ヒガンバナ   作:月ノ蛇

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1-1.ここから始まる物語

「──────どうした、後輩。そんなに泣いて」

 

月が真っ赤に染まる夜。地面に座り込む私の前に先輩は現れた。先輩の後方の廃ビルは轟音と共に崩れ落ち、先輩の戦いに決着がついたことが見てわかる。街の喧騒もだんだんと消え始め、この大規模な事件に終息の兆しが見える。恐らく先輩はこの事件の首謀者との戦いに勝った。それでも、それは先輩と敵の相打ちという形だ。敵は死に、先輩も次期に死ぬ。

あぁ、先輩のいつもきている草臥れたスーツはボロボロで、体のあらゆるところから血が滲んでいる。右腕と左脚は根本から無く、代わりに植物が埋めるように生えている。誰がどう見たって満身創痍だ。死ぬ、死んでしまう。

 

「だって、だって。先輩は、もう」

「あぁ、そうか。…わかるんだったな」

 

忘れてたよ、先輩は酷く優しい笑みを浮かべる。

その顔は血に塗れ、表情筋がすでに強張り始めていても私にはしっかりと分かった。

私の【異能】は人の死を見て、運び、司るもの。そのせいで目の前の先輩の命がもう燃え尽き始めていることが鮮明に理解してしまう。嫌だ、嫌だ!といくら叫んでも私の【異能】ではどうしようもない。大切な人がゆっくりと死んでいくのを見ているしかない。

 

「……煙草は良い」

「え」

 

先輩は胸ポケットから一箱の煙草を取り出して一本手に取る。ゆっくりと地面に腰掛け、木に寄りかかる。

 

「酒は良い。偶にギャンブルするのも良い。人生が豊かになる。いや、なった」

 

先輩はシュポッとオイルライターで煙草に火を付け、口に咥える。煙草から紫煙が燻る。赤く染まった夜に紫の煙が一筋上がった。

甘い、とても甘い煙草の匂い。先輩がよく吸うせいで私の服にまで染み込んでしまったこの匂い。いつもは好きなのに、どうしてか今だけは好きになれなかった。

 

「せん、ぱい」

「人生が変わる事はいつだって突然だ。お前が後輩になってから俺の人生は数多くの転機を迎えた」

 

空を見上げて先輩は息を吐く。空がもう白み始めている。宵に始まった事件もついに終息する。朝日が登ればまたいつもと変わらぬ明日が来るのだろう。誰もが事件を悼み、悲しむ。しかし、それでも誰もが未来に目を向けて歩き出す。私も、そうしたかった。

 

「生きろ、未来。生きて幸せになれ。…俺が言えるのはこれだけだ」

 

先輩の息が弱くなる。私の中に先輩の力が異能が特性が流れ込む感覚が強くなる。あぁ、死んでしまうんだと心の底から理解してしまう。

涙で視界が滲む。何度も何度も涙を拭っても涙が溢れ出る。

 

「だから、泣くなって」

「…だって。もっと先輩と一緒に仕事したかった。もっと、美味しいご飯食べたかった。先輩としてない事沢山あるのに…」

「ただの仕事の関係だろうに………」

 

はぁ…そうだな。

先輩の左手が私の頭に置かれる。ポンポンと頭を優しく撫でて先輩は言う。

 

「『────』俺と未来だけの合言葉だ。困ったら叫べ」

 

それは、その合言葉は。

 

 

 

 

桜が満開の季節を迎えた。暖かな気温の中、この私泡沫未来は人々の行き来の激しい街を歩いていた。

未来は異種族と人間のカップルやエルフの経営するドラッグストア、鬼人の働く工事現場を抜けある目的地へと向かう。途中、妖精の作るホットドック屋に目移りしそうになったが、グッと堪えて1つ買って食べながら歩く。

 

 

 

 

