テイルズオブレジェンディア~melnes~《本編完結》   作:舞@目標はのんびり更新

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序奏

 

 

 

 

遺跡船に来るまで、シャーリィはセネルと常に一緒だった。それが普通で、でもお互いの為には距離を取った方がいい。そう言い出したのはシャーリィだ。

でもいざセネルの姿がないと、落ち着かない。心細いときもある。けれどシャーリィは、水の民と陸の民の融和の為に働くと決めたのだ。

決意を新たに、シャーリィはミュゼットの家を後にし、歩き出した。

「……あ」

それでも一目姿を見たい。同じ街にいるのに、互いに忙しいからかなかなか会えないのだ。そんな願いが通じたのか、遠目にセネルの姿が見えた。

「お兄ちゃ……」

けれど、シャーリィの足は止まってしまう。

ヴァーツラフ軍から逃亡していた時、水の民ということを隠し、海に触れることが出来なくなったシャーリィを守ってくれていたのはセネルだ。2人分の食い扶持を稼ぎながら追手にも警戒する日々が、辛くないわけがない。それでも、セネルはシャーリィにずっと笑いかけてくれた。だから、シャーリィにはセネルの笑顔の印象が強い。

 

けれども今のセネルは違った。笑顔も何もない……無、だった。喜怒哀楽も何もない、まるで世界を外から眺めているかのような、冷たい目。

あの表情を、シャーリィは知っている。

当時はセネルがあんな顔をしているのがとてつもなく嫌だった。その理由は分からなかったが、今になって理解した。

 

セネルは、シャーリィがメルネスとして光翼跡を発動させようと、滄我の意志を受け入れていたときと同じ。

世界に、絶望していたのだ。

 

勿論、今のセネルは違うのは知っている。けれどもセネルに、そんな思いをさせた何かが起こっているのだ。

 

だが、シャーリィが躊躇しているうちにセネルはどこかへ行ってしまった。

「シャーリィか、どうした」

代わりというべきか、立ち止まっているシャーリィを不審に思ったのか、ウィルが駆け寄って来る。

「あ、ウィルさん……何でもないです」

静かに、頭を振った。

今感じたことに確証はない。ただの勘違いかもしれない、いや勘違いであってほしい。だからシャーリィは、ウィルに相談することが出来なかった。

「そうか……ならいいんだが。ところでセネルを見ていないか?」

「え、さっきウィルさんの家の方へ歩いていきましたけど」

「ム」

この様子ではウィルはセネルと会っていないらしい。セネルはウィルが来た方角に歩いていったように見えたが、思い違いだったようだ。

「どこかで行違ったか……」

「どうかしたんですか?」

「警備の相談をしようとしただけだから、問題ない」

けれど、シャーリィには胸騒ぎがした。ようやくセネルの生活も落ち着いたというのに、平穏な生活が崩れる……そんな、予感がしたのだ。

 

 

 

 

 

 

本来、彼らに睡眠は必要ない。食事や、生理的欲求とは無縁の生物。いや、生物というより現象が自意識を持った存在という方が正しい。

だというのに、銀色を持つの彼は目を閉じ、規則正しい息を立てている。まるで人間のように。

「……衰えたな」

青年はそう思わずにはいられなかった。

元々、彼がこうしてここに具象化しているだけでも奇跡だ。それ以上を望むことすら烏滸がましいのに。

「……ん」

青年の呟きが耳に届いたのか、彼は薄く目を開ける。

「おい、危機感無さすぎだろ」

悲壮感を漂わせないように、あくまでぞんざいに声をかける。事実、今は安全とはいえいつ負の魔物が現れるか分からないのだ。

「あぁ……、悪い」

「ったく……そんなになるなら、止めればいいだろうが」

彼が具象化できるようになって数十年。かつてヒトと交流していたときの姿になれるようになったのはまだ一月も経っていない。本来の権能を取り戻すには何百年必要だろうか。

だというのに彼は回復した僅かなマナですら、星の防衛に回している。今の彼は、人間でいう栄養失調に等しい状態だ。

でも彼は、そんな愚行を止めようとしない。

「……決めた、からな。未来を紡ぐと」

「ケッ。よくもまあ陸の民共を許せるもんだ。憎くないのかよ」

「……それを言えば、お前にも殺されかけたんだが」

途端、青年はバツが悪そうに視線を逸らす。

「それは、お前が……陸の民に擬態してたのが悪い」

「50年くらい前か、声を届けたのに返事がなかった」

「……あんな囁き、気の所為だと思うだろ」

「………」

「……悪かった」

数千年前に消滅したと思った同胞の声を、ただの幻聴だと片付けた。そして直ぐに忘れ去った。

だが、結果的に無視された方は。

「……正直、堪えた。ようやく意識を取り戻したら何千年と経ち、知らぬ陸地があり、海は荒れ、声を嗄らしてもお前には届かない」

意識を取り戻し、具象化できるまで回復するまで約20年。

同胞の協力が得られず、回復を早める為には、マナの集まりやすい場所を巡るしかなかった。しかし本性をヒトに目撃されると討伐の対象となってしまう。反撃する力もないのだから、擬態するしかなかった。しかし、それにだってマナを余分に使う。なので陸地を席巻する生物の、比較的マナの消費が少ない小さな姿……即ち陸の民の子供に似せるしかなかった。

