今日は珍しく外の作業であった。
草むしりなど今時フルオートマチックが主流であるのに、わざわざ人の手でむしる必要性が理解できない。
このような非生産的なことを行うのであれば、私の頭脳や決断力を生かせる仕事を振って欲しいものだ。
心の中でひとりごちるが、当然誰に届くこともなく、心の中で渦巻くだけであった。
気温自体は高くないが、今日は日差しが強い。
雲一つない快晴で時間とともに日差しのぎらつきは威力を増すだろう。
額に滴る汗を拭いながら、根元から草を刈っていく。
ここ数日はカイと異なる作業になることも多く、一人で黙々と作業をこなす。
休憩時間に入るや否や日陰に逃げ込む。
壁にもたれかかればコンクリートのひんやりとした感覚に頬が緩む。
ペットボトルのキャップを開け、ぬるくなった水でのどを潤していると、隣から聞き覚えのある声が聞こえた。
「げっ、防衛室長。あ、もう違うのか」
クリーム色をした少女がこちらに気が付くと、眉を顰めたかと思えば、こちらを逆なでするような言葉が、小さな口から次々とこぼれ出る。
「クルミ、流石にそれは失礼でしょ」
すかさず、隣にいた明るい茶髪の生徒が突っ込みを入れるが、彼女もクルミの言葉を否定はしない。
「お久しぶりですね。FOX小隊の皆さん。相変わらずお元気そうで」
こう暑くては憤る元気もない。
奥にはピンクの髪色をしたニコとユキノもおり、視線が合ったので会釈をすると、相手もおずおずと頭を下げる。
表面上はリラックスしているようにふるまっているが、全員から警戒の様子をひしひしと感じる。
「当たり前でしょ。これくらい、SRTの訓練と比べたらお遊び以下よ!」
クルミが胸を張るが、顔についている泥のせいでいまいち格好がついていない。
それをオトギから指摘されると、暑さで茹ったように見る見るうちに顔が真っ赤になる。
「そういえば、七囚人と同じ部屋になったと聞きましたよ」
ニコの一言で、じゃれあっていたオトギとクルミの動きが止まり、視線がこちらに集まる。
「えぇ、丁度一人分部屋が開いていたので。それが何か?」
「……いえ、気にしていないのが意外だったもので」
「ほんと。前なんて些細なことでギャーギャー騒いでたのに」
いちいち水を差すクルミを聞き流し、眉頭を持ち上げる。
「その節はいろいろとご迷惑をおかけしまして……。ですが、カイも話してみると存外話が分かる人でしたよ」
「相手は極悪人。どんな会話をしたのかは分からないけれど……。心を開きすぎるのは危険だ」
沈黙を貫いていたユキノが口を開いた。
彼女の、夏の日差しのような爛々とした瞳に、とっさに目をそらしてしまう。
「そうそう。特に、七囚人となれば、手八丁口八丁もお手のもだろうし。私たちは災厄の狐としか交戦してないけど、あれと同じだとするなら一筋縄じゃ行かないだろうね」
「相手を誰だと思っているんです? 有象無象ならつゆ知らず、私は不知火カヤですよ?」
「だから心配なんでしょ。あんた、自分が何でここに居るのかわかってる?」
「あぁもう、うるさい!」
ペットボトルを地面に投げつける。音を立て、水があたりに飛び散る。
私を見下すな。心配をするな。
私は、私は――!
