犬耳のわんこと猫耳のにゃーちゃん。   作:海月 水母

9 / 11
犬猫トワイライト

「にゃーちゃん、お待たせ~っ!」

 

 授業終わり、放課後の下駄箱。

 これから部活に向かうであろうジャージやユニフォーム姿の生徒たちを横目に、隅の壁にもたれかかっていた私に、聞き馴染んだ声が飛んできた。

 声の主はもちろん、わんこ。

 高身長のおかげで遠くからでも目立つのに、その上ぶんぶんと手を振りながらこちらへ駆けてくる。

 

「ふーっ、遅くなっちゃった! 待っててくれてありがとね!」

 

「ん、全然。ってか、何も走って来なくても……先生に見つかったら怒られるよ」

 

「えーっ、だって楽しみだったんだもん、にゃーちゃんと一緒に帰れるの!」

 

「っ……そりゃ、どうも……」

 

 直球すぎる言葉に、今日も私の頬は容易く紅潮させられる。

 パーカーのフードの中でもごもごと答えるのがやっとの私に、わんこが無邪気にふにゃっと笑いかける。

 こんな不意討ちも、わんこに出会ってから何度食らったことだろう。いつまで経っても慣れやしない頬の熱が引くのを待ちながら、ふとそんなことを考える。

 

 今度は一緒に帰ろう、と二人で約束をしたのが昨日。

 翌日である今日の昼休み、早くも待ちきれない、と言わんばかりに瞳を輝かせたわんこの「じゃあ今日の放課後ね! 待ち合わせ場所は……下駄箱の自販機前で!」との提案で、今に至る。

 犬耳も相変わらず、わんこの感情に連動してぱたぱたと動いてたな。なんて、今はカチューシャに隠れて見えない犬耳(それ)を思い出すと、思わず頬が緩みそうになった。

 

「あ、にゃーちゃん見て見て! 自販機、夏仕様になってるよ!」

 

「ん? ……あ、ほんとだ」

 

 わんこに並んで自販機を覗き、確かにと気付く。

 ホットドリンクの枠が消え、品揃えが冷たい飲み物のみに変わっていたのだ。

 四月も終盤、この時間でも肌寒さを感じることは稀になってきたことを考えれば、商品の入れ替えも妥当な時期か。

 

「せっかくだし買ってこうかな~、にゃーちゃんもなんか飲む?」

 

 言うが早いが小銭を入れ、ミルクティーのボタンを押すわんこ。お弁当の時もちょいちょい飲んでいるのを見かけるし、お気に入りなのだろう。

 軽く喉は渇いてるし、私も買ってくか。

 小銭を手に、品揃えとにらめっこを始める。

 

「う~ん……アイスココアかな、ずっと温かいのしか置かれてなかったし」

 

「ホットココア、苦手なの?」

 

「……冷めるまで飲めないじゃん」

 

 口を尖らせ、不満を口にする。

 缶だと形状的にいくら息をふーふー吹きかけても冷めにくい、買ってすぐに飲めないのでは自販機で買う意味が無いも同然だ。

 

「……どしたん」

 

 ……ふと視線を感じ、隣を見る。

 何かに気づいたように、こちらを見つめるわんこがほくそ笑むのが分かった。

 

「にゃーちゃんってもしかして……猫舌?」

 

「……なんでわんこがちょっと嬉しそうなの」

 

「えへへ、猫ちゃんっぽくて可愛いなぁって」

 

 にまにまと、やけに緩んだ笑みを浮かべているわんこに、少なからず呆れを含んだ視線を返す。

 誕生日の話題の時もそうだったけど、わんこは私に猫っぽさを感じる瞬間をやたらと好んでいる節がある。

 私が猫舌で、何がそんなに嬉しいのやら……わんこのツボは微妙に分からない。

 事実なので認めざるを得ないが、猫舌は昔からの体質。猫耳が生えたこととは無関係だ。たぶん。

 

「ふふっ、じゃあそろそろ行こっか!」

 

 やけに上機嫌な笑顔のまま、ステップを踏むようにローファーを鳴らすわんこを、慌てて追いかける。

 一緒に帰る約束をした訳だし、当然というか私を置いてくことはないのだけど。ほっとくと、今にも走り出してしまいそうに見えたから。

 

「……わんこだって、犬っぽいくせに」

 

「うん? にゃーちゃん何か言った?」

 

「別に。わんこは元気でよろしい、って思っただけだよ」

 

