稀代の暴君令息は、未来に期待出来ない   作:ヤハリ ナオ

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庭の木の下

 

 夢だ。夢を見ていた。

 

 二度と戻ってくることのない、かつての日々の夢を。

 

「──サイモン様が領主代行になられて、もうすぐ二年か」

「あっという間だったな」

「ああ……先代さまがお亡くなりになられたときはどうなることかと思ったが、蓋を開けてみれば、まったく心配はいらなかったな」

「むしろ領地はより発展した。そういう意味では、サイモンさまが代行になって下さって良かったとも言えるな」

「おい、不謹慎だぞ」

 

 公爵邸の一角。人気の少ない廊下に数名の使用人が集まって、世間話に花を咲かせていた。

 

 彼らは別段サボり魔というわけではない。栄えある公爵家に仕える身だ、むしろ職務には熱心ですらある。だが使用人は公爵邸の広さに応じた数が雇われており、またそれぞれが優秀である以上、こういった雑談で暇を潰さなくてはいけない時間が生じてしまうのは必然のことであった。

 

「……だがまぁ、ライルハーツさまが領政権を握ることになっていたらと思うと、ゾッとするのは確かだ」

「いくらなんでも幼過ぎたからな」

「それにあの噂もある」

「ああ、気に食わない使用人を殺してるってやつか?」

「俄かには信じ難い話だが……何人か見かけなくなった同僚がいるのは事実だからな」

「人を殺していてもおかしくない目つきの悪さだしな」

「公爵夫人が亡くなられたのも、病気ではなくライルハーツさまに毒を盛られたからなんて話も聞くぞ」

「なんと恐ろしい……将来が思いやられるな」

 

 嘲りに、罵倒、嫌悪。好き放題になされる会話は、この場にいるのは身内だけだという安心感からだろう。

 

「けれどもまぁ、大丈夫だろう。ライルハーツさまがいかに暴君じみたお方だったとしても、あの人が公爵に就くことはないだろうからな」

「サイモンさまとライルハーツさまだったら、皆がサイモンさまを支持する」

「サイモンさまのご子息のアイザックさまも優秀だからな。何かあっても、アイザックさまが後を継いで下さるはずだ」

「そう考えると……最早ライルハーツさまは、イシュザーク領には不要だな」

「ハハハ、間違いないな!」

「いっそ何かを仕出かす前に死んでもらった方が、安心ですらある」

 

 それからも、使用人たちのお喋りは続く。

 

 廊下の曲がり角に隠れてじっと彼らの会話を聞いていた金髪の小さな少年は、音を立てずにその場を後にした。

 

 ──ライルハーツ・ノア・イシュザークは、イシュザーク公爵家の嫡子だ。本来ならば将来を約束された存在であった。

 

 しかし相次ぐ両親の不幸に見舞われた彼は、根拠のない信頼をもとに叔父であるサイモンに助けを求め、結果、公爵家の実権は今やサイモンが握るところとなっていた。一方で正統な後継者であるはずのライルハーツは、邪魔者扱いである。

 

 返す返すも愚かだった。ライルハーツは過去の選択を悔やむ。

 

 己の愚行によって、家族との思い出が詰まった公爵邸は、サイモンに支配されることとなった。更には自身はおろか、両親すらも貶められている。

 

 けれどだ。けれども結果は、その愚かな選択を肯定していた。確かにサイモンに助力を請うたことで、ライルハーツは苦しい立場に追いやられている。だが領地を見てみれば、どうだろうか。突然の先代領主の逝去があってなお、イシュザーク領は荒れることなく栄え続けている。それはひとえにサイモンの辣腕のおかげだ。

 

 まったくもって皮肉が効いている。サイモンを頼ったことは間違いのはずなのに、間違いでなくてはいけないのに、全体を俯瞰して見れば、これ以上ない最適な選択になっている。

 

 行き場のない、形容し難い鬱憤を腹の底に溜めて歩いていたライルハーツが辿り着いたのは、離れの庭だった。

 

 敷き詰められた芝生に、そびえ立つ一本の木。腰を下ろし、それに背を預けて、ライルハーツはぼんやりと思案する。

 

