犬耳のわんこと猫耳のにゃーちゃん。   作:海月 水母

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犬猫ポニーテール

「にゃーちゃん、おっはよー!」

 

 朝のホームルーム前、校舎の下駄箱横に設置された自販機で飲み物を買おうとしていた私の耳に、お手本のように元気いっぱいな挨拶が響いてくる。

 ……こっちはまだあくびも止まらないっていうのに、どこからその元気は湧いてくるんだろう。

 呆れ混じりの視線を声のした方に移せば、予想通りの人物が息を切らせながら玄関をくぐって来た。

 

「おはよ、わんこ。……時間は遅刻ギリギリだけどね」

 

「えへへ、間に合ってるから問題ナシ! だよっ!」

 

 満面の笑みでピースサインを作るわんこに苦笑を返す。相変わらず、パーカーのフード越しでも眩しいくらいの前向きさだ。

 と、不意に視界に入ったわんこの髪に、思わず目を見開いてしまった。

 いつも通り犬耳を隠すためのカチューシャ、その後ろに靡く柔らかな長い茶髪が、今日は一束に纏められていた。わんこのちょっとした動きに合わせて、その髪がゆらゆらと左右へ揺れている。

 

「わんこ、それ……」

 

「あっ、気付いた? だんだん暑くなってきたからさ、ポニテにしてみたのっ!」

 

 ポニテ。ポニーテール。

 元々ボリュームのある毛量と長さだったこともあり、首周りがすっきりとしたわんこには普段と違う、かなり新鮮な印象を受ける。

 本人も気に入ってるみたいで、私に全体を見せたいのかその場でくるっと一回転してみせた。

 ……わんこのうなじが、露になる。

 もふもふとした髪に覆われて見えなかった、意識もしていなかった、わんこの首筋。毎日のように顔を合わせていたのに初めて見るそれに、私の心臓は何故だか小さく跳ねたように反応してしまう。

 まるで見てはいけないものを見てしまったみたいに、泳いだ視線を思わず校舎の外へ飛ばしてしまった。

 

「…………無防備すぎない?」

 

「うん? にゃーちゃん何か言った?」

 

「いや、別に何も」

 

 頬が熱を持っているが感覚で分かった。パーカーのフードをきゅっと押さえて顔を隠しながら、彷徨っていた視線で空を見上げる。

 ギラギラ、ジリジリという擬音が似合いそうな日差し。ついこの間までの冬の空気はどこへやら、五月の足音はすぐ近くまでやって来ている気がした。わんこが暑さを感じるのも、無理はない。

 

「にゃーちゃん、早く行こっ!」

 

 その言葉に振り返れば、ローファーを上履きに履き替えたわんこが教室へ続く階段を指差していた。

 わんこの大振りな動きに合わせて、ポニーテールが揺れる。

 本能的にそれを目で追いたくなるのを堪えながら、私はわんこに言葉を返す。

 

「先行ってていいよ。私も飲み物買ったら行くから」

 

 私の言葉に、わんこの丸い瞳がほんの一瞬揺れたように見えた。

 開きかけた口を噤み、言葉を飲み込むような表情。曖昧な感情を滲ませていたわんこの顔は、瞬きの間に元の溌剌とした笑顔に戻っていて。

 

「分かった、また後でね!」

 

 いつも通りの声を廊下に響かせ、教室へと駆け出していった。

 遠目に見送るわんこの後ろ姿は、ポニーテールのせいかやっぱり新鮮で。

 わんこが階段の先へ見えなくなるまで凝視してしまっていた自分に気付いて、かあっと頬が熱を取り戻す。

 

 ……まるで後ろから見たいがために、ここに残ったみたいじゃんか。

 

 ふるふると、誰が見ている訳でもないのに首を振ってから、一番安い缶コーヒーのボタンを押す。

 自販機から取り出したそれがやけに冷たく感じたのは、私の肌が無駄に帯びていた熱のせい、だったのかもしれない。

 

 

 

 

「おっはよー、一子。今日も時間ギリだったねぇ」

 

「ってか一子ちゃん髪型変えた? ポニテもむっちゃ良いじゃん!」

 

 ホームルームを終え、一限が始まるまでの僅かな自由時間。それすら無駄にしないと言うかのように、わんこを囲む人だかりは熱心にお喋りに興じていた。

 爛漫と咲くわんこの笑顔を、最後列の席から眺める。

 いつもよりずっと遠いわんこまでの距離を、ただぼーっと眺める。

 

 私とわんこの交遊関係を知っている人間は、未だクラスには殆んどいない。

 私が教室に入る時間を、わざとわんことずらしたのもそれが理由だった。ただでさえ、日がな一日フードを被りっぱしの悪目立ちファッションを白い目で見られている私だ。隣に居ることで、わんこにまで妙な噂が飛び火してほしくない。

 といっても、わんこはそういうの、あまり気にしないんだろうけど。それでも私が気にしていることに気付いてか、少なくともクラスの中に居る時は何も言わずに合わせてくれている。

 

 授業の準備もとっくに済ませた机に、頬杖をつく。

 結局のところ、わんことの交流が無ければ私の学生生活は相変わらず空っぽのままだ。

 退屈なのか、それとも寂しさなのかは自分でも分からない。けれど適当に視線を彷徨わせても他にこの教室に大した用は無くて、結局わんこばかりを見つめてしまう。

 

 案の定、いつもと違う髪型は皆の注目を集めているらしい。私にしたようにその場でくるっと回ってみせたりと、わんこの上機嫌な様子が窺える。

 さっきは呆気にとられて何も言えなかったけど、実際わんこによく似合ってる髪型だと思う。溌剌とした明るさに、すっきりとした印象を与えるポニーテールはぴったりだ。

 ーーわんこが笑う度にポニーテールが揺れて、その度に無防備な首筋が露になって。

 また、心臓が跳ねるように反応してしまう。

 普段は見えない箇所だから。そんな理由だけでは、こうもドキドキとうるさい胸の説明がつかない。

 いつもとほんの少し、わんこの髪型が変わっただけ。それだけのことで。

 どうしてこうも、目を奪われてしまうんだろう。

 

 と、不意にわんこがこちらへ向き直った。

 お喋りに夢中な周囲の女子たちは気付いていないらしく、わんこの丸い瞳だけが私を捉えている。

 予想外のタイミングでぶつかってしまった視線にたじろぎそうになったけれど、何故だかわんこの方も恥ずかしそうに頬を染めていて。

 うなじをそっと手で覆うようにしながら、わんこの口が小さく動く。

 

「にゃーちゃん、ちょっと見すぎだよ……」

 

 困ったように、照れたように。それでいてどこか、嬉しそうに。

 囁くように小さなその声が、私の猫耳だけに届いて。

 

「~~~っ……!」

 

 爆発しそうなほど、体温が急上昇する。

 どれだけの時間、わんこのうなじに目を奪われていたのだろう。殆んど無意識に視線を送っていたのも恥ずかしかったし、何よりその視線が、全てわんこにバレバレだったなんて。

 羞恥心でしどろもどろになる私を瞳に映しながら、ふにゃっと笑うわんこに合わせて。

 楽しげに揺れるポニーテールは、まるでわんこの尻尾みたいだった。

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