急降下。ガントレット・ドローン六個を追って。
踏み蹴りで一体。盾斬りでもう一体。破壊タイプめ。ドローンの方で倒しきれたのは二体だけ。ブースト噴射。シールドバッシュ。耐えられた? 組みつく。鉤爪が装甲にキャラキャラと鳴る。膝を蹴潰し、盾を突き刺す。残る一体へガントレットのラッシュ。ブースト膝蹴り。空へ。
ドローンの帰還を確認しつつ、大隊指揮所へ通信だ。
「サーモンⅡよりCP。目標クリア。オーバー」
「S3了解。次の目標をマークした。移動し、殲滅せよ」
「サーモンⅡ、了解」
ジャリジャリとした音。上昇するだけでこれ。硝煙やら煤やら砂ぼこりやらのせいだ。高度をとっても曇り空が蓋をしているんだから、なんとも気が滅入る。
第11辺境区・鉱山地帯の奪還戦へ参加して、もう五日目。
今までのような「お魚屋さん」主導の作戦ではなく、連合が実施していたものへ援助援軍するという形なわけだが……これ、終わる気がしない。
まず、シンプルに広すぎる。
巨大な露天掘りの採掘場だけでも四か所あるし、地下採掘所も複数あって坑道への入り口があちらこちらに点在している。精錬・加工施設も多くてベルトコンベヤーが血管のようにつながっているし、鉄道の線路も一本や二本じゃないときた。資源産出量すんごそう。
そして、フロムヘルが際限なく湧いてくる。
アリンコよろしく坑道入口からゾロゾロと出てくるだけでなく、思いがけない方角からも攻め寄せてくる。どうも岩の裂け目や崖の斜面などから出現しているようだ。「魔の山」の時のように液体として地表へと湧き出て、その後に破壊タイプへ変化しているのだろう。
つまりは、地下には黒い水がどっぷりたっぷりの恐れが。うへえ。
「CPよりサーモンⅡ、緊急支援。座標K・34・19へ直行。友軍が撃破される恐れあり」
Kポイント? 後方陣地じゃないか! さてはまた地下からか!
苛烈に加速。強G。視界が端から黒く閉じていく。耐える……おお……あああ……耐えきった! クッションがゆるんでいくぅ。現在時速四百キロメートル。
高速飛行すること数十秒。見えてきた。
クソ。やはり地下から湧いて出たようだ。陣地の中央に黒い水溜まり。破壊タイプが十数体暴れている。機動アーマー隊は防戦一方だ。
あ、一機が腕をもがれた! カバーの一機も吹き飛ばされた!
「ガントレット!」
四個行け! 操作はグランヴォルド! 俺はでかいのを一発かましてやる!
背部ハイドロパイルバンカー、ASS解除。狙うは黒い水溜まりそのものだ……子どもたちが享受すべき色鮮やかな日常を汚す、邪悪そのもののような黒色……消し飛んでしまえ!!
爆発したかのような光が、黒を呑み込み、かき消していく。
残敵まばら。位置把握。迅速に撃破だ。一体も逃すものか。どいつもこいつもPRRをお見舞いしてやる。再生などさせてたまるか。
倒しきり、空を飛び、戦域のあちらこちらへ駆けつけてはまたブッ倒して。
「CPよりサーモンⅡ、帰還命令。状態を報告せよ」
「サーモンⅡ、了解。損傷軽微、兵装安全。これより帰投する」
今日の仕事、終ー了ー。なんかあれば緊急出動するけれど、シドウとの交代なんだから早々呼び出されることもなし。ヴァルキリアスも短時間なら飛行できるしね。
進路東、巡航速度でヨーソロー。
『良き戦いであった。休むのならば飛行を任されよう』
「ん、ありがとう。まだ大丈夫さ」
戦況データを確かめつつ飛ぶこと三十分弱、前線基地が見えてきた。貨物駅を拠点化したあそこには浴場がある風呂がある入浴できる。最高。
グランヴォルドを整備兵へ託ーす。お、イツキじゃん。なにしてんの? 銃の調整?
