「お~っ、この色かわいい! ねっ、どうかなにゃーちゃんっ?」
「いや……贈る相手のこと知らんし、私」
いつもの階段で昼食を済ませ、普段なら特に何をするでもない自由時間。
わんこがやけに熱心にスマホの画面とにらめっこしてると思ったら、クラスの友達へ贈る誕生日プレゼントを探していたらしい。
入学からもうすぐ一ヶ月。それにしたって誕生日プレゼントを贈り合う間柄になるには早い気がするけど、わんこの距離感と交遊関係なら驚くことでもない、のかもしれない。
あんまり高いのは難しいけどねぇ、と呟きながらコスメやら何やらのサイトを物色するわんこ。
悩んでいるような口ぶりでありながら、横から見える口元は少し綻んで見えた。
……まあ、私には関係の無い話だ。
贈る相手を知っている訳でも、流行りものに詳しい訳でもないんだから。
おやつ代わりのパックの野菜ジュースにストローを刺しながら、無関係な窓の外へと視線を移す……けれど。
彷徨わせた視線は、結局すぐ隣でぱたぱたと動く犬耳に吸い寄せられてしまって。
「……楽しそう」
見えたまま、思ったまま。
勝手に漏れてしまった声に、自分で驚く。なんとも間抜けだ。
すぐ隣に、いつも通りの距離にわんこは居るのに。立ち入れない何かが、今は私たちの間にある気がして。
昼休みくらいしか話せる機会のない私より、ずっと友達らしい距離感でいられる人たちが、わんこの周りには大勢いる。それは、分かりきった事実。
それでも。
今隣にいるのは、私なんだけどな。
なんて。
僅かでも思ってしまう、我ながら面倒くさい感情のせいで。
舌に触れるジュースの甘ささえ、よく分からない。
「あっ、そういえばにゃーちゃん」
「んむっ!?」
ぐるぐるとした感情の坩堝へ、唐突に響いてきたわんこの声。
小首を傾げてこちらを覗き込むその瞳が、吹き出しかけたジュースを堪える私の間抜けな表情と、ぴんと立った猫耳に正直すぎるくらい表れた驚きの感情を映し出す。
「だ、だいじょうぶ……?」
「……ああ、うん、ごめん。大丈夫」
丸っこい瞳をぱちくりさせるわんこに、曖昧な返事をなんとか返しながら。
口ぶりからして私の呟きはわんこに聞こえていなかったことに、密かに安堵していた。
……わんこにこちらを向いてほしいと思いつつ、独占欲に似た私の感情はわんこの目から隠したいと思ってしまう。
やっぱり面倒くさいな、私。
「……んで、どうかした?」
「にゃーちゃんの誕生日、知りたいなーって! そういえば聞いたことなかったよね」
「……私の? なんで?」
「そりゃあもちろん、お祝いするためだよ! にゃーちゃん用のプレゼントも、ちゃんと用意しときたいし!」
ぽかん、と。
予想だにしていなかったわんこの返答に、私は一瞬固まってしまう。
野菜ジュースのパックが口から離れ、ストローに付いた無意識の噛み跡が露になる。
「なんで……?」
先ほどと全く同じ言葉が、口をついて出てしまう。
嫌味に聞こえてしまっただろうか、と心配を抱きつつも、問わずにいられないのも本心だった。
プレゼントとは、身銭を切る行為とは、それだけ大きなもののはずで。
獣耳という秘密の共有、昼休みの間だけ一緒に過ごす間柄。私の持つ接点なんて、わんこがいつも一緒にいる『友達』に及ぶはずもない、小さなものでしかないはずなのに。
なんで、私にそこまで……?