「……分かった。それがあなたの選択なら。差し出がましい心配だったらすまない」
ユキノが一礼した後、彼女たちは奥の方に姿を消した。
まもなく、休憩時間が終わったので、作業を再開する。
草を刈って、刈って、刈り続ける。周りの様子など、まるで気にしていないかのように。
依然、太陽は私を照り付ける。吹き出す汗は拭い切れなかった。
―――――
作業を終えると牢屋の前でカイと古舘が話し込んでいた。
「さぁ、これが例の薬だ」
「……えぇ、確かに。ではいよいよ始めます」
詳しい話は聞こえないが、どうでもいい。
今はとにかく何も考えずにベットに飛び込みたかった。
「あぁ、カヤか。……おや、顔色が優れないようだが?」
「……少し、熱中症気味で」
「では、しっかり水分を取っておくといい。特に、外での作業の後はね」
「……見て、いたのですか」
失態だ。不要な感情を出して失敗した前回と何ら変わっていない。めまいが立ち込め、脱力感とも、倦怠感とも知れぬ感情によろめく。
「あぁ、分かるとも。こちらがどれだけ革新なことを行っているかも理解せずに、一般論などという不確定なものを持ち出してきては拒絶し、非難する。愚かしいことこの上ない」
彼女の口元が吊り上がるのにつられて、私の口角もゆっくりと上がっているのがわかる。
まさか、彼女も同じ苦悩を抱えていたとは。
示し合わせたかのような、運命ともいえる共感の言葉に体が震える。
「カヤ。君はこのままでいいのか? 虐げられ、言いなりになったままで。彼女たちに復讐したくないかい? いや、君を矯正局に追いやった、そのすべてに」
彼女は胸元からタブレット上の小さな物体を取り出した。
「これは、錬丹術で生成した薬剤だ。交感神経やホルモンバランスに作用し、一時的に身体能力を向上させることができる。なに、遠慮する必要はない。私と君の仲じゃあないか」
カイから薬を受け取るると、質量以上の重みを手のひらで感じる。
これさえあれば、すべてが解決する。
主人に歯向かう狐共も、私の力を認めない連邦生徒会の無能どもも、キヴォトスを土足で踏み荒らす大人も。
震える手を抑えて、どうにか口元まで近づける。
一度深呼吸し、口に含もうとした時、換気扇から何かが噴出し、形容できない異臭が牢屋を襲った。
「クククッ、想定より早かったねぇ」
「一体何を言って……」
「私も一度は世界の見方を変えようと思ったのだが……」
カイは一度言葉を切り、辺りを見渡す。そして、床に倒れこむカヤに向かって吐き捨てる。
「やはり何も変わっていないようだ。私は、私の目的を達成する。凡夫に付き合っている暇はないのさ」
薄れる意識の中、彼女のガスマスクの下の失望を含んだ声だけが頭の中を木霊していた。
―――――
「おい、大丈夫か!」
再び意識を取り戻すと、初めに見えたのは牢屋の天井だった。
続けて、いつぞやの看守が様子をのぞき込んでくる。
「体調は問題なさそうだな」
「い、一体何が!?」
「まだ詳しいことは分かってないんだが……。突如局内でガスが散布されたんだ。その混乱に乗じて一部の囚人が反乱を企てた」
周囲からは銃声と叫び声が聞こえる。状況を把握できないうちに、言われるがまま、看守の避難指示に従う。
「囚人番号13710からは何も渡されたりはしていないよな?」
囚人番号13710、申谷カイはこの騒動の容疑がかかっているが、カイが目を覚ました時にはすでに行方をくらませていた。
カヤの脳に先ほどの出来事がフラッシュバックし、ポケットの中の薬を握り締める。
「……いえ、何も渡されませんでした」
「そうか。……さあ、この突き当りを右に行ったところに一時避難所がある。私は逃げ遅れた囚人がいないかを探してくる」
そう言い残すと、彼女は来た道を引き返していく。
愚図しかいないと思っていたが、彼女のような人材もいるのだと、カヤは状況を忘れて感心してしまった。
突き当りにたどり着いたとき、左の部屋から話し声が聞こえた。
