全ての事態は急変した。竜機兵をギルドが開発した一週間後にフラヒヤ山脈の麓にある村、ポッケ村がほぼ全壊した。
その三日後にはタンジアの港付近の厄海が突然煮立ち、生物が死滅した。
さらに厄海の事件と同時に各地で人間が竜に殺され始めた。ある者は焼かれ、ある者は喰われ、またある者は踏みつぶされてみるも無惨なものに変わって家族に、友人に、恋人に対面した。今までも竜に人が襲われることはあったが、回数が異常だった。明らかに殺意をもって敵意のない人間を竜たちは殺した。
当然人間は怒る。竜に対して憎悪の念を抱いていった。それは自然と人間の対立を完全なものにするにはあまりに十分過ぎるものだった。
「良い具合に火蓋を切れたようじゃな。」
こんな状況の中、そう言いながら黒龍ミラボレアスは笑った。瞳には狂気が満ち、憎しみが湧き出ているようにも見える。
そのとき、ミラボレアスの足元に何滴かの血が降ってきた。そしてそれに続くようにして漆黒の体に深紅の爪を持つ飛竜のような竜が降りてきた。
「只今帰りました。ミラボレアス様。」
「アンノウンか、その様子だと結果は・・・・聞くまでもないようじゃな。」
「はい。命じられた通り皆殺して参りました。」
『アンノウン』そう呼ばれた竜は長い黒髪をポニーテールのように結んだ女性の姿に変わり、ミラボレアスに頭をさげた。
この竜は人間から『UNKNOWN』と称され、正体、生態、生息地、種族、分類・・・etcその全てが不明のハンターズギルドの目の上のたんこぶとなっている。唯一解っていることは黒い雌火竜のような外見と圧倒的な殺戮能力を持っていることだけである。
「ぬしなら心配はなかったが、まぁ素晴らしい奴じゃ。」
「有り難う御座います。しかし、よろしいのですか?」
「何がじゃ。」
「以前、竜大戦時代というものが再び始まると仰っておりましたがそれならば竜をも殺す必要はないのではないでしょうか。」
「つまり、何故仲間を殺すのかということか。簡単じゃ。役に立たぬ奴等などどこで死のうが構わんがそんな塵共に邪魔をされるのは腹立たしい。ならばいっそ、今のうちに消しておいた方が良い。」
ミラボレアスはアンノウンの問いにさも当然のように答えた。『邪魔だから殺す』考えてみてほしい。子供が邪魔だから殺す、あいつがムカつくから殺すなど、普通の考え方をすればありえないということがわかると思う。
「理解しました。もうひとつだけ質問をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「ほぅ、ぬしがここまで口数が多いのは珍しいの。質問はなんじゃ。」
「私は数多の人間を殺してきましたが、何故彼らは彼らの中だけで何種類もの種がいるのですか?」
「・・・・なに?」
アンノウンの言葉の意味が理解できないといった様子でミラボレアスは首をかしげた。
「私と出会い、仲間を置いて我先にと逃げ出す者。泣き喚く者。立ち向かう者。仲間を守らんとする者と同じ種族だというのにあまりに多種多様な行動をとるのです。それが私は不思議でして・・・・。」
「気にする意味などない。奴等は敵、敵は殺す。それさえ理解しておれば良いのじゃ。」
「そう・・・・・・ですか。おそらくは理解しました。」
「ならば城の中で休んでいるとよい。」
そう言われ、アンノウンはミラボレアスに礼をしてからシュレイド城の中に入っていった。
その後、ミラボレアスが静かに、一言だけ呟いた。
「開戦といこうかの・・・・」
同時刻、王都の大老殿でも戦争を開始するか否かの会議がおこなわれていた。
「もう我慢ならん!!やつら畜生共を滅ぼそうという意見も多々あるのに何故殲滅を始めんのだ!!」
「だから落ち着けと言っている!過去の結末を忘れたのか!?シュレイドが滅び、我ら人間が日陰者と成り果てた過去の大敗を!!」
「それは過去のことだろう!今のこの技術を見ろ!!力も性能も、全てが強化された竜機兵を初めとして火竜の骨髄を使った超火力の大砲!鉄をも圧砕する城門とこれを見て我らに敗北があり得るとでも思うか!?」
「静粛にせんか!!」
大老殿に響く喧騒が、ひときわ大きなしゃがれた声が響き渡ると同時に静けさを取り戻した。その声の主はこの人間の世界の中で最も地位の高い人間、【大長老】である。少し昔まではドンドルマに大老殿を構え、そこに在住していた。しかし、王都を作るようにと命を出し、王都が完成したあとすぐに大老殿ごと王都へと姿を消した不思議な人物である。
「竜たちに恨みを持つのはわかるが、少し落ち着くと良い。わしら竜人も人間も、自然と共に在るべき者であるはず・・・・」
「へぇ、ご立派なお考え方じゃあないかい人間さんよ。」
大長老の言葉を遮るように此処に先程までいなかったはずの声が響きわたった。
「誰だ貴様は!?どうやって此処にはいっぐぁ!!」
「まぁ落ち着けよ。弱い奴に騒がれるとイライラするだろ?」
そう言いつつ言い寄ってきた男を殴り飛ばした青年は、そのまま大長老に向かって歩いていく。
それを見てもう一人の男は慌てながら兵を呼ぼうと思い、口を開きかけた瞬間にその頭ごと口を切り落とされた。
「落ち着けっつーの・・・・加減したつもりだったのに死んじまうしよー。」
血飛沫を浴びながら青年は呟いた。
青年はよく見れば血のごとく紅い古い時代のもののような衣装を纏っていて、どことなく神々しい雰囲気に身を包んでいるように思える。まぁそれも血塗れの姿では全て台無しだが。
「お、お前は何者じゃ!どこから、何が目的できた!?」
「目的は後で教えてやるよ。それで、何者だ?かぁ・・・いろいろ呼び名はあるがまぁそうだな。【紅龍】って言えばわかるか?」
「こ、紅龍・・・だと?」
「そう!知ってるだろう?」
大長老は信じられないと言うように固まってしまい目の前の青年、紅龍を見た。
その瞬間、青年は視界から消え、大長老の横に現れた。
「なっ・・・!?」
「んで、目的の方な。ボレアスの野郎が・・・あぁ、黒龍ミラボレアスのことな。あいつがついに人間殲滅戦の開始を決定しちまいやがったんだが、このままじゃ俺らが【悪】になっちまうんだよ。そいつはどうにも気に食わねぇ。」
「つ、つまりなにが言いたい!?」
紅龍、ミラバルカンはニヤリと口角を上げると笑いながら答えた。
「俺たちを正当化する理由が欲しいんだよ。お前らゴミ共が先に"攻撃"をしてくれれば俺らは"報復をしただけ"ってことになるだろう?」
「ならば我らは貴様らが攻撃をするまで決して何もしなければよいのだろう?」
ミラバルカンはまだ笑う。
「ははっ!!なんの為にあの戦争好きなやつ殺さなかったと思ってる!?人間も竜も一番素直になれるのは憎しみだろ?竜が人を殺したとわかればああいう奴は特に怒り、戦争を始めるだろうさ。まぁつまり・・・・」
ドシュ!!!
「俺がお前を殺せばあいつの邪魔する奴もいなくなるし、あいつは戦争を始めるだろうぜ。」
ミラバルカンは深紅の鱗を一枚残し、大老殿から飛びたち消えていった。