そして、渋谷での激闘を終え、
祈月と真人は静かに拠点へと帰還した。
現在、時刻は──
2018年11月8日、17時過ぎ。
拠点を出たのはまだ朝のうちだったが、
帰ってきた頃には、
すっかり夕方の気配が山の斜面に漂っていた。
二人が住み着いていたのは、
山奥の天然温泉近くにぽつんと建つ、
小さな木造の小屋だった。
もともとは管理人がいたようだが、
祈月と真人が来てからその姿を見る者はいない。
真人「あははっ! ただいま〜!」
テンションの抜けない声とともに、
真人は服を乱雑に脱ぎ捨てると、
湯けむり漂う温泉へと飛び込む。
バシャァン──!!
濡れた髪が宙を舞い、湯が派手に飛び散る。
真人「いやー、まさか特級術師飛んでくるとは思わなかったよねー!」
湯船の中でのびのびと両腕を広げながら、
真人は飄々とした声で続ける。
真人「てかアイツ、"本来なら虎杖君の処刑人として来た”って言ってたけどさ。
五条悟封印されたせいで、
ガチ死刑になってんじゃん、虎杖。
“人を助ける”とか言っときながら、
その“人”に死ねって言われてんの、マジウケるんだけど?」
祈月も続いて服を脱ぎ、湯へと身を沈める。
呪霊恒例,羞恥ゼロの全裸混浴,再び。
湯気の奥、彼女は静かに息をつきながら答える。
祈月「……まあだってさ。宿儺の器が生かされてたのって、
五条悟の我儘だったんでしょ?
その五条悟がいなくなったら、そりゃそうなるよね〜」
祈月「てか…あの特級術師が来たとき、
本気でヤバいと思ったんだけど?
あたしの呪力感知、
マジで“ビーッ、ビーッ”って警報鳴ってたもん」
真人「だよねー。俺と君とで、
リレー形式で領域展開しても仕留め切れないとか、
バケモノじゃん?」
祈月「それ。夢幻桃源郷で勝ちだと思ったのに、
まさか自分の領域ごと巻き込んで
崩してくるとか思わなかった」
真人「しかも虎杖も仕留め損なったし……。
……まぁでも、いいや!」
そう言って真人はふと、ニヤッと唇の端を吊り上げる。
真人「祈月さ、脹相仕留めてくれたんでしょ?」
祈月は、肩まで湯に浸かりながら、目を細めて小さく頷く。
祈月「もちろん。ちゃんと真っ二つにしたよ」
真人はそれを聞くと、にいっと嗜虐的に笑った。
真人「ふふっ、楽しみだなぁ……。
俺に負けて、味方してた脹相も死んで──
次会った時、どんな顔してるんだろ…♪」
真人「ま、それより前に、死刑になってるかも……だけどさ☆」
そうして,ふたりは。
一時間ほど温泉に浸かり,身体を癒した後。
新しい服に着替え、湯上がりの余韻をまとったまま、
小屋へと戻っていた。
真人は、見慣れたハンモックに向かうと、
無防備に、全身の力を抜いてドサリと横になる。
真人「ふぁ……疲れたし、ねむ……」
そのまま、くしゃくしゃの髪を枕に押し潰しながら、
まるで安心しきった子どものように身体を沈める。
その横には、キャスター付きのふかふかの椅子。
祈月は、そこにちょこんと腰掛けた。
膝を揃え、真人の様子を静かに見つめる。
祈月「てか真人、反転アウトプット喰らってたよね?
アレ、大丈夫なの?
あたしだったら、まず即死なんだけど……」
温泉で見た時、真人の胸には──
まるで陶器に走るような、赤黒い亀裂が残っていた。
それは“魂”まで届いた、
正のエネルギーの一撃の爪痕。
真人「ん〜?
あぁ、まあ他の呪霊なら耐えられないだろうけどさ。
でも、俺は術式で魂を守ってるから。
1発くらい、へーきへーき」
涼しげな顔で,手をひらひらさせながら言う真人。
祈月「……それならいいけど」
そう呟いて、祈月はそっと手を伸ばす。
指先が真人の胸元に触れ、ひび割れの跡をなぞるように、
静かに撫でる。
真人「……ん〜〜」
真人はそれに気を良くしたのか、
嬉しそうに目を細めて──
祈月に、悪戯っぽく,ふっと笑いかけた。
真人「あ〜、じゃあさ、撫でてて。
その方が、早く治る気がする〜」
祈月「えぇ!? ……もう……」
口では抗議するような言葉を漏らすが、
祈月の手は一切止まらない。
むしろ、その動きはますます優しく、穏やかに。
一番愛しいものに,触れ続けるように。
真人「……ん…」
安心しきった表情で、真人の瞼が静かに閉じられる。
呼吸が整い、やがて小さな寝息が聞こえてきた。
すぅ……すぅ……
祈月「……うわっ、かわいい……♡」
その一言は、理性を通ることもなく、
祈月の口からぽろりと零れた。
表情が緩み,とろけ,思わず口に手を当てる。
祈月はそっと立ち上がり、近くの毛布を取り上げると、
真人の肩口にふわりと掛けた。
布の重みが、真人の寝息に合わせてゆっくりと上下する。
祈月「……おやすみ、真人」
小さく囁くように言って、
祈月は,真人の頭を,ポン,と撫でた。
特級呪霊ふたり。
月の呪いと人の呪いが,共に座す山小屋。
その中には、温もりだけが静かに灯っていた。