海原を行くねぎとろ号の遊歩甲板にて、独り、物思いにふけっていたら。
「おうおう、オンドレが黒ぇのを使うとるヤツかい」
かっわいらしい声に。
「化物ども相手にずいぶんとイワシとるそうじゃねえか、ええ? ワイんとこの若ぇのが世話になったみてぇだが、それにしちゃ細っこくて貧相な……ちゃんとメシ食っとんのか? ああ?」
見下ろす位置から畳みかけられて―――やべえ<乱舞のサッチ>だああああっ!
作中最小の身長128センチメートルにして、作中最多殺人数をマークする鍛造の狂犬! 羅刹党の切り込み隊長! 凶悪なテロ特化AP兵器・ガルガロッタの使い手!
うわあ、めっちゃ囲まれている。いつの間に。
サッチを中心にして、その両脇には真紅帝学園の子がめっちゃガンつけてきていて、レべリオンスター学院の子も二人……いや三人。マキノいるじゃん。なんか目ぇ合わせてくれないけれども。すげえ気まずそうな顔して落ち着きないけれども。
鍛造サイドの協力部隊ってマキノたちって話じゃなかったっけ……あ、そうか。火煙衆って羅刹党の下部組織だから……ねじ込まれたかあ。
「モブ子です。作戦では威力偵察を担当します。どうぞよろしく」
決め顔対応。内心の動揺なんておくびにも出さない、つもり。活きろ社会人経験。
「サッチじゃ。羅刹党でオスカ姐ぇの舎妹をやらせてもらっとる。よろしゅう」
赤紫色の大きな目が怖いぜ。ビーム出してきそう。
変な人気あるんだよな、この子。
理由はわかる。本編主人公に地獄を見せたヘイトキャラ<正鵠のパリン>と対決し、彼女のAP兵器を完全破壊してのけたからだ。第四章の決戦で唯一のスッキリシーンなんて言われている。最後は大量のフロムヘルを道連れにして自爆。壮絶極まる。
「……なるほど、フツウじゃあねぇな。スゲェのともキメェのとも違う。フシギなヤツだ」
「なんのことです?」
「ニンゲンってな色々とおるもんじゃなあ! ガッハッハ!」
お、おう。君も相当に不思議な感じよ?
気が済んだのか笑いながら去っていく、ガラの悪い六人……マキノがチラチラと見てくるからゆっくりとうなずいておく。君も大変なんだねえ。
そんなこんなで始まった「第二辺境区・工業プラント奪還戦」は、最初から大乱闘となった。
敵の多さと味方の火力とを鑑み、今回はキルゾーンへの誘引からの十字砲火による殲滅という戦闘計画が建てられたわけだが。
「オラオラァッ! もっとだ! いいからもっと寄越さんかい! ボケェッ!」
サッチたち鍛造サイドの六機がすごい。殺意高すぎ。
マキノ隊の重機関銃による射撃も相変わらずすごいんだが、やはりサッチの特殊ドローンがえげつない。高速自走ドローン「ラットパニック」は、要するに走破性がアホほど高いラジコンカーでしかない。ただしASSを発動できるんだよね。ちっぽけとはいえ輸送能力つきで。
つまり、どういうことかというと。
まず、抱えた爆弾ごと非物質化し、敵の足元へ移動。
次に、物質化して爆弾を設置し、数秒で起爆。自らは非物質化しており無事帰還。
また、新たな爆弾を抱えて非物質化し、以下略。
っていうのを百台以上のドローンでガンガンにやりまくると、こうなるんだなあ……わあ、フロムヘルがバンバン爆殺されていくぅ……ゲームだと十数台しか使っていなかったのはなんでなんだろう。爆弾が足らなかったとか?
「ネギトロよりサーモンⅡへ」
通信だとAI風音声に磨きがかかるワカナさん。
「態勢良し。敵集団はほぼ殲滅。誘引を継続し、追加敵を指定グリッドへ誘導せよ」
「サーモンⅡ、了解」
かれこれ五回目の誘引任務のために飛ぶ。なんか今日は飛んでいるだけだわ。
「前々から不思議に思っていたんだが……グランヴォルドってジェット燃料も要らないじゃん? AP値が制限無しだからって、どういう理屈で飛べているんだ?」
『ふむ。どの程度の詳しさで説明されたいかね?』
「んー、とりあえず中くらいで」
『AP兵器の核となるAPユニットにはAPによって稼働する量子相転移共鳴器が内蔵されており、それはプランクスケールで粒子と反粒子が生まれては消える揺らぎにより空間へ潜在する『ゼロ点エネルギー』へ共鳴現象によって局所的に干渉し、実在粒子すなわちフォノンやプラズモン的な励起状態として抽出することで―――』
「すいませんゴメンナサイ超絶的にシンプルにお願い」
『―――愛だよ』
「愛かー。それなら確かに空も飛べるわー」
工業プラントはまるで孤島の要塞のようだ。
高い防潮壁と多数の監視塔は威圧感すらあって、周囲の水没被害を少しも寄せつけていない。動力供給、資源の回収・精錬、再加工、軍需生産、生活品生産と役割ごとに五つの区画に分かれているそうだが。
とにかくフロムヘルが多かったよなあ。
最初は海が一部黒くすらなっていた。水没都市の方にもまだうごめいているし、プラントの地上施設にも残っている。中のことも考えるといっそ爆撃した方が早い気もするよ。
