2018年12月8日。
祈月と真人は、とある民家にいた。
そこは元々、一般人が住んでいた家だったが,
すでに住民は“処理”済み。
今はふたりだけの拠点だ。
以前の拠点は、天然温泉付きの小屋だった。
山奥で,空気も心地よく。
祈月のお気に入りで、
真人にとっても過ごしやすい場所だった。
しかし──
その快適な小屋は、羂索に場所を嗅ぎつけられてしまった。
羂索だけなら、ふたりがかりで勝てない相手ではない。
真人にとっては、裏切りの過去もある因縁の相手。
できれば殺しておきたいところだ。
だが──羂索の背後には、宿儺がいる。
あの“化け物”の名がちらつくだけで、事態は複雑になる。
もし羂索を殺せば、宿儺がどう動くか分からない。
祈月も真人も、それだけは避けたかった。
宿儺に目をつけられたら終わりだ。
だから、非常に不本意ながら──
あの温泉付きの快適な小屋を、捨てるしかなかった。
真人「はぁ……“夏油”だけなら
俺と祈月で殺せそうなのにさぁ、
なんでアイツのそばに、宿儺いるんだよ……」
真人はソファに仰向けで寝転がり、
天井を見上げて不満を漏らす。
片腕をダラリと下げ、指先を暇そうに宙で揺らした。
祈月「せっかくのハンモックも、
あのふかふかのキャスターチェアも,
全部置いてきちゃったしさ……」
「……もったいないよね」
祈月は、リンゴを丸かじりしながら返す。
カリッという音が、静かな部屋に響いた。
真人は眉をひそめながら、続けた。
真人「ていうかさ、術師界が壊滅したのはまあ良いとして……
宿儺が復活したってのに、
全然“呪いの時代”来ないじゃん?」
祈月「そりゃあ……」
リンゴをもうひと口かじってから、平然と答える祈月。
祈月「宿儺って、“呪いの王”とか言われてるけど──
結局、種族的には“人間”だもん。
呪霊のトップじゃなくて、人間の化け物。
そんなのが上に立っても、
呪霊が幅を効かせられるわけないよ」
真人は、むすっとした顔で視線を横にそらす。
真人「……“夏油”が言ってたんだよな。
五条悟を封印して、宿儺を復活させれば、
呪いの時代が来るって」
その声には、じわじわとにじむ怒気が混じっていた。
真人「今思えば、アイツ──嘘ついてたな。
宿儺が,呪いにとって有益になる存在じゃないって分かっててさ。
自分が宿儺の仲間だから,復活させたかっただけ」
「蓋開けたら、宿儺が全部持ってっちゃってんじゃん!」
そう言って,苦々しく歯噛みした。
祈月「まあ……あの袈裟のヤツは、
そういうヤツだったんだよ……」
祈月がぽつりと呟く。
どこか諦めを含んだような声色。
真人「そうなんだけどさぁ〜……!」
真人が声を張り、ゴロリと転がった。
ソファの背もたれから足をだらりと投げ出し、
苛立ちを隠さない。
真人「マジでさ、損しかしてないじゃん。
宿儺だけ気ままにのさばってさ〜。
あいつら全員、俺らの成果で得してるし」
祈月が、リンゴをかじる手を止めた。
祈月「じゃあ……これから、どうする?」
しばしの沈黙。
やがて──
真人「それなんだけどさ……」
肘で身体を支えて半身を起こす。
真人「なんかもう、この国、終わってね?」
ぽつりと投げられたその一言に、祈月は瞬きを一つ。
真人「こっちが何もしなくても、
勝手に連鎖的に崩れてんだよね〜、呪術界。
もうわざわざ壊しに行くの、逆に親切って感じ?」
「宿儺がいるせいで、“夏油”も殺せないし。
呪いの時代も来ないしさ」
祈月「え? じゃあ……海外、行っちゃう?」
祈月は、リンゴを両手で抱えたまま、
キラキラとした目で身を乗り出していた。
祈月「どうせ宿儺がいる以上、
日本で騒いでも潰されるだけでしょ?
だったらもう,別の国行っちゃおうよ」
真人がぴたりと動きを止め、目を細める。
真人「……ああ、それアリだわ……てか,それだ」
ソファに肘を突いてふたりで向き合う。
その顔に浮かんでいるのは、焦燥ではなく、興味。好奇心。
この国に未練など、一欠片もない。
真人はソファから跳ね起き、ぱちんと指を鳴らす。
真人「だったらさ,イタリア行こ!
本場のジェラートとかピザとかあんでしょ?
しかもさ、呪霊って見えないじゃん?
飛行機、タダ乗りできるし!」
祈月「空港の保安検査も、
セキュリティも全部すり抜けでしょ?最強じゃん」
ふたりは顔を見合わせて、ニッと笑った。
真人「ってことで、イタリア決定?」
祈月「決定♡」
即断実行。
荷物など何も持たず,民家を後にし,成田空港へ直行。
イタリア・ローマ行きの便を見つけ,
そのまま堂々と,空いている隣同士の座席に。
係員も警備も、誰一人として気づかない。
真人「これ、めっちゃ楽しいな……」
そう呟いた真人の顔には、
久しぶりに本当の笑みが浮かんでいた。
呪いの時代は来なかった。
宿儺の王国にいる意味はない。
術師の世界も、裏切りも、羂索も関係ない。
今のふたりにあるのは、ただ──
自由。
新たな“居場所”を探して。
新たな“生”を楽しむために。