テイルズオブレジェンディア~melnes~《本編完結》   作:舞@目標はのんびり更新

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グリューネ編

とうとう虚ろの導き手とグリューネが対面してしまった。

「久しいな、グリューネ」

「貴女はわたくしの事、ご存じなのかしら?」

「よもや記憶すら戻っておらぬとは……記憶がなければそれで良い。そのまま滅びの道を歩め」

そしてシュヴァルツはグリューネに手傷を負わせ、姿を消した。

 

 

 

 

 

 

「俺、グリューネさんに謝らないと」

「セネルちゃんに謝られるようなこと、あったかしらぁ」

「噴水広場にグリューネさん、いただろ」

シャーリィを攫われて、ジェイの口車に乗せられてフェロボンと戦う羽目になった時。グリューネはセネルと同じく、噴水広場にいた。

しかしあの時セネルはシャーリィのことを優先し、グリューネの存在を無視した。セネルは、シャーリィの兄だから。セネルは世界よりも、シャーリィを選んだのだ。ステラの言葉に縋り、使命よりも私情で動いていた。

「もしあの時、俺がちゃんとグリューネさんの話を聞いていたら……」

「それは駄目よ。セネルちゃんは、シャーリィちゃんのお兄さんだから」

「でもその所為で、グリューネさんは……」

記憶を封じ力を失い、それでも星の為と精霊を種子にしてくれた。もしグリューネがこの星のことなど気にしていなかったら、ここまでシュヴァルツに後れを取ることはなかったというのに。

それもこれも、この星が未熟だから。マナを生む精霊が権能を失い、循環させる精霊が仕事を放棄していたから。

「……セネルちゃん、そんな事言わないで。お姉さん、悲しくなっちゃうわぁ。わたくしは、今のセネルちゃんと会えて嬉しいのよ」

「………」

「それにセネルちゃん、今とっても頑張ってくれてるでしょ?」

「……それは」

頑張ってなどいない。これは今までのツケと我儘だから、当然のことをしているだけ。

「だからお姉さんの方こそ、セネルちゃんにお礼を言わないと。セネルちゃんが今頑張ってくれているから、お姉さんも今頑張れるのよ」

「……でも、グリューネさん」

グリューネは何も覚えていない。けれどセネルはグリューネの素性を知っている。この先に待ち受ける未来も。

「俺は、グリューネさんと出会えて良かった。仲間になれて良かった。……だけど俺は、グリューネさんよりも星の未来を取る」

「ええ、セネルちゃんはそれで良いの。だから、自分を責めないでね」

優しく頭を撫でられて、そっと目を閉じた。

きっともう、グリューネとはただの仲間でいることは出来ないから。

 

 

 

 

 

 

虚ろなる導き手……シュヴァルツに会いたいというグリューネの願いでセネルたちは艦橋へとやって来た。神出鬼没の相手だが、グリューネにはシュヴァルツの居場所が分かるという。

危険な相手だということは重々承知だろう。だがグリューネたっての願いを断ることは出来なかった。

 

 

「お前が……シュヴァルツか」

「人の子よ、言葉を弁えよ」

「黒い霧はお前の仕業なのか?」

「答えんかい。それによっちゃ、痛い目見せちゃるぞ!」

「人の子よ、弁えよ」

2度目の忠告は力の行使と同時。

「くっ、また!?」

「ド畜生! 体が動かん! ワイの体じゃったら、動かんかい!」

すぐにでも槍を投げようとしたモーゼスが吠えた。そんな中、自由に動けるグリューネが進み出た。

「哀れだな、グリューネよ。我が誰かも分からぬとは」

「貴女は、シュヴァルツちゃんでしょ?」

「名など意味を持たぬ」

「教えてくれないかしら? 貴女は誰? わたくしは誰なの?」

「時が全てを教えるだろう。世界が虚無に還ったあとに、全てを知るやもしれぬがな」

「黒い霧は貴女の仕業なんですか?」

「霧は、我そのもの。我は、霧そのもの」

「要するに、ワレが悪の黒幕かい! じゃったら、成敗しちゃる!」

「人の子よ、弁えよと教えた。このまま無に還るがよい」

このままでは皆やられてしまうのが分かっているのに、誰も動けない。頭では分かっているのに、体がシュヴァルツの力で拘束されている所為で動けない。

この状況、グリューネだけでは対抗しきれない。そしてセネルも黙っていられるわけがなかった。

「お兄ちゃん!?」

「お前が災いを助長させるなら、立ちはだかるに決まってるだろ!」

グリューネを背中に庇い、シュヴァルツを睨め付ける。確かに枷は重い。しかし動けない程ではない。

そこでようやく、シュヴァルツがグリューネを庇うセネルを見た。顔の上を覆う仮面越しにも分かるくらいにセネルを注視し、口元を歪める。

「成程……貴様か、我を邪魔してきた世界の遺児は」

「だから何だ」

マナを意識して集め、循環させる。活性化したマナが光を湛え、シュヴァルツの黒い霧をじわじわと削り取っていく。

「何故邪魔をする」

「お前の望む結末と、我々の望む未来が異なるからだ」

「貴様とて、我を招いただろうに」

それに、セネルは沈黙する。

かつての感情は今も消えることなく、こびり付いている。それでも、セネルはシュヴァルツを睨みつけた。

「だとしても……今は違う」

背後の仲間たちに視線を向ける。セネルがシュヴァルツの負を引き受けた形となり、ようやく動けるようになったらしい。しかしセネルは、この戦いに介入してもらいたくない。

彼らには、幸せに生きていてほしいから。

「……ここまで、だな」

今まで惨めに、未練たらしくしがみ付いていた。けれどそれももう終わり。

シャーリィ達の背後の空間を捻じ曲げる。開かれた境界の門に吸い込まれ、彼らの姿は艦橋から消えた。

これで、この場に残るのはセネルとシュヴァルツのみ。

「忌々しい光。その身を削る価値が、この星にはあるとは思えない」

「……哀れだな。星の、ヒトの未来を滅ぼすことしか出来ない存在が」

滅びを司り、滅びしか知らない悲しい存在。その生き方を変えられないから星々を渡り歩き、救済だと信じて星を無に帰す。それのなんと哀れなことだろう。

「自分が変わることを放棄して、可能性に目を瞑る。哀しくて、寂しいな」

言い、セネルは槍を構える。

「虚ろなる導き手、この星でその使命を終わるといい」

 

 

 

 

 

 

 

気付いたとき、シャーリィたちはウェルテスの傍にいた。

「ここは……!?」

「え、なんでうちら外にいるわけ!?」

同じ現象に、ウィルたちは遭遇したことがある。望海の祭壇で、水の民に襲われたときだ。あの時もいつの間にかウィルたちは離れた場所に立っていた。原理は分からないが、同じことが起きたのだ。

「……お兄ちゃん、お兄ちゃんは!?」

だがここに、グリューネはいてもセネルの姿がない。

「まさか、まだ艦橋に!?」

「何じゃと!?」

「待ってください!」

走り出そうとするクロエとモーゼスを、とっさにジェイが止めた。

「今戻るのは危険です」

「だが、クーリッジが……!」

「戻ったところで、今の僕達がシュヴァルツに勝てると思いますか?」

張り上げたジェイの言葉に、誰も答えられなかった。何せ対峙しても動きが封じられるのだ。まとも戦うことすら出来ていないのに、戻るのは自殺行為に過ぎない。

「……今は、態勢を整えるべきです」

2人を止めたジェイだって、セネルを助けたいという思いに変わりはない。けれどジェイまで感情のままに動くわけにはいかないのだ。

「ああ……セネルなら、きっと大丈夫だろう」

ウィルの言葉は気休めにもならないことくらい分かっている。けれども、それに縋るしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

