モブ兵士がチート兵器の起動に成功しました   作:あるなし

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21 海戦

 ここはうす暗く、モニターの電子情報だけが忙しない。

 

 窓の外では海原がうねる。船首が波を砕くたび、音もなく飛沫が散っていく。低く聞こえているノイズは空調のものか、それとも動力のものか。

 

 ねぎとろ号の艦橋はサイレント上映の映画館のようだ。

 

「脅威評価、更新。二時方向、距離二千五百、捕食タイプ二体。一時方向、距離三千、同一体」

 

 ワカナが淡々と告げた。手指は絶え間なくコンソールを行き来している。

 

「……撃破します」

 

 そう答えたハマチがチラと視線を向けてきて―――視界がわずかに上下した。

 

 うなずいたのは俺じゃない。

 

 ミスミちゃんだ。

 

 彼女自身がうなずいたんだ。

 

 まるでゲームさ。FPSとか。ヘリポートでの被弾により意識を失って……どういうわけかワカナと電話する夢なんか見て……そのまま終わってしまうのかと思いきや、こうしてミスミちゃんの見聞きするものを共有しているだけ。

 

 未練……なのかなあ。

 

 身体を返せたっていう意味では良かったよ。だからもういいのに。居たたまれないったらない。無力感がやばい。せめて痛みだけでも代われないものか。

 

 ミスミちゃん、車イスだもの。

 

 その背面には酸素ボンベがついていて、細いチューブで鼻とつながっている。脇腹からも管が伸びていて、手すり脇のボトルへ血混じりの液体を排出してもいる。ひどい状態だよ。本来なら安静にすべきだけれど、もう病院にはいられない。

 

 だって、病棟に爆発物が仕掛けられた。

 

 避難すべく外へ出たところへ自爆ドローンも飛来した。

 

 どちらもシドウが対処してくれたものの、犯人は捕まっていない。大掛かりな捜査もできない。『連合』と『鍛造』に介入理由を与えないためだけじゃない。シドウいわく、誰も彼もを疑うよりほかに身を守る術がないからだそうだ。

 

 もはや、ドリフ商学院は安全な場所じゃなくなってしまった。

 

 だから、ハマチは一つの決断を下したんだ。

 

「海へ出ましょう。ねぎとろ隊として、第十六辺境区食料プラント間輸送航路の護衛につきます。かかる情勢下では兵站強化の必要がありますし、他陣営の干渉を被りにくい海域ですから」

 

 人間を恐れて化物の領域へ出るだなんて。それがベターに思われるだなんて。

 

「とはいえ追ってこられる可能性もあるので……罠を仕掛けます。お魚屋さん事務所にモブコさんの病室を偽装し、その護衛として現状の最強戦力をあてることで」

 

 AP兵器ヴァルキリアスを武装するシドウ。<夜叉>のシドウ。確かに最強だ。ブラフに思われるはずもない。

 

 そして彼女は学園特捜でもある。

 

「この機会に私の目的を明かそう」

 

 眼帯をそっと撫で、言ったものである。

 

「私はある組織を捜査している。便宜上『カゴ』と呼称しているが、それは拾い集めた言葉の中の最多頻度でしかなく、構成員の一人として捕らえてはいない……あるいは幻を探しているだけかもしれないとも思ったものだが、今回、実在を確信するにいたった」

 

 示されたのは一枚の写真。監視カメラが遠望で捉えたらしい低解像度のもの。

 

 狙撃犯だ。

 

 フード付きの黒マントに隠され人相はわからないが、陰謀を人間の形で認識できたことが重要なのだという。

 

「物流、人事、通信、金融……ありとあらゆる分野で確認できる歪み……一つ一つは微細なものだが、学園都市を混乱させるという意味では一貫している。そうと知らずに片棒を担がされている者も多い。しかし、いかに狡猾でもって悪辣を隠そうとも、身近に三度もの凶行を許したこの上はもう逃しはしない。此度の仕掛けでもって必ずや化けの皮を剝いでみせる」

 

 仕掛けの詳細は知らされなかったが、それは「お魚屋さん」の中ですら油断できないからかもしれない。ねぎとろ号は最低限の人員での出航となった。 

 

「戦闘速に移行、船首を目標へ」

「了解。戦闘速に移行、船首、目標へ」

 

 ミスミちゃんの他に、ここには艦長であるハマチと助手のワカナしかいない。操舵輪も双眼鏡もあるけれどシートをかぶったままだ。徹底的なAI管制での航海だけれど。

 

 戦うのは、いつだって少女たちだから。

 

「機動アーマー部隊へ。これより捕食タイプを攻撃します」

 

 モニターの一つには六つのウィンドウが開かれていて、六名の少女たちの顔が映っている。

 

 コガネ、ナルセ、レジィ。スカベンジャーと傭兵の隊。

 

 アオイ、ウティ、シデン。治安維持軍の正規小隊。

 

「まず長距離から多弾頭魚雷を撃ちますが、これは目眩ましです。撃破可能性高くありません。本命の一発を発射後、本艦は増速して敵に接近、右舷側に目標を捉える形勢をとります。本艦主砲と合わせて射撃を加えてください」

 

 了解という声がそろった。続けて発言するのはアオイだ。

 

「聞いたわね! ネクスト隊、ランサー隊、各機右方甲板に横列! 相対速度と角度に気をつけて! 間違っても深追いはしない! わかった!?」

 

 再びの了解斉唱。どの顔も緊張に強張っている。

 

 わかるよ。

 

 どんなに分厚く身を鎧おうとも、悪意は、心そのものへと突き刺さってくる。死が、ひどく冒涜的なものとして差し迫る。

 

「Mk42魚雷、発射」

 

 艦が揺れたろうか。浮きあがるような、長い揺れ方。

 

「Mk42、群体射出完了。全弾、誘導フェーズへ」

 

 戦術モニターには魚雷を示す光点が八つ灯り、音もなく散開、先行してゆく。

 

「面舵十五度」

 

 ワカナへそう伝えるハマチの声にも怯えがある。それを噛み殺すような勇気と覚悟も。

 

 ……ミスミちゃんはどうなんだろう。

 

 ねえ、君は今、どんな表情をしているの?