もしかしたら逃げ遅れた生徒かもしれない。カヤの足は反射的に左を向いた。
「大丈夫ですか!」
ドアは錆びていて、開けるのに一苦労した。皮肉にも矯正局内の生活のおかげで、以前より力がついてきたことを実感する。
中は使われていない倉庫のようで、埃っぽい古びた臭いが鼻を突いた。
「おやおや、また会うことになるとは。ククッ、ここまでくれば何かしらの縁を感じてしまうねぇ」
「笑い事じゃないんですけどねぇ。……まぁいいです。手間が省けたということにしておきましょう」
中にいたのは二人の生徒。
楽し気に喉を鳴らすのは白と黒の髪を結った生徒、申谷カイ。
そしてもう一人は――
「すみませんね、不知火さん。私の計画のために、少しだけ気絶していただきます」
深くかぶった帽子の下から鋭い眼光を向けられる。
いつもと雰囲気は変わらないのに、どこか異なると直感が告げる。
「一体何の冗談ですか、古舘さん。そこにいるのは今回の事件の容疑者ですよ? いくらあなたとはいえ、捕まえるべきでしょう」
とっさに疑問を口走ると、古舘は天を仰ぎ、肩を震わせた。
「まだ、そんなことを言っているのですか? これは傑作だ。まぁ、もういいか。ここではっきりさせましょう」
「一体何を言って……?」
「私はこの申谷カイと取引したんですよ。彼女を逃がす代わりに、私の言った薬を作ってくれ、とね」
鈍器で殴られたような感覚だった。腐っても看守という立場にあるものが、囚人を逃がすという選択をしたこと。そしてその提案にカイが乗った事。
何より、それを語る古舘の声が背筋が凍るほどに冷たかった。
「では、私はこれで。後は任せたよ」
カイの背中が、遠ざかっていく。
彼女の名前が口をつくが、その足が止まることはなく、ついに部屋の奥の扉の向こうに姿を消した。
「不知火さん。いや、カヤ。貴女にはこの事件の犯人ということになってもらいますね」
カイを追いかけようとするも、後頭部に硬い感触が当たり、動きが止まる。
「貴方の目的は一体……?」
彼女はカヤに銃口を向けたまま移動すると、帽子のつばをゆっくりと持ち上げ、地面に放り投げた。
「この顔に見覚えはありませんか?」
「……さんざん見てきましたよ。素顔を見るのは初めてですがね」
「私は以前、防衛局で働いていました。……ですが、ほんの些細なミスでこんなところに落とされてしまった……!」
下唇をかみしめ、目を見開く古舘。顔は紅潮し、銃を持つ手も震えている。
「だから、まさか復讐の機会が来るなんて……。あぁ、天は私を見捨ててはいなかった……! ふふっ、ネコをかぶり、こちらに媚びるあなたの姿はお笑いでしたよ。私がいる限りは決してここから出られないというのに」
不気味な笑みを浮かべた古舘が突然引き金を引く。
銃口から押し出される破裂音と共に鉛玉が空気を切りさいた。
カヤが反応する間もなく右太ももに鋭い痛みが走る。
「そうそう。怯えて、隠れて、逃げまどってください。とてもお似合いですよ」
苦痛に悶えながらもも机の裏に転がり込んだカヤは部屋の配置を頭に描く。
この部屋には扉が二つある。
カヤが入ってきた入口付近の扉とおそらく外部につながる奥の扉。距離はほぼ同じだが、古舘は入り口付近にいたことを考えると、奥の扉から逃げるべきだろうか。
「それともう一つ。この部屋の奥にある扉から出ることはお勧めしません。その先にはブラックマーケットの傭兵を配置しています。
犯罪者をみすみす逃がすわけないでしょう? いまごろ、あの女も捕まっているでしょうね」
こちらの動きを見透かしたように古舘は言い放つ。
カヤは視線を扉に向けるが、鉄製の入り口は沈黙を貫いている。
そして、だんだんとブーツの音が近づいてくる。
カヤはこぶしを握り締め、音の方角に意識を集中させる。
「残念。こっちです」
振り向く間もなく、背中に痛みが走り、地面に倒れこむ。
顎をしたたかに打ち付け、揺れる視界で脱ぎ捨てられたブーツをとらえる。
「さあ、また逃げてください。デスクワークの多い防衛室長にはちょうどいい運動でしょう?」