私は一つの建物の前に立つ。二階建ての建物で一階は喫茶店、二階は探偵事務所。先輩とよく来ていて顔馴染みとも言えるお店だが、今日は少し違った理由でここに来ている。そう、就職活動である。

 

「いけるいける。先輩が贔屓にしていたお店だから。大丈夫」

 

深呼吸を2回大きくして、ホルスターに仕舞った銃を撫でる。少しだけ気持ちも落ち着いたので私は喫茶店の扉に手をかける。

 

「よし!お邪魔します!!!」

 

カランカラン、カフェの扉が大きく開け放たれる。中では老年の男性がキュッキュッとコップを拭いていた。

 

「申し込みしていた泡沫未来です。これ、履歴書です」

「そんなに畏まらなくてもいいさ。顔見知りに畏まられてもむず痒い」

「えっ、でも、就職活動だし、畏まった方が……」

「安心して。あ、コーヒー飲む?」

「はい!!ありがとうございます!鎬さん」

 

和服を着こなした老紳士は未来をカウンターの席に座らせる。彼はこのカフェのマスターである太刀川鎬。彼はマスターであると同時に二階の探偵事務所の所長もしている。未来は今回、探偵事務所へ就職するために来ていた。

 

「そういえば、警察は辞めたのか?」

「あ、はい。去年キッパリとやめてきました」

「躑躅くんも殉職しちゃったし、あそこやっぱり殉職率高いねぇ」

「そうですね。同期なんて半分殉職してもう半分は心壊して辞めちゃって」

 

仲良くなった新人さんもすぐにいなくなっちゃって。私は少し過去に思いを巡らせる。先輩とバディを組んだのも殉職率を下げる目的だったはず。それでも他のバディはすぐいなくなってたけど。でももう警察は辞めた。あんな殉職率の高い職場よりもここの方が全然いいのだ。

 

「ですので!ここで働かせてください!!」

「いいよ」

「雑用でもなんでも…って良いんですか!?」

「人となりは知っておるし、如何せんこっちも人手不足なんだ。未来くんなら即戦力さ」

「ありがとうございます!!あ、おかわりください!!」

「はいはい」

 

私はこのあと2杯ほどコーヒーをおかわりをしてから、二階の事務所へと向かった。美味しいのが悪い。

 

 

 

 

探偵事務所《エンシス》。それはこの国でも重要な《特殊経営事務所》として武装の許可を受けている事務所でもある。《特定経営事務所》とは、厳しい試験の元、国に認可を受けた企業が持つことが許される許可証。本来、緊急時においてのみ行使可能な異能、刀剣等の暴力行為を、普段の業務においても行使することができるというもの。国は異能持ちによる凶悪事件に対抗すべく用意したものである。

 

入口の扉には木でできた『探偵事務所 エンシス』という看板が掲げられており、その下には張り紙で『所長は1階の喫茶フェリクスにいるのでそちらにどうぞ』と書かれている。これのとおり所長は殆ど喫茶にいるため、依頼者は1階の喫茶店で所長に依頼をする。それゆえに、喫茶には依頼者の話を聞くための個室までもが作られていた。所員もそれを許容し、探偵事務所の業務と同様に喫茶店でのバイトもしている。

 

「お邪魔しまーす!!」

「あら、いらっしゃい。久しぶりねぇ」

「アリスさん!!」

「あらあら」

「いやぁ、いつも思うんですけど大っきいっすね!!」

「はぁ、君が来るといつも騒がしくなるね」

 

私はアリスさんという妙齢の女性に抱きつく。何処がとは言わないけどデカい。圧倒的な母性で私を包み込んでくれる。これで2000歳はありえないだろう。エルフって昔の創作の中と同じで2000歳でも人間換算で20歳程度なんだって。私に嫌味を言った眼鏡の青年は神織雷羅という。本当は優しくてツンデレ気質なのを私は知っている。

 

