稀代の暴君令息は、未来に期待出来ない   作:ヤハリ ナオ

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夕暮れ時の契約

 講義の終わりを知らせる鐘の音が響いた。カルロスがさっさと立ち上がり講義室を出て行く。

 

 横ではグレイシアがもぞもぞと動き出したかと思えば、欠伸を噛み殺しながら「良く寝ましたー」と大きく伸びをしていた。

 

 俺は席を立つと、後片付けをしているギヨームに近付く。

 

「少し良いか?聞きたいことがあるんだが……」

「ライルハーツさま。はい、何でしょう?」

「聞いた話だと、城壁の向こうに行くには許可が必要らしいんだが……誰から貰えるんだ?」

「教師からサインを貰って、それを門番に見せれば外には行けますよ。ただ学術的理由……例えば使徒の研究のために素材がいるとか、そういうのがないと、基本サインは貰えませんね」

 

 それは……少し面倒だな。

 

「あとは大掃討でも城壁の向こうに行けますね」

「大掃討?」

「ええ。学院で定期的に行っている使徒の間引きのことです。こっちの場合は許可とかもいらずに誰でも外に行けますよ」

「定期的というと、いつだ?」

「最初の大掃討は一ヶ月半後でしょうね。そこから一か月周期で行われます」

 

 一ヶ月半か。まぁ公爵領でならともかく、こちらではそう必死こいて外を探索する必要もないし……それくらいなら待てるか。

 

「……まぁ、封鎖されてるわけじゃないですから、こっそり外に出る人もいますけどね。罰則があるわけでもないですし」

「了解した。それともう一つ。図書室とか資料室とかがどこかにあったりしないか、知ってるか?」

「──書庫で良いんだったらわたし、場所知ってますよー。一週間くらい前から学院には来てましたのでー」

 

 答えたのはギヨームではなく、いつの間にか後ろに立っていたグレイシアだった。

 

「おや、ご存知なんですか。でしたらグレイシア殿に案内して貰った方がよろしいでしょう。私は彼の相手をしなければいけませんから」

「──ギヨームさん!聞きたいことが、沢山あるんだけど!」

 

 鼻息も荒く、ヴィクトルがやって来る。好奇心の奴隷というか、一度気になったら気が済むまで知ろうとする質なのだろう。熱意が凄い。邪魔する気分にもならなかった。

 

 小さく嘆息してから、グレイシアの方を向いて。俺は言葉を紡ぐ。

 

「……案内してくれ」

「かしこまりー」

 

 グレイシアに先導されてやって来た書庫は、中央にある学舎の奥の方にあった。管理者の女に許可を貰い中へ入る。

 

 眼前に広がったのは、圧巻の光景だった。橙の照明の下、数え切れないほどの書架に、数え切れないほどの蔵書が並べられている。

 

 ご丁寧なことに分類分けもしっかりとされているようで、どういった内容の書物が収納されているのか記した札が、わざわざ書架にかけられていた。

 

「どんな本を読むつもりなんですかー?あれでしたら、探すの手伝いますよー?お昼のお礼ですー」

「……なら、そうだな。各国で起きた災害や事件をまとめた記録と、学院の歴史についての記録、法学の本、あとは使徒の性質の研究資料なんかを探してくれ」

「かしこまりー」

 

 欲しい本の種類をグレイシアに大まかに伝えて、自身もまた探しに動き出す。

 

 とにかく広いもので、骨の折れる作業だ。が、蔵書が少ないよりはずっとマシである。書棚にかけられている札を確かめながら、通路を歩いて行く。

 

 目ぼしいものを五、六冊ほど見つけ終えたら、それらを抱えて横長の小さなテーブルへ。予め持っていた紙束や筆記具と一緒にテーブルへ本を置いたところで、グレイシアも戻って来た。胸に数冊本を抱えている。

 

「とりあえず学院の歴史とー、周辺諸国の事件の記録は見つけましたー」

「ああ、置いといてくれ」

「りょーかいですー……ん?大罪人目録?うわ、罪状まで書いてあるー……。なんてもん読んでるんですかー、趣味悪いっすねー」

「逆に聞くが、俺の趣味が良さそうに見えるか?」

「……そう考えるとまぁピッタリの本ではありますねー」

 

 俺が手にしていた冊子を見て、顔をしかめつつ、グレイシアもテーブルに本を載せる。

 

「一先ずこれで充分だ。じゃあもう帰って良いぞ」

「えぇー……?用が済んだらすぐポイですかー?ひどー」

 

 ぶーぶー言い出した彼女を無視して、俺は冊子に目を通し始める。

 

「ガン無視じゃねーっすかー……こうなったらもう不貞寝ですよ不貞寝ー」

 

 すると彼女は隣に腰を下ろし、積まれた本の向こうでテーブルに突っ伏す。少しして、寝息が聞こえ出した。

 

 ……どんだけ寝るんだよ、コイツ。いやまぁ静かにしてくれるんだったらむしろ歓迎なわけだが……。

 

