六月の少年院での邂逅から。
両面宿儺は,確信していた。
伏黒恵の、宿儺の“猛毒"への耐性。
並の人間なら、受肉の瞬間に即死する。
だが伏黒は違った。
“器”としての資質を宿儺に見せていた。
だが——
安易に伏黒へと移動すれば、
“器”ではなく、
虎杖のように"檻”になる可能性がある。
肉体の主導権を得られなければ意味がない。
ならば待つ。
──伏黒の魂が折れる瞬間を。
そのときなら、
主導権を奪い、肉体を乗っ取れる。
そして今——
その瞬間が、
完璧な形で整っていた。
偶然。
だが、それはまるで——精密に仕組まれた地獄の連携。
祈月が、真人吸収を阻止して羂索の計画を狂わせ。
真人が,祈月に命じて脹相を殺させ。
乙骨が,真人から虎杖を守りきり。
羂索が、計画変更のために津美紀を殺し。
──虎杖は、“兄”を喪い。
──伏黒は、“姉”を喪った。
そして今。
ふたりは,同じ空間にいた。
すべての地獄が,因果が。
完璧な軌道を描いて、宿儺のもとへと収束する。
禍々しい呪印が奔り,
魂が入れ替わった虎杖の肉体。
その口元が、ニヤリと笑った。
——-「契闊」
それは、その間誰も傷つけず殺さない"縛り"が
課された、宿儺に与えられた1分間の自由。
宿儺「ケヒッ……さて、ここからだな」
宿儺は,
左手の小指に呪力と魂を集中させ——
ブチィッ!!
己の小指を、引きちぎった。
血が迸る。
だが、宿儺はそれすらも嘲笑うように、
高らかに笑い声を上げた。
宿儺「つくづく!!愚かな小僧だ……!!」
「“誰も傷つけない”という縛りに……
自分自身を入れていない!!」
伏黒「……っ!!」
伏黒は,なぜ宿儺が出てこられたのか分からない。
"契闊"の縛りは,
宿儺以外,誰も把握していない。
状況に混乱する。
それでも,震える手で構えを取る。
伏黒「布瑠部由良由良……!」
魔虚羅。
自らの犠牲を前提に,
宿儺ごと調伏の儀に巻き込み、
最悪の事態を止める——
そのつもりだった。
ぐんっ!!
伏黒の右手が、力強く引かれる。
宿儺がその手を掴み、“掌印”を崩した。
伏黒が抵抗する間もなく、
宿儺は、がしっと伏黒の顔を掴み、
引きちぎった小指を、そのまま——
「ゴクン」
——飲ませた。
ド ク ン ……
魂が、落ちる音。
宿儺は、虎杖の身体から出ていく。
そして、次の瞬間——
伏黒の身体が、ピクリと動く。
口元が、歪んだ笑みを形作る。
宿儺「……言ったろう?」
「面白いものが、見れると……——小僧」
その目に浮かぶのは、
血のように濁った、嗤いの色。
その宿儺の言葉に、虎杖は、絶句した。
虎杖「……伏黒……??」
目の前にいるのは、確かに伏黒の姿。
だが、その顔には,禍々しい呪印が浮かび。
表情は,伏黒のそれではない。
そして、何よりその声が——宿儺だった。
虎杖(……なんで、今、宿儺に主導権を奪われた……?
いや、それより、なんで宿儺が,伏黒に——-)
理由が分からない。
「契闊」の縛り——
それ自体の記憶が、
虎杖の中から抜け落ちているからだ。
脳が追いつかない。
体が動かない。
虎杖の中で、理解と混乱がせめぎ合う。
その隙を見逃す宿儺ではなかった。
宿儺「——解」
刹那、宿儺が虎杖に向けて斬撃を解き放つ。
それは、憂さ晴らし。
宿儺の指を勝手に取り込んでおいて,
全く肉体の主導権を渡さずにいた、
忌々しい"檻"——虎杖への。
つまらない"器"の分際で、
不届にも"王"たる自分を抑え込み続けた思い上がり。
それを、命を持って償わせるつもりだった。
ズバァアッ!!!
赤い閃光が閃き、虎杖の胴を斜めに裂く。
しかし——致命傷ではなかった。
血を吐き、後退しながらも、虎杖は踏みとどまった。
宿儺「……なぜだ? 硬い……?」
──宿儺の目が細められる。
斬撃の手応えが、明らかに鈍い。
力を抜いたつもりはない。呪力も通している。
にも関わらず——虎杖を,両断できない。
虎杖「宿儺ァァァァ!!」
雄叫びと共に、虎杖が殴りかかる。
——渋谷での大量虐殺への怒り。
──伏黒を奪われた怒り。
拳に込められた呪力が、宿儺へと迫る。
バヅン!! バヅンッ!!!
宿儺は、躱しつつ斬撃を重ねる。
しかし、どれも浅い。
手応えが足りない。
虎杖の肉体が強靭になったわけではない。
宿儺自身の呪力が、確実に鈍っている。
──否。
「誰か」が、抑え込んでいる。
宿儺「……伏黒恵め」
呟く宿儺の声には、嘲笑と微かな賞賛が混じっていた。
そして,
眼前で血を流し、なおも立ち上がる虎杖に、
宿儺はゆっくりと向き直る。
虎杖は理解していなかったが、
宿儺ははっきりと感じていた。
まだ伏黒恵の“意志”が残っている。
完全に支配したつもりだった。
魂が折れたと思っていた。
だが、それでも。
この男の魂は、簡単には諦めない。
伏黒の魂は,肉体の主導権を奪われながらも,
なお,宿儺に抗い続けていた。