意識が浮上する。

「ったく、何であんな無茶しやがった」

目を向けると、側には水の民を模った青年がいた。どうやら救助してくれたのは青年らしい。

「何でって……布石、だが。ああ、事後報告で悪いが、マナの欠片貰ったぞ」

「それはいいけどよ……」

青年は何度か言い淀む。即断即決が常なのに珍しいと、彼は言葉を待つことにした。

「……あー、えっとー……壊れ、ちまったな」

「何だ、そんな事か」

何を言うのかと思いきや。やけに深刻な顔をしていたのに、その程度のことを気にしていたらしい。

「そんな事って……」

「元々壊れかけだった」

だけれど愛着があったから、廃棄出来なかった。騙し騙し使ってはいたが限界はとうに超えていて、日常生活にさえ支障が出ていた。だからこれはいい機会なのだ。元々この件が終われば棄てるつもりだったし、それが少し早まっただけ。

お陰で久方ぶりに調子が良いのだから、これならもっと早く決断するべきだった。

私情を優先し大局を見誤ったツケは、とても重い。

「だから、これでいい」

そうして彼は、立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝、グリューネが置手紙を残して去ってしまった。1人でシュヴァルツに会いに行ったのが目に見えている。

そしてセネルも、戻ってくる事がなかった。

「ド畜生! 水臭い真似しおって!」

「ノーマ、隣の部屋にいて何も気付かなかったのか?」

「分かってたら、どうにかしてるって! ……そんな責めるような目で見ないでよね。あたしだって、こんなのイヤなんだから!」

「……ごめん、追い詰めるつもりはなかかった」

「イライラする気持ちは分かるが、今は冷静になるんだ」

「グリューネさんの事を、きちんと考えましょう。それと……セネルさんの事も」

ジェイが懐から、一通の封筒を取り出した。

「ジェイ、それは?」

「以前セネルさんに言われたことがあるんです。何かあったら家に来てくれ、と。そしこれがありました」

それもテーブルの上という、とても分かりやすい場所に。そして封筒には遺書と記載されていた。

「……そんな」

「セネルさんは、大分前から覚悟していたみたいですね。では、読み上げます。

 

思えば俺達、ロクな出会いをしてないよな。モーゼスにはシャーリィを攫われて、ノーマは私欲の為に利用されそうだったし、クロエには山賊に間違われ、ジェイには嵌められフェロボンと絡まれることになり、ウィルに牢屋に放り込まれた。

だけども、今となってはいい思い出だ。

遺跡船に来て、俺は誰かの助けになれることを知った。誰かを信じることを覚えた。全部、皆のお蔭だ。だから俺は皆のことを失いたくない。皆の未来を閉ざしたくはない。皆の生きる今を守りたい。この先に続く未来を守りたい。その為ならどこまでも戦える。

だから、ごめん。皆に心配をかけていたのは知っている。けれど俺は皆を巻き込むわけにはいかなかった。

水の民と陸の民の諍いがなくなってきて、ウィルとハリエットも和解して、エバーライトも見つけて、クロエの仇も決着がついた。ギートとの別れは寂しいけれど最良だったと思うし、ジェイの過去も決着がついた。きっと皆には未来が待っている。これが読まれてるってことは、俺はその場にはいないんだろうな。だけれど悲しまないでくれ。俺は皆と一緒にはいられないけれど、ずっと幸せを願っているから。

……ダラダラ書くのも性に合わないから、ここで止めておこうと思う。それじゃあ皆、今までありがとう。

 

……以上です。2枚目は事務関係ですので省略させていただきますね」

誰も、何も言えなかった。

「……馬鹿じゃろ、セの字は」

やがて、ぽつりとモーゼスが呟いた。

「……うん、ほんっとーに馬鹿だよね」

「……ああ、馬鹿者だ」

「大馬鹿者だ」

「とんでもなく、馬鹿なお兄ちゃんです」

この先の未来に、セネルの姿がないなんて考えたこと全くなかった。だと言うのに当の本人はその未来を全く考えていなかった。それが非常に腹立たしくて、悲しい。

「……恐らくですが、セネルさんはシュヴァルツの存在を知っていたんでしょうね」

「ああ、そうだろうな。艦橋で、セネルだけは動けていた」

「シュヴァルツも、クーリッジの事を知っている用だったしな」

しかし、セネルは誰にも相談しなかった。あの様子ではシュヴァルツが何者で何の目的なのかも知っていたに違いない。

だというのに、セネルはずっと独りで戦っていた。誰にも言わずに魔物退治に行くのも、最近の不調の理由も告げずに。

「巻き込みたくないって……でも、お兄ちゃん……」

「何じゃセの字は、水臭いのぅ」

文句を言う相手は、もういない。白い封筒に書かれた遺書という単語が、嫌でも現実をつきつけた。

「……それで、どうします? グリューネさんは十中八九シュヴァルツを追ったと思いますけど」

ジェイが息を吐きながら音頭を取る。こういう時ジェイの冷静さが腹立たしくもあるが羨ましい。セネルも、それを知っているからジェイに遺言を託したのだろう。

だが実際、時間がないのだ。グリューネは既に街を発ち、どこにいるのかも分からない状態。一刻も早く居場所を突き止めないと追いつけないかもしれないのだ。

「グリューネさんも、私たちを巻き込みたくなかったんですよね」

「確かにシュヴァルツは危険な存在だ。グリューネさんひとりではまずい」

「だが俺達以外に、シュヴァルツの存在を知っている人間がいるとも思えないしが……」

「……私なら」

シャーリィなら、いや、シャーリィしか声を聞くことの出来ない存在がある。

「……私なら、滄我に聞くことが出来ます」

「しかし、危険ではないか?」

前回の託宣の儀で、シャーリィ滄我の怒りに呑まれた。それは陸の民への怒りが共鳴したからでもあったが、大半は滄我の感情だ。まだ滄我の怒りが続いていたら、グリューネのことを聞くこともままならない。

「いいえ、行かせてください」

しかしシャーリィには何故か確信があった。今の滄我はシャーリィの話を聞いてくれる、陸の民を受け入れてくれていると。

 

「お話し中失礼します」

だが唐突に、ウィルの家に黒い犬のような生き物が現れた。

 

「なっ、魔物か!?」

「失敬な。私はラタトスク様にお仕えするセンチュリオン、テネブラエと申します」

とっさに剣を抜きかけるクロエだが、テネブラエは乏しい表情から器用に憤慨してみせた。

センチュリオンという単語を、ウィルたちは知っている。静の大地で出会ったアクアという存在も、センチュリオンだと名乗っていた。ラタトスク、つまり滄我に仕えるのだと。

「……テネブラエさん、ですね。どのような御用ですか?」

「皆さんならきっとラタトスク様に会いに来ると思いましたので」

テネブラエはどこか人を小馬鹿にしたような口調で、シャーリィに言い放った。

「ラタトスク様が、貴女に応えることはありません」

「そんな……」

ぎゅっと、シャーリィは拳を握りしめた。シャーリィはセンチュリオンという存在をセネルたちの話でしか知らなかった。水の民にも知らされていない滄我の名前と、僕の存在が今目の前にいて、シャーリィの存在を否定するような言葉を放つ。

