テイルズオブレジェンディア~melnes~《本編完結》 作:舞@目標はのんびり更新
頭やら腹がまだ痛む気がする。
原因は分かりきっている。仲間たちに手加減なく殴られたからだ。それを甘んじて受け、正座したまま仲間6人に囲まれた逃げ場などない状態で、色々と喋らされた。
己が精霊であること。かつて陸の民に致命的なダメージを負わされ、一万年近くずっと眠っていたこと。
僅かに回復してからは陸の民のフリをして、ネルフェスの欠片を求めて大陸を放浪したこと。その間にヴァーツラフと出会い、行動を共にしていた期間があったこと。シュヴァルツの活動が活発化してからは被害が出ないよう、文字通り身を削って被害を抑えていたこと。
セネルは、仲間たちを巻き込みたくなかった。星を守るのは精霊の義務。だというのにシュヴァルツに付け入る隙を与えてしまった。上位種の争いに、ヒトを巻き込むわけにはいかない。その過程でセネルは自身の消滅まで視野に入れていたし、生き残ったとしてもヒトの世界に戻るつもりはなかった。だから遺書をジェイに託した。
それが、彼らは許せなかった。親身になって助けてくれたセネルが、シャーリィを助ける時は頼ってくれたというのに、肝心のセネルの危機の時には心配する事さえ拒否されたのだ。
セネルとしても仲間たちが心配してくれている事は知っていた。だが頼るわけにはいかない。上位種が、庇護対象に縋るわけにはいかないし……グリューネの消滅に、立ち会わせたくなかった。だからせめてシュヴァルツにトドメを刺したのだが、その気遣いすら彼らにとっては余計なこと。
互いに理解はしているが、納得はしていない。それでもセネルは罪悪感があるから大人しくしているし、仲間達も矛を収めた。
そして、まずノーマが口火を切った。
「……ってことはつまり、セネセネってばかなりのおじいちゃん?」
そう茶化してくれたお陰で、空気が緩む。むしろノーマはそれを目的として、あえて軽い口調で言ったのだろう。
あくまでセネルは感情を排し、淡々と過去を語った。それが余計に、触れられたくなかったのだと感じさせてしまったから。
「見た目変えられるしさ……ちょっとセネセネ、その技あたしにも教えなさいよ~!」
「ノーマ、流石にそれは無茶では……」
「そうですよノーマさん。いくら外見を取り繕っても、中身が同じなら意味ないですよ」
「ちょっとジェージェー? ど~ゆ~意味?」
「そういう意味です」
ジェイが意味ありげにセネルを見る。見た目が違ってもセネルである事に変わりはない。ノーマを貶めるのと同時に、そうセネルに訴えたのだ。
人外、という点では既にグリューネという前例がある。彼らにとっては陸の民だろうが水の民だろうが、はたまた神様であろうが関係ないのだ。ただセネルが黙っていたことに怒っているだけで。
「……ねえ、お兄ちゃんはさ、私達と一緒に暮らして大変じゃなかった?」
「何でだ?」
「だってお兄ちゃん……もしかして、食べるのも寝るのも、必要ないんじゃない?」
多分、シャーリィがセネルに抱いた第一印象は間違ってなかったのだ。セネルはヒトではないのだから、食事も睡眠も必要ない。セネルも初めは村に長逗留するつもりはなかったから、それほど隠そうとは思っていなかった。
「ああ、確かに俺達に生理現象は本来ないけど……でも今は割と楽しんでたし」
そうでなければ二度寝したり、未だにパンの味を追求しようとしたりしていない。
「それにシャーリィ、俺の事が怖いってステラに泣きついた事があったろ?」
「わ、忘れてよ……」
今となっては恥ずかしいことなので、シャーリィは頬を染め視線を逸らした。
「あの時、ようやく俺はヒトを知ろうと思ったんだ。それまで俺は個人を認識していなかったから」
精霊だから、ヒトを守るのは義務。空からの来訪者もまたヒトなら、同じく守護すべき対象。その認識は間違ってはいなかったが、正解でもなかった。
「だから今のセネル・クーリッジがいるのはシャーリィのお陰でもあるんだ」
まず表情筋の動かし方を学んだ。それから感情を。口調も変えた。共に老化できるようにと、なけなしの力を使って肉の器を作った。
それは苦労の連続だった。
物理的な苦痛を体験した。他人に怒りを、憎しみを覚えた。身を引き裂かれるような悲しみを知った。喜びを分かち合うことが出来た。
どれもステラとシャーリィがいたからこそ、知ることが出来た。
「シャーリィ、これからも俺がセネルであることを許してくれるか?」
「勿論だよ!」
むしろシャーリィからお願いしたいくらいだ。