「ふっふっふ!!私こそがここのムードメーカーっすから!!」

「はいはい。…あ、所長。2人から連絡が来ました」

「うむ。それでは、未来くん。早速じゃが、仕事だ。依頼内容は麻薬カルテルの殲滅、そしてカルテルに拉致られた被害者の救出。被害者が生きていればカルテルがどうなっても良いそうだ」

「え、麻薬、カルテル?」

「いやぁ、依頼が来た時は驚いたわい。この日本に麻薬カルテルなんてものがあるなんて、創作の世界かと思ったわ」

「そうですよね!?」

「ま、実在するんだけどね。これ、カルテルの場所と内部構造」

 

雷羅さんが数枚のコピー用紙の束を私に手渡す。彼は面倒見が良く乱雑に渡されたコピー用紙もわかりやすく内容が纏まっている。内容こそカルテルの所属人物から建造物の位置、内部構造だが、過去数十年にわたっての情報が事細かに書かれていた。へぇ、元々極道だったが数年前にドライアドを捕まえたことを契機に麻薬カルテルになったのか。潰さなきゃ。

 

「元極道なのに、トップは女性なんですね」

「ん…ああ。調べたところカルテルになる際にトップが変わったんだ」

「はえ〜。山の地下にこんなに広い建造物を作れるなんて凄いっすね!!」

「そういう【異能持ち】がいるんだろ。異能は当人であっても詳細がわかんないこともあるせいで殆ど調べがつかないんだよ」

「あらあら。【異能】じゃなくても作れるわよ。【魔術】とか【魔法】とかでね」

「まぁ、そういうことだ」

「さ。準備はその辺にしておこうか」

 

鎬さんの一声で場の雰囲気は変化する。

 

「さて、武器を持って行こうか。未来くんは武器はあるのかな?」

「あります。拳銃と…これです」

 

私は虚空に手を伸ばす。開かれた手に一つの武器の感触が現れる。鎌。私の体躯ほどの大きさで黒く無骨な装飾が施されている。こう言った武器生成は異能特有のものであり、壊れてもすぐに新しいものを生み出せるため今でもメインウェポンとなっている。

 

「具現型か。いいね。武器はこれだけ?」

「あと拳銃もあります」

「わかった。それじゃあ、みんな武器は持ったかな?」

 

鎬さんがそう尋ねると私含むこの場の全員が自身の獲物を手に持ち自分の前に出す。

私は鎌、鎬さんは日本刀、雷羅さんはメカメカしい籠手、アリスさんは杖。それぞれ異なった武器を持ち、私たちは麻薬アルテルの本拠地へと向かう。

 

 

 

「きつい……!!!」

「ほらほら、もっと頑張りな。最年少だろ?」

「うー!!雷羅パイセンとは2年しか違いませんー!!ていうかこちとら女性だぞ!!」

「はぁ。そんなに騒ぐ元気があるなら山頂まで行けるだろう?というか、所長とアリスさんはもう行ってるぞ」

「あの2人がおかしいだけじゃないですか!!なんであんなにスラスラ歩けるんすか!?60代と2000歳ですよね!?」

 

私は今、山を登っている。麻薬カルテルの本拠地が山の中なだけあってそこに辿り着くためなのだが、山登り以外に手段はあったんんじゃないか?この山は私有地なだけあって遊歩道などなく、道なき道を山頂目指して歩くしかないのだ。率直に言ってきつい。だというのに、どうして私の数倍数十倍も年上の2人がスイスイ山を登れるのか不思議で仕方がない。鎬さんもアリスさんも私たちが先行してくるから2人はゆっくり来てね、だなんて言って先に行ってしまった。

 

「くっ、勝てるのは若さと体力くらいだと思ってたのに…!!」

「2000歳なのに20代あたりの容貌のアリスさんがいる時点で勝てるわけないだろ」

「それでもぉ!!」

「さっさと登れ。日が暮れちまうぞ」

「ぬおー!!!」

 

