落ちぶれた元・幻術女王,特級仮想怨霊・九尾の狐 作:祈月4777
九狐は考えた。
今の肉体,幻術では、どれだけ戦法を工夫したところで、
所詮たかがしれている。
やはり、もう一度人々からの畏怖を獲得し、
かつての力を取り戻すしかない。
だが。
世の中に浸透した,九尾の狐への"萌え""マスコット"のイメージを完全に取り除き,
もう一度、かつての信仰の対象に戻すというのは
——-理想だが,現実的とはとても言えない。
ならば、狙うは。
最初から恐れる素地のある人間たち。
山深き谷間。
地図にすら載らぬ、名もなき限界集落。
かつて妖怪譚や神獣伝説が囁かれ,
その名残が色濃く残る,
平たく言うなら,時代遅れも甚だしい村。
老いた者たちの記憶の中にだけ、
なお“畏れ”が生きている場所。
九狐は、そこを選んだ。
「……ここなら、通じる」
少女の姿をした九狐が、集落の外れに降り立つ。
揺れる尻尾が、風に靡いた。
九狐は,毎晩、村の誰かひとりに近づき、幻術をかけた。
見せるのは──
かつての、自分の姿。
金色の毛並みを持つ巨大な九尾の狐。
「……ッ、あれは……まさか……!」
「見たんじゃ……九尾の狐を……!」
その姿を見た者たちは、口を揃えて語った。
「神を見た」「昔話は本当だった」と。
やがて村に噂が広まり、伝播し、拡散する。
──九狐の思惑どおりに。
そして数日後の夜。
九狐は、一家を丸ごと締め殺した。
尻尾を絡ませ、ゆっくりと、音もなく命を奪った。
村人が遺体を見つけるたびに,
1人ずつ,再び幻術をかけた。
九尾の狐が、静かに立っている──ように“見せた”。
村人たちは騒然となる。
“あれは神の怒りではないか”
“供物がなかったからではないか”
“罰だ、これは罰だ”
そしてその夜。
村の神石と呼ばれていた苔むした岩に、
九狐は言葉を刻んだ。
「我、この地を気に入りたり」
「年に一人、生贄を捧げよ」
「さすれば加護を与えん」
次の日。
村の長老たちは、岩を囲み、黙して祈った。
「……本当に、あの“九尾の神”が……」
「信じる他あるまい……この村には、かつてからそういう掟があった……」
──その日を境に。
この村における,九狐への畏怖が完成した。
九狐は、"取り戻した"。
それは限定的な力。
この村の中、半径およそ400メートル。
だが、その範囲内では、九狐は“完全な特級”だった。
幻術は全感覚対応に戻り、同時発動数もかつての水準へ。
呪力量も跳ね上がり、領域展開すら可能に。
──牙も、爪も、完全復活。
そして,数分間だけなら,かつての肉体
——金毛九尾狐に,戻ることができる。
九狐は、ここに。確かに甦りつつあった。