とある二人の風都探偵   作:りんご麒麟

4 / 5
少し遅れたけど鎌池和馬先生、創約13巻発売おめでとうございます!
読んだ人はみんなゴー姉ちゃんのこと好きになったと思うけど、残念ながらこの小説には出ません

今頃だけど時系列としてはとあるは本編後の設定です
そうでもしないとスケジュールがギチギチすぎる

ダブルは風都探偵18巻時点の時系列です

あとこの小説はとあるにわかとダブルにわかで魔術、科学知識ゼロの奴の手によって執筆されているのでこの作品に書かれていることは鵜呑みにしないように


瓦礫の世界と THIS_MAGICIAN_IS_『HUMAN』

上条当麻は、瓦礫の街を走り回っていた。

携帯で救急車を呼ぼうも、繋がらない。

医学について明るくない上条は、とにかく助けを呼ぼうとしたのだ。

取り敢えず、九十九の様子をインデックスに見てもらっておいて、瓦礫を踏みつけながら人を探し回る。

バスルームの大穴から眺めたのとは、また違った印象があった。

何もかもが違う。

こんな所にコンビニはなかったし、あんな所にラーメン屋はなかった。

見慣れた建物も瓦礫まみれで受ける印象が全く違う。

なんなんだこれは。

今までいくつもの事件に巻き込まれてきた。

だが、ここまで前兆もなく世界が壊れてしまうものなのか?

今まで守ろうと全力を尽くしてきた日常が、見知らぬうちに一瞬で壊れてしまう。

あまりに不条理な現象を、不幸の一言で片付けていいはずがない。

とにかく叫び続けた。九十九を助けるために人を探して走り続けた。

しかし、誰もいない。

命の気配を一つも感じられず、崩れた灰色の塔の数々は、死の世界を想起させた。

もう既に、皆避難勧告に従って避難してしまったのだろうか?

上条はそんなものを聞いた覚えがなかったが、聴き逃してしまったのだろう。

右を見て、左を見て、人っ子一人居ない瓦礫の世界。

崩れた建物と、巨大な風車を思わせるタワーがよく目立った。

くしゃり、と足元から音がする。

そちらを見てみると、一枚のポスターを踏みつけていた。

「なんだこれ?」

『風都』でかでかと書かれたその都市名は、しかし上条が見たことも聞いたこともない名であった。

そのポスターには、恐らくその都市を象徴するマスコットキャラクターらしき存在、『ふうとくん』が描かれていた。

全体的にずんぐりむっくりとしたフォルムで、風車を擬人化したかのような見た目だった。

遠くから見えるあのタワー、それも風車を巨大化させたように見える。

もしかしたら、この見知らぬ建物、ポスター、そしてタワーは『風都』なる都市のものだったのかもしれない。

だが、何故そんなものがこの学園都市にあるのか分からなかった。

スマホで風都について検索してみるが、ヒットするものは何も無い。

そして、そのポスターを投げ捨てて再び走り出す。

九十九を助けれる人を早く探し出さなくては。

にしても異様な雰囲気だ。

強調される灰色は、世界から色が失われたかのような錯覚を受ける。

いつもの朝、太陽が冷たい世界を照らし、人々は笑いながら学校へ向かう日常。

完全に死んだ日常の風景。

オティヌスは、所定の位置に陣取りながら何か考え事をしているのか顎に小さな手を当てていた。

「オティヌス、風都って知ってるか?」

「知らん。そんな街は聞いたこともない。日本人の貴様が知らんほどのマイナーな街を私が知ってるわけないだろ」

ごもっともであった。

実際、上条はオティヌスに風都の詳質な説明を期待した訳では無い。

不安だった。まるで誰もいない街。

今までの日常が嘘で、この灰色の世界が真実だったのではないかと錯覚してしまう空虚。

その空気感に飲まれかけていたから、誰かに話しかけて気を紛らわしたかったのだ。

誰でもいい。誰かいないのか。

朝早くから学校に向かう学生たち、街を警備する警備員(アンチスキル)、たむろして騒ぎ出す無能力武装集団(スキルアウト)

とにかく、誰かに会いたかった。

いつもはどこを見てもいる存在が、一切消えてしまった心細さ。

薄氷のような日常を送っていたということに対する恐怖。

訳も分からず崩壊した学園都市が、一人の少年の心を揺さぶる。

「おい、人間」

ポツリ、と金髪北欧美少女の魔神が語りかけた。

「あの九十九とかいうガキが何処から現れたのか分かっているのか?」

「いや全く分からないけど。それがどうした?」

今、この少年はなんと言った?

