アイ信者たちがゆく ~憑依したらお尋ね者だった件~ 作:ニノ推し
この物語もフィクションだった。
でも、まるで二次創作のようなことが起きてしまった。
憑依という形式の「転生もの」には様々なパターンがある。
原作で強いキャラに憑依して無双したり、いわゆるモブに憑依して原作と関わったり。
俺の場合は後者に当てはまる。
ソードでアートなオンラインで言えば、新川君のようなポジションだ。
彼も家庭環境という点で同情の余地が残されている気がしないでもないが。
まあ憑依すれば大体の人なら、凶行に及ぶことはないだろう。
しかし俺の場合は違っていた。
「だいぶ詰んでる………」
しかもすでに「雨宮吾郎」という、生まれて善と徳しか積んでなさそうな産科医を殺して、4年ほど経過した時期である。
そんな身体に記憶や人格を植え付けられたものの、ここから少年の何をどう変えろと言うのだ。
神様なのか、それともこの世界で研究されているらしいオカルト分野かにもよる。当然のごとく俺には特殊な能力なんてなさそうだ。
しかも元々の人格なリョースケは、記憶を共有されたことで、罪悪感によるショックで目覚めそうにもない。精神世界においては、彼が住んでいるマンションのベッドで目を閉じているままだ。
無理もない。
すでに彼の精神状態は限界だったんだろう。
リョースケの記憶によれば家庭環境という点でそれなりに悩みがあるようだし。
【下劣で利己的な嘘吐き】に思考誘導されたと分かったとしても。
たとえ本来の標的ではなかったとしても。
結果的に1人の男性の命を奪っているんだ。
それから4年くらいは罪に怯え続けてきた。
倒れてしまいそうなほどに痩せこけていて、髪もボサボサで長い。才能があったかは分からないが、都内の大学にも合格することもできたけど、常にギリギリだったんだろう。
共犯者で共依存な女の子がいて、何とかやってこれたんだと思う。
でも再びカミキヒカルに誘導されて、このドーム公演の日にアイの命を狙おうとしていた。
名前すら覚えてくれてて、ファンのみんなを愛したくて、決して彼女は裏切ってなんかないのにな。
アイドルとしてだけじゃなく、星野アイのファンの俺からすれば、特にカミキヒカルはどうあがいても赦せないが。
「はぁ………」
花束を持った全身黒ずくめの男が公園のベンチに座って、早朝からマンションの出入り口を時折り見る。リョースケの記憶に影響されて自己嫌悪に陥るほどに、俺にもストーキング気質があるかもしれない。
とりあえず意味深なカラスが鳩に混じって地面をつついていることは置いておくにしても。
どこまでも慎重で臆病な【同情の余地すらないヤツ】が他の手段を用意していないとも限らない。
だから動くに動けない。
まるで被害者かのような失恋話だった。宮崎の病院で出産する予定になった。アイはファンに内緒で子どもを産む気らしい。
そんな記憶を第3者視点で振り返れば、信者として本当に赦せないのは【アイドルと関係を持っているヤツ】な気がするが、そこはヤツの利己的な嘘と思考誘導の両方が常人を遥かに超えているんだろう。
たとえ【身勝手に被害者だと主張するヤツ】に作られた感情だろうと、「アイに裏切られた」というリョースケの感情は本物だった。
もしも原作知識がなければ、彼の記憶により、俺という人格も影響されていたかもしれない。
住んでいる場所は教えてもらっている。でもアイに会う勇気がないから花束を届けてほしい。もし秘密がバレたらアイは完璧で究極なアイドルでなくなるかもしれない。
そんな風に【己が裏切っているのに裏切られたと嘘を吐くヤツ】は、殺人教唆していることを決して気づかせない。しかもあれだけ接していても、たぶん証拠なんて全く残していない。
悔しいが、カミキヒカルは天才と言うべき存在だ。
その容姿を含めて、才能の使い方が醜悪すぎることも質が悪い。
