エンジン音が微かに唸る、
成田発・ローマ行きのフライト。
その機内。
一般人の目には何も見えない。
けれど、実際にはそこに,ふたりの呪いが存在していた。
座席を2つぶん贅沢に占領して、
ぐで〜っと横たわる真人。
膝を立て、片腕は枕代わりに頭の下。
もう片方の手では、
改造人間のストックをぐにゃぐにゃに変形させて遊んでいた。
その表情は、まるで退屈しのぎの子供。
一方、祈月はというと。
反対側の窓側席のビジネスマンの膝の上に、
当たり前のように座っていた。
無論、気づかれることはない。
窓に頬をぴとっと当て、
空に浮かぶ雲をぼんやりと見つめる。
そして、ふと口を開いたのは祈月の方だった。
祈月「ねー真人〜。機内の人間、弄らないでよ〜?
騒ぎ起こして緊急着陸とか面倒だからさ〜」
その声に、
真人は改造人間をバチィッと輪ゴムみたいに引っ張ったあと、
片手をひらひらさせて応える。
真人「わかってるわかってる。
ローマ着いてからにするから、大丈夫だって〜」
祈月「ほんとにぃ?」
疑いのまなざしを送りつつも、すぐにくすりと笑い。
祈月は、真人の方へと歩み寄る。
祈月「……って、ちょっと!
そこ、あたしの席なんだけど!!」
真人「え〜? 君、さっきからそっち行ってたし,
別にいーじゃん?」
祈月「もー!」
その声とともに、祈月は真人の腹に遠慮なく座り。
そのまま,真人の胸元まで流れる灰青色のおさげに
すっと指を通し。
祈月「ふわぁぁ...やっぱもふもふ..........♡」
とろける声で真人の髪を持ち上げ、
自分の口元に押し当てる祈月。
真人「ええ!?ちょっとぉーー??」
戸惑いの声をあげる真人。
が——
真人「……逃げよっ⭐︎」
唐突にふふっと笑った次の瞬間。
真人の体が、ぽんっと小さく縮み,
祈月の下からするっと抜け出し。
ぴゅーーーんっ!!
座席の下をダッシュで駆け出す。
祈月「ちょ、待て真人~~~!!!」
声を上げて飛び出す祈月。
一方、子供サイズの真人は、
前列と後列の隙間をぴょこぴょこと器用に抜けていく。
CA(客室乗務員)の足元をすり抜け、
赤ちゃんを抱いた母親の膝の下をくぐり抜け、
座席をぴょんぴょん飛び越え,
エコノミーの狭い通路を駆け抜けて。
——誰にも気づかれず,
——誰にも止められず。
祈月「絶っっ対に捕まえるからね~~!!」
真人「できるもんならどーぞ〜〜♪」
呪いふたりの、
上空一万メートルの鬼ごっこが開催されていた。
小型化した真人は、その小さな体を活かし。
座席の下、手荷物の隙間と,次々に滑り込み。
祈月の追跡を翻弄する。
真人「ほらほら〜!全然捕まらないよ〜?」
祈月「うぅ……っ!」
悔しげな声。
しかし、祈月の目がきゅっと細まる。
作戦変更!
真人が通路へと飛び出した瞬間に,
羽織をばさっと空中に投げる!
真人「っ!?」
突如,視界を覆う羽織。
真人の動きが、ふっと止まる。
その隙を逃さず——
祈月「捕まえたっ!!」
背後から、祈月が小さな真人の体をがしっと掴む!
そのまま、両手で抱き上げ捕獲成功!
真人「うわっ…君、羽織使うとかガチじゃん…」
苦笑しつつも、少しだけ息を切らす真人。
だが祈月,それどころではない様子で──
祈月「あはっ……このサイズ感、新鮮…♡」
衝動のままに。
真人のポンチョの下へ、そっと手を差し入れ,
祈月の指が、直接その腹に触れる。
こちょ。
真人「!?!?!?」
くすぐったさに反応して、
真人の小さな身体がビクリと跳ねる。
祈月はその柔らかさに、目を見開く。
祈月「え??いつもは腹筋バキバキなのに……
今はむにむにしてる…どうなってるの…??」
困惑と興味がないまぜになった声。
指は止まらない。
真人を抱えたまま,
その腹を,くすぐるように這い回る。
真人「あっははっ!?…ちょ,待っ…!?無理無理ぃっ!!」
声が上ずり,思わず身体が反る。
だが——
真人「っっ!」
ぼふんっ!
元の大人サイズに。
祈月「あ」
次の瞬間。
真人が身をひるがえし——
ぎゅっ。
祈月を、正面から抱きしめる形で押さえ込む。
真人「はい,確保♡」
真人185cm。
祈月154cm。
圧倒的な体格差。
こうなれば,祈月は何もできない。
祈月「え,ちょ,真人──」
返事はない。
代わりに、真人の指が,祈月のうなじに伸び——
こちょ。
祈月「……っっ?!!」
体がびくんと反応し、肩が跳ねる。
真人の口元に、いたずらな笑みが浮かぶ。
真人「ははっ…可愛いな,君」
そのまま耳元に口を寄せ、言い放つ。
真人「君,放しとくと,すぐちょろちょろ動くからさぁ…
このまま,抱き枕にしよっか♡」
祈月「!?!?!?」
完全に理性が吹き飛ぶ一歩手前。
だがその瞬間。
祈月「あ……もふ♡……幸せ……」
抱きしめられている位置。
そこにある、灰青色のおさげに、顔をうずめる。
もふ。
真人「……いや,ブレないな君!?」
祈月以外,誰にも聞こえないツッコミが。
機内に虚しく木霊していた。