素性が全く分からない、ハッキリ不審者と断じられてもおかしくない少女に対して、なんの疑念も抱かず、ただひたむきに救おうと奔走している。

この非常時に、だ。

彼の善性は常軌を逸脱している。

余りにも怪しい少女を救うことにも躊躇いがなかった。

「どうしたも何も、明らかに怪しいだろう。倒壊した街、見知らぬタワー、人っ子一人居ない灰色の世界。そしてどこから湧いたか分からない記憶喪失の少女。まさかこれらに関連性がないとでも思っているのか?」

「ああ、そうかもな」

上条は、走りながらそう答える。

この会話の最中でも、九十九を救うことを躊躇わない。

「血管迷走神経性失神」

十三センチの魔神が言う。

「過度な緊張やストレスで気絶をする症状だ。さっきの奴は、まるで失ってもなお記憶の奥底に眠る情報との齟齬に苦しんでいるように見えた。おそらくはその齟齬から過度なストレスが生まれて倒れたのだろう。さあ、その記憶とはなんだろうな?」

そして、一呼吸おいて言う

「それなのに、貴様は助けるというのか?」

「ああ、そうだ」

即答だった。

少年は曲がらない。

どれだけ理屈で言われても、決して信念は曲げない。

上条当麻は不幸な人間だ。

幼い頃、石を投げられ、包丁で刺され、疫病神扱いされ、それらを大人たちは止めずに嘲笑い、勝手にテレビに見世物にされる。

挙句には記憶喪失に陥り、今も尚科学、魔術問わずに様々な事件に巻き込まれて、世界中で拳を振るい続けている。

だからこそ、上条は不幸な人を見たくない。

ある少女に語りかけたことだ。

上条当麻は、自分よりも不幸な人間を見たくない。

だから拳を振るう。そのために体を張る。

例え見知らぬ少女でも、見捨てるという選択肢などハナから無い。

そんな人間だからこそ、インデックスの首輪を破壊し記憶喪失になって尚、第三次世界大戦を拳一つで止めて、一人の少女の為に世界を敵に回し、『人間』と共に大悪魔と戦い、伝説の聖者から悪女を守り抜き、偶像の少女を救い出すことができた。

それは、魔神オティヌスが誰よりも知っていることだろう。

「悪いけど、俺は九十九を見捨てないよ」

その言葉に、オティヌスは呆れた。

だが、気づけば笑みを浮かべていた。

「全く、好きにしろ人間。貴様は私の『理解者』で、私は貴様の『理解者』だからな 」

上条の不安は、いつの間にか消えていた。

心強い『理解者』がいて、インデックスもいる。

彼が恐れることは何も無い。

灰色の街を駆け抜けていった。

 

 

 

