祈月と真人は,現状を探るべく。
宿儺の呪力が,最初に発生した地点——
即ち,《伏魔御廚子》が展開された地点へと移動した。
そこに広がるのは、ぽっかりと空いたような焦土。
まるで、
地図の一部を破り取ったような光景。
真人「うわ,マジで渋谷と同じじゃん……」
苦笑する真人。
だが、その声には、軽薄な調子とは裏腹の緊張が潜む。
真人「……でも、今回は、出てきただけじゃない」
渋谷事変でも宿儺は顕現し,
《伏魔御廚子》は展開された。
それは,
虎杖悠仁が11本もの宿儺の指を一気に飲まされたため。
虎杖の肉体の適応が追いつかず,
宿儺に短時間のみ,
肉体の主導権が移動したためだ。
だが,それはあくまで一時的なものだった。
今は違う。
いつまでたっても,宿儺の呪力反応が消えない。
それは,即ち。
真人「———完全復活したな,宿儺」
祈月「———っっっ!!」
呪いの王の,完全復活。
その事実に思わず、祈月の呼吸が詰まる。
しかも。
遺体すらない死者たちの呪力残滓が
空気中に,消えゆく薄い霧のように混ざる中——
《伏魔御厨子》の中心地となっていた場所。
そこに僅かに,だが他のものよりも色濃く残る,
呪力の残滓——
祈月「……ここで、死んでる」
「宿儺の器と……あの特級術師」
真人「は??虎杖死んだの??」
思わず、素っ頓狂な声を上げる真人。
真人「でも今、宿儺は生きてるよなぁ……?
ってことは──
あいつ、別の肉体に乗り換えたってコト?」
宿儺が誰の肉体に乗り移ったのか,
そもそも,どうやって虎杖から出て行ったのか—-
これに関しては,見当もつかない。
でも。
虎杖悠仁と,両面宿儺。
肉体を共有していたはずのふたり。
なのに,器が死に、王だけが生き残っている。
その事実は——そうとしか考えられない。
に,してもだ。
真人「……あ〜〜〜、虎杖さ〜……」
「“俺のこと殺す”って言ってたくせに、
結局、俺に負けてさぁ。
で、特級術師に助けられたと思ったらよ?」
「宿儺に出ていかれて、
その特級と一緒に殺されてんじゃん!!」
──プッ。
真人が噴き出す。
真人「……マジ、ダッッッサ!!!」
腹を抱え、笑いが止まらない。
真人「結局、誰も救えず,
“器”の役目すら終えられず、死ぬってさ……
虎杖って、ホント、何も残んないヤツだなぁ♡」
笑いすぎて,真人の目尻に涙が滲む。
一方,祈月は。
それを肯定も否定もせず。
ただ,"宿儺の復活"という事実を——噛み締めていた。
爆笑こそだんだん落ち着いてきたものの,
真人の肩はまだ小刻みに震えていた。
喉の奥に笑いの余韻が残る。
だが、ここで。
呪力感知を続けていた祈月が,
冷静に口を開いた。
祈月「…真人。器が宿儺を抑えきれなかったのは悲報だけど,
それよりも……」
「…宿儺の呪力、さっきより強くなってる……
いや、違う。これは……“誰かといる”」
真人「え?」
ようやく息を整えつつあった真人の顔に、
再び分析の色が戻る。
真人「つまり、宿儺……仲間と合流した?」
一拍の思案。
そして、思考の火がついた真人は、
いたずらっ子のように口角を上げた。
真人「じゃあさ……近づいてみる? 宿儺のいる方向。
もうちょい探れそうじゃん?」
祈月「近づく!?………それは……」
思わず声が上ずる祈月。
宿儺の呪力に怖気付いており,二の足を踏む。
だが、そんな祈月に対し,真人は一切の不安も見せない。
むしろ、まるでゲームでもするかのような調子で言い放つ。
真人「こっちの呪力を抑えて近づけば、気づかれにくい。