「はい。ここ、戦闘データがたくさんですから……もっと効果的にできるかなって」
「なるほど。ここの駐屯兵って、破壊タイプへの対処法、すごい練度ですしね」
「え? そ、そうですね……アイギスの精鋭機動部隊ですから」
アイソトニック飲料をチューチュー。端末で報告書をチャチャッと書ーく。
「モブコさん! お疲れ様です!」
おおっと、黒髪ロングの儚い系美少女の登場だ。<細花のミスズ>。さすがは灰フロのオペレーター人気ランキング一位。声がとってもキュート。
「今日もすごい戦果ですね! どんなピンチにも颯爽と駆けつけてくれて……まるでヒーローみたいです、モブコさんって」
「グランヴォルド様々ですよ。大隊指揮所からの指示も的確ですし」
「……そんなにすごいんですか? Fa型って」
「そうですねえ……飛行できる高機動と格闘できる重装甲の両立は、最適解の一つなのかも」
「なるほど……あ、食堂にお食事の用意が整ってますよ。ご一緒できなくて残念ですけど」
休憩明けなら仕方がないね。俺、みなさんと休憩サイクルだいぶ違うし。閑散とした食堂の端で温かな栄養食をかっ込ーむ。
さあて、ここからが最高の贅沢だ……うふふ……代えの肌着持って第三倉庫へゴー! おほー! 今日もいい湯気上がっていやがるぜ! 健康的な煙幕効果でセクシャルなエチケットにもバフがかかるってもんだ。灰フロは全年齢対象ゲームだしね。
どーもどーも失礼いたしますよっと……お? 誰もいないなんてことあるんだ。独り占めとか贅沢の極み。脱衣してー、髪洗って汗流してー、そっと足先から……くうううう!
あー……疲れがほどけてゆくぅ……やっぱり機動アーマーって身体への負担やばいよ。
ため息が湯気と混じって、浮き上がって、倉庫の三角屋根へとまぎれていく。
……戦って戦って、戦い抜くことに迷いはないけれど。
この手。小さい手。手首だってこんなに細くて。
本当はヒーローをやれる身体じゃないんだろうなあ。グランヴォルドが調整してくれているとはいえ、実のところサイズだって合っていないんだ。Gによる内臓へのダメージもあるだろうし。
……どこまでの無理を、俺は許されているんだろうか。
あるいは、なにも許されていないのに、勝手をしているだけなのか。
どうなんだろう……やっぱり確かめるべきなのかな。他の誰でもなく、君にさ?
「ミスミ一等兵」
呼ばれた。この身体の本来の名前を。アイギス士官学校に所属した少女の名前をだ。
ハマチに資料を見せてもらったから、知っているよ。君がどういう子で、どんな風にがんばってきたのかを。あの屋上へといたる君の生き様を。
俺なんかとは違って、勤勉で勇敢で、とてもやさしい子だったんだ。君は。
「そうだ。振り返るな。振り返れば脱走兵として処分しなければならなくなる……聞き流すのなら、これはオレの独り言でしかない」
声でわかる。好きなキャラだ。最初の顔合わせの時から問い詰められる覚悟はしていたさ。
<破断のリョウ>。アイギス士官学校きっての前線指揮官であり、ファンから「彼女にAP兵器さえあれば惨劇を回避できたかもしれないのに」と嘆かれたほどの機動アーマー使いでもある。
「……第七辺境区でのミッションは散々な結果だったようだな。アルファズル軍学校の秘密基地を発見できぬまま任務中隊は壊滅、帰還できたのは隊長機のみ。同地区失陥の意味を改めて思い知らされる。適合者なきAP兵器を求めて、適合者ごとAP兵器を失いかけることの間抜けさもな」
水音が鳴って、熱いさざ波が届いた。リョウがどこにいるかがわかる。
「大騒ぎになったものだが……奇跡が起きた。ニニス中尉が生還し、アルファズル軍学校秘蔵のAP兵器が起動した。ありえざることだ。確認もままならんうちに山地に大発生したフロムヘルが殲滅され、南部食料プラントと東部工業プラントが解放された。みな瞠目し、口をそろえて言っているよ。これは奇跡だとな。魚屋が喧伝するまでもない……海産物のセールスでもあるまいに」
苦笑。どちらともなく。
「モブコ……いるはずのないFa型適合者にして、異常なAP値を呼び起こす者」
吐息。長い長いそれらが、湯気をかき乱していく。
「中立勢力に属し、鍛造のために戦いもするが、連合のためにもこれほどに激しく戦う……つまるところ、フロムヘルを倒すことで誰かを救い続けるお前という存在は―――」
リョウは立ち上がったようだ。それだけで声はひどく遠ざかった。
「―――夢なのかもしれんな。誰もがあれかしと祈り願った、頼れる父という夢幻」
身体を拭く音と、着替える音と、立ち去っていく音。
全部を聞いてもなお、俺は湯船につかり続けている。
「……夢なら……」
これは独り言じゃない。だってここにはもう一人がいる。
「いつかは、さめなきゃだよね?」
返事が聞こえるかもしれないから、待った。
呆けたように口を開け、見るともなしに湯気の対流を見つめ続けて…………少し、のぼせた。