乙骨は考えを巡らせていた。
(やはり、真人に致命傷を与えるには──“反転アウトプット”しかない)
しかし、安易な接近は命取りだ。
切断バリアを操る祈月がいる限り、その一手は“読まれる”。
ならば。
乙骨「……爆ぜろ」
呪言。標的は祈月。
祈月は既に対策として、
耳から脳にかけて呪力で防御を施していた。
だが──祈月の肉体は元来、打たれ弱い。
自分でもそれを自覚していたからこそ、
これまで回避を重視した戦法を貫いてきた。
結果、呪力による“ダメージ耐性”の経験値は、
——-圧倒的に乏しい。
次の瞬間──
ブシャアァッ!!!
祈月の全身から、鮮やかな血が吹き出す。
爆発はしなかった。
だが、皮膚が裂け、血管が弾け、全身が鮮血に染まる。
祈月「あっ……」
刹那、意識が遠のきかける。
ふらり、と膝をつく。
真人「っっ!!」
その様子を見た瞬間、真人の中に“確信”が走る。
(……ダメだ。呪言対策、本人の防御だけじゃ足りない)
(無為転変で、耳と脳そのものの構造を弄らなきゃ──)
真人は即座に判断し、
乙骨から視線を逸らし祈月の元へと走り出す──
だが、その動きは、乙骨の狙い通り。
乙骨「──そこだ!!」
次の瞬間、乙骨はすでに真人の至近に迫っていた。
真人「っ!!」
反射的に構える。
互いの掌が、同時に相手の肉体に触れた──
乙骨「反転術式!!」
真人「無為転変!!」
ビキビキビキッッッ!!
正のエネルギー注入。魂破壊。
呪力の正反が、魂の芯から互いを焼き裂いた。
音もなく、互いの肉体が,魂が,軋む。
ドシュッ……!!
乙骨の腹部から血が吹き出す。
真人の胸も、内側から裂けたように血が滲み、膝をついた。
二人の体勢が、同時に大きく崩れる。
その衝撃が、領域全体に波及した。
──ギギギギギィィ……!!
拮抗していた二つの領域、《真雁相愛》と《自閉円頓裹》が、
互いに軋みを上げて揺らぎ始める。
そして。
巨影が迫る。
リカ。
祈月に向かって、牙を剥き出しにして突進。
祈月「く……ッ!!」
視界が揺れる中、それでも即座に切断バリアを張る。
“予測”は間に合わなかった。
だが、“牽制”だけは──間に合った。
ビィィィン——!!
リカ「……ッ」
眼前に切断バリアが出現し,リカは寸前で静止。
リカの切断には至らなかったが,
祈月への接近を阻むことには成功。
一方——乙骨と真人。
両者大ダメージでふらつきながら,
先に踏み込んだのは——乙骨だった。
乙骨「ハァ……ハァ……」
血を滴らせながら、乙骨はふらつく足で立ち直る。
そのまま、なおも真人めがけて刀を振り上げ──
ズバァアァッ!!!
渾身の一撃。刀身が呪力で唸り、
衝撃波を纏って空間ごと斬り裂く。
真人「……っ!」
同じく血を流しながら,
真人は回避行動をとるが——僅かに反応が遅れる。
身体が浅く切り裂かれ,巻き起こる衝撃波を浴び、
体勢を崩す——
しかし,ギリギリで後方へ飛ぶ。
向かう先は──祈月。
全身を血に濡らした祈月が力なく首を傾けると同時に,
真人の掌が触れる。
真人「──無為転変!!」
不快な音とともに、祈月の耳と脳の構造が変質する。
呪言対策に最適な形へと。
同時に、乙骨の呪言によって裂かれた皮膚と筋肉も、
鮮やかに治癒。
祈月の意識が,急速にクリアに戻る。
真人自身,反転アウトプットを喰らって満身創痍なのに,
祈月の治癒を優先した理由。
——それは,"情"ではない。
——この状況における,"切り札"を切るため——
真人「ハァッ……領域,交代ね」
祈月「了解。回復に専念して」
即答。
互いに迷いはない。
祈月「領域展開──《夢幻桃源郷》」
キィイイイイイィン……ッ!!!
空間の大半が,急速に塗り変わる。
静かで、冷たい呪力が空間に満ちる。
祈月の領域が展開されたのと、ほぼ同時。
真人の《自閉円頓裹》──解除。
乙骨(っ……!? 領域が──!)
刹那、視界が大きく色を変える。
祈月の領域と乙骨の領域、
《夢幻桃源郷》と《真雁相愛》が、
空間の覇権を巡って激突する。
──ギギギギギギィィィィィン!!!
二つの領域が、互いの外郭を侵食し合う。
再び押し合いが発生し,
互いの必中命令が打ち消し合う。
しかし。
劣勢は、明らか。
夢幻桃源郷が,真雁相愛を飲み込み始める。
乙骨(……っっ!! あいつも、領域使えたのか…!)
衝撃が、脳髄を揺らす。
──祈月は、《無為転変》で全身を修復され、
呪言への対策も完成されている。
──乙骨は、《無為転変》を二度喰らい、
身体の奥から魂が削れている。
真人の手によって,癒された魂と,削られた魂。
その差が,互いの操る領域にも如実に現れていた。
いま、乙骨は不利だった。
そして何より。
《リカ》との接続時間。
──残り、2分を切っている。
これがタイムリミットになれば,術式は使えなくなる。
そうすれば——領域展開,《真雁相愛》も強制解除となる。
乙骨(あと2分弱……この状況で、新たな領域相手に……)