もしバレて、向こうが動いたら……
すぐ逃げればいい。だろ??」
真人「今のまま、何も知らない方が……逆に、危険だよ」
──その言葉に、祈月は口を閉じた。
数秒の逡巡。そして、微かに頷く。
祈月「……じゃあ、行けるところまで」
真人「YES☆」
互いに呪力を絞りに絞って、
存在感を極限まで落とす。
そして──宿儺の呪力の方向へ,
ふたりは足を進め始めた。
山深い木々に覆われた山道。
やがて視界がわずかに開け,
奥に一軒の屋敷が姿を現す。
屋敷自体をギリギリ目視できる距離。
中の様子は見えないが,
呪力感知はできる。十分だ。
真人「……あれが宿儺たちの拠点か」
祈月「……っ。やっぱり、宿儺以外にもいる……
合計3人……ひとりは宿儺。
あとふたりは……この呪力……」
祈月の顔色が変わる。
祈月「え,まって。これ……」
真人「うわ……この呪力、“夏油”じゃん。
アイツ,今度は宿儺とつるんでんの?」
祈月「あの,袈裟のヤツ…」
だが、その時──
ビシリと、空気が張り詰める感覚。
羂索の従属呪霊の一体が,接近してくる。
それを,祈月は素早く感知した。
祈月「……っっ!!気づかれた!!
逃げるよ、真人!!」
真人「まじ!?この距離で!?……OK〜!!」
──ズッ。
ふたりの足が、枯葉を一蹴して宙を蹴る。
その従属呪霊が,ふたりを目視する前に。
祈月と真人は、風のようにその場から走り去った。
羂索「おや、逃げ足が速いな」
羂索はそう言い,口元に笑みを浮かべ、軽く指を弾く。
呼び戻されたのは、先ほど外を巡回していた従属呪霊。
裏梅が眉をひそめ、気配の変化を察する。
裏梅「どうかしたのか?」
羂索は、呑気なようで、どこか楽しげに続けた。
羂索「いや、こちらに近づいてくる者がいたんだけどね。
私と視覚を共有していた呪霊で、
誰か確認しようとしたら……
感づかれて逃げられてしまったよ」
ワインを揺らしながら言うその声音は、
淡々と、だが,僅かな愉悦をはらんでいた。
羂索「……あの微弱な呪力にして、この反応速度。
おそらく手練れだね。呪力を極力抑えて接近していた」
その言葉を聞いて、裏梅の表情が変わる。
青筋がこめかみに浮かび上がった。
裏梅「何!? まさか侵入か、暗殺狙いの輩か!?」
羂索「さあ、どうなんだろうね?」
気だるげなようで、わざと裏梅を煽るような態度の羂索。
裏梅「おい羂索、追えないのか!?」
苛立ちを隠さず声を荒げる裏梅に対し、
羂索は肩をすくめた。
羂索「まあ、逃げた方向くらいならわからないこともないけど?」
裏梅「ならば私が──」
今にも飛び出さんとする裏梅。
宿儺「よい、裏梅」
重く、低く。だが絶対的な響きで、
座したままの宿儺がその場を制した。
宿儺「コソコソと嗅ぎ回るだけの虫ケラなど、
いつの時代もいる」
「俺が"相手"と見るのは,俺に挑んでくるものだけだ。
気づかれたと見るや,即座に逃げ出す小心者など。
どうでもいい。」
「来るなら潰す。それだけだ」
裏梅「……承知いたしました、宿儺様」
静かに跪き、一礼する裏梅。
その身は即応戦闘態勢にありながら、
主の命には絶対服従。
その後、静寂が戻る。
座卓の上の料理は、
すでに綺麗さっぱりと平らげられていた。
宿儺は席を立ち、食事の終わりを告げる。
裏梅は,皿を一つずつ丁寧に下げ。
厨房に戻り,洗い物や後片付けに入っていた。
主人,従者、その悪友の。
千年ぶりの晩餐(ディナータイム)は、
こうして,静かに幕を閉じた。