目の前の炎が晴れると、俺たちは見知らぬ路地に立っていた。どうやらアンリは俺たちを別の所へとワープさせたらしい。
「こ、ここは……?」
「とりあえず適当な湯屋の前にワープしておいた。ほら、そこの建物だよ」
アンリが指さした先には、立派な日本のお城のような建物が建っていた。石造りの建物が並ぶ欧州のような町並みには似つかわしくない、妙に浮いた雰囲気の建物だ。
アンリが俺の手を引いてズカズカと歩き出す。訳も分からないままアンリに引っ張られていると、アンリが残りの二人に声をかけた。
「ほら、何をボサっとしてるのさ!お前たちも来るんだよ!」
「え、う、うん」
そうして、俺たちはアンリに無理やり連れて行かれるままに湯屋の中に入っていった。
☆☆☆☆
「女二人男一人オーク一匹!混浴ある?」
「ああ、神一柱、人間二人、オーク一匹ですね。接待という事でしたら混浴も可能ですが」
「…………」
またしても自身が神という事を見抜かれて苦虫を噛み潰したような顔をするアンリ。いろんな種族を見ていることもあるのか、この町の住人は神を見抜く目を持っているようだ。
何か言いたげなアンリをなだめて、神とその付き添いという専用の間に通される。俺たちはそこで、オークとアンリをできる限りもてなした。
☆☆☆☆
お湯に浸かって体がほぐれ、お酒が回って上機嫌になり、俺もモエカも舞い上がっていた。モエカとアンリのボディラインを目に焼き付けることができて心も体も上々だ。
そんな事は置いておいて、俺は滅多に味わえないであろう極上の癒しにホクホク顔のオークに、本来の目的であるオークの持っているであろう情報を聞き出すことにした。
「そういえば聞いてるぜ、オークの旦那。お前さんも、長い事この町にいるんだってな」
「ああ、そうだど。もうオラもどれくらいいるか分かんねえが、20年か30年はいると思うど」
「そんなにか……。でも、なんだってそんなにも浮浪者なんてやってるんだ?」
「そりゃあおめえ、オラはオークとしてまともに生きていくことができねえからだよ。仲間からは捨てらるし、どんくさいオラはどこにも雇ってもらえねえしよ。仕方なしに宿なしで生きてるだァ」
「ほ~~ん……。なるほど……」
話を聞くにただの怠惰なオークという感じがするが、雇ってもらえないというのは何か事情があるのだろうか。仲間からも捨てられるというというのも普通ではない。本人にも何かしら事情があるのかもしれないし、もっと深く知る必要がありそうだ。
「まぁ、確かにオークっていうには大人しいしどんくさい感じだな。仲間にも捨てられたっていうのはどういう事なんだ?」
「おめえも分かってるかもしれねぇが、オークっていうのは凶暴な生き物だァ。だが、オラはこんな性格をしているだぁよ。仲間の奴らはそれが気に入らなかったんだろうなァ。おめえはいらねえって追い出されちまっただ」
「は、はぁ……」
単純にどんくさいから仲間のオークに追い出されたらしい。オークの世界も世知辛いものだなと思い知る。
「オラもこうなる前は普通のオークだったんだがなァ……。ジェルの奴にキンタマ食われちまってよ、それっきり性欲がなくなっちまって、気が付けばこんなんだ」
「は、はぁ……??」
ジェルにキンタマを食われた?それってジェルってやつに去勢されたってことなのか?ジェルって誰なんだ?」
「だ、誰なんだ?そのジェルって」
「スライムの名前だぁよ。まだオラのナカにいるはずだど」
「スライムに寄生されてるのか?おまえ……」
「んだんだ」
何という事だ。コイツは体内にスライムを寄生されたままずっと生きてきたのか。この性格も凶暴さを失っただけじゃなくて、スライムに栄養を吸収されて脳まで栄養が回ってないせいじゃないのか?