しかし、いくら走り続けても人は見つからない。

「やっぱり、皆避難したのか?」

「さあな、避難警報だとかを聞いた覚えは無いが」

それが不思議だった。

依然、灰色の街には上条とオティヌスだけしかいなかった。

何かがおかしい、それに流石に気づき始めた。

いくらなんでも、人っ子一人居ないのはありえないだろう。

まだ避難していない人や、瓦礫などに巻き込まれて動けない人、負傷者だってそう簡単に避難できるわけが無い。

じゃあ警備員(アンチスキル)の救助活動のおかげかと言えばそれもおかしい。

人を皆救助しましたはいおしまい、で済む問題ではないだろう。

急場を凌いだら次のフェーズに移るはずだ。

なんて言ったってここは無法地帯の荒野ではない。

法治国家日本、そこにある学園都市だ。

街である以上、荒れた灰色をそのまま放置でいいはずが無い。

地震や津波のような継続的な被害を与える災害なら、確かに人々で身を固めて警備員(アンチスキル)がその場に殉ずることも分かる。

だが、これは違う。

一瞬にして壊滅的な被害が与えられたが、後続の被害はないのだ。

ならば、ある程度の人員をその場に残して、復旧活動やまだ見つかっていないかもしれない救助者を探し出すべきではないだろうか。

明らかにおかしい。

その違和感が、何故作られているのか。

「人間! ここら一帯に人払いの魔術が張られている。魔術師が近くに潜んでいるぞ」

正体に気づいたオティヌスが叫ぶ。

「クソっ!もっと早く気づくべきだった。明らかに異常な状態なのに、街の倒壊に気を取られすぎたか」

魔術と詐術と戦争を司る神、魔神オティヌスの目を欺く技術を持った魔術師が近くに潜んでいる。

「オティヌス、その魔術師って」

「ああ、十中八九今回の黒幕だろうな。気を引き締めろ人間。何処から来るか分からないぞ」

拳を握りしめ、意識を戦闘に備えて切り替える。

瓦礫の中から不意打ちは容易いだろう。

もしくは上空からの魔術攻撃かもしれない。

空を飛ばれては、上条の為す術はない。

もしくは、姿を隠す魔術か?

あらゆる可能性を瞬時に並べて、全てを警戒する。

だが、その姿はあっさりとその目に見ることが出来た。

「ッ!」

拳を固く握りしめて、素人らしい構えを取る。

魔術師は、まるで警戒していないかのように無防備に歩んできた。

身に纏ったローブが全身を包み、顔も深く被ったフードで見えない。

上条は、その姿に既視感を覚えた。

「あんたがこの街をこんなふうにしたのか?」

魔術師は答えない。

無言で、ただ歩を進めるのみ。

「なんでこんなことをしたんだ?」

魔術師は答えない。

右手を水平に挙げて、ギラつく四色の指輪を見せつけるだけだった。

上条の十メートル先で、魔術師は動きを止めた。

ローブを身につけているせいで、体のほとんどが隠れているがその指を見るに青年程の年齢であることが察せられた。

世界が止まった。

互いに動くことはなく、ただ流れる空気のみが静止した世界に生きていた。

それは、西部劇の早撃ちに似ている。

決して穏やかではない静止。

次の瞬間には圧倒的な暴力が互いを襲っているような状態。

もう、後は合図だけだ。

何か決定的な出来事があれば、この世界は打ち破られ闘争が始まる。

それは二人だけに分かるもの。

絶対的な空気の流れが、戦いの火蓋を切らせるのだ。

そして、それは訪れた。

赤の指輪(フレイム)

圧倒的な火力が吹き荒れた。

灼熱の一撃は、アスファルトを溶かしながら突き進む。

瓦礫すらも燃やし尽くして、止めれるものは何もない。

ただの高校生など以ての外だ。

そして、上条は咄嗟に右手を突き出して。

その炎を()()()()()

解けていく炎が、無常な色を映し出す。

幻想殺し(イマジンブレイカー)。少年の右手に宿る異能を打ち消す力。

神の奇跡でさえ殺してみせる退魔の右手。

「…やはり切り札は二枚か」

魔術師はボソリと呟いた。

それを無視して上条は駆け出す。

やるべきことはただ一つ。

この魔術師に拳を叩きつけてやることだ。

だが、そう簡単には行かない。

黄の指輪(ランド)