 耳に蘇る、使用人たちの会話。

 

「……同感だな」

 

 いつかこの場所でピクニックをした父と母は、もういない。最早誰も、ライルハーツを必要としていない。

 

 見上げれば、顔にかかる木漏れ日。仄かな眩しさに、おもむろに目を閉じて──。

 

「──お昼寝ですか?」

 

 鈴を転がすような声。瞼を開ければ、風になびく長い薄紫の髪が視界に飛び込んできた。

 

「……誰だ、お前は」

 

 すぐ近くに、ライルハーツと同じくらいの歳の少女が立っていた。人形のごとく端正な顔立ち、月を思わせる金の瞳がライルハーツを優しく見つめている。知らない顔だった。

 

 微笑みを絶やさぬまま、彼女は誰何に答える。

 

「巡り合いに感謝を。初めまして。わたくしはオルレアナ・ノア・イシュザークと言います。──あなたのお姉ちゃんですよ」

「……はぁ?」

 

 彼女の名乗りに、ライルハーツは胡乱な目を向けた。

 

 それが、ライルハーツと。オルレアナという少女の出会いだった。

 

◇◇◇

 

 その日から、彼女との付き合いが始まった。

 

 ライルハーツは一人っ子だ。彼の父である先代領主には、第二夫人も愛妾もいなかった。だとするならば、姉なる存在はいるはずもなく、この少女は嘘を吐いているということになる。

 

 だがそれとは別に、聞いたことがあった。サイモンにはもう既に亡くなってしまった第二夫人がいたと。十中八九彼女は──サイモンとその第二夫人の間に出来た子なのだろう。

 

 そしてそれはつまり、彼女がライルハーツの敵であるということを意味した。故に自然と、態度は剣呑なものになる。

 

 すげなくあしらった。痛烈な罵倒を浴びせた。何を言われても無視した。

 

 だが、どれだけ邪険な対応をしようとも、来る日も来る日も彼女はライルハーツの前に姿を現した。

 

「──こんにちは、ライルハーツ。今日も良い天気ですね」

「毎度毎度鬱陶しい……どんだけ暇人なんだ、お前は」

「確かに暇は持て余していますけれど……暇だから会いに来てるわけではありませんよ?あなたに会いたいから、会いに来ているんです」

「…………気色悪い」

 

 含むところなど一切ないような、純粋な笑み。それを向けられたライルハーツは、顔を逸らして、悪態を漏らす。なんだかバツが悪かった。

 

「ところでライルハーツは、星術を使ったことはありますか?」

「……なかったら何だ」

「でしたら、一緒に練習しましょう!隣、よろしいですか?」

「よろしくない。そこに立ってろ」

「それでは失礼しますね」

「今俺よろしくないって言ったよな……?」

 

 庭に立つ大木の下。ライルハーツの答えを見事に無視して、オルレアナは楚々とした動作で隣に腰を下ろす。

 

 彼女はその儚げな容貌に反して、酷く強引な少女だった。おまけに意志も強い。結局根負けしたのはライルハーツの方だった。

 

 とはいえ絆されたのかと問われれば、ライルハーツは断じて否と答えるだろう。オルレアナは、自分から力も居場所も何もかもを奪っていった盗人の娘なのだ。仲良くする気など、毛頭ない。ただどうせやることもないから、暇潰しの相手に使っているだけ──実際に問われれば、きっとライルハーツはそう答えていた。

 

 毎日色んなことをした。

 

 ある時は星術の練習をした。

 

 ある時はゼレンハーティア王国の地図を広げて、地理を教わった。

 

 ある時は木剣を使って打ち合い叩きのめされた。

 

 ある時はボードゲームで遊んだ。

 

 それは、なんてことない日常。ありふれた日常だ。だがそれこそが、両親を亡くしたライルハーツが失ってしまっていたものでもあった。

 

 本人は、否定するだろうけれど。ライルハーツはこの日々のことを、楽しいと。そう、感じていた。

 

 季節は移ろい、もうすぐ一周しようとしていた。ライルハーツがオルレアナと出会った頃には咲いていなかった白の花が、大木の周りを彩っていた。

 

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