 呆れつつも、ひたすらに本を読み進める。時折気になった部分は、自前の紙に万年筆で書き出すといった作業を繰り返すこと数時間。何度目かの鐘が鳴り、書庫の管理者がやって来る。

 

「大変申し訳ありませんが、もう書庫を閉める時間でして……」

「ん、分かった。すぐ片付ける。……貸し出しは出来ないよな?」

「はい、規則で禁止されていまして……」

 

 まぁ、仕方ないな。この蔵書数じゃあただ管理するのだけでも一苦労だろうに、貸し借りまで業務に入って来たら、最悪過労で倒れかねない。

 

 要件だけ伝えて管理者の女は姿を消す。積み上げた本を書架に戻そうと席から腰を持ち上げた時だった。管理者とのやり取りか、椅子を引く音かで目を覚ましたグレイシアが身体を起こす。

 

「んぅー……もうお片付けの時間ですかー……。わたしが持って来た方は、わたしが戻しときますねー」

「良いのか?悪いな」

「いえいえー」

 

 全ての本を仕舞い終え、学舎の外に出ると、日は沈みかけていた。白みがかった橙から薄紫のグラデーションが、空に描かれている。

 

 夕焼けに染まる道を、紙束を手に塔へ向かって歩く。

 

「うう……夕日が眩しいぜー……」

「まぁお前寝起きだしな。……というかお前、帰り道こっちなのか?」

「いや、実はちょっと遠回りっすねー。でもライルハーツさまに話したいことがあったんでー」

「話したいこと?」

「というかー、お願いですかねー?」

 

 とたたっと俺の前に躍り出た彼女は、立ち止まってこちらを振り向き、言う。

 

「側仕えとして、わたしを雇って欲しいんですー」

「──」

 

 覗き込むようなその仕草に、こちらを見つめる金の瞳に、言い知れぬ感情を抱く。僅かの間、思案して、返答のために口を開く。

 

「……断る」

「やっぱ駄目ですかー……ちなみに理由は?」

「まず必要性を感じない。次にお前が信用出来ない。最後に厄介事の気配しかしない。以上の理由からお断りだ」

「なるほどー……でしたらその三つのない、わたしが打ち破ってみせましょー」

 

 簡単に諦めるつもりはないらしい。食い下がるグレイシアは、ピンと立てた人差し指を顎に当てる。

 

「何から話したものですかねー……まず学院に流れてるライルハーツさまの悪評。あれ、ほとんどがデマですよねー?」

「……なんでそう思う?」

「実際に話してみた感じ、なんか違うなーって思いましてー。それにライルハーツさまの供回りがいないこと、あとお昼のピーターさまとの会話から察するに、分家かなんかの人に家を乗っ取られかけてるんじゃないかなーと。あの悪評は、ライルハーツさまの力を削ぐために流されたもの……そう考えるとしっくりくるんですよねー」

「……続けろ」

「合ってるってことですねー。……でもそうすると、少し妙な部分も出て来るんすよねー。領内でライルハーツさまの悪評を広めるのは納得出来ますけどー、他国の者もいる学院でまで広めるのはむしろイシュザーク家の名を傷付ける行為ですからー」

「……そうだな。他国のヤツからしたら、イシュザーク家で一括りだろう」

「ええ。ところでゼレンハーティア王国の四大公爵家ってー、仲が悪かったですよねー?で、奇しくもレヴィアコール公爵家のご令息が、一つ上の学年にいる……どう思いますー?」

「まぁ、十中八九、関わってるだろうな」

 

 利権なんてものは大抵、総量は決まっている。この長い王国史の中で、自然にその分け前の量だって決まってしまっている。それを増やすにはどうしたら良いか。凡その貴族は、分け合う相手の取り分を減らしてしまえば良いと考えるだろう。

 

「ここまでを大前提としてですよ、ライルハーツさま。そしたら必要性がないとか言ってられる状況じゃないってこと……本当は分かってますよねー?」

「……」

「側仕えが一人もいないなんて、バカほどデカい弱点じゃないですかー。ここは学院、家と国を背負った行動を求められるわけですからー、公爵家ともあろう者が側仕えなしじゃあ示しがつかないとか言われて、どっちの公爵家からも刺客やら足手まといが送り込まれて来ますよ、きっとー」

 

 グレイシアの言葉に、眉間に皺が寄る。その未来自体はこちらも想定していたことだ、別に驚きはない。ただ……。

 

「……いやに頭が回り過ぎじゃないか?」

 

 その疑問に全てが集約する。謀っていたのか?鋭いどころの話じゃない。何者なんだ、コイツは。

 

「出来るメイドですからー。……あ、嘘、やれば出来るメイドですねー。滅多にやる気にはなんないっすけどー」

 

 煙に巻いているのか、それとも本当にメイド以外の何者でもないのか。

 

