稀代の暴君令息は、未来に期待出来ない 作:ヤハリ ナオ
界立学院で行われる講義は多岐に渡る。算術や歴史、地理といった基本的なものから始まり、貴族としての礼儀作法や教養を学ばせるもの、果ては武術の訓練まである。
その中で俺が選んだ講義は、専門的な分野であるものが大半であった。
例えば薬草学。この講義では多種多様な効用を持つ植物の数々について学んでいく。薬草自体、見つけることが出来るのは街中ではなく森や山といった場所であり、また傷を癒すのも日輪や大地の星術で事足りるため、あまり人気のない講義だ。
けれども病気の治癒や疲労の回復に役立てられるのは薬草だ。星術では効果をもたらさない。病気になるなんて予定は当然ないが、不測の事態は想定して然るべきだ。学んでおいて損はないだろう。薬草の中には分量を間違えれば毒となるものもあると言う。毒か薬かを見抜く目を鍛えられるというのも魅かれる点であった。
領政学では、領地の回し方や、予算の組み方、他領との関わり方など、領主に必要なものを習わせられる。領主教育は早い段階でサイモンによって中止されていたものだから、ほとんど何も知らない状態でのスタートだった。
混沌の使徒についての講義も履修している。いかなる場面においても、命のやり取りをする敵の情報を知っていることは大きなアドバンテージになる。既に独学でそれなりの知識を得てはいるが、学び直しという意味でも良い機会であった。
実技で言えば、馬術なんかも選んでいた。馬の飼育の仕方に乗馬方法、御者としての技術などが学べる。初回は馬との触れ合いであった。
一応小さい頃に馬の扱いは習っていたのでさしたる問題はない……と思っていたのだが、とんだ思い上がりだったらしい。
最初横から近付き、手の平全体で首周りを撫でてやった時は、気持ち良さそうに目を細めていたのだが、続いて鼻筋辺りを撫でていたらペロペロ舐められた挙句有り得ないくらい甘噛みされた。で、最後に顔面に、思い切り鼻息を吹きかけられた。その時の馬の表情たるや……あれ、絶対ドヤ顔してただろ。とりあえず爆笑してやがったグレイシアでベチョベチョになった手を拭ってやろうとしたら逃げられた。
今受けているのは発展的な星術の用法についての講義だ。剣術の訓練に使ったのとは別のグラウンドに、百人前後の生徒が集まっている。
講義は学年で別れることなく合同で行われること、また貴族にとって非常に大切な分野の講義であることを踏まえるとこの人数は少なく思えるだろう。が、同じ講義が別日にもあり、加えて他にも初歩的な星術の用法についての講義、基礎的な星術の用法についての講義もあって、そっちに人が流れているだけなので、心配には及ばない。
「──本講義では、私が皆さまに何かを教授するということはございません。もちろんアドバイスを求められた場合はその限りではありませんが、この時間は基本的には、己の星術の研鑽に充てて頂きたいと考えております」
生徒たちの視線を一身に受けながら、台の上に立つ教師が口を動かす。
「練習用の的は複数ご用意しておりますので、是非協力してお使い下さい」
言葉通り、会場の至る所に的は設置されていた。種類も様々だ。等身大の藁人形に、立てられた板、デカい土くれ。それを悠に超える壁と見紛うほどの大きさの鉄の塊。
それぞれが自身の星術を鍛えるのに適した的の方へと移動し、練習を始める。
「おー……ドッカンドッカン、パないっすねー」
火の球に烈風、水の矢、岩の砲弾など、沢山の星術が飛び交う様を観察していると、隣で同様にその光景を見ていたグレイシアがそんな感想を漏らす。
「ちなみにライルハーツさまは、何個星術使えるんですかー?」
「天空と日輪、流水だな」
「へぇー……わたしは夜闇以外全部使えるんで、わたしのが上っすねー。おい、跪けよ」
「膝叩き込んでやろうか」
「こわー……」
