった表情。
剣の腕が只者のそれではないと思ったが、王族の護衛騎士か。だとしたら……いや、考え過ぎか。腹芸が出来るようにも見えないし。
「──では、二回戦目といきましょう。時間はまだまだある」
「は?嫌だが?」
「今度はわたしが先に攻めます。行きますよ」
「おい、待て──」
◇◇◇
「──しくじったな、クソッ……あの講義はナシだナシ」
グラウンドからの帰途。
ひどく疲弊しながら、俺は悪態を吐く。人の話を聞かずに斬りかかって来たアシュリーとあの後、時間いっぱい木剣を交える羽目になったからだ。無駄に消耗させられた。
対人戦闘能力は上げたいが、剣技だけ磨くのでは意味がない。実戦では必ず星術が絡んでくる。根本からして講義内容とこちらの目的が微妙に噛み合っていない以上、捨てて正解だろう。それにあの脳筋女の相手はもうしたくないし。
次回からは他の講義を受けるか、いっそ自由時間にすることを心に決めている内に、学舎近くに戻って来ていたことに気付く。講義の時間は終わっているため、思いのままに歩いている生徒の姿がそこかしこにある。
彼らを横目に自身の塔へ向かっていると、学舎の玄関近くに佇む数人の生徒の姿が目に止まった。
横柄な態度の男子生徒に、それにへつらう女子生徒。二人の後ろに控える生徒。そして、前の講義で一緒だった黒髪の女子生徒──グレイシア。
和気藹々といった雰囲気ではなく、むしろ少し険悪な様子で、何やら揉めているようだった。塔に戻るには、脇を通る必要があるため、自然話し声が耳に入ってくるようになる。
「──だからお断りだって言ってるじゃないですかー……。何回言わせるつもりですかー?」
「あなたこそ何回言わせるつもりよッ!わがままを言うのも良い加減にしなさいッ!折角ピーターさまが側仕えに召し上げてくださるというのに……!」
「落ち着きたまえよ、ジャクリーン。心の準備というのには、時間がかかるものさ」
「ですがピーターさま……」
機嫌悪そうに顔を歪めるグレイシアに、ジャクリーンという女が喚き、ピーターという男が芝居がかった動きで肩をすくめる。
「どうせその内、私のものなるんだ。そう急ぐ必要はないとも」
「はぁ……。ピーターさまは夢の中にでもいらっしゃるみたいですねー」
「ッ、グレイシア、あなたねぇッ……!……とにかく、わたしの顔に泥を塗るような真似、許しませんからね!」
「むしろ塗ってあげた方が、その顔も少しはマシになるんじゃないですかー?ほら、泥パックみたいにー」
「な、何ですって!?」
言い争いは過熱していた。揉めに揉めている。巻き込まれたくない。素知らぬ顔で、足早に通り過ぎようとした時だった。
「──あ。……ライルハーツさまじゃないですかー。さっきぶりですねー」
見つかった。見つかってしまった。
話しかけてくんじゃねぇと思いつつ、聞こえなかった振りをしてこの場を離れようとするも、しかし。腕をグレイシアに掴まれてしまったためにそれは能わなかった。渋面を浮かべてグレイシアを睨む。
「……おい、離せ」
「まーまーそう言わずにー」
グレイシアが笑顔を浮かべながら、逃がすまいと腕を掴む手に力を入れる一方で、ジャクリーンは顔を青ざめさせ狼狽していた。
「ラ、ライルハーツさまですって……?いえ、でも確かににあの家紋は……」
「……驚いたな。ライルハーツさまもそれに目を付けていらっしゃったので?」
遂にはピーターまでもが話しかけてくる。完全に巻き込まれてしまった。眉間の皺が深まるのを感じる。
「ですが横取りは少々無粋ではありませんかな。先に狙っていたのは私ですよ」
「横取りだの狙うだの……狩りがしたいのなら森にでも行ってろ」
言いながら、グレイシアに視線を向ける。……まぁ確かに珍獣っぽさはあるか。
「なんか失礼なこと考えてませんー?」
「考えてない」
「──狩りですか。言い得て妙ですな。して、その獲物、譲って頂けませんかね?」
譲るも何も、俺のものではねぇんだが。
「勿論見返りは用意しますとも。聞くところによれば、狐に庭を好き勝手されているとか……お望みならば、狐を追い出す手伝いくらいならしますよ。これでも方々に顔が利きますから」
「……」
狐──サイモンのことか。この口振り……こちらの家事情を知っていると見て間違いなさそうだな。身分差を考えれば強気の態度はそれ故か。だが。
「──必要ないな」
「ライルハーツさま……プライドを大事にされるのも結構ですが、あなたはもう少し、見栄も大事にされるべきだ。聞くところによれば、側近の一人もいらっしゃらないとか。身に付けているものが人を上等にするのですよ。今のあなたは……少々見窄らしい」
「清貧を心がけているんでな。とりわけ見栄なんていう無駄な宝飾品には、興味を惹かれない」
「……左様ですか。……フン、まぁ良い。今日のところは引きましょう。──おい、行くぞ」
「は、はいっ」
面白くなさそうな顔をして鼻を鳴らし、ピーターは去って行く。ジャクリーンを筆頭とした取り巻きは、慌ててその後を追った。
「……いやー、すいません、巻き込んじゃってー……。でもおかげで助かりましたー」
「本当に良い迷惑だ。……あれは誰だ?」
「男の方はバクサンズ伯爵家の嫡男で、ピーターっていう名前ですー。甘やかされて育ったクソガキですねー。ちょーキモい。女の方はジャクリーンって名前で……まぁ姉ですね、いちおー」
「あんま似てねぇな」
「まぁ腹違いの姉妹なんでー。仲は悪いっすけどもー」
「ふーん」
「興味なさそー……」
実際グレイシアの家族関係に興味はなく、余計な揉め事に巻き込まれたくない気持ちの方が強い。しかし先程のやり取りで、収穫があったことも事実だった。
悪名がメッキだと見抜いている者もいるにはいる。おそらくは上の立場の奴ほど、そうだろう。……気を付けた方が良さそうだな。
「──俺はもう行く。お前もさっさとどっか行け」
「あ、はい。その……本当に助かりました。ありがとうございますー……」
やけにしおらしい感謝の言葉。それに鼻を鳴らし、俺はグレイシアを置いてまた塔へと歩き出した。