いずれにせよ、ただのオークじゃないという事は確かだ。スライムが体内にいるという事だし、少し注意して付き合わないといけないかもしれない。
「まぁ、だがよ。仲間の群れから追い出されて世界を放浪している内に、いろんな事を見聞できたのも事実だァ。そこはオラも感謝してるだぁよ」
「へえ……。世界をねえ……」
さあ、ここで本番だ。オークから情報を聞き出す時が来た。
「いろんなことを見てきたねぇ……。ところでオークの旦那、ちょっと聞きたいことがあるんだ」
「オラはホバっていうだぁよ。今度からホバって呼んでくれな」
「ああ、わかったよ、ホバ。それでなんだけどさ……」
「あーーー!ホバ!!!聞きたいことがあンだ!!!」
俺がホバにたずねようとしたその矢先、酒に酔って顔を真っ赤にしたアンリが間に飛び込んできた。
「おお、出来上がってんナ、アンリ様」
「ンなこと、だぁーってイイ!おめえ、何かコイツにピッタリの情報持ってんだろ!今のコイツにできそうなクエストを教えてやってくれ!!!」
すごい直球にたずねてきた。ここまで直球に聞いても良いものだろうか。
「あー、まぁ、そうだナ」
ホバがしばらく考え込む。そして、何か思い出したように語りだした。
「ある商人から聞いた話だけどよ、いつの頃からかは分からねェが、ダーディアンをずっと北に行ったところにある"呪われし者の谷"っていう渓谷地帯があるんだがよ、そこに獅子の毛皮を纏った亜人が住んでいるって話だァ。ソイツは縄張りに迷い込んだ奴を攫っては喰らい、喰らう者が無ければ里まで下りてくるという話なんだと。噂によりゃあ、ソイツは傭兵としても働いているらしくてなぁ、誰もやらねぇような穢れ仕事を専門に請け負っては、確実にこなしてみせるって話だァ」
オークは語る。
「曰く、翡翠色の瞳に獅子の手足を生やし、その鋭い眼光は狙った獲物を確実に仕留めるという話だァ。そしてその毛皮は、あらゆるすべての攻撃を無効化し、その爪はあらゆる鎧を切り裂くという事だど。生還者曰く、奴は神の血を引く獅子の子と言われる亜人の一種なんだと。もし行くんなら、気を付けるんだど。一度睨まれたらおめえの命も、連れの雌の命も無くなるだろうだかンなァ」
酒を煽りながらホバは語る。ホバの語った話は、一見聞けばどこにでもあるような民間伝承の類のようにも思えた。しかし、今回聞く話はとてもそのようには思えなかった。
俺はすぐさまホバに聞いた。
「ソイツの名は何て言うんだ…?」
「名前なんて無ェ。ソイツは、ソイツの住む谷の名前からネメアの谷に住まう人食い獅子、ネメアの人食い獅子と呼ばれてるだァ。ドイッチュラントの国王サマも、ソイツの生み出す被害を考えてか、オラの知る中で一番高い懸賞金を出すまでに至ってるという話だど。おめえもカネに困ってるなら、少し考えてみたらどうだ?」
冗談っぽくホバが言う。心のどこかで冗談じゃないと思いながらも、俺はどこか他人事なんかではないと胸の内に感じた。
「教えてもらってすまないんだが、俺なんかにソイツの討伐なんかできるのか?ゴブリン一匹に苦戦するような奴だぞ?」
不安を感じた俺は弱音を口にした。しかし、ホバはそんな事はお構いなしとばかりに俺を煽った。
「けど、おめえも勇者を名乗って暗黒神を倒す旅をしてンだろ?ならば、これも試練の一つと思って挑戦するのもいいかもしれんど。それともあれか?暗黒神を倒す勇者サマは、人々を脅かす人食い獅子を、見て見ぬフリをするのかぁ?」
「むっ……」
ホバに煽られて思わずムッとしてしまう。そんな煽られ方をされれば勇者の名折れだ。仮にも俺は国王に勇者という職業を拝命された身だ。
勇者とは、この世界を、引いては人々の生活や営みを脅かし、破壊する存在を打ち倒すために与えられる特殊な職業だ。それは、暗黒神を倒すだけに限らず、困っている人を助ける事も、勇者のこなす仕事の一つともいえる。今回のネメアの谷に巣くう人喰い獅子もそうだ。
「やるべき……なのかなぁ」
「ああ、そうさ。それこそが、お前の乗り越えるべき最初の試練だ。いっちょやってやろうじゃないか、ネメアの獅子の討伐をさ!」
「アンリ……」
アンリがそう言って俺の肩をバシッと叩いた。酔いが回って赤くなった顔に、金色の瞳が俺を真っ直ぐと見つめている。これこそが、俺に与えられた勇者としての天命なのだと、アンリは言っているようだった。
俺はアンリを見つめ返ししっかりと頷いた。アンリは満足そうに瞳を閉じると、一騎に酒を煽って大の字に倒れた。悪神というだけあって、俺の想像する神様とは違うが、それこそに親しみを感じる。俺はこのアンリ・マンユという神に導かれて、旅を続けるのだ。