古舘はカヤの足に何度か発砲した後、突然後ろを向く。そして、まるでかくれんぼの鬼のように数を数え始める。
カヤは右足を引きずりながら棚の裏に隠れた。
腫れだした右足が、発火するように熱を持つ。
たまらず棚にもたれかかるとズボンから何かが零れ落ち、そのまま転がっていく。
「これは……!」
―――――
「さて、どこに行ったのでしょうかね?」
十まで数えた古舘は部屋に向き直る。カヤは先ほど右手側の机に隠れ、私に見つかっている。次も同じところに隠れるとは考えにくい。
また、足に何発か弾を打ち込んだので、武器になるものをもって向かってくるとも考えにくい。
であれば、死角が多く、ふいうちも、隠れることもできる左手の棚の陰に隠れている可能性が最も高いだろう。
「かくれんぼも飽きましたし……、そろそろとどめを刺してあげますよ」
扉に鍵をかけ、歩みを進める。
こそこそと隠れるカヤに対して自分は堂々と歩ける。あの女を自分が支配していることを実感し、脳髄に暗いシナプスが迸る。
棚と距離が縮まるにつれて心拍数も上がりだす。
引き金に指をかけ、一気に棚を覗くが、そこに人の影はない。
「いない……?! まさかっ!」
「こっちです……よ!」
カヤが後ろから古舘を突き飛ばし、不意をつかれた古舘は勢いのままに銃を手放す。
もみ合いの末、カヤは銃を遠くに突き飛ばした。
「これで形勢は逆転ですね……!」
「いやあ、驚きました。まさか逃げずに立ち向かってくるなんて」
「カイからもらった薬を使ったんですよ。今の私は無敵です!」
翡翠色の瞳孔をむき出しにし、叫ぶように言い放つカヤ。
その勢いのまま古舘に向かって突っ込むが、古舘はそれを回避し、カヤの腹部にこぶしを打ち付ける。
カヤはその場に倒れこみ、せき込みながら悶える。
「はははっ! 武器を奪って対等になったつもりですかぁ!?
私、これでもヴァルキューレ出身ですよ? 訓練もしていないお前なんかに負けるわけがないでしょう!」
古舘はゆっくりと歩き出し、銃を回収し、マガジンを交換して、重量のあるリロード音を奏でる。
「ほら、これで元通りです」
「まだ、諦めるわけには、いかないの。キヴォトスのため、立ち上がるのです。不知火カヤ……!」
上の空のように言葉をつぶやき、腫れた右足を引きずりながら、カヤは再び立ち上がる。
「しつ……こいっ!!」
古舘はたまっていた感情を爆発させるように、弾丸をカヤに向かって打ち込む。
次第に、引き金を引く音のみが空間に響く。
彼女は、肩で息をしながら、床にうずくまるカヤを睨みつける。
「もう諦めたらどうですか? ……聞きましたよ。あなた、シャーレの先生に逮捕されたらしいじゃないですか。
しかも、見苦しい命乞いも聞く耳を持たれなかったと。
全ての生徒の味方になるような存在にすら見放されるような『化け物』に居場所なんてあるわけがないでしょう!」
『だが、君はどうだ?』
『果たして、これまで築いてきた名誉を捨てて、一からやり直せるのか?』
『あんた、なんでここに居るのかわかってる?』
わかっていた。自分が何者であるか、など。
とうの昔に分かっていたのだ、そんなものは。
連邦生徒会長代理から失脚した時、作業を終えて牢屋に入る時、ユキノの、あの目に映る自分と目があってしまった時。
自分が失敗するたび、周囲から否定されるたび、本当は自分が超人ではないことという事実を、どんなに否定しても、心の底では理解していた。
押さえつけていたはずの感情が、失敗が、堰を切ったように漏れ出す。
「……おい、私だ。申谷カイを連れて戻って来い。こっちも終わった」
重々しい音とともに鉄の扉が開かれる。
薬の影響でぼやけていたはずの、右足の熱や全身の擦り傷が、輪郭を取り戻す。
「さあ、帰りましょうか。大丈夫ですよ。私がここを出るまで、ずっと遊んであげますから」
――それでも。
たとえ誰にも認められなくても、必要とされていなくても。
本当は、凡人であっても!
