稀代の暴君令息は、未来に期待出来ない 作:ヤハリ ナオ
パンの味がするパンと、果物の味がする果物を昼食として消化し、紙束と筆記具を持って次の講義に赴く。
今度受けるのは実技ではなく座学だ。自然現象の仕組みや法則などを研究する自然学を学ぶ。
星術は自然の一部を力としている。もしかしたらではあるが、自然学の専門的な知識は星術に応用出来るかもしれない。そう考えたからの選択である。
講義室の中は煩雑としていた。並べられている机よりも、周囲に目がいく。書架に入り切らなかった本はあちらこちらに積まれていて、いくつかのよく分からない模型も飾られていた。
受講者数は少ないようだった。講義室の中にいるのは俺を抜いて四人だ。その内の一人と目が合って、俺はげんなりする。
「良い加減にしろよ……なんでお前がいるんだよ」
「その反応は流石にあんまりじゃないっすかねー……」
眠たげな目を更に細めて抗議するグレイシア。本日三度目となる邂逅だった。こうも頻繁に出くわすと、妙な勘繰りもしたくなってくる。
「……いちおー言っときますけどー、先に来たのはわたしで、ライルハーツさまが後から来たんですからねー?」
「まぁ、それはそうなんだが」
「それにわたしがこの講義を選んだのにだって、ちゃんとした理由があるんですからー」
「どんな理由だ?」
「何でもこの講義、めたくそ難しいらしいんすよー。上の学年の人が、ちんぷんかんぷんな内容だったって言ってましたからー」
「だから人気がないのか」
「ええ、そうですー。それでですよ、ライルハーツさま。これはわたしの持論なんですけどー……難しい話に勝る子守唄はないと思うんですー」
「初めて聞いたわこんな下らない持論」
持論ならもっと芯食ったこととか言えよ。
「──いやいや、私は素晴らしい持論だと思いますがね。こういうユーモラスは見習うべきだ」
割り込んでくる声。振り向けば、温厚そうな男の姿が目に入った。クリーム色の髪で、それに合う落ち着いた衣装に袖を通している。
「どうも初めまして、自然学を担当するギヨームです。……にしても、本当に人が少ないですねぇ。ちょっとショックです」
教師のお出ましだ。どこか適当な席に腰を下ろそうと考えていると、グレイシアが自身の隣の椅子を引く。そこに座れということらしい。あまり進んで座りたくはないが、断るほどでもない。渋々その席に腰かける。
「ですが皆さん一人一人に取れる時間も多くなるわけですから、悪いことばかりではありませんね。早くに皆さんのことも覚えたいですし、端の方から自己紹介をして貰っても構いませんか?」
視線の方向からして俺に言っているのだろう。端的に名乗ることにする。
「ゼレンハーティア王国、イシュザーク公爵家のライルハーツだ」
すると一瞬、騒めきが走った。反応したのは緊張した面持ちの栗毛の女子生徒と、神経質そうな黒髪の男子生徒だ。続けてグレイシアが名乗る。
「同じくゼレンハーティア王国のグレイシアですー。ライルハーツさまとは違って木端貴族なんでー、そこんとこよろですー」
その次は、先程の栗毛の女子生徒だった。
「マ、マジョルカ王国のマリーです。男爵家の娘、です!」
「お、一緒じゃん。マジョルカの子爵家四男、ヴィクトルだ。よろしく」
自由人気質を漂わせている麦色の髪の男子生徒が名乗り、残す最後の一人が口を開く。
「クロムバード王国、カルレオン公爵家のカルロスだ。先に言っておくが、僕は貴様らに興味がない。くれぐれも邪魔だけはしてくれるな」
ギロリと周りを睨みつける黒髪の生徒──カルロス。マリーと名乗ったの女子生徒なんかはすっかり縮み上がってしまっていた。そんな中で、グレイシアはいつもの調子で囁いてくる。
「なんかすっごい尖ったナイフみたいな人っすねー。あの尖り具合、ライルハーツさまと良い勝負ですよー」
「おいふざけんな。流石にあれには負けるだろ」
「……聞こえているぞ貴様ら。暴君令息、貴様領地では何でも思い通りに出来たかもしれないが、ここは学院だ。好き勝手出来ると思うなよ」
別に領地でも好き勝手出来たわけじゃなかったけどな。とはいえこれ以上向こうを苛立たせるつもりもないので、口にはしない。