「何で、ですか」

「簡単なことです。虚ろなる導き手……貴方達がシュヴァルツと呼ぶ存在と、戦っていらっしゃいます」

全員、息を呑んだ。

「ですので、祭壇に来たところでも無意味ということです。ええ、光跡翼に向かっていただければお会いできるかと」

それが本当なら望海の祭壇に向かわなくても済む。グリューネはシュヴァルツに会いたがっているから、光跡翼に行けばいいだけの話だ。

「それでは、急いでいるのでこれで失礼します」

「待ってください」

とっさに、シャーリィはテネブラエを呼び止めた。

テネブラエの言葉を疑っているわけではない。だがどうしても、聞きたいことがあったのだ。

「何か?」

「あの……お兄ちゃんを、知りませんか?」

「さあ、そのような人間は知りません。少なくとも、光跡翼にはいらっしゃいませんよ」

そうして、テネブラエは姿を消してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

光跡翼の最奥に、シュヴァルツはいた。

「記憶なき者が、如何なる用でこの地を訪れた」

「わたくしは、貴女と戦わなければならない。その事だけは、思い出せたのよねぇ」

いつもと同じゆったりとした、しかし硬質さを持ち合わせたグリューネの口調。

グリューネは自分の役目を思い出せていない。しかしやるべき事は思い出した。それは、この身に代えてもシュヴァルツを倒すこと。

「そのような半端な覚醒で我の前に姿を晒したこと、後悔するぞ」

「後悔なんてしないわよぉ。わたくしが正しいと思う道ですもの」

「哀れな存在だな、グリューネよ。記憶がなくとも道を変えられぬとは」

 

そして、この場にはもう1人。

 

「そうか? 俺はいいと思うぜ」

そう水の民の青年は、ゆっくりと剣を抜いた。

「少なくとも芯がブレブレの奴よりはよっぽど良い」

そうして彼はグリューネの隣に立ち、シュヴァルツと向かい合う。

「我が願いを叶えようというのに。全が無ければ痛みも苦しみもない。全てが虚無へと還ればよい。なのに何故抗う?」

「決まってる、テメエのそれは有難迷惑ってヤツなんだよ!」

そう吠え、シュヴァルツに斬りかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光跡翼は広大な施設だ。自然と足早になるのを抑えつつ、奥を目指す。何せシュヴァルツとの戦いが予想されるのだ、急いで踏破し、それで体力を削るわけにはいかない。ましてや今は、前衛を1人欠いている状態なのだ。

だが幸いにも魔物はほとんど出て来ず、大した障害もなく光跡翼の最奥部へ到着した。

 

「グリューネさん!」

「皆、どうして?」

珍しく驚いた顔をして、グリューネがシャーリィたちを見た。

「グー姉さんが1人で行っちゃうから!」

「姉さん、悪党倒すんじゃったら、ワイらも混ぜんかい!」

「私の剣は、仲間を守る為にあるんだ」

「僕たちのことも、少しは信用してくださいよね」

「霧の元凶を野放しにして、安穏と暮らすことなど出来ん」

「皆、グリューネさんとまだまだ一緒にいたいんですよ」

「人の子よ、弁えよと教えた」

肩で息をしているグリューネと対照的に、悠然と佇んでいるシュヴァルツが力を強める。

「強い光の力。希望はなくてよい」

「ヌオッ!? なんちゅう力じゃ……」

せっかく援軍として来たのに、これでは助太刀すらままならない。悔しくて、モーゼスは歯噛みした。

「人はいつも悲しみに暮れる、弱く小さい生き物ではないか。後悔に掻き立てられ、欲するものに背を向け生きようとする。己の信念にすら疑いを抱き、不安に圧し潰され逃げ出して行く。憎しみの鎖に心を囚われ、本質を見失い、挙句血を流す。越えられぬ宿命の壁を前に、己の小ささを思い知る。求めるものがありながら、痛みを恐れ愚かな道に迷い込む。挙句、神に縋る」

各々に心当たりがあり過ぎる言葉で、誰も反論できない。

「見よ、これがこの星の実態だ。その身を賭けて守る価値などない」

「ハッ、んなの百も承知なんだよ!」

ずっと黙っていた水の民の青年が、声を張り上げながら立ち上がった。

「人間も、精霊も星ですら未熟、そいつは否定できねぇ。……だけどよ、それの何が悪い」

「未熟な世界に如何なる程の価値があると言える?」

「……強さも弱さも持ち合わせたもの、それが人なのよ。貴女は分かっていないのね」

グリューネも息を整え、毅然としてシュヴァルツを睨みつける。

「貴女が奪おうと言うのなら、わたくしは立ちはだかるわ。喜びを共にした命が失われるのを、黙ってみているなんて出来ないもの」

「喜びなど不要なものだ。知ったが故に苦しみに嘆く。……もう我の邪魔をするな。この力の差、最早言い訳もあるまい」

二対一だというのに、シュヴァルツを追い詰められないどころか押されている。

「だからって、はいそうですかって認められるわけねえだろ!」

滄我の光を纏わせ、青年がシュヴァルツに斬りかかる。

「他所から来たクセに、勝手にこの星の未来を決めるなってんだ!」

見た目はシャーリィたちと左程変わりない青年が、グリューネと共にシュヴァルツに立ち向かっている。

それに奮起し、真っ先に仲間たちを鼓舞するのはモーゼスだ。

「そうじゃそうじゃ! ワイはまだまだやれるんじゃ! くたばるには早過ぎなんじゃ! ヒョオオオオオッ!!」

「そうです。私達は守りに来たんです」

「何も出来ずに、寝ているわけにはいかないんだ!」

「俺達の大切なものを、理不尽に奪い去ろうとするお前を、許すわけにはいかない!」

「グー姉さんは、絶対に、絶対に、ぜ~ったいに! 取り戻すんだからね!」

「立ち向かう前から諦めるなんて! そんな真似、僕はもうしたくない!」

シャーリィ、ウィル、クロエ、ノーマ、ジェイも呼応し、それぞれの武器を構えた。

「人の子よ、足掻くなと教えた」

シュヴァルツには分からないだろう。絶望的なまでに実力差があるというのに、逃げずに立ち向かおうとする姿勢が。

「それが人なのよ。足掻き、苦しみ、それでも立ち上がるの」

「我には無意味なものだ」

「無意味だからって切り捨ててると、足元掬われるぜ!」

「知りなさい。これが人の力、心の強さです! シュヴァルツ、其方を倒します!」

そう宣言したグリューネの声音には、今までになく力が込められていた。

「……そうか、記憶と力が戻ったか。だが、もう手遅れだ。遅すぎる覚醒、力の差は歴然としている。それでも足掻くというのか。愚かではないか、グリューネよ。全ては終焉へと向かっているのだ」

立っていられないくらいの大きな揺れが、シャーリィたちを襲う。今までに体験したことのないくらいの地震に、座り込んでしまいそうになるのを何とか堪えた。

「子の嘆き、悲しみ、苦しみ、我を満たし、我の力となれ。これもまた、人の力だ」

そしてあちこちから黒い霧が溢れ出してきた。シュヴァルツの姿も霧に隠れてしまう程、霧は濃く昏い。それを見ているだけで、不安で喉を掻きむしりたくなる衝動が沸き起こる。

「足掻くのは止めよ、受け入れるのだ。最早後戻りの出来ぬ場所へ、世界は誘われている」

「やだ……なに、これ……。あたし……今、怖いって思ってる」

聖爪術は大いなる力だ。だというのにシュヴァルツと比べるととてもちっぽけな存在に思えて、自然とノーマはへたり込んでしまった。

「ド畜生! なして、足が震えるんじゃ!」

「動きたいのに、動けない……」

「私が今感じているのは、恐怖だというのか……」

「どうして、こんな……こんな力が、あるの……」

見た目だけで言うならヴァーツラフの方が屈強だ。滄我に取り込まれたマウリッツの方が異形感は強い。だが、この一見嫋やかな女性は、間違いなく人間と一線を画した存在なのだと本能に刻み込まれる。