1時間後。漸く山頂付近の集合地点へと辿り着いた。

 

「ふぃーー、疲れた!!一服しよ」

「待てや!何当たり前のように煙草出した?これから敵拠点に侵入するってのに何匂い付けてんだよ。バカじゃねぇの!?」

「バカじゃないですけど!?私これでも警察のエリートでしたけど!?」

「その部署、ただの厄介払いのところだろ」

「うっ!!…それでも!!!警察になれるくらいは優秀でしたしー!!!」

「君たち、それくらいにしなさい。さて、突入準備と行こうか」

「そういえば、残りの2人は何処ですか?ていうか、探偵事務所のメンバーって私除いて4人だった気がするんですけど」

「ああ、それはね」

 

鎬さんが私の背後を見たような気がする。それに合わせて後ろを見ようとすると誰かが体に触れる。

 

「やっ」

「ひやぁっ!?」

 

唐突に背後から肩に手を置かれた私は甲高い声を上げてしまった。

背後を振り向くとここにいる訳のない人物と、最後の探偵事務所メンバーの姿があった。

 

「なんでここにいるんですか!?篠宮梓忌!!」

「ふっ、簡単なことだよ。この爺さんに賭けで負けたのさ」

「クソギャンブラーが!!」

「失敬だな。僕だって基本的にはしないさ。今回はたまたま喫茶店の代金がなくてその結果だよ」

 

肩まで伸ばした銀髪を後ろで三つ編みに結い、普段から警察らしからぬ中華マフィアのようなチャイナ服にダボっとしたズボン。そして、チャイナ服の上からジャケットを着崩しているこの男。警察でありながら何処に所属しているかも普段何をしているかもわからない存在であり、とある理由から不本意ながら関わりを持ってしまった人物。名前を篠宮梓忌という。噂では異能課というところに所属しているそうだが、知っている限りそんなものはない。

 

「はぁ、なんで警察辞めたのにこんな奴と会わなきゃいけないんですか。さらに煙草が恋しくなりましたよ」

「あ、それ僕と同じ銘柄じゃん。良いよね、甘くて」

「げっ、まじですか。ていうか先輩と一緒の銘柄なんでお前と同じじゃないです」

 

私が懐から取り出したウィンストンキャスターホワイトを見て梓忌がそう言う。まじかよ、一緒とか嫌なんだけど。そんな言葉を飲み込み、私は懐に戻す。匂いが残ると言われたら仕方がない。これじゃあ、酒も飲めない。あぁ、煙草が吸いてぇ。

 

「知り合いだったのなら丁度良いね」

「いや、鎬さんは知ってたでしょ?こいつベラベラ話すだろうし」

「改めて知り合いだって知れてよかったよ。では、美澄くん。あれから変化はあったか?」

「ないですね。式神を他の出入り口に飛ばしてましたが、どれも反応なしです。主力は未だに内部でしょう」

 

美澄と呼ばれた女性がそう答える。蘆屋真澄。彼女がこの探偵事務所最後の1人。私と同年代なため一番親しく、普段から連絡を取り合ってる彼女は、人とは少し異なった出立ちをしている。160cmほどの身長、美麗な容姿、そして純黒の長髪に狐耳。そして、腰部分から尻尾が生えている。現代でも珍しくない姿だ。【異能】に肉体が引っ張られた結果、その異能の源流である種族の特徴が体に出るというもの。彼女の場合、天狐と呼ばれる狐が源流なため狐耳と尻尾が生えている。

 

「そうか。では、全員準備はできたかな?」

 

鎬さんが最後の確認のためにこちらを振り返る。私を含む全員が獲物を構える。

今回の目的は麻薬カルテルから誘拐された人物の救出。それに伴いカルテルが壊滅しようが問題ない。改めて今回の仕事内容を反芻し、意識を切り替える。大丈夫だ。ちゃんとやれる。

 

「よし、では突入だ」

 

さて、仕事の開始だ。

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