「──はい、皆さんありがとうございました。それじゃあ講義の方も始めていきましょう。今日は、そうですね……この星に生きる上で決して逃げられぬ力、重力についてお話ししましょう」
そうして始まる講義。
「皆さん、何か重力についてご存知のことはありますか?」
「物体が星の中心に引き寄せられる力のことだろう」
半ば鼻で笑うように、カルロスが答える。それに気分を害した様子もなく、教師のギヨームは笑んで頷く。
「ええ、その通りです。我々も重力によって引っ張られているからこそ、地上を歩けるわけです。視覚的に示すならば──」
ギヨームは教卓の上にあった、逆さまになったさくらんぼのような置物から球体を一つ取り、上へと投げる。
投げられた球体は天井近くまで上がった後、当然のことながら落下して、ギヨームの手の中に戻ってくる。
「こうすると分かりやすいですね。物体は必ず星の中心、すなわち下へと引き寄せられる。今投げたのは木の球でしたが、鉄の球でも、魔物の宝珠でもそれは変わりません」
置物から他の球を手に取って、彼はそう言う。同じ大きさの宝珠に鉄球、木の球を弄びながら、ギヨームが次に投げたのは問いだった。
「では同じ高さからこの三つを同時に落とした時、最も速く落下するのはどれでしょうか。マリー殿、どう思いますか?」
「わ、わたしですか!?え、えーっと……鉄球が一番重いから、一番速いと思います」
「なるほど。ではやってみましょう」
ギヨームは天空の星術を発動し、三つの球体を天井近くまで浮かし、同時に落とす。
果たしてそれらは鉄球、宝珠、木の球の順で教卓へ。激突する直前で風に絡め取られて再び浮いた。
「マリー殿、正解でしたね。鉄球が一番速くに落下しました。……ではこの場合はどうでしょう」
球を置物に戻し、新しく用意したのは、人の腕はあろうかというガラスの筒だった。数は三つ。ひっくり返った状態になっていて、下になっている入り口部分にはゴムが詰められ、上になっている底にくっつく形でそれぞれ鉄球と木の球、そして鳥の羽が浮いていた。浮いているのはおそらく底の上に置かれている黒い石によるものだろう。
「このガラス筒の中は今、星術で空気が全くない状態にされています。木の球と鳥の羽には一部に小さな金属をつけていて、この黒い石は磁石になっています。つまりこの黒い石を退ければ、鉄の球も木の球も羽も落下するようになっています」
そこまで説明したギヨームは、再び同じ質問を放つ。
「ではこれら三つを同時に落とした時、一番速く落下するのはどれでしょうか。ヴィクトル殿はどう思います?」
「普通に鉄球じゃないのか?空気がなくても重いものの方がより重力の影響を受けるわけだし」
「ふふっ、ではやってみましょう」
意味深に笑って、ギヨームは三つのガラス筒の上にあった磁石を一斉に外す。自由の身となった鉄球、木の球、羽は、けれども重力に捕まり──全く同じ速さで落下し、全く同じタイミングでゴム栓に到達した。
その結果を見てヴィクトルが、目を輝かせながら「おおっ」と声を上げる。
「実は空気のない状態では、あらゆるものは同じ速さで落ちるんです」
「なんでだ?なんで重さが違っても落ちる速さは変わらないんだ?超不思議なんだが!」
「……おい、下級貴族。うるさいぞ」
はしゃぐヴィクトルを、カルロスが睨む。しかしヴィクトルは少しも意に介した様子はない。
「いやでもお前も気になるだろ?」
「おまっ……お前……!?貴様今僕のことをお前呼ばわりしたか……?」
「ば、ばかっ!あんた公爵家の方になんて口利いてんのよ!今すぐ謝りなさい!」
「え……なんかごめん」
「も、もっと心込めなさい!」
まぁ身分差を思えばとんでもない態度だろう。飛び火を恐れてか、マリーがヴィクトルの頭を下げさせようと必死になる。賑々しいことこの上ない。喧しさで言ったら今日これまでの講義で一番だ。
しかしそれを許せるくらいには、興味深い講義にも思えた。当たりを引けた気がする。早くもちょっとした満足感を覚えながらふと横のグレイシアを見て、俺は目を瞠った。
こ、こいつ、もう寝てやがる……。