「人の子よ、それで良い。グリューネ、そして魔物の王、分かるだろう。この絶望的な力の違いが」

「ハッ、生憎と諦めは悪い方なんでな」

 

その時、一陣の風が吹いた。

 

暖かで優しい風は、シャーリィの頬に触れ、クロエの手を掠め、ウィルの肩に叩き、ノーマの背中を押し、モーゼスの脇腹を擽り、ジェイの頭を撫でる。

「……あったかい」

たったそれだけで震えが収まった。黒い霧で凍えた体があっという間に熱を持ち、熱は奮起へと変換される。

「ぐうっ、この力の波動は……」

逆に、シュヴァルツは胸を押さえ蹲り、グリューネたちを……正確にはその後方を仮面の下から睨みつける。

「忌々しき、力の波動……貴様か、海の王」

 

シャーリィたちの背後から、足音が響いた。

 

「まだ、この星の未来を閉ざすわけにはいかない」

そこに立っていたのは、銀色の青年。

「だから俺は、何度でも立ち塞がろう」

神秘的な彼に、シャーリィはこの状況だというのにメルネスを奪われてしまう。

彼とは初対面だ。それは間違いない。だというのに彼の海のような目を、シャーリィは知っている。だがそれをどこで見たか、全く分からない。

「……成程。先だっての撤退は、この為か」

「我が執念の楔、どうやらお気に召したようだな」

青年が、いつの間にか抜いた三又の槍をシュヴァルツに向ける。

「ハッ、おいしいところ持っていきやがって!」

黒い霧が晴れたことにより持ち直したラタトスクが、すぐさまシュヴァルツに斬りかかった。剣と鎌が火花を散らすも、すぐさまシュヴァルツは大きく飛び退った。

「……夢は終わるのだ。静かに終焉の時を迎えるがよい」

そして、シュヴァルツが姿を消した。

「……随分と、滑稽だな」

銀色の彼の視線は、水の民の青年へと向けられる。

「るせー、遅れてやって来たくせに」

「時間がかかることは伝えていたはずだ。それを早めてやったのだから、感謝されこそすれ怒られることはない」

それから彼はシャーリィたちに目を向ける。

その青い海のような瞳に、シャーリィは既視感を覚えた。

「……何故、ヒトを呼んだ」

「さあな、テネブラエの独断だ……っておい、ちょっと待てって!」

慌てて、青年が銀の彼の腕を掴む。

「俺は、こいつらに説明するのが義理だと思うぜ。なあ、グリューネよ。アンタもずっとこいつらには世話になってただろ?」

青年の言葉に、グリューネは小さく息を吐いて頷いた。

「……そうですね。では一度、街に帰還しますか」

その提案はウィルたちにとっても有難いものだった。

 

 

 

 

 

 

「そんじゃ、一応名乗っとくか」

水の民の外見的特徴を持つ水の民ではない少年は居住まいを正す。

 

「俺の名はラタトスク。テメェらが滄我と呼んでる存在だよ」

 

それは、ある意味グリューネの正体を聞かされたときよりも大きな衝撃だった。

水の民が崇拝する存在。つい数カ月前まで陸の民を敵視し、根絶やしにしようとした畏怖の対象。

そんな大いなる存在が、本来なら水の民のメルネスにしか言葉を伝えない精霊が、今こうしてヒトの姿で現界している。

「俺はな、これでも責任感じてるんだぜ? 陸の民は確かに憎いし今でも完全に許すことは出来てないけどよ、アレを呼んだつもりはねぇ」

ラタトスクは腕組みをし、吐き捨てた。

「だから、今までアイツの末端を削ってきたんだが……それでも、まだたんまり負を溜め込んでいやがった」

「もしかして、最近目撃情報にあった正体不明の水の民って……」

「知らねえけど、俺のことじゃねーの? 最近はこのヒトガタで動いてるからよ」

「え……?」

その発言に、シャーリィは言葉を失った。シャーリィも素性の知らない水の民の噂は知っている。陸の民への敵意はないらしいとマウリッツと安堵したものだ。

「どうして……」

具現できるならどうして今まで姿を見せてくれなかったのか。直接導いてくれなかったのか。何故今も何も教えてくれなかったのか。

言いたいことがありすぎて、言葉にならない。

そんな信徒の様子に、ラタトスクは苦笑した。

「虚ろなる導き手については、さっきも言ったが俺にも責任があるからな。……それに今、陸の民との話し合いで忙しいだろ」

「それは……」

シャーリィがセネル達と一緒にいることが出来ているのは、陸の民と協力して物事の解決にあたっているという姿をアピールするためだ。それにウェルテスでも人望の厚いウィルとセネルが共にいることで、2種族間の融和を訴えている。シャーリィが矢面に立っている分、マウリッツは主に事務面で負担を強いてしまっていた。水の民の間でも、滄我の意思だからと唯々諾々と従っている者も多いが、中には不満を燻らせている者もいる。正面からシャーリィを詰るのはテューラくらいだが、彼女以外の声もシャーリィには届いている。

「なんにせよ転換期を迎えてる今、あんま煩わせたくなかったんだよ。だから俺と、コイツで動き回ってたんだ」

自然と、今まで黙していた人物へと視線が集まる。

水の民ではなさそうだが、かといって陸の民と言われても首を傾げてしまう。彼の持つ雰囲気はむしろ、グリューネに近い。下手をしたらラタトスクの方が人間味さえある。

「ええっと~それで、どちら様?」

「………」

「何か言わんかい」

モーゼスに突っ込まれ、ようやく彼は視線を逸らしたまま口を開いた。

「……私は、かつてメルネスの名を冠してた精霊……お前達の言う滄我と同種の存在だ」

「……え?」

その発言に、シャーリィは言葉を失った。

今までメルネスといえばシャーリィの事だ。辛いことも沢山あったが、それでもこの名に誇りを持っている。けれど、本来その名は彼のものだという。

「元来メルネスとは私のこと。私が陸の民に害された後、水の民は私の名を用い、民たちを纏めあげた」

気まずそうに、ラタトスクは視線を逸らす。怒りのあまり許可してしまったが、本来ならよろしくない事だ。結果的にメルネスは名を奪われ、弱体化に拍車をかけてしまった。だが過去のことは変えられない。

「そして今の私は精霊としての責務も果たせず、権能を十全に振るうことも出来ない。……だが、水の民からその銘を奪うつもりも、ない」

何故かシャーリィは、安堵と同時に焦燥を覚えた。

メルネスという役割に、かつては押し潰されそうだった。それでも姉や親衛隊は、ヴァーツラフに囚われたシャーリィを助けるために死んでいった。陸の民との融和を目指す今は、両民族との板挟みになることも多い。