 

そして、忘れられない出逢いがあった。

 

「もう、諦めていた。このまま陸の民として、再び眠りに就くのもやぶさかではなかった。……けど、未来を夢想した」

だから擬態を解く決意をした。

「ラタトスク、私は思い出した。この未熟な世界を見守ると誓ったことを。名を棄て、権能は戻らずとも矜持はある」

蒼い海の目が、青年を真っ直ぐ見据える。そこに迷いは見受けられない。

「恨みがないとは言えない。しかしその矛先は個人に向かうものだ。対して慈愛はヒト全体に向けるものである」

その言葉に青年は大きく、息を吐いた。正直なところ、簡単には陸の民を許せない。

「……分かってんだよ、陸の民にもいいヤツはいるって」

陸の民が爪術という恩恵を受け始めたのも、ラタトスクが認めるようになったから。だがそれを素直に認めるには、憎む時間が長すぎた。

「だから……陸の民を見定めるためにも、星を守る」

「ああ、それでいい」

そっと、彼は目を伏せる。

あまりにも長い間、この星は停滞していた。そのツケを、ヒトに払わせるわけにはいかない。

 

 

 

 

 

あれから、2カ月。

クロエも遺跡船に戻って来て、久しぶりに仲間たちが揃い、それにシャーリィが加わった8人という面子で。

 

黒い霧から魔物が生まれる瞬間を見てしまった。

 

「今の霧……何なのかしらねぇ」

「思わせぶりな態度取ってそれか~!」

霧と融合した魔物はやたら頑丈で、しかも再生能力が高かった。セネルたちだから勝てたようなものだ。並の兵士でも返り討ちだったに違いない。もしもこの魔物が街に襲い掛かってきたら、甚大な被害が出るだろう。

「……この魔物、突然変異でも何でもない。以前から遺跡船にいる普通の種だ」

「つまり、遺跡船にいる全ての魔物が、先ほどのような強大な力を身に着ける可能性があるわけですか?」

魔物の検分を終え、ウィルとジェイが険しい顔で会話をする。

「強うなろうが、ワイらにかかればど~ってことないわ!」

「いや、侮ってはいけないと思う。今までとは明らかに様子が違った」

「……どうする? もう少し調べるか?」

セネルの提案に、ウィルは首を振った。

「いや、やめておこう。収穫は充分にあった」

「地震と黒い霧。霧から生まれた魔物……ですか。偶然にしては、重なり過ぎですね」

「何か関連性があると考えるべきだな。……調査結果を報告しなければならん。街へ戻ろう」

「新しい情報が、手に入るかもしれませんしね」

ウィルが、皆をウェルテスに戻るように促す。地震が起きたことも心配だし、早くウェルテスに戻り被害状況を確認したいのだろう。

しかし、グリューネだけが海岸に留まっていた。

「グリューネさん、どうかしましたか?」

「……あら、わたくしは何を?」

その事にシャーリィが気付き、声をかけた。しかしグリューネは首を傾げるだけ。

「え?」

「今、始まると言ったかしら?」

「?」

「今、何か大切なことを思い出せそうだったけど……忘れてしまったわねぇ」

「……大丈夫ですか?」

本気で、シャーリィは心配した。

記憶喪失でマイペースとは聞いていたが、これは度が過ぎる。

「う~ん、だめかもしれないわねぇ。あ、でも、ほらぁ、すぐに忘れてしまうことなんて、すぐに忘れてしまっていいことよねぇ?」

「そうでしょうか……?」

「シャーリィ、グリューネさん。どうしたんだ?」

仕方なく引き返してきたセネルが、2人に声をかけた。シャーリィもそうだが、グリューネを危険かもしれない場所に置いていくわけにもいかない。

「うん、今行くね。……ほら、グリューネさんも」

「ええ」

促されて、グリューネとシャーリィも歩き出す。しかし肝心のセネルは、海を睨みつけていた。

「お兄ちゃん?」

「……何でもない」

反射的に、シャーリィは叫びたくなった。何でもないわけがない、今のセネルは、間違いなく『何か』を見つけていた。

けれどセネルは首を振り、シャーリィの背を優しく叩くから、何も言えなくなってしまう。

「お兄ちゃん……何も、隠し事してないよね?」

「何の事だよ、シャーリィ」

そうして深入りを拒絶された。

「……お兄ちゃんの、馬鹿」

「どうしたんだよ、突然」

「……何でもない」

唐突な罵りも、セネルは困ったように笑って受け流す。それが悔しくて、シャーリィは小走りでウィルの後を追いかけていった。

「セネルちゃん」

小首を傾げるセネルの頭に手を伸ばし、グリューネが優しく撫でる。

「ありがとねぇ」

「……俺は大丈夫だよ、グリューネさん」

何せ、セネルが選んだ道だから。

 

霧の魔物が発生したときに彼らが居合わせたのは、セネルにとって誤算だった。

どうやらそろそろ、隠していくのも難しいらしい。地震の発生が頻発しているのも、前兆に過ぎない。

 

それでも、セネルは彼らに深入りして欲しくないのだ。この星に生きる彼らに、責任はないのだから。

決意を新たにし、セネルも歩き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

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