同年代くらいのファン同士で仲良くなれたことも、一緒に推し活をしていたことも、能天気にカラオケに行っていたことも、マンションの部屋に呼んでゲームで遊んだことも、【アイドルと付き合っているヤツ】同士で優越感に浸っていたことも。
どこまでが嘘で、どれが本当だったんだろうか。
いつからヤツの計画は始まっていたんだろうか。
カミキヒカルという友人は結局、罪悪感の1つも感じていないのだろうか。
俺たちならともかく、アイや子どもたちに対してだ。
雨宮吾郎という青年を殺してしまい、今日こそアイを本気で殺そうとしていた。
そんなリョースケの記憶に影響されただけで、俺がここまで罪悪感に押しつぶされそうになっているんだ。しかも未来を考えるほどに暗い気持ちにもなる。
恐怖がないわけでもなく、罪を認めて自首することが道徳的に正しいんだろうが。
「くそっ……」
思わず悪態をついてしまう
きっとカミキヒカルはここまで狙っていたんだ。
もしも俺が自首をしたとして、
たとえ嘘で俺が全ての罪を背負ったとしても、トカゲの尻尾切りのように、駒を粛清するかのごとく、カミキヒカルはどこからか証拠を提供するんだろう。それでB小町全員に影響が出るとか……
いや、アイの名声に悪影響を及ぼさないよう。
ニノを亡き者にするか、操り人形に仕立てあげると考えられる。
そっちこそアイと付き合っていただろうに、リョースケとニノのスキャンダルネタをリークすると脅すかもしれない。
しかも数年後には、カミキヒカルはどっかの重役で高級なスーツを着ていることだろう。
現在ですら、証拠のない俺の証言なんて絶対に通じないんだ。
なんなら原作では、あれだけの被害者に殺人教唆で関わっていたとしても、逮捕は難しいとされていたほどだ。
被害者は何もアイと雨宮吾郎だけにとどまらず。
片寄ゆらの件だって、ニノが実行犯をしていたはずだ。
「面倒な役だな……」
被害者を少しでも減らしたいという言い訳をして罪から逃げる。
【下劣で利己的な嘘吐き】、これからは俺がそうなっていく。
なぜならリョースケは、アイに推し変したとしても、新野冬子という女の子をずっと愛している。
共犯者という関係も含めて共依存している。
純粋に好きだって気持ちもある。
彼女を守りたいなら、嘘をつき続けなければならない。
この身体をどう使うか。
「俺次第か……」
リョースケ、キミはどうしたいかだ。
天才に一矢報いることもできる原作知識という武器は手に入れたんだぞ。
このナイフで
秘密を隠しきって、好きな女の子と楽しく青春していたいのか。
それとも俺に最期すら任せて楽になりたいのか。
今は答えが返ってきそうにない。
確かなのは、この世界の分岐点はもうすぐだということ。
どれだけ変装していようと、そのオーラのような輝きは隠しきれていなかった。
あれでは盲目的な信者が増えてしまうことも分かる。
さすがはB小町のアイドルで、絶対的エースで、不動のセンターだ。ここは敵があちこちに存在する
ところで、「愛してる」って本心は子どもたちに伝えられたんだろうか。
まあ生きていればいくらでもチャンスは巡ってくるさ。
だから心の中だけで伝えよう。
アイ、ニノ、ドーム公演おめでとうって。
人々の中に紛れていく背中を見届けていると、やがてカラスが飛び立っていった。
「目覚めるまでは、俺の勝手にやらせてもらうぞ」
俺は花束の中身だけ積まれた落ち葉の上に投げた。
そして黒いパーカーのフードを被ったまま、ゆっくりと追いかけ始める。
【推しの子】において、原作知識は武器だ。
天才だらけのこの世界で、凡人でも滅茶苦茶やってやるさ。
どうせ遠くないうちに俺という人格は消えるだろう。
変わっていった世界では大した役にも立たなくて、時々ちょっと思い出す程度の記憶をキミに残してな。