でもそれは、シャーリィのものなのだ。いくら本来の持ち主が現れたとしても、この責務は奪われたくない。

「では、何と呼べばよろしいですか?」

「……ふむ」

メルネスは少しの間考え込んだかと思うと、

「では……セネル・クーリッジとでも名乗ろうか?」

あまりの暴言に、全員が言葉を失った。

何せその名は、彼らの仲間のもの。シュヴァルツと単身戦い、行方不明だとしても、簡単に譲るわけにはいかない。

「……本気か?」

流石にラタトスクも渋い顔をする。しかしメルネスはどこ吹く風。

「なら、これならいいか?」

瞬きの間に、メルネスが姿を変える。

その姿はシャーリィ達のよく見知ったものと寸分違わぬ姿で。

「ふざけるな!」

とうとう、クロエが激昂した。

「どうした、クロエ」

声も、仕草も、表情も瓜二つ。だが中身は違う。だとしたらそれはもう偽者だ。

「僕たちを馬鹿にしてるつもりですか?」

「流石に性格悪過ぎじゃない?」

あからさまに敵意の篭った視線にメルネスは小首を傾げる。

「どこか、変な所でもあったか?」

変な箇所などない。ないから腹が立つのだ。

「なら、別にいいだろ?」

肩を竦め、少し呆れたように嘆息する仕草も、セネルと瓜二つ。

「セネル・クーリッジは死んだんだからな」

セネルの姿で、セネルの声で、彼はそう告げた。

「そうだウィル、俺の墓建ててくれないか? 出来るならステラの隣に」

「いい加減にしてください」

乾いた音が響く。

シャーリィが、メルネスの頬を張ったのだ。

仮にも水の民が奉じる精霊と同格の存在だというのに。

「貴方はお兄ちゃんじゃありません」

「ああ、そうだな」

そう辛そうに言うものだから、叩いたシャーリィの方が混乱してしまった。

シャーリィに向ける優しい眼差しが、気遣う素振りが、目の前の彼を大好きなヒトだと断定してしまう。そんなわけがないのに。

「……そもそもの話、ラタトスクはお前達の介入を許したようだが、私は認めない。これはヒト同士の争いではないのだ。先程だって、私が介入していなければ恐怖で震えていたというのに」

そしてその姿のまま、彼は冷酷に告げた。

それに、誰も反論できない。あの風がなければ、シュヴァルツに立ち向かう気すら起きなかった。

けれども鼓舞の風を吹かせてくれたのも、彼なのだ。

「……穢れ流しはどうだ?」

ラタトスクの質問に、メルネスは首を振る。

「シュヴァルツが繭に籠もっている現状、奴まで届かないだろう。奴に打ち込んだ楔も抜けたようだ、これ以上は難しい」

センチュリオンの手まで借り穢れ流しを行ったが、シュヴァルツを封じるには至らなかった。これならいっその事、今まで通りメルネスが直接触れて浄化する方が早い。例えその方法がメルネスに多大な負担を強いるものだとしても。

「……はっきり言おう、お前達は足手纏いだ」

「力を肌で感じた貴方方なら、シュヴァルツとの実力差をよく理解できることでしょう」

重苦しい沈黙が降りる。特に、仲間であるはずのグリューネからの否定は辛いものがあった。

「今度ばっかりは仕方ないよね? 相手が神様じゃ……」

始めに現実を受け入れたのはノーマだった。

「滄我の怒りを受け止めた力ですら、シュヴァルツの前では赤子同然だ」

「じゃったら、あっさり諦めるんか? ワイはそんなん、願い下げじゃ!」

「現実を直視してください。僕達は手も足も出ないまま、シュヴァルツに敗れたんですよ?」

「じゃからってのう!」

「感情だけではどうにもならないんですよ!」

モーゼスとジェイがいがみ合う。ジェイだって何とかしたい気持ちはあるのだ。だが現状、その手段が見つからない。このままでは犬死だと痛感しているから、無策なモーゼスに怒っているのだ。

「私達には、本当に何も出来ないんでしょうか……?」

「悔やむ必要はありません。これは、わたくしの役目なのです」

「指を咥えて見てろ言うんか!?」

「ならば、立ち向かって死にますか? 羽虫の如く、死ぬことを選ぶのですか?」

「……ド畜生ォ!」

もどかしさ。怒り。無力感。苛立ち。さまざまな感情が綯い交ぜになり、モーゼスは床を踏み鳴らす。

「……ちいと、頭冷やしてくる」

「貴方達も、今日は休みなさい。そして、ここで聞いたことは全て忘れるのです。わたくしの齎した情報は、人の営みには不要なものなのです」

いつの間にかラタトスクとメルネスは、姿を消していた。

 

 

 

 

 

 

 

ミュゼットの好意でシャーリィは花を数輪頂いた。

そのうちの半分をフェニモールの墓に供え、残りはステラの墓に持っていく。その足取りは重い。テューラのお陰で不安は晴れたが、セネルがいないという事実は変えられない。

それがとても心細い。だから少しでも落ち着きたくて、ウェルテスにある姉の墓参りに行くことにした。

「……あれ?」

しかしどうやら先客がいたらしい。ステラの墓には真新しい花が供えられていた。

その花を、シャーリィは知っている。

まだセネルとステラの3人で暮らしていたとき。玄関先でステラが育てていた花だ。まだ遺跡船には種が持ち込まれていないらしく、シャーリィがその花を見たのは久しぶりだ。

「一体誰が……」

ふと浮かんだのは、最愛の兄の顔。しかしセネルはおらず、いたとしてもたった1日で遺跡船と大陸を往復できるわけがない。

「お姉ちゃん……」

だが、冷たい墓石が返事を返してくれるわけは、当然なかった。

 

 

 

 

 

 

翌日、誰1人として欠けることなく望海の祭壇を訪れていた。

「へぇ」

嬉しそうに、ラタトスクは目を細める。対してメルネスは渋面だ。

メルネスがセネルの姿を模していないことに、そっとシャーリィは安堵した。セネルの見た目で冷たい態度を取られたら、別人だというのに何故だか悲しくなってしまいそうになるからだ。

「ラタトスク様、力を貸してください」

「ああ、いいぜ」

「って、いいのかよ!」

思わず、ノーマが叫んだ。まさかこうもあっさり認められるとは思ってもいなかったのだ。

「ここに来たってことは、覚悟は決まってるんだろ? なら、何も言うことはねえよ。……ただ」

あの、シュヴァルツと相対して感じた恐怖は簡単には忘れられないはず。それを乗り越え、ここにやってきた時点で

ラタトスクは決めていた。

だが、メルネスは違う。

「わざわざ邪魔をしに来たのか」

大きく、メルネスは嘆息した。

「私は、認めない。大人しく街へ帰れ」

「ワイらの世界のことを、ワイらがやらんでどうするんじゃ!」

だというのに彼らは一歩も退かない。

「皆、気持ちは同じです。苦しいことも、沢山あります。それでも、私達はまだ生きて、この足で歩いていきたいんです」

「これから生まれる喜びや幸せも、私達には大切なものなんだ。私の剣はその為にある。ここで力を振るわずに、どこで振るう!」

「負ければ世界が終わる。守るべきものを守るために、未来を切り開くために、喜びと幸せを守るためにも!」

「誰かに任せきりにするのは、僕の性にも合いませんしね」

「あたしらの覚悟、分かってるでしょ! やめろって言われても、絶対に諦めないんだからね!」

昨日とはまるで違う。

恐怖に打ちのめされていたというのに、たった一晩で決意に満ち溢れた顔をしている。そしてグリューネも説得を諦め、絆されたに違いない。

 

だが、メルネスにも引けない理由がある。

 

「ラタトスクと契約を結んでも、元の力量の差が埋まるとは言い難い。だというのに、何故自らも抗おうとする」

「この身で戦うのは、当然のことです」

「俺達が戦う道を、自らの意志で選んだ。それだけだ」

「ワケの分からん理屈で世界を滅ぼされては、叶わんからのう!」

「自ら死に逝くようなものだぞ」

「悪いけど、あたしら負けることはぜ~んぜん考えてないからね!」

「私達は誰一人として、自分の選択に後悔したりはしない!」

「僕たちは勝つために来たんです。負けるためでも、滅びるためでもない!」

「何故分からない!」

あまりの強情さに、思わずメルネスは声を荒げた。

「皆は、街で待ってればいい! わざわざシュヴァルツと戦うような、危険なことをする必要はない!」

力を削いだとはいえ、それでもシュヴァルツと戦うのは危険。そもそもこの戦いにヒトが介入する必要はない。だから大人しく、ヒトの街にいればいいというのに。

「人が選ぶ道を、わたくし達が妨げるわけには参りません」

だというのに、よりにもよってグリューネまでもが同行を認めている。

「諦めろよ。そもそもお前、こいつらのこういう所を気に入ってるんだろ」

「………」

ラタトスクの言葉を、メルネスは否定できない。

力が及ばなくとも、挫けたとしても、いつかは立ち上がり抗う。だからメルネスは、彼らにここで潰えてほしくないのだ。彼らがいなければ、メルネスが戦う理由が無くなってしまう。