 

 外の景色が左へと流れていく。うねり、飛沫をあげる海面。見据えても多弾頭誘導魚雷の気泡は見つからない。フロムヘルの姿もまだ見えない。

 

 息さえできない俺には、どうしようもない。見ていることしかできない。

 

「取り舵、敵を正面に。射線を成立させてください」

 

 艦が傾き、揺り戻って、誰かが唾を呑んだ音が聞こえた。

 

「Mk19魚雷……発射!」

 

 鈍く衝撃音が来た。続けて小さくもう一度。甲板発射型魚雷が発射され、着水したのだろう。水柱こそ見えなかったが航跡はわかる。白い線がまっすぐに伸びていく。その先の水平線に水柱が複数立った。

 

「Mk42群体、弾着。爆発反応八、内、近接爆発三。敵、外殻反応増大。二体、進路こちらに。速度低下、推定二十パーセント。それより距離五百先の一体、進路変更の兆しあり」

「最大戦速! 敵左方へ抜けます!」

 

 振動。艦が震えている。もしかすればミスミちゃんも。

 

 いた。汚らわしくもなめらかな黒さ。敵だ。忌まわしいフロムヘルだ。

 

「主砲、準備してください……!」

「了解。『ねぎとろ砲』起動。超電導回路、励起開始」

 

 甲板上でうなり声を上げたもの―――ガトリング・レールガン。

 

 未来的な戦車のようにも見えるそれこそが強襲母艦ねぎとろ号の主砲だ。八本の砲身が回転し、徐々にその速度を高めていく。

 

「電磁レール整流中。発射回転数到達まで、あと十五秒」

 

 モニター端にカウントダウンが表示された。冷淡に刻まれていく。ハマチが身じろぎした。また唾を呑んだ。

 

「Mk19魚雷、弾着」 

 

 大きな水柱が立った。真っ白なそれと、灰色の波と、どす黒くにじむ何か。遅れて届く、おぞましい怒声。フロムヘルめ。

 

「敵一体、重大損傷。もう一体、衝撃波により運動阻害」

「主砲、脅威度を基準に自動照準ヘ! 引き金は私が!」

「オート・ターゲット開始。射程まで七秒」

 

 来た。捕食タイプ。貪欲さを垂れ流すような歯並び。

 

 砕け散った。

 

 黄ばんだものが弾け飛ぶ。黒い皮脂や体液も飛び散る。見る間に捕食タイプの頭部がグチャグチャになっていく。すごい。レールガンの連射のなせる破壊力。放電音が響いている。なるほど、これが『ねぎとろ』の名の由来か。

 

 砲火が炸裂した。

 

 機動アーマー部隊による一斉射撃だ。フロムヘルを覆い尽くして、海面がまるで煮え鍋のように激しく泡立つ。モニターの中では少女たちが叫ぶ。いや、吠える。

 

「ひいいいっ! まだ死なないよアイツぅ!」

「ビビんなコガネェ! 弾道跳ねてんぞ、しっかり当てろ!」

「艦電力消費、主砲レール温度上昇、ともに危険域。過電流を警告」

「……ヒット……」

「ナーイス、ネクストⅢ。あれはもう融けて退くねぇ」

「ま、まだ来るから……機動アーマー部隊、主砲の射線に注意してください!」

「ランサーⅡよりブリッジ! 奥の敵が潜りました!」

「潜航敵、急速接近。衝突予測、四十秒」

「聞いて! 潜った捕食タイプは飛び上がってくる! カウンターを叩き込むわよ!」

「「了解!!」」

 

 みんな、戦っている。必死に。懸命に。

 

 俺は?

 

 曲がりなりにも大人の男である、俺は?

 

「………」

 

 ダメだろ。

 

 これじゃスマホを叩いていた頃と何も変わらない。いや、もっと悪い。だって頑張っている子たちのことを見殺しにしている。ありえない。俺にはできることがあったのに。戦えていたくせに。油断して、しくじった。考えなしなんだ、いつもいつも。

 

 ああ……もう。

 

 消えたい。

 

 何一つ惜しくもないんだから、何もかもを捧げきって……燃料にでもなれ。消えちまえ。

 

「……ぅあ……」

 

 え? 手?

 

 ミスミちゃんの手と手が触れて、指が組まれて、胸元へ引き寄せられて。

 

 まぶたが閉じられていって……暗闇。

 

 何も見えないからか、身体の音が聞こえてくる。息を吸って、吐く。そこにこすったような音がまじる。肺が傷ついているからだ。痛むだろうにしっかりと繰り返される。

 

 それに、鼓動。

 

 トクン、トクン、トクン。

 

「い、て」

 

 ……あたたかい。

 

 ミスミちゃんが生きている。

 

 決してモブなんかじゃない彼女が、ちゃんと生きていてくれる……本当に喜ばしいことだ。俺の命にも少しは意味があったんだって、そう思えもするけれど。

 

「消えない、で」

 

 君を危険にさらしたのも俺だから、苦しいよ。

 

 君のためになにかできないか、ずっと考え続けている。

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