落ちぶれた元・幻術女王,特級仮想怨霊・九尾の狐 作:祈月4777
こうして九狐は。
同じ手段——幻術と恐怖の演出──を繰り返し,
自分を信仰・畏怖する村を、五つにまで増やしていた。
この五つの村の中だけであれば、
九狐は全盛期の力を行使できる。
もはや,村自体が九狐の領域。ホームグラウンド。
──だが。
やることが、ない。
村人は、九狐に畏敬の念を抱き、
定期的に「生贄」を捧げることで、
幻術女王の力の源となっている。
──つまり、この村人たちを殺すことは、今の自分の“心臓”を潰すに等しい。
だから、手は出せない。
しかも。
五つの村はいずれも、山奥の限界集落。
地図にも乗らぬような、旧世代の隔絶地。
誰も,わざわざこんな場所に来ない。
よって。
九狐が“完全体”になったところで、
戦う相手は一切存在しないのだった。
「…………ッ……くッ」
九狐は、草むらの中でひとり、尻尾を抱えて蹲る。
(戦えるのに……爪も牙も、ちゃんとあるのに……!)
ならば、戦う必要がないならないで──
このまま信仰拠点を広げていけばいいじゃないか。
九狐の力は、畏怖の呪いによって膨れ上がるのだから。
──だが、それも叶わない。
いくら時代遅れの村とはいえ、
今はスマホ一台で情報が拡散する時代。
一部の村人がネットに
「九尾の神が現れた」などと書き込めば,
どこかで術師の目にもとまる。
今はまだ、見逃されている。
「どうせ田舎の妄言だろう」と思われている。
だが。
勢力が広がりすぎると,
その異常性は、さすがに看過されなくなる。
そして──術師がやって来る。
それ自体は,完全体九狐なら,問題なく勝てる。
だが。派遣された術師が、死ぬ。
そして報告が届く。
その瞬間、
──“呪術界”が、九狐を「明確な脅威」として認識する。
そしてやってくるのは、“並の術師”ではない。
五条悟。
「討滅対象:特級呪霊 九狐」
その札が貼られた時点で、すべては終わりだ。
完全体九狐でも,五条悟には勝てない。
そしてなにより──逃げられない。
なぜなら。
九狐が完全体になれるのは、この村の中だけだから。
ここは,ホームグラウンドであり、
同時に牢獄でもある。
九狐は、夜の山中で、
しゅるり……と尻尾を巻いて、地面に座り込む。
「まだ、いける……村はあと三つ……いや、二つ……」
「七つまでなら、きっとバレない……はず……」
言いながら、瞳が揺れる。
確信など、ない。
だが進むしか、ない。
今の九狐がやっているのは、
術師のレーダーに引っかからないように、
信仰拠点を少しずつ拡げていく“呪霊版・戦国大名ごっこ”
戦うこともできず、勝つことも許されず,
死なないように戦を避ける──
それは,元・幻術女王のチキンレースだった。