それをラタトスクも知っているというのに唆し、メルネスも失言してしまった。

「……あれって、ツンデレってやつ?」

「素直でないことは、確かなようだな」

「もしかして昨日、わざと嫌われるようなことをしたのも……?」

「何でじゃ」

「モーゼスさんには理解できないでしょうね」

シャーリィ達もいつの間にやら円陣になり、ヒソヒソ話をする。

「……おい、聞こえてるぞ」

メルネスの指摘には流石にバツの悪そうな顔をしたものの、生暖かい視線は変わりない。何ならラタトスクからも向けられている。どうやらメルネスの味方はいないらしい。

「……シュヴァルツとの戦いで、確実に1人以上の犠牲が出る」

メルネスがそう断言すると、緩んだ空気が一気に引き締まる。

「それでもいいのなら……その結果を受け入れるというのなら、俺はもう何も言わない」

「よし、決まったな」

結局、こうなってしまえばメルネスが折れるしかないのだ。

「俺がシュヴァルツの所まで道を作る。テメエらは、コイツと一緒にシュヴァルツを叩きのめせ。俺はこっちに残って可能な限り影響を抑える」

「おい、それは」

元々グリューネとラタトスクがシュヴァルツと戦い、メルネスは現世で可能な限り浄化を進める作戦だった。だというのにラタトスクは、ここに来て配置を逆にする。

「現世に何かあったも、俺ならすぐセンチュリオンに指示出来る。マナの調停は俺の役目だし」

「……それは、そうだが」

「それにアレと戦うときの連携考えたら、断然こっちだろ。何せコイツ、テメエらのことずっと見守ってたからな」

「ラタトスク!」

声を荒げるメルネスだが、それは認めたも同然だ。こうなると前日の悪印象も、わざと嫌われることでシュヴァルツとの決戦に関わらせないようにするためなのだと確定したのも同然だ。

「……やっぱり、不器用なだけなようですね」

「だけど、ずっと見守っていたって……」

「もしかして、ストーカーってヤツじゃ……」

「ストーカーじゃないという事だけは、はっきりと否定しておくからな!」

「おお、綺麗な突っ込み」

「綺麗って何だよ」

再度突っ込んでから、メルネスは軽く咳払いをする。

「……とにかく、お前たちは俺の足を引っ張らなければいい」

しかしこうなっては締まりがなかった。

 

 

 

 

 

 

シュヴァルツの篭る繭に突入したとたん、魔物に襲われた。しかしこれは想定範囲内。連携の確認の為にシュヴァルツと戦う前に肩慣らしをしたいところだったので、そういう意味では有難い。

始めメルネスは後方からブレス系の技で援護をしていた。しかしどうしても相手が複数でくると、最前のクロエの手が足りなくなる。仕方なしにメルネスはどこからともなく三叉の槍を取り出し、最前線に躍り出た。それからずっと、メルネスは積極的に前に出ている。最奥のシュヴァルツと対峙しても、メルネスは槍を握りクロエと肩を並べることを選んだ。

 

メルネスとこうして共闘するのは今日が初めて。だというのに言葉を交わさなくとも、彼は皆の動きを完全に把握していた。半歩ずれただけで背後から投げられた槍に串刺しにされ、苦無が突き刺さる状況。勿論彼らも当てないようにする技量はあるが、どうしても気遣いが生まれてしまう。けれどメルネスの技量が分かってからはそれもなくなった。

クロエからしてもそうだ。技と技の間に生まれる僅かな隙を、メルネスは確実に埋めてくれた。後方に立つシャーリィたちの視界もなるべく塞がず、シュヴァルツに狙われそうになった時には体を張って止める。

 

まるでずっと共に戦っていたように、メルネスが次にどう動くかが分かってしまう。この感覚は、ずっと見守られていたからという説明では納得できない。

 

「1人で前に出過ぎるな!」

メルネスの前に出て戦う背中がウィルのよく知るものと重なって、思わず声が出た。

そう言えばセネルも、よく単身真っ先に敵陣へ突撃するものだから、ウィルはよく叱っていた。

「分かってる!」

そして毎度、そんな風に返されるのだ。

 

この頃になると、ウィルだけでなく他の仲間たちも気付いていた。メルネスも、シュヴァルツ相手に取り繕う余裕がなくなっていた。グリューネは恐らく最初から知っていたに違いない。けれどメルネスの意志を尊重したのだろう。

 

「一気に行くぞ」

「オウ! ワイに任しとけェ!」

彼の号令に、真っ先にモーゼスが反応した。モーゼスの槍は黒い霧が変質した棘に撃ち落とされる。しかしその影からジェイがシュヴァルツに肉薄した。

「覚悟してくださいね!」

クナイがシュヴァルツの肩に突き刺さる。しかし痛覚などないかのように、シュヴァルツは構いもせずジェイに向かって鎌を振り下ろそうとした。

「させません!」

シャーリィのタイダルウェーブが、ジェイとシュヴァルツの間に割って入る。シュヴァルツが流されることはなかったが、ジェイが距離を取ることは出来た。

「覚悟を決めよ!」

入れ替わるように、クロエが前に出る。メルネスのシャープネスを受け鋭さを増した剣が、シュヴァルツを切り裂いた。だが傷つくのにも構わず、シュヴァルツは術を発動する。

「安らかな眠りに墜ちよ!」

「なっ、何するつもりよー!」

ノーマの悲鳴と、巨大な闇の刃が辺り一帯を薙ぎ払ったのはほぼ同時。

「万物に宿りし生命の息吹よ」

とっさに後方に下がったメルネスが、癒しの風を吹かせる。怪我を急速に治癒されるむず痒さを無視し、クロエはまたシュヴァルツと距離を詰めた。

しかしシュヴァルツはクロエを無視し、メルネスへと狙いを定める。

「滅びの本懐を遂げよ、天界の審判をここに呼び覚まさん」

とっさにグリューネがメルネスの前に出て、闇の鉄槌を防いた。障壁が軋み、グリューネは歯を食い縛る。

「くっ……」

「深き地に宿りし灼熱の魔手よ、深紅の暇を待たずして全てを焼き尽くせ!」

ウィルのイラプションがシュヴァルツの足元で発動する。呑まれかけはしたものの、すぐさまシュヴァルツは飛び退いて炎を回避した。だがお蔭でシュヴァルツの術が止む。そこに、ノーマとシャーリィの爪術が発動した。

「荒ぶる氷雪の乙女よ、疾風の調に乗り舞い散れ!」

「白きに染められし凍結なる世界、安らかな幕引きを与えん!」

ブリザードが吹き荒れ視界が狭まる中、ジェイとモーゼスが猛追をかけた。

「ワイに続けぇーッ!」

「決めます!」

「行くぞ」

メルネスも正面から、槍を握り直しシュヴァルツに突進する。

そしてシュヴァルツの死角に、クロエが潜り込んだ。

だがそれをシュヴァルツは見切っていた。掬い上げるような一閃が、クロエの首筋を狙う。

「まずい!」

術は間に合わないと判断し、とっさにメルネスは槍を投げた。

「なっ」

シュヴァルツも、まさかメルネスが己の武器を投げるは思わなかったのだろう。飛来する槍を鎌で弾き、すぐさまメルネスに向かって滑るように走り、大鎌を薙ぐ。いくらマナを使い武器を具現化出来るとはいえ、タイムラグがあるのは避けられない。

