2018年11月8日。
──渋谷事変から、1週間。
都心の傷跡は全く癒えず。
瓦礫と呪力の残滓にまみれた渋谷の街には、
不気味な静けさが漂っていた。
その空気を切り裂くように、ふたりの呪霊が舞い戻る。
祈月と真人。どちらも,全身を完全に癒し終え。
呪力は全回復していた。
彼らの目的は。
真人の呪霊仲間で,唯一,生存の希望がある,陀艮の捜索。
そして,逃げ帰った"あの日"からの,術師達へのリベンジ。
祈月「……渋谷、まだ呪力が濃く残ってるね」
真人「そりゃあ,どいつもこいつも、派手にやらかしたからね」
祈月「真人もそのひとりでしょ?」
真人「ははっ、そーだな」
どこか懐かしさすら覚える空気の中。
ふたりは静かに歩き始めた。
陀艮が,もし生きているのなら――
既に渋谷からは離れている可能性が高い。
だが、真人は,渋谷駅の地下4階——
陀艮、漏瑚、脹相と最後に別れた場所を覚えている。
脹相も行方知れずだが,彼は呪霊ではない。
仲間ではあったが。真人には,探す理由はない。
今はただ、陀艮の行方を追って,術式の残穢を辿るだけだ。
もっとも,陀艮は既に術師に殺されている可能性も高い。
真人自身,そのことはわかっている。
ただ,だとしても,"確認"はしておきたい。
その途中には,
羂索が撒いた呪霊たちがおり。
それを祓い続ける術師たち,
そして,現場の後処理をする補助監督達が,
数人,ぽつぽつと渋谷に残っていた。
だが――
・術師A:背後に展開された彩城魔壁に気づかず動いた瞬間,
真っ二つ
・補助監督B:無為転変でぐにゃりと変形させられ、爆散
・術師C:何かを言いかけた瞬間、切断と変形で死亡
祈月と真人は、ほぼ無音で排除していった。
祈月「……最近、殺し方が洗練されてきた気がする」
真人「お互いにね♡」
祈月「地獄の相性良すぎて怖い」
そうして,辿り着いたのは。
真人「……ここだ。陀艮と最後に別れた場所」
陀艮が大量の水を撒き、
地下4階の一般人達を飲み込んで一掃した場所。
その,ぬるりとした水の気配。
呪力残穢が,僅かに残っていた。
祈月「術式の使用痕で,ギリギリ感知できるレベルだね…
まあ,1週間も経ってるわけだし当然だけど……」
「……生きてると、いいね」
真人は,すっと顔をあげて言った。
「うん,行けるとこまで行ってみよ。…とりあえず,方向的にあっちだな」
そして,祈月と真人は。
かすかな呪力の痕を頼りに。
少しずつ,あの日の陀艮が通った道筋を,なぞっていった。
何度も道を間違え、
何度も「次どっち?」と立ち止まりながらも、
微かに残された陀艮の呪力の痕跡を、諦めずに辿り続けた。
──そして、ついにたどり着いたのは。
渋谷駅構内、マークシティ連絡通路。
その場に残されていたのは。
一眼でそれとわかる戦闘の爪痕。
ひび割れた壁。黒く焦げ付いた床面。
そして、空気の底に沈むように漂う。
呪霊の,消失痕。その,残滓。
祈月は立ち止まり、そっとその場を見つめる。
そして、呟いた。
「……ここ、だね。陀艮の……最期」
呪力の波形から察する限り、
陀艮はここで領域展開を行っている。
つまり、本気で戦った上で、敗れたのだ。
敵側に、領域展開を使える者がいたのか。
あるいは、簡易領域のような対策で押し切られたのか。
──それとも、全く別の“異物”が介入した結果なのか。
それは、わからない。
真人は数歩前に出て、静かに,陀艮の最期の残滓に触れた。
そして,小さく俯いたあと,
──くるりと辺りを見渡して言った。
「……仕方ない。あの日は、戦争だったんだし」
いつも通りの、軽口まじりの声。
だが、その口調の奥に、ほんのわずかな感情の揺れがあった。
真人「それにさ……この焼け跡。漏瑚の呪力反応だよ。」
「つまり、陀艮が死んだあと、漏瑚がここに来たんだろうってこと」
「だったら──陀艮を殺した術師なんて、もういないよ。
漏瑚が殺したはずだから」
祈月「……そっか」
祈月にとって、“仲間”とは──真人が初めて。
誰かを喪った経験など、一度もなかった。
だから、こういう時に、何を言えばいいのか分からない。
ただ、そっと言葉を絞り出す。
祈月「……帰ろっか、真人?」
真人「うーん、そーだね。
術師たちも、もうそんなに渋谷に残ってなさそうだし……」
ふたりは、そのまま構内を離れ、井の頭線方面の階段を下っていく。
地上へ降り,視界が開けたその時──
ドゴォォォ……ン…………
道路の向こうから反響する,鈍く響く破壊音。
石材を砕き、コンクリートを叩き割るような音。
“拳”で何かを叩き潰したような、
それでいて生々しい音の余韻。
そして次の瞬間──
ビリビリと肌に伝わる、強い呪力反応。
祈月の表情が一変した。眼差しが鋭く細まる。
「……いるね。手練の術師」
真人も、立ち止まって顔を上げる。
その口元には、ニヤリとした嗜虐的な笑みが浮かんでいた。
「……うん。これは──“来てる”ね」