「自分の価値は、自分で決める! 私以外に、不知火カヤを評価させてやるものか!」
私は、不知火カヤは、諦めない。
どんなに苦境に立たされても、たとえ誰からも必要とさていなくても、そこで折れてしまっては、何も起こらない。
しゃがれた声を張り上げ、鉄の味が広がる口いっぱいに空気を吸い込み、全力で立ち上がる。ぼやける視界は、古舘の姿を捕まえて離さない。
「いい加減に……!」
「ク、ククッ。ふふ、ははははっ! なるほどなるほど! そう来たか! 実に面白い発想だ!」
鉄の扉が開け放たれ、女の笑い声が古舘の引き金を止める。
そして、白魚のような手が古舘の口元に伸び、薬物を飲み込ませると、彼女は糸が切れたように床に倒れこむ。
「申谷、カイ……!? なぜ、お前がここに? ブラックマーケットの傭兵にやられたはず……」
「私があの程度でやられると思われているなんて。こりゃあ、ずいぶん低く見積もられたものだ。……ククッ、科学者が己の発明を使わない理由がどこにある?」
カイは、古舘から拳銃を奪い取り、彼女の後頭部に鉛玉を打ち込むと、うめき声をあげて、やがて動かなくなる。
動かなくなった古舘を一瞥して、こちらに視線を向ける。彼女の眼には光も闇もなく、漆黒のみを映し出していた。
「君は力も、知識も、カリスマ性もない。プライドと自尊心がいたずらに高いだけのただの凡夫だ。それなのに、どうして立ち上がれる? いったい何が君をそこまで奮い立たせる?」
「……私が連邦生徒会長代行になって初めて行った仕事が、バスジャック事件の対応でした」
「キヴォトスではありふれた話だろう。それが何か?」
「いや、あり得ないでしょう!? 犯罪が起こってそれを放置するなんて! ……ですから、私は決意したのです。キヴォトスを正常な形に矯正すると。これは、私にしかできないんです」
それに、諦めないことは、あの生徒会長ですらなしえなかったことだ。認めたくはないが、私が彼女に勝てる部分はここだけ。
そう思えば、気力を失ってなどいられない。
「どうです? 貴方も来ませんか? 私のもとに来るというのであれば、仙丹でも何でも研究させてあげましょう」
限界に達したか、力なく床に倒れこむカヤ。カイは地面を向き、自虐的に吐き捨てる。
「……私は七囚人などと呼ばれ、世間では手に負えない存在で、化け物なんて揶揄されることもあるくらいさね」
「能力さえあれば誰であろうとかまいません。……それに、私から見れば、ここに居る皆、等しく犯罪者です。貴女だけが特別ということもない」
カイは珍しく目を丸くしていた。きっと私の度量の深さに驚嘆を隠せないのだろう。
カイは目を閉じ、ゆっくりと瞼を開けた。
「ククッ、カヤ。君は本当に興味深い。そうさね、私は――」
カイの返事を聞く前に、入口の扉から爆発音が響き、煙の中から獣耳が現れた。
「申谷カイ、貴女には今回の事件に関して、ガス製造を始めとする様々な容疑がかかっている! 抵抗は無駄だ。おとなしく同行してもらおう」
「……様子がおかしいですね。あれは……、不知火カヤ!?」
FOX小隊を始めとして局員がなだれ込んでくる。彼女たちは素早く状況を理解すると、カヤの治療や容疑者の連行を開始した。以外にも、カイは抵抗もせず、何かに満足したように看守の指示に従う。
ユキノがこちらにやってきて、ためらわずに手を伸ばす。私も彼女の目をしっかり見て、その手をつかむ。
「すまない、他の囚人の鎮圧で遅れた。大丈夫か? カヤ」
「えぇ、おかげさまで。やはり貴女たちは優秀だ。ここを出た後は再び私のもとに来なさい。適切な使い方をしてあげましょう」
「申し訳ないが、それは断らせてもらう。私たちは私たちの正義を貫く」
「……まぁいいでしょう。いずれ嫌でも私のもとに就くことになりますから」
ゆれる担架の上で、以前と変わらぬ回答にカヤはわずかに鼻を鳴らし、ゆっくりと目を閉じた。
―――――
「……それで、どうして貴方はここに居るんです?」
"わたしもたまたま現場にいて、鎮圧を手伝ったんだ"
事件から数日後、事情聴取の帰り道でシャーレと鉢合わせた。
元々、面会の申し出は来ていたのだが、話すこともないので断っていたし、今回も無視を決め込むつもりだったのだが、あまりにしつこいので、ついつい反応してしまった。
"ここでの生活はどう? カイやユキノは元気でやっているみたいだけど……"
「最悪に決まっているでしょう!ただでさえ、元々縁がない場所だというのに、こんな事件にまで巻き込まれて! あぁ、最高級エスメラルダが恋しい……」
"そっか。元気そうでよかったよ"
「話を聞いていますか!? ……まぁ、良いでしょう。今日は折角ですし、一つ忠告をしておきます」
"忠告?"