だが敢えて、メルネスは踏み込んだ。

シュヴァルツの刃が届かない内側まで間合いを詰め……マナを纏わせた拳で殴りつける。その威力は、シュヴァルツを怯ませる程のものだった。

「畳みかけろ!」

「任せてくれ!」

思考よりも先にクロエの体が動く。輪舞旋風からの昇舞、鷹爪脚で地面に叩きつけてからの迅羽、そして爆竜拳。

ダウンしたシュヴァルツを投げ飛ばしてからの追撃。

繰り出される技に、思わずクロエは笑ってしまった。これで気付かれないのだと思ったら、彼は仲間達を舐めすぎだ。

 

 

 

 

長い夜が明ける。だがそれは、グリューネとの別れを意味するものだった。

「嫌だよ……嘘だよね? グー姉さん、嘘だよね!? 嘘だって言ってよ!」

「こうなることを、初めから知っていたんですか?」

「何故話してくれなかった」

「ワイらは家族なんじゃぞ! 何でも話してくれや!」

「知れば迷いを生んだことでしょう。迷いは力を損なわせるのです」

「だからって、こんなの! こんなのないよ!」

「良いのですこれがわたくしの役目なのですから」

だから決意が鈍らないようグリューネは口を噤み、メルネスは罪悪感を抱かないようシュヴァルツに止めを刺す役割を担ったのだ。

「なるべくしてなったことです。あなた方が悔やむ必要はありません」

「そんな言い方……しないでください」

「そうだよ! あたしら、ずっと一緒にいるんでしょ!」

「お兄ちゃんの星祭のお願い、叶わなくなっちゃうじゃないですか!」

「するって言ったじゃん! 記憶戻ったら記念パーティーするって、約束したじゃん!」

「そうだ、まだ約束を果たしていない!」

「まだ……まだ、やってないんだよ! 皆、楽しみにしてるんだから! あたし……あたし……こんなのやだよ~」

とうとうノーマは、へたり込んで泣き出してしまった。

「こんな別れ方、ぼくは絶対に嫌ですよ」

ジェイまで座り込んで、そっぽを向く。

「泉にもピクニックに行くって、約束したじゃないですか!」

「ハリエットも楽しみにしている」

「何か方法はないんか! 姉さんが消えんで済む方法は!」

「世界は万能には出来ていないのです。わたくしが消えることは、最早止めようのなきこと」

「そがな事……ワイは、家族と話をしたいんじゃ! 姉さんと話をしたいんじゃ!」

「そうだよ! グー姉さんの本心を聞かせてよ!」

一度、グリューネは目を伏せた。

それから顔を上げ、柔らかく微笑む。

「……ありがとう」

その口調は、皆のよく知る少し間延びしたものだった。

「今、お姉さんは、と~っても幸せよ」

「だったら、このまま一緒にいてよ。まだまだグー姉さんと一緒にいたいよ! ずっとずっと、一緒にいたいんだよ~!」

「一緒に楽しい時間を過ごせて、本当に良かったわ。ありがとう、ノーマちゃん」

抱きついてきたノーマの頭を、グリューネは優しく撫でた。

「どうしても、行ってしまうのか? グリューネさんまでいなくなってしまうなんて……」

「ありがとう、クロエちゃん」

「楽しいことじゃったら、まだまだいっぱい残っちょる! それをやらんで、消えるなんてなしじゃ!」

「ありがとう、モーゼスちゃん」

モーゼスは抱きつかれても、この時ばかりは走り出したり出来なかった。

「一緒に街に帰るって……みんな一緒に帰るって、約束したじゃないですか!」

「ありがとう、シャーリィちゃん」

「そうですよ! 僕達と一緒に、これからもずっと一緒に……」

「ありがとう、ジェイちゃん」

シャーリィに微笑みかけ、ジェイと視線を合わせる。

「何か……何かないのか、グリューネさんが留まれる方法は……」

「ありがとう、ウィルちゃん」

そしてグリューネは、ラタトスクの前に立つ。

「ありがとう、ラタトスクちゃん」

「気にすんなって。アンタだけなら大歓迎だよ」

「それと……メルネスちゃん。お姉さんをずーっと、助けてくれて、ありがとう」

そう、メルネスに抱きついた。メルネスもその抱擁を大人しく受け入れる。

「……グリューネさん」

「セネルちゃんにも、ありがとうって伝えておいてくれるかしら」

「……ああ、必ず」

それからグリューネは、皆と向かい合った。

「皆の気持ち、本当に嬉しいわよ。だけどね、子はいずれ親から旅立つもの。人もまた同じ。これは別れじゃないわ。皆の旅立ちなのよ」

「でも……でも……」

まるで駄々っ子のように、ノーマは首を振る。

「お姉さんからの最後のお願い、みんな聞いてくれないかしら?」

「何でも聞きますから……」

「だから、消えるなんて……」

「言わないでください!」

堪えきれなくなって、ジェイがグリューネに縋り付いた。

「笑顔でお別れしよう。みんなの最高の笑顔を見せてほしいな」

「……グリューネさん」

「みんなが幸せに暮らせるように、お姉さんから贈り物をあげるから」

「贈り物なんていらないよ! グー姉さんと一緒がいいんだよ!」

ノーマも、ジェイと共にグリューネに抱きつく。そこに、メルネスが進み出た。

「……何が起きても受け入れるって、誓っただろう」

だからこそ、繭に突入する前に覚悟を決めさせた。そうすれば、メルネスを責めることで少しでも悲しみが薄れると信じて。

「そりゃあ……ほうじゃが……」

「犠牲が出るとも、伝えたはずだ。お前達の覚悟は、その程度のものか」

「ほら、笑顔で見送ってやれ」

ラタトスクも隣に並ぶ。

「……そうだな。自分の行動に責任を持つ。そう決めてここに来たんだ」

「……ほうじゃの」

モーゼスが、ジェイを引っ張る。特に抵抗もせず立ち上ったジェイだが、そのままモーゼスにしがみついた。

「……これは別れじゃない。旅立ちなんだ」

クロエもノーマを支える。

「ぐずっ……グー姉さんのお願いなら、聞くしかないよね」

「ありがとう。ありがとう、皆。わたくしの最後の力で、世界に精霊を解き放ちます。これからは、わたくしの力を受け継ぐ、この子達と仲良くしてあげてね」

グリューネの姿が光に包まれる。それは決して眩しいものではない。だというのにグリューネの姿は見えなくなってしまう。

 

「この世界に降り立って、本当に良かった。出会えたのが皆で、本当に良かった。私は消えてしまうけど、みんなと過ごした時間は決して消えないから。皆の中にお姉さんはいつもいるから。皆、思い出をありがとう。笑顔を、ありがとう。未来は、みんなのものよ。いってらっしゃい」

 

そして光が消えると、そこにグリューネの姿はなかった。グリューネがこの世界にいたという痕跡は空を舞う白い羽。だがそれも風に舞い、青い空へと飛んでいった。

 

誰もが黙り空を見上げる中、メルネスは目を伏せ踵を返す。

シュヴァルツと、グリューネも消えた。ならばメルネスの役割は終わったと言える。別れの挨拶まで言えたのだから、もう充分。

「おい、待て」

だというのに、ラタトスクが呼び止める。

「まだ、何か?」

「俺は……認めないからな!」

「何を今更」

ラタトスクが声を荒げたことに、眉を顰める。ラタトスクの心情がどうだろうが、既に決めたことだ。

だがラタトスクの目的は、メルネスを説得する為ではない。人間達に気付いてもらう為だ。

「どうか、したんですか?」

「こいつはな、二度と覚めない眠りに就くつもりなんだよ」

ラタトスクの暴露に、メルネスは行儀悪く舌打ちする。どうやらラタトスクに話したのは失敗だったらしい。このまま静かに消えるつもりだったというのに、わざと大声を出してメルネスを引き留めた。