 思えば。

 なぜ私に生えたのが猫耳で、わんこに生えたのが犬耳だったのかも、謎の一つだ。

 そこに理由があるのか、それすら分からないけど。

 でもまあ、逆よりはしっくりくる……のかもしれない。

 

 ため息を吐きつつ、隣を見上げるけど。

 きっと私の表情は、呆れながらも緩んでしまっているのだろう。

 視線を合わせたわんこもまた、ふにゃっとした笑みを返してきて。

 それぞれのドリンクを片手に、私たちは下駄箱を後にした。

 

 

 

 

 校門をくぐると、ちょうどチャイムのメロディが響いてきた。童謡らしき音楽、防災無線から鳴っているやつだ。

 夕方を感じる音楽の下、グラウンドに沿って張られたネットの横を二人で歩く。

 サッカー、陸上、テニス……グラウンドはこの夕方でも、部活に励む生徒たちで賑わっている。

 ご苦労なことだ。なんて、他人事のように遠い目で眺めてしまう。うちの高校は部活動も強制じゃないから、とやかく言われることも無いのだけど。

 

「ふんふんふ~ん♪」

 

 隣を見れば、チャイムの音楽をなぞるように鼻歌を奏でるわんこが目に映る。

 緩んだ口元、スキップのように軽やかな足取り。上機嫌を絵に描いたような姿が微笑ましい。

 

「夕日も綺麗だねぇ」

 

「確かに。……ちょっと眩しいけど」

 

 わんこの言葉を受け見上げた空は、一面茜色に染まっていた。その奥で、オレンジに輝く太陽がゆっくりと沈んでいく。

 そういえば、いつもチャイムが聞こえる時間帯ってもっと暗くなかったっけ。

 あまり空を見上げることがないから、夕日の位置が高いのか低いのかは判断がつかないけど。

 なんとなく以前より、日が長くなったような、そうでもないような。

 曖昧な季節の感覚を辿りながら、西日に目を細める。

 

「ぷは~……ミルクティーが体に沁みる……」

 

「……それ、温かいの飲んだ時の感想じゃない?」

 

 冷たいミルクティーにそぐわない食レポに軽くツッコミを入れつつ隣を見上げれば、冗談めかして笑うわんこの横顔にもオレンジが差し込んでいた。

 隣を歩いてると、わんこの背の高さがより実感できる。普段の昼休みは、基本的に二人とも座ってるからだろうか。

 見慣れたはずのわんこの、どこか新鮮な横顔。

 こうして見ると、意外と端正な顔立ちにも見える。いつもすぐにふにゃっと笑うせいで、あどけない印象を抱きがちだけど。

 

「にゃーちゃん……? あんまりじっと見られると、ちょっと恥ずかしいかも……」

 

「うぁっ、ごめん」

 

 夕日に照らされていたせいで、わんこの頬がいつもより赤くなっていることに遅れて気付く。

 というか、どんだけ見つめてたんだ、私も。

 自分の頬まで火照り始め、あわあわと視線を泳がせていたら。

 ふと、あるものが目に入った。

 

「あれ……桜?」

 

 たぶん、わんこを見上げていたからだろう。

 いつもより高くなっていた視線は、道沿いの木々から枝垂れた枝に、小さな桜色を見つけた。

 

「この辺って桜咲いてたんだ」

 

「えっ、にゃーちゃん知らなかったの!? 入学式の時とか、満開だったのに……」

 

「まじか」

 

 何とはなしに呟いた言葉に、わんこが予想以上にびっくりした声を上げた。

 桜……そういえば全然気付いてなかったな。

 それなりに大きな幹、立派に伸びた枝。既に殆んど葉桜になっているが、満開になってたとしたら相応の迫力がありそうな桜の木だというのに、目に付いてすらいなかった。

 

 入学式の頃、か。

 わんこと出会うよりも前、猫耳が生えるよりも前。

 ほんの少し顔を上げれば、簡単に見えていただろうに。

 あの頃の私は、そのほんの少しすら、出来ていなかったらしい。

 

 空に向かって、小さなため息を吐く。

 吐息が白く変わる季節さえも、もう遠い昔に思えた。

 

「あ~あ……もうちょっと早くにゃーちゃんと出会えてたら、一緒にお花見もできたのかなぁ」

 

 しょげたようなわんこの声が、上の空にいた私を引き戻す。

 確かに、今見えるのは青々とした葉がほとんど。微かに残った花びらだけでは、お花見と呼ぶには程遠い光景だ。

 とはいえ、私は正直言ってわんこほどの感慨を抱いている訳ではなかった。

 