でもダメ。プラントを戦場にすることすらNG。
なぜならば、これほどの重化学工業拠点は滅多になく、鍛造にとっては垂涎の代物だからだ。傷つけず奪還できたなら、鍛造は工業力における連合との差をかなり埋めることができる。権利関係でドリフ商学院へ譲る部分があるとしてもだ。
そりゃあ、サッチも出張ってくるか。
彼女の慕うオスカ姐さんこそ羅刹党党首にして鍛造のトップ、つまりは番長、<鬼刃のオスカ>その人だ。本人が出てこないだけまだおだやかななのかもしれない。
さーてと……高度を下げて水面をなぞる。速度は時速六十キロメートル程度。
盾先で水しぶきをシャカシャカ起こしたりもして……うーん……捕食タイプはもういないかな。釣りのルアーになった気分だよ。レーダーも水中に関しちゃあまり当てにならないし。
「手持ちのソナーみたいなのってないのかな」
『ソナーブイというものがある。だが、ああも爆発が続いていると性能に悪影響が出るだろう』
「そりゃそうか」
よし、こうなったら足で稼ぐってやつだ。加速。プラントをぐるりと周って、都市部も広く巡って……よーしよし、どんどん集まれ破壊タイプどもー。殴ったり蹴ったりはしないぜ。お祭り会場へご案内するだけさ。
「っしゃキタァッ! ブッコロじゃあ!」
うおっ、跳んだ。爆発を抜けてきた破壊タイプへサッチが襲い掛かる。
AP兵器・ガルガロッタ。しっちゃかめっちゃかにペンキをぶちまけたような……実際にそうしたんだろうなあ、あのカラーリングは。黒色の中で目立つ目立つ。跳んだり跳ねたりしつつの格闘はメカニカルなサルのよう。なまら獰猛。破壊タイプを翻弄している。
配下の二機もそれぞれ斧と鉈で跳びかかる。真紅帝学園機といえばやっぱり白兵戦だ。そういうカスタマイズがされている。番長の影響なんだろうな。
……うん。援護は要らなそうだけれど、一応ガントレット・ドローンを三個滞空させておくか。
コガネたちランサー隊はっと。レジィが重機関銃を撃ちまくり、弾幕を抜けてきた敵へはナルセがハチェットとハンドキャノンで対応か。いいね。コガネは空回りしているだけだけれど。
レジィの命中率の高さで安定しているな。一応、ドローンを二個。
アオイたちネクスト隊は堅実そのものだ。長距離へはシデンが狙撃し、中距離ではアオイが突撃銃で丁寧に弾幕を張り、近距離にはウティが盾とサブマシンガンで対応している。
んー、すばらしい。ドローン要らないかな。いや、でも一個だけは。
我がサーモン隊はといえば、イツキがねぎとろ号の甲板で警戒待機していて、シドウは全体を見渡す位置取り。ちょいちょい光学砲を撃ち込んでいる……おお、そういうことか……各隊の処理能力を上回らないようフロムヘルの数を調整しているんだな。さすが。
「問題なさそうだなあ」
『拍子抜けしたかね?』
「正直、少し……いや、結構ガッツリとそうなのかもしれない」
この世界に目覚めてからというもの、ずっと戦ってきた。戦わずにはいられなかった。学園都市がフロムヘルに滅ぼされることを、俺は知っているのだから。
意識の問題もある。不眠不休で活動できるはずもないが、俺の意識の失い方はやはり異常だ。
普通の睡眠は途中で目覚めることもできるけれど、俺の場合はそれができない。一度意識を失うと、次に目が覚めるまでは完全に無防備になってしまう。グランヴォルドも動けない。
どういう状態なんだろうな、今の俺って。
ゲーム世界のモブキャラへの憑依転生……そんな理解だけじゃ足りない。絶対に。
少なくとも商学院のお医者さんにはわからなかった。類似例すらないんじゃどうしようもない。
なんか、こう、のんきな夢を見ているような気はするんだよなあ。マンガ読んでダラダラ寝ているような、愚にもつかない夢をさ。そんなことしている暇なんてないのに。
そうやって、思いつめていたのかもしれない。
戦える時に戦っておきたい。戦えるうちに戦えるだけ戦いたい。今もそうは思うけれど。
「……肩の力を抜いた方がいいのかな、少しくらいは」
『張りきることは良いことだ。想いの強さなしには覚悟も決まらん』
「うん。覚悟はあるさ。戦う理由も」
『ただしトンネルビジョン現象というものもある。視野に限らず、緊張とは人の知覚や認知を狭くしていく。意識して周囲を見てみることだ。これをサーチ・アンド・アセスという』
周囲を、か。今日はそれがよく見える気がする。うん。見えたからわかったよ。自分がいかに緊張しているのかを。これでは思わぬミスをしでかしそうだ。
『信じ、見守ることもまた戦いだ。全ての邪悪をお前一人で相手取れないからには』
「……がんばれば、できたりしないかな?」
『……できたとして、それが最善であるとも限らんのだぞ?』
そうかな。ベストではないだろうか。ベターであったとしても、命を懸ける価値のあるベターであるように思うのだが。
通信を受け、六回目の誘引のため飛ぶ。
戦いたいな。戦っている間は、あれやこれや思い悩まなくて済むのだから。