「ともあれここまでで言いたいのはー、わたしを雇えば公爵家からちょっかいかけられるのを防げるということですー」

「まぁ、言わんとしていることは分かる。ゼロと一は違う。一人でも雇えば意志は見せられるからな。だが、信用の問題は解決してないぞ」

「会って一日目ですしねー。ライルハーツさまも立場が立場ですしー、すぐに信用して貰うのは難しいと思ってますよー。けどわたしがライルハーツさまの命なり何なりを狙ってるみたいな疑いはけっこー減らせると思うんですよねー」

「……どういうことだ?」

「いやだってどう考えてもわたしー、スパイとか刺客にしてはキャラ立ちすぎじゃないっすかー。悪意持ってライルハーツさまに近付くつもりだったんならー、警戒されないようもうちょい控え目にしますよ、ふつー」

 

 それはそう。いや、本当にそう。いくらなんでも変人過ぎるしな、コイツ。

 

「最後に厄介事の気配しかしないって言ってましたけどー、まぁそれは否定出来ないっすねー。ライルハーツさまに盾になって貰おうと思ってるわけですしー」

「ピーターとジャクリーンだったか。結局どういう関係なんだ?」

「ピーターさまは、気に入った令嬢を無理矢理自分のものにすることに心血を注いでるゲロ野郎っすねー。で、ジャクリーンさまはそのゲロ野郎に取り入るためにわたしを売りやがった感じですー。まぁわたし、美人さんなんでー」

 

 自分で自分の容姿を褒めそやすグレイシア。それが許されるくらいには、確かに彼女の見てくれは良い。ピーターが欲するのも、頷けなくはない話だ。

 

「でもあっちは伯爵家なのに対してライルハーツさまは公爵家ですからー、その側仕えになってしまえば手出しされる心配はなくなるってわけですよー。今暮らしてる寮からライルハーツのところに引っ越せば、ジャクリーンさまとも会わないで済みますしー。晴れて面倒事からおさらばですー」

「その分、俺に面倒事が回って来るわけだが」

「そですねー。嫌がらせとかは普通にされると思いますー。でも、外れと分かってる側仕えを押し付けようとしてくる二つの公爵家の対応をするよりは、ずっとマシじゃないですかー?」

「……一理ある。だが俺の側仕えになっても、面倒事が付き纏わなくなるわけじゃないぞ?むしろ命が危険に晒されるようになる」

「どんだけ疎まれてんですかー?……まぁ仕方ないですよ、そこら辺はー。ゲロ野郎の相手するよりかは良いですー」

 

 どんだけ嫌ってんだよ、ピーターのこと。まぁ好かれる人種にも見えなかったが。

 

「出来るアピールはこんぐらいっすかねー。ああ、あと使用人技能もピカイチですよー、わたし。お買い得です、お買い得ー。あとは、そうっすねー……」

 

 唸り声を上げて悩み、次に彼女が口にした台詞は、俺の顔を強張らせるものだった。

 

「──目的を叶えるお手伝いも、してあげても良いですよー?多分、あるんですよねー?何か確固とした目的がー」

「……そこまで見透かされていると、不愉快ですらあるな」

「内容までは分かんないっすけどねー」

「別に……ただ人を探してるだけだ」

「人、ですかー。……知り合いが攫われちゃったとかですかー?」

「いや……探してるのは……」

 

 蘇る情景。

 

 花が咲くような少女の笑顔、本、木剣、フードを被った左右で異なる色の瞳の男、灰をぶちまけたような空、崩壊した街、血に沈んだ左腕。

 

「──仇だ」

 

 そうだ、全ては復讐のためだ。そのために冷遇を受け入れ、死に物狂いで剣を振り、悪評を許容し、暗殺を退け、策を弄し、この学院にまで来たのだ。

 

 仇を、見つけるために。

 

 傾いた夕日が、顔に影を落とす。

 

 グレイシアが提示してきたメリットと、ピーターに絡まれるようになる点や裏切られる可能性などのデメリットを、頭の中で天秤にかける。

 

 正直不確定な情報が多く、これが適切な判断なのかは分からなかった。また、間違えているのかもしれない。

 

 けれどそれを悔やむのは、間違いを確信した時で良いだろう。今ではない。

 

「……お前に言い包められたみたいで、めちゃくちゃ癪だが……仕方ない。──俺のメイドになってくれ」

「契約成立、ですねー。よろしくお願いしますね──ご主人さま」

「……ご主人さま呼びはやめろ」

「えぇー?令息の憧れじゃないんですか?可愛いメイドからご主人さまって呼ばれるのー。……あ、ってかライルハーツさまのところに引っ越すのー、手伝って下さいよ。今日中に終わらせたいんですー」

「なんで今日中に終わらせたいんだ?」

「明日の夜の皿洗い当番をやりたくないからですねー。大変なんで、絶対その前に寮を出たいんですー」

「ゴミみてぇな理由」

 

 果たして投げたコインは表が出るか、裏が出るか。

 

 夕暮れの中、俺は今日、一人従者を手に入れた。飛び切り癖の強い、従者を。

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