「別に、桜は来年も咲くでしょ」

 

 それが、素直な感想だった。

 今年を見逃しても、桜の季節は自動的に巡ってくる。それだけのことだ。

 我ながら、冷めた感想だとは思う。

 同い年のわんこと、一体どこでこれほど感受性に差がついたのやら……。

 ちら、と隣を見やる。

 と、何故かきょとんとした表情のわんこと目が合って。

 

「にゃーちゃんっ!」

 

「にゃっ!?」

 

 抱きしめられた。急に。

 見上げるほどの長身が覆い被さるように私を包み、豊かな胸がこれでもかと密着してくる。

 

「何、何が、何で……??」

 

 まるで脈絡の無いわんこの行動のおかげで、出力される言葉にもパニックが滲む。

 今の会話に、抱きつかれるような流れってあったっけ……?

 いや、そもそも抱きつかれる流れって何だ?

 

「えへへ、だって嬉しかったんだもん」

 

 処理落ち状態の私の脳をよそに、聞こえてきたわんこの声はやけに弾んでいた。

 嬉しかった、と言われても。

 それはそれで、心当たりが無さすぎて。

 今度は私の方がきょとんとしていると、体を密着させたまま少し顔を離して、わんこがこちらに笑いかけてくる。

 

「だって、”来年の春も一緒にいてくれる”、ってことでしょ?」

 

 わんこのまん丸な瞳の中に、ぽかんと呆けた私が映っている。

 深い意味もなく、紡いだ言葉だった。

 そんなにポジティブな解釈をされるとは、思ってなかった。

 だけど、確かに。

 私は今、疑うこともなく想像していた。

 満開の桜の下をわんこと歩く、そんな未来を。

 

「あれ、なんか違った?」

 

「違っ……くは……ない」

 

「ふふっ、よかった!」

 

 正直な言葉でそれを語るには、まだまだ私は不器用すぎるけど。

 途切れ途切れの言葉でも、わんこは変わらない笑顔で受け止めてくれるから。

 らしくないほど安心してしまうし、夢見てしまう。

 

 桜がまた咲くのは当たり前でも、人と人の繋がりは必ずしも続いてくものじゃない。なのに。

 季節が巡るのと同じくらい、もう私の未来にはわんこが居て当たり前だと、思っているのかもしれない。

 今だって、ぎゅうぎゅうと抱きついてきてたわんこの腕が、不意にするりと離れるだけで。

 この胸はほんの少し、寂しさを覚えてしまうのだから。

 

 気付かぬ内に桜が散って。

 自販機が冷たい飲み物一色になって。

 日が沈む時間も、少しずつ遅くなって。

 わんこと一緒じゃなければ、そのどれも見逃してしまってたくらい。

 緩やかに、それでも確かに、季節は移ろい時は流れていく。

 変わらないようで、色んなものが変わっていく。

 

 だから未来のことなんて、私には分からない。

 朝起きたら突然猫耳が生えているような世界だ、予定調和なんて最初から存在しないのだろう。

 

 それでも。

 わんこと過ごす時間だけは、変わらないままだったらいいな、と思う。

 巡る季節の中でも、変わらない”今”という時間が流れていてくれたら、なんて。

 珍しく欲張りな願望を抱く私も、変わらないようで変わりつつある、のだろうか。

 それが誰の影響か、なんて考える間でもないことだけど。

 

「じゃあ、そういうわけで……」

 

 隣から、一歩前へ。

 軽やかに踊り出たわんこの長い茶髪が、風に揺れる。

 思わず見惚れてしまうような一瞬の後、お馴染みのふにゃっとした笑みを見せながら。

 

「来年もよろしくね、にゃーちゃんっ!」

 

「……いや、気早すぎでしょ」

 

 葉桜の下で、年末のような挨拶を口にするわんこに思わず吹き出しそうになる。

 季節外れなんてもんじゃない、鬼でなくても笑ってしまうだろう。

 ……でも、そうだな。

 

「……こちらこそよろしく、わんこ」

 

 相変わらず、不器用ではあるけれど。

 私なりに頬を綻ばせて、挨拶を返せば。

 カチューシャの下で忙しく動く犬耳が容易く想像できてしまうくらい、喜びを湛えるわんこの笑顔は。

 沈みゆく夕日になんて負けないくらい、眩しかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。