落ちぶれた元・幻術女王,特級仮想怨霊・九尾の狐 作:祈月4777
薄曇りの夕暮れ。
廃ビルの屋上に、ひとりの若い術師。
この日の彼の任務は,低級呪霊を祓うだけの簡単なもの。
彼は油断していた。
九狐はすでに、この術師を遠方からロックオンし,
こっそりと接近,音もなく背後に立っていた。
幻術発動。術師の視覚から、完全に自身を消し去る。
尻尾が、空気のように、音もなくうねる。
もふっ
最初の接触音は、まるでぬいぐるみ。
「んっ……?」
「な、なんだ?」
気づいた時にはもう遅い。
尻尾7本が術師の四肢・胴体へと絡みついた。
そして,残り2本がしゅるんと首に絡みつく。
迅速に,確実に。
"見えない”何かが、喉を締め上げてくる。
全身を拘束されて動けない。首を絞められて,声も出せない。
それは現実の死だった。
九狐は、その術師のすぐ背後。
赤く光る瞳で,じっと彼の苦しむ様を見ていた。
(……見えるわけがない。私の姿は、お前には見せていないのだから)
かろうじて拘束されていない指が虚しく暴れる。
次の瞬間──術師は白目を剥き,全身の筋肉が弛緩,
完全に脱力した。
尻尾がしゅるりとほどかれる。
ドサリ、と術師の身体——亡骸が崩れ落ちた。
九狐は、その場からすっと姿を消した。
あの日の惨敗からの再起達成。初の白星。
「見たか人間ども…私は,終わっていない…!!」
それは,かつての誇りの片鱗を取り戻した歓喜だった。
次に目をつけた単独任務中の術師にもこの手口を使い,
九狐は,連続キルに成功。
今の九狐にとって,これは画期的な戦法だった。
——だが,現実はそう甘くない。
九狐が3人目のターゲットに選んだのは,金髪の術師。
これまでの2人より呪力が多めだが,
2連続成功により自信があった九狐は,
いけると踏んでいた。
だが。
九狐が幻術で自身の姿を消し,
背後へと忍び寄った瞬間。
金髪の術師は素早く,背後に手持ちの呪具を振るった。
そう——今の九狐の幻術で消せるのはあくまで"姿"だけ,
手練の術師には,呪力感知により,接近がバレる。
しかしその術師から九狐は見えていないため,
呪具の一閃は九狐から50センチ右にズレた。
九狐は奇襲失敗により即撤退。
なんとか無傷でやり過ごせた。
だが。九狐は撤退後,
早くも直面したこの戦法の限界に歯噛みした。
一度に幻術を見せられるのが1人である以上,
1人きりの相手にしか刺さらない。
そして,手練には視覚のみの幻術は通用しない。
つまり,単独行動中の雑魚しか狩れないというわけだ。
復活しかけた"幻術女王"のプライドが,再び崩れた瞬間だった。