「……どうして」

「………」

シャーリィの言葉にもメルネスは無言で、一瞥すら向けようとしない。

 

「どうしてなの、お兄ちゃん!」

 

だが流石に、他ならぬシャーリィにそう呼ばれてしまっては反応しないわけにはいかなかった。

「……メルネス。お前の兄は死んだと言ったはずだが」

声の震えを隠すため、慎重に言葉を紡ぐ。

「私達が、見抜けないわけないだろうが!」

今度はクロエが。

「俺達を見くびりすぎだ」

「そ~そ~、何やかんやずっと一緒にいたわけだしね」

「姿形が変わろうと、家族が分からんわけないじゃろうが!」

「戦い方のクセも変わってませんでしたし」

ウィル、ノーマ、モーゼス、ジェイまで口々に言う。

 

その時、メルネスの根底にあったのは恐怖だ。

たった50年前、同胞はメルネスを誤解とはいえ拒絶した。マナの恩恵からも拒絶され、来訪者もかつて護ってきた者たちもメルネスを受け入れることがない。それは、星を守るという矜持を打ち砕くには充分すぎた。

脆い肉体に頼ることしか出来ず、マナを掠め取り、それでも生き長らえてきたのは僅かにだが義務感が残っていたから。そうして惨めに、ただ惰性で世界を眺め……いつしか世界を諦めた。

つまり、シュヴァルツを呼んでしまったのはラタトスクだけではない。ラタトスクの怒りと、メルネスの絶望。このふたつが、シュヴァルツを導いたのだ。

 

だから、わざと嫌われるようなことをした。

メルネスは、彼らに仲間と呼ばれるような存在ではない。罪を隠し、素性を伏せヒトに紛れる偽りの存在は、仲間と呼ばれる資格などない。敵意を向けられて、安心したかったのだ。

セネル・クーリッジを受け入れてくれた彼らに拒絶されたら、メルネスはもう二度と立ち直れない。だから拒絶される前に拒絶した。彼らに嫌われたまま、セネルとして生きた思い出を胸に抱き続け、消えたかった。

 

「………」

だというのに彼らは真直ぐメルネスを見つめてきて。あまつさえ引き留めようとするなんて。

「……だから、どうした」

ラタトスクが彼らを共に行かせた時点で、バレることは思っていた。戦闘時の動きはどうしても取り繕えないし、メルネスは元来そこまで器用ではない。こうなればこちらからはっきりと拒絶するしかない。

「確かに私はセネルとして生きて来た。だが、既に道は違えたんだよ」

二度と戻るつもりはない。だからこそ単身でシュヴァルツに挑み、セネル・クーリッジという器をシュヴァルツに叩きつけ楔とすることで、シュヴァルツの弱体化を図ったのだ。

そうして、メルネスは彼らとの決別を選んだ。先に切り捨てたのはメルネスだ。だからさっさとセネルを忘れて欲しいというのに。

「私が、あの街に帰ることはない。お前達もさっさと私の事など忘れ、日常に戻るがいい」

それが、メルネスの……セネルの望みだから。世界の命運など気にせず、日々を謳歌してほしい。

「お兄ちゃんは、本当にそれでいいの? ……私は嫌だよ、お兄ちゃんがいないなんて」

シャーリィは、メルネスのことをそれでも兄と呼び続ける。

 

だから、嫌なのだ。

 

「……もう、決めたんだ」

口調が、弱くなる。それはメルネスとの言葉ではない。セネル・クーリッジとしてのもの。

「水の民はシャーリィとマウリッツさんがいる。ウェルテスの、保安官の事だってウィルがいれば回るはずだ。魔物の動きも落ち着くし、そうなったら俺なんて……」

言葉はそれ以上続けられなかった。

「でっ」

ウィルが歩み寄って、メルネスに拳骨を落としたのだ。

「何するんだよウィル!」

「ようやく、俺達を見たな」

「っ……」

慌てて、セネルは視線を逸らした。

その仕草はまるで後ろめたい子供のようで。とても千を優に越える年月を生きる精霊とは思えなくて、やっぱりウィルはセネルを子供だと思ってしまうのだ。

「……皆を騙してた」

「ああ、そうだな。弁明は街に戻ったらたっぷり聞かせてもらおう」

「セネル・クーリッジは架空の存在だ」

「架空だとしても、共に過ごしてきた時間までは架空じゃないだろ」

「……私は」

「お兄ちゃん!」

とうとう痺れを切らしたシャーリィが、セネルに詰め寄る。

「お兄ちゃんは、街に帰りたくないの?」

その手を、セネルは振り解くことが出来ない。

結局のところ、口では何と言おうがそれが答えなのだ。

「……まだ私を、兄と呼ぶか」

「私のお兄ちゃんは、お兄ちゃんだけだよ?」

あまりにも平然と返すから、セネルの方が呆気に取られてしまう。

恐る恐る顔を上げると、実に晴れやかな顔をした仲間達がいて。

「そ~そ~、グー姉さんには断られたけど、パーティーはするからね!」

「そうだぞクーリッジ、帰ったら覚悟してもらおうか」

「ほうじゃの! ワイらを心配させた罰じゃ!」

「そうですね。それくらいは許されるべきですよね」

「……今、猛烈に帰りたくなくなったぞ」

呟いてから、はっと我に返る。

最早反射に近いツッコミだったが、それは紛れも無くセネルの本心。

 

セネルは、街に帰りたいのだ。

 

だから嫌だったのだ。

自ら退路を絶ったというのに、保身の為に自分で棄てたというのに、皆と共にいたいのだと思い知らされるから。

 

「ったく……お前は難しく考え過ぎなんだよ、昔から」

背後から、ラタトスクが肩を小突いた。

「行きたいんだろ? なら行けばいいじゃねえか」

よろけたセネルは必然的にシャーリィの前に出る形になってしまい。

「………」

「……お兄ちゃん、帰ろう?」

差し出された手を、セネルはおずおずと握り返す。するととても強い力で引っ張られた。

「……ああ、そうだな。帰ろうか」

自らの意思で、1歩踏み出す。その瞬間には、シャーリィの前には大好きな義兄の姿がいた。

「……うん!」

そして2人は仲間達の元へ歩いて行った。

 




お付き合いいただき、ありがとうございました。

自分、テイルズシリーズで最もやりこんだのがS、その次はAで正直Lはあまり周回した記憶がありません。ステラのシーンが辛すぎて、いつしか手が止まったような気がします。
ですが、音楽は間違いなく断トツでLが一番好きです。艦橋のBGMとか泣きそうになります。
ただ世間の評価が低いのが、只管悲しいです。二次創作も少なくて、自家発電するしかありませんでした。当時はTOVSが出た後で、お祭りゲーに乗じてセネセネや同じく不遇のヴェイグ、エミルを贔屓した小説を書いていました。

しかし、当時お世話になっていた小説投稿サイトはいつの間にか消えてしまいました。幸いにも小説のデータはバックアップを取っていたので、今回TOL20周年記念に合わせて加筆修正したものを投稿させていただきました。というか最早加筆修正の域を超えてますね、これ。ほぼほぼ書き下ろしです。
どうか少しでも、皆さんの琴線に引っかかれば良いと願います。



TOLリメイク、待ってます。
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