あれがセネルの素だとしても、冷たい言動の裏に優しさが隠れていると分かっていても。メルネスは私よりも公を優先させるだろう。それが精霊だからだ。
だからせめてセネルでいる間は、私を優先させてほしい。
「……皆も、いいか?」
口調は、皆のよく知るもの。だが、若干の怯えが混じっているのは気の所為ではないだろう。
だから、仲間達はそれを笑い飛ばす。
「何じゃ今更。セの字はセの字じゃろうが」
「そうだぞ、クーリッジ。……正直、あの姿も綺麗だったが」
ボソリと付け加えたクロエの後半の言葉は、隣にいたノーマにしか聞こえたかった。
「僕はどちらでもいいですけどね。……ああでも、今の方がいいんじゃないですか? 威厳がなくて」
「確かに。あの時のセネセネ、やたら偉そうだったし」
「今のセネルの方が親しみやすくはあるが……俺はどちらでも。ハリエットもすぐ受け入れてくれるだろう」
寝坊助で恋愛沙汰に疎くて、貧乏籤ばかり引くけれど、彼らにとってセネルは大切な仲間だ。精霊だろうが何だろうが、それに変わりはない。
セネルだって、それを分かっている。きっと彼らなら受け入れてくれると。だがどうしても、予防線を引いてしまうのだ。
絶望は悔恨に、諦念は希望へと変わった。しかし傷は癒えても、記憶は薄れない。どんなに信じたいと叫んでも、心のどこかで身構えてしまうのだ。
「……だと、いいな」
そんな心の声が漏れてしまった。とたん、再度ウィルに殴られる。
「うがっ!? 何するんだよ突然!?」
衝撃を逃がせなく、涙目になりながら抗議するもウィルは平然と返した。
「まだ分かってないようだからな。その制裁だ」
とはいえ、ウィルも分かっているつもりではいる。セネルが受けた仕打ちはたった10年足らずで癒えるわけがない。だというのに、仲間たちにここまで信頼を寄せてくれている。
セネルは……メルネスは、本来慈悲深いのだろう。それこそ突如としてやって来た外来種にも加護を与えようとしたくらいには。
だがそれを、陸の民の祖先は裏切った。
本来ならラタトスク同様、陸の民を恨んでももおかしくない。むしろそれが普通だ。けれどメルネスは、その感情が己へと向かった。ウィルにも覚えがある。愛する人が亡くなり、自暴自棄にもなりかけた。しかしウィルには支えてくれる人がいたし、愛する我が子もいた。だがメルネスにはそれもなかった。
むしろ、今こうして前を向き共にシュヴァルツと戦ってくれた事の方が奇跡に近いのだ。それもたった数年でここまで立ち直らせたステラの手腕によるもの。
だがステラは亡くなった。シャーリィとの仲違いも、全て元はと言えば陸の民の行いの所為。だというのに、メルネスは自分を責め、陸の民を庇った。
この慈愛を、喪ってはいけない。
「俺達は、お前を裏切ったりしない……絶対にだ」
だからウィルは、そう誓った。精霊にとって誓約は重いものらしい。マーテルやラタトスクも求めてきたし、セネルも嘘を嫌うことから分かる。
だから、ウィルはそう告げた。
「ちょっとウィルっち、さっきからいいトコ取り過ぎだってば」
「そうだぞ、レイナードばかりいい顔させる訳にはいかない。クーリッジ、私も誓う。この剣に賭けても」
「ほうじゃの、家族を悲しませるわけにはいかんしの」
「ええ、セネルさんも結構面倒な性格してますしね。もしまた何か事件が起きたら、すぐ相談してくださいよ」
「……だって。良かったね、お兄ちゃん」
小さく、セネルは頷いた。
「……ありがとう」
仲間達の誠実に涙ぐみそうになる。今のセネルにその機能はないけれど。
疲れているはずなのに寝付けなくて、シャーリィは夜の街を散策することにした。
向かった先は昨日も訪れた、姉の墓。
何となく、予感がした。きっとセネルはここにいる。そしたら案の定だ、セネルはステラの墓の前で片膝を立てて座っていた。
「どうしたんだシャーリィ、休まなくてもいいのか?」
シャーリィが声をかける前に、セネルが視線を向ける。
「何か、目が冴えちゃって。……お兄ちゃんは?」
「うーん……色々と、な」
シャーリィも、服に汚土が着くのにも構わずセネルの隣に座る。
「……お姉ちゃんのお墓にこのお花供えたの、お兄ちゃんだよね」
「よく分かったな」
「だってこの花、知ってるの水の民以外ではお兄ちゃんくらいだよ」
それも、わざわざ遺跡船の外から持ち込んで。セネルがダクトを使わず好きなところに行けるのは身を以て体験した。なら花を摘んでくることも可能なはずだ。
「……昨日が、最後だと決めてたから」
「お兄ちゃん……」