投げ掛けた疑問の視線が、わんこの丸い瞳に吸い込まれてゆく。
冷静に考えたら、意味の分からない質問だ。善意を疑うようで失礼にすら当たるし、どう考えてもわんこを困らせてるに決まってる。
……相変わらず、下手くそな会話しかできない自分にため息が出そうだった。
ごめん。やっぱり何でもない。なんて、取り繕いの言葉すら下手くそに並べようとした、その時に。
こちらを見つめるわんこの表情が、ふにゃっと緩むのが分かった。
「にゃーちゃんの喜ぶ顔が見たいから、かな」
その笑顔で、その一言で。
疑問も、後悔も、ぐちゃぐちゃと絡まった私の中の全てが、いとも簡単に解けていく。
……なんか、私っていつもこうだな。
小さなことをぐるぐる考えて、うだうだ悩んで、尤もらしい答えを探して。
だけど結局のところ、私が欲しいのは。
わんこがくれる、単純で純粋な一言。私のために向けてくれる笑顔。それだけなのかもしれない。
頬杖をついた手で、口元を覆う。
心の内では求めているくせに、いざわんこが真っ直ぐに向き合ってくれたら簡単に気恥ずかしさに負けてしまう。
……本当に私は、面倒くさい奴だ。
だけど、それでも。
「……ありがと」
隠した口元で紡ぐ、感謝の言葉。
照れ隠しぎみにしか言えないのは、相変わらずだけど。
溶けるように柔らかな満面の笑みで応えてくれる、わんこを見ると。
不器用で面倒くさい私でも、このくらいは頑張って素直でありたいと。そう、思えるのだ。
◇
「じゃあ、話題は戻りましてー。改めてにゃーちゃんの誕生日、教えてくださいっ!」
やけに上機嫌なわんこの言葉で、私もそもそも何の話の途中だったかを思い出した。
相変わらず他人のお祝いだというのに、誰よりわんこが楽しそうだと思いつつ。
私の誕生日か……と思い直すと、その上機嫌に水を差してしまう情報かもしれないという申し訳なさがあった。
「いいけど……めっちゃ先だよ、二月だもん」
そう、私の誕生日はほんの二ヶ月前に過ぎたばかりなのだ。
祝えるとしても来年、気の遠くなるような話だ。
……だというのに、わんこの反応は意外なほど前のめりで。
「えっ、いついつ!? ……もしかして、二月二十二日とか!?」
「……なにそのピンポイント」
「にゃーちゃんだから、
「…………は」
自分で思ってたより、乾いた声が漏れた。
やけにキラキラした眼差しで、何を期待しているのかと思ったら……予想以上にしょうもない理由だった。
「今わたししょうもないって言われたっ!?」
「え、あ、声出てた?」
珍しくショックを受けたような声と共に、わんこの犬耳がぺしょ、と元気を失くすのが見えた。
勿論、そういう語呂合わせの日があるのは知ってるけども。ただの駄洒落じゃんか。
わんこって意外とそういうの好きなのか……?
「変な期待されてるとこ悪いけど、違うからね」
「うぅ……にゃーちゃんの誕生日だったら、一番ぴったりだと思ったのに~……」
「なんでわんこが悔しがってんの……。わんこだって、まさか
改めて自分の誕生日を見つめ直す。……わんこのせいで、語呂を変に意識してしまうから変に恥ずかしい。
さすがに二月二十二日ではない、けど。
「……まあ、日付的には遠くもないよ。学生証見せようか」
「あっ、待って待って! じゃあせーので見せっこしよ!」
……せーの、で合わせる意味があるのかは不明だけど、そういえば私もわんこの誕生日は知らなかった。
ここで聞いておかないと後々タイミングを逃してしまいそうだから、わんこの提案に乗ることにした。
ご丁寧に「せーのっ」とわんこが発する掛け声に合わせ、二人で学生証を公開してーー。
『
『
ーーお互い同時に、吹き出した。
「ふふっ、あははっ! 二人ともすごい惜しい~!」
「二人して一日違いって……ふふっ、十分ミラクルじゃん」
わんこの誕生日は
偶然というのは、案外あるもののようだ。
「でも、なんかこっちの方が嬉しいかも!」
「え?」
「わたしとにゃーちゃん、どっちの誕生日の中にもちょっとだけお互いがいるって感じじゃない? なんか運命感じちゃうなぁ」
運命、なんて言葉を唐突に使われて。
嘘がつけない私の頬は、また簡単に熱を帯びてしまった。
恥ずかし気もなくそんな台詞を言って嬉しそうに笑うわんこの方が、実は一ヶ月近く年上だなんて。
……
ある意味で私たちにとっては、ゾロ目よりも奇跡的な日付、なのかもな。
これまで日付そのものに、意味なんて見出だしたことなんて無かった。自分の誕生日を見て笑う日が来るなんて、想像もしてなかった。
……わんこに出会わなければ、きっとこれからもそうだっただろう。
「じゃあ来年の
端から聞けば、あまりに気の早い宣言。
思わずふっと笑みをこぼしながらも、私の中にも既に高鳴る気持ちがあることは確かで。
今日この瞬間、特別に変わった二つの日付は。
私もまた、来年まで忘れないでいられるだろう。