間抜けな顔をしている先生に人差し指を突き付ける。
「ええ、そうです。私はここを出たら、私が集めた優秀な人間たちで構成された治安維持機構を設立するつもりです。その時は真っ先にあなたの悪事を暴いてやりますので。せいぜい覚悟しておくことですね」
"……どんなに優秀な人間でも、間違えることはあると思う。だから、みんなで協力し合う世界を目指してくれたら嬉しいな"
いつもより真剣な表情をする先生を見て、目を見開き、たじろぐカヤ。
だが、すぐに我に返り、先生の顔を睨みつける。
「何を甘えたことを言っているんですか? 皆が皆、手を取り合うことなんて不可能でしょう。現に今、私とあなたは理解し会えていない」
"でも、私は出来るだけカヤの力になるつもりだよ。だから、困ったことがあったらいつでも言ってね"
「……馬鹿にしているんですか? なぜ、みすみす敵に塩を送るような真似を?」
"敵じゃない。カヤは私の生徒だよ"
まっすぐカヤを見つめる先生の姿に地団太を踏むカヤ。
「そうやって見下して! ああもう、その目をやめなさい! ……まぁ、いずれあなたも理解するでしょう。どちらがキヴォトスを治めるのにふさわしいかをね!」
"うん、頑張って"などという先生に舌打ちをし、そのまま歩き去る。
「ククッ……。あの人は本当にどんな生徒でも諦めるつもりはないらしい」
「……いつもいつもいい趣味をしていますね。脱獄犯さん」
「これは手厳しい。だが、しばらくはここを出るつもりはないよ。興味深い研究対象を見つけたのでね。ということで、これからもよろしく頼むよ」
カイの伸びてくる手を払いのけ、カヤは肩をすくめる。
「一緒にしないでいただけますか? 貴方は脱獄を試みた犯罪者で、私はそれを防いだ挙句、腐敗した看守を捕まえた、いわば英雄です。もうすぐ恩赦で釈放されるに決まっていますとも」
以前に囚人の避難指示をしていた看守がやってきて、私の肩を叩く。
「囚人番号……、いや、不知火カヤ。君は今回の事件の終息において多大な貢献を果たした。これをもって矯正局のプログラムの完了とする」
「いえいえ。正義の守護者として当然のことをしたまでです。それでは、私は準備がありますので」
颯爽と立ち去ろうとする私の肩を再び看守がつかむ。
「だが、古舘の証言や彼女が隠し持っていた監視カメラの映像から、君の多くの賄賂や不正が発覚した。……言いたいことはわかるな? 囚人番号13967」
カヤの顔から血の色が引いていき、自然と看守の足元にすがる彼女を尻目に、カイは心底楽しそうに喉を鳴らす。
「ククッ、やはり愚かしい。以前のようなセリフがいつまで吐いていられるのか、しかとこの目で見させてもらおう」
「そこ、やかましい! おのれ、矯正局め、ここを出たら目にものを見せてやります……!」
「それは反逆の言葉か? また刑期が伸びることになるぞ」
「ああ、もう! 矯正局なんて大っ嫌いです!!!!」
超人を称する少女と、神仙を目指す少女。
本来であれば交わることのない両者は、かつてが気にされない場所で交わり、予想外の化学変化を遂げた。
雲一つない晴天の下、彼女たちの新たな物語が幕を上げた。