「だから、ステラに叱られに来た。きっとステラも怒ってるだろうから」
「うん、そうだよ。反省してね、お兄ちゃん」
「分かってる。もうあんなに殴られたくないからな」
「……お姉ちゃんの分も、殴っておけば良かったかな」
「勘弁してくれ」
拳を握ってみせるが、セネルは避ける素振りを見せない。しかしシャーリィはその手で、セネルの手を握った。
「……お姉ちゃんも、知らなかったんだよね?」
「ああ、言ってない。でも、俺がただの陸の民じゃないってことは気付いていたと思う。それでも、何も言ってこなかった」
あの頃はまだセネルも未熟だった。外見だけは陸の民だったが、中身は違った。シャーリィだって言語化出来なかっただけで、セネルが異質だと見抜いていたのだ。ステラが見破れないわけがない。
それでも、ステラはセネルを受け入れてくれた。そうしてセネルは、初めて慈愛ではなく愛情というものを知った。
「……お兄ちゃんがさ、メルネスなんだよね?」
「何だよ、今更」
「でも、水の民が名前を奪っちゃったから、力も奪われたって……」
シャーリィの手に力が篭る。今までなら感じていたセネルの体温も、今はない。
「それはラタトスクが安請け合いした所為だから、シャーリィは悪くないだろ。それに俺、セネル・クーリッジって名前も気に入ってるし」
グリューネのお陰でで世界にマナが満ち、精霊が誕生した。またマナが負に汚染されれば別だろうが、現状その兆しはない。ならばメルネスが不在でも問題はない。
それにメルネスの座が空白となってから、精霊からしても長い年月が経った。セネルという名も自らのものだと認識しているし、不自由はしていない。
「だとしても……私、メルネスって名前をお兄ちゃんに返したい」
今は問題ない。けれどもし、万が一メルネスの力が必要になったとき、その力が振るえなければ。
「勿論、お兄ちゃんに頼らない世界にしていくつもりだよ。でもさ……嫌なの。お兄ちゃんが本当の名前、失くしたままなのが」
小さく息を吐き、セネルは目を伏せた。
奪われた名に未練がないわけがない。だがこの10年程をセネル・クーリッジとして生きて、セネルを自分の名だと認識できている。
要は、名前を取り戻すのを諦めていたのだ。むしろ今となっては、シャーリィがその名を継いでくれて良かったとさえ思っているくらい。そしてセネルと呼ばれることで、精霊でなくともこの世界にいられるのだと実感できる。だから今更名をシャーリィからその名を奪うつもりもない。
それにセネルは、水の民が滄我と同じくらいメルネスを拠り所にしているのを見てきた。彼らが大切にしている称号を取り上げるわけにはいかない。
「……俺は、もうメルネスと名乗るつもりはないよ」
その言葉に嘘偽りはない。
「皆がその名を知ってくれただけで、充分だから」
奪われたし、セネルはそう名乗る資格すら放棄した。だから今更返せなんて、口が裂けても言えない。
「お兄ちゃん」
強い口調で、シャーリィがセネルを呼ぶ。
「お兄ちゃんはもっと欲張って」
「欲張ってって……」
「お兄ちゃん、昔っから自分の物何も買わないで、私にばっか色々買ってくれてたじゃない。服とか、アクセサリーとか」
「あの時はシャーリィが外に出られなかったじゃないか。俺よりシャーリィを優先させるのは当然だろ?」
「お兄ちゃんの家も、ほとんど物ないよね?」
「……小舟は買ったけど」
「あの程度、買ったうちに入らないよ」
「ハイ」
力説され、セネルは頷くしかなかった。女性に逆らってはいけない時があると、短い人生で学んだのだ。
「だからね、まずは名前。本当はお兄ちゃんのものなんだから。……それにね、メルネスって肩書がなくても、私のやりたい事に変わりはないよ」
シャーリィはシャーリィだ。いつか言った言葉が、今になって自分に跳ね返ってくる。シャーリィがメルネスという称号を返還しても、シャーリィが望む未来に変更はない。
「……いいのかな、シャーリィ。俺が、またメルネスと名乗っても」
「当然だよ。……それに、メルネスでもお兄ちゃんはお兄ちゃんでしょ?」
「……ああ」
名前を取り戻せる。そう思ったときに感じたのは、喜びだ。
失ったはずのものを取り戻せるかもしれない。それがこんなに嬉しいだなんて、思いもよらなかった。
「そっか……でも、その辺りはちゃんとマウリッツさんと、ラタトスクにも言って調整しておけよ」