中身のないやり取りを交わす。
グレイシアを側仕えとして雇い出してから、三日ほどが経った。未だコイツのことは信用はしていないので、あまり目を離すわけにもいかなく、同じ講義に出てもらうようにしているのだが、まぁ気が散る。マイペースが過ぎるのだ、この女は。
いきなりどうでも良い話をしてきたり、かと思えば急に眠り出したりと、扱い難いことこの上ない。なんかもうコイツ雇ったの失敗だった気もしてる。
「ライルハーツさまは練習しないんですかー?」
「あまり人前で手の内を晒したくないんだよ」
「……え、じゃあなんでこの講義取ったんですかー?」
「……敵情視察だ」
直後、ゾッと全身が総毛立つ危機感が俺を襲った。咄嗟に暗器を忍ばせている腿に手をやり、辺りを見回して、眩い閃光。爆音が響き、熱風が吹き荒れる。
「うぇ、な、何事ですかー……?」
「……はぁ?」
靡く髪もそのままに、俺は瞳が捉えた光景に苛立ちを零す。
立ち昇るは天にまでも届きそうな火柱。巨大な鉄塊が置かれていた地面は大きく抉り取られ、ドロドロに融解した破片のみが残っていた。
その前に佇むのは、黒髪の美丈夫だ。星術の行使によって光っている血のように赤い瞳が一瞬かち合い、外される。すぐさまに取り巻きに囲まれ、その姿すらも見えなくなった。
──エドワード・ノア・レヴィアコール。公爵家の嫡男にして、領地が滅びかねない数の使徒による大侵攻をたった一人で退けたと言われる、星術の天才。
はっきり言って、イカれてる。
「怪物が……」
思わず毒づく。だがそれも仕方ないことだろう。
星術は万能の武器ではない。気力と体力が続く限りはいくらでも行使できるが、威力が足りなければ、使徒の身体に傷を付けることは叶わない。かと言って、威力は上げれば上げるほど、気力と体力がごっそりと持っていかれる。
そしてエドワードは、ほとんどの使徒を灰燼に帰す威力の星術を披露しながら、まるで疲れを見せていなかった。
ふざけた話だ。格が違い過ぎる。
火柱が散る。鉄塊は燃え尽き、灰すらも残らない。
忌々しげにその様を見ていれば、グレイシアに訊ねられる。
「やばー……え、ライルハーツさまはあれ、出来たりしますー?」
「……」
俺は無言で、火柱を立てる。その高さは、人の背丈ほど。エドワードのそれとは、比べものにならない。
「頑張ってこれだな」
「……まぁ生きてりゃ良いことありますよー。それにあれです、他人と比べても意味なんかないですからー。気にしないでいきましょー」
「やめろ、フォローするな慰めるな」
なんか惨めな気持ちになるだろ。別に気にしてねぇよ。
「ってかあんな技使える人に目を付けられてるって、ライルハーツさまヤバくないっすかー?」
「ヤバいな。辞めるか?側仕え」
「いや、辞めませんけどー。……何残念そうな顔してんですかー。ほっとした顔して下さいよー」
しかし冗談抜きにヤバくはある。向こうも立場があるので堂々と殺しに来たりはしないだろうが、力を持っているというだけでも充分な脅威だ。何もせずとも威圧感を与えこちらの動きを制限出来る。ますます迂闊な真似は出来なくなった。
と、その時だった。悪意の気配、耳が空気を裂く音を捉える。振り向き様の視界に入ったのは、こちらへと飛来する氷の剣だった。
「チッ──」
腿に巻いているバンドから薄刃の小刀を抜き出し振るう。キィンと澄んだ音を奏でて、小刀は氷の剣を斬り砕いた。
振り抜いた小刀の先、氷の剣が飛んで来た方向を辿れば、人混みに紛れる見覚えのある連中がいた。ピーターとその取り巻きが、薄ら笑いを浮かべ、こちらを見ている。
「おぉー。お見事っすねー」
呑気に拍手してるこの女を雇ったことが、ここ数日で周知され出したのだろう。こうしたピーターによる嫌がらせが始まっていた。
多難な前途に気を滅入らせながら俺は、とりあえず牽制としてピーターに鋭い眼差しを送った。