けれどそれはシャーリィの一存で決めていいものではない。それくらい、メルネスという役職は水の民に根付いている。ま、精霊からすれば1年や10年は誤差の範囲だ。欲しいと言えば欲しいが、今はシャーリィがそう考え行動しようとしてくれているだけで充分。
「うん。それとね、静の大地の、マーテル様ともお話ししたい。静の大地を、打ち捨てられたままにはしておけないもん」
「ああ、いいと思う。マーテルには俺から伝えとくよ」
あの頃のセネルはヒト寄りだったからマーテルは気付かなかっただろう。しかし今のセネルなら、彼がどういう存在なのか分かるはずだ。
あの一件以来姿を現さないが様子は覗っているようだし、セネルから出向けば姿を見せざるをえない。
「……あと、さ」
一呼吸置き、口を開こうとして、結局閉じてしまう。
「えっと……」
けれどシャーリィはその先を言えない。セネルは黙ったまま、ずっと続きを待ち続ける。
「……あのね、」
ようやく意を決して、シャーリィはセネルを真っすぐ見つめた。
「マーテル様がお兄ちゃんの娘って、本当?」
「……はあ!?」
思わず、セネルは素っ頓狂な声を上げてしまった。
「誰がそんな事を!?」
「ラタトスク様が。……お兄ちゃんって、子持ちだったの?」
「いや言い方」
実に誤解を招く表現だ。どうしてそんな風に言ったのだろう。愉快犯のテネブラエの入れ知恵が濃厚か。
「……マーテルは、陸の民に奪われた俺の核を元にして創られた、人工の精霊だ。そういう意味では俺の娘と言っても過言じゃないけど……」
初めてセネルが静の大地に足を踏み入れたときに感じた、奇妙な懐かしさ。それはかつて己を構成していたモノに非常に近しい気配を感じたから。だから静の大地のマナはセネルにとても馴染んだ。
だが、娘かと言われたら話は別。
「同朋ではあるけど、娘とは思えないかなぁ……」
「……ふーん?」
「本当だって。別に、やましい事はしてないからな」
むしろされた方というか、人間に例えるならば強姦されたというか。けれどこれ以上話をややこしくするつもりはないので、セネルは口を閉じることにした。
「……分かった、そういう事にしておくね」
セネルに寄りかかる。だけど、セネルの体温はない。冷たいとかではなく、まるで空気のように何も感じないのだ。それがセネルは本来なら存在しない人間だと知らしめているようで、酷く悲しい。
本当は別のことを言いたかった。けれどもそれを言うことが出来なかった。
口にしてしまえば、シャーリィはますますセネルを縛り付けてしまう。今でさえ、セネルを精霊からヒトに押し留めているのに。セネルが自ら望んでの行動だとしても、その負い目が消えることはない。
だから、今はまだ言わない。それまでは兄妹という関係に甘えていたい。
「……俺はさ、ずっとヒトとしてシャーリィを見守るつもりだった」
「……うん」
「ステラが死んだと思って、シャーリィを守ることが贖罪になると信じて、星も一度は棄てようとした。けれど、今の俺はもうシャーリィを第一に考えられない」
「うん」
「俺は精霊としての責務を果たすことを選んだ。だから、今までのセネルと同じ言動が出来るかは分からない」
「うん」
「けれどさ、俺は皆と一緒にいたいんだ。……贅沢、だよな」
「贅沢じゃないよ。だってお兄ちゃん、今までずっと頑張ってくれてたもの」
シャーリィの為に。仲間の為に。星の為に。自らを擦り減らし、遺跡船での生活が落ち着いてからは生き生きとしていたように見えたけれど、その実は苦悩していて。
けれど、今セネルはシャーリィの隣にいる。隣で、こうして手を取り合える。
「私は、お兄ちゃんが戻ってきてくれて……とても嬉しい」
艦橋でセネルが行方不明となって、生存は絶望的だと理解はしていても、諦められるかどうかはまた別の話。グリューネの件がなければ、差し迫った脅威がなければ、シャーリィはもっと取り乱していただろう。
「皆だってそうだからね」
「……ああ、そうだな」
ふと、セネルの表情が和らいだ。そしてシャーリィの手に己の手を重ねる。
「……俺さ、また、肉体作ろうかな」
「出来るの?」
「ああ、今はかなり余力あるし、割りとすぐ出来ると思う。色々調整はするけど」
あくまでヒトのフリしか出来ないけれど、それでも仲間達と少しでも近い距離にいたい。それが、今のセネルの望み。
「……でも、勝手にいなくならないでよ?」
「分かってるって」
「約束だよ?」
「ああ」
あえて安請け合いし、セネルは勢いよく立ち上がった。
「そろそろ、帰るか」
「うん。……お姉ちゃん、また来るね」
墓石が物言うことはない。けれど、ステラが2人を見守ってくれているような気がした。