冷たい声が響く。

システムボイスめいた響きが上条の鼓膜を刺激し、即座に警戒させた。

指輪と呪文。

あれが連動しているという事はもう分かっている。

上条当麻。科学の街に身を置きながら幾度となく魔術師との戦闘を重ねてきた少年は、周囲に目をやる。

ランド、土地や陸地を意味するその言葉から発される魔術ならばおおよそ予想が着いた。

大地が、蠢く。

複数の魔法陣が地面に現れ、大地が鎖に変わっていった。

それらは質量を持って上条を打ちのめそうとした。

多方向からの攻撃。

幻想殺し(イマジンブレイカー)が苦手とする攻撃の一つ。

いかなる魔術を打ち消す絶対性を持とうが、その力が宿るのは右手だけなのだから。

デタラメに腕を振り回して鎖を破壊していき、対応しきれなかったものは横っ飛びで回避した。

間違いない。

この魔術師は幻想殺し(イマジンブレイカー)を、上条当麻を知ってここにいる。

始まりに上条と距離をとっていたのも、中距離からの魔術攻撃に徹するのも、攻撃手段が拳しかないことを知っているからだろう。

ならば近距離、 拳の届く範囲に持ち込めば良い。

ここまで近接戦を拒否しようとしているのなら、それには自信が無いのだろう。

「近づいて一発ぶち込んでやれ」

肩に居座る魔神が言った。

作戦が決まったら、後は突っ込むだけだ。

緑の指輪(ハリケーン)

鎌鼬が空を切り裂いた。

襲い来る複数の刃を、打ち消し、回避し、距離を縮める。

青の指輪(ウォーター)

だが、攻撃は止まらない。

紡がれた言葉と呼応し、魔術師の両側には二つの水球が生まれた。

咄嗟に身をかがめる。

その判断は正しい。コンマ数秒後にそこを水流が通り抜けていった。

水流、それを聞くと水鉄砲のような可愛らしいものを想起するかもしれないがそれは違う。

言ってしまえば水の刃だ。

ウォーターカッターというものがある。

これは金属加工などに使われるのだが、名前の通り水で金属を切り裂いていくのだ。

ただの水でそれなら、魔術で出来たものは如何程の威力を有していようか。

事実、上条の背後に佇む建物は綺麗に真っ二つにされていた。

だが、その威力に戦慄している場合ではない。

四色の指輪、四種類の魔術。

手札は出揃ったのだ。

ならば、攻める機会が訪れた。

走って、拳を握りしめる。

四種類の魔術が襲い来る。

それらを回避し、打ち消し、後五メートルの所まで近づいた。

いける。

このまま拳を叩き込める。

ある意味慢心に近い心持ちだった。

全ての手札を暴き、それらの対処も出来る。

だからこそ、札を掛け合わせた技を意識してこなかった。

「人間、気をつけろ!」

赤と緑の指輪(フレイムアンドハリケーン)

「なっ…!」

驚くべきことではない。

上条は、魔術を組み合わせて新たな攻撃を行う魔術師と交戦したことがあるのだ。

世界最大の魔術結社、黄金の長。マグレガー=メイザース。

四種類の属性武器(シンボリックウェポン)を操り、多様な現象を起こす魔術師。

しかし、手札を暴いたという意識が先行してしまっていた。

四つの赤い竜巻、一つ一つが赫灼を宿した暴風の塊。

それらは蛇行する蛇のように上条に襲いかかった。

一撃が上空から振り下ろされる。

全力のバックステップで距離を稼ぎ、その威力を回避する。

だが、それはまだ三つある。

振り下ろされた渦が目眩しとなり、両側から襲い来る竜巻への反応がワンテンポ遅れた。

咄嗟に右手を振るい片方を打ち消したが、もう片方は間に合わない。

それを受けた上条の体は、左方向に大きくぶっ飛ばされた。

混ざりあった炎と風の影響か、単純な火力は純粋な赤の指輪(フレイム)よりも下がっていた。

しかし、風による殺傷能力が代わりに加わり、威力は侮れない。

宙を舞う体はそのまま瓦礫に叩きつけられた。

まだ終わりじゃない。

あと一つ残っていた竜巻がすかさず上条を撃ち抜こうとした。

痛む体に鞭を打ち、 素早く掲げた右手が赤い竜巻を掻き消す。

立ち上がるのも困難だ。

ただ一撃貰っただけでこの始末。

しかし、まだ組み合わせはいくらでもある。

青と黄の指輪(ウォーターアンドランド)

濁流が周囲を囲った。

宙を流れる奇妙な濁流。

だが、その程度で終わるはずがない。

液体が突如として岩の刃に変わる。

一つ二つではない。

鉄の処女(アイアン・メイデン)じみた刃が、上条を串刺しにしようとする。

濁流そのものに触れて打ち消し、出来た隙間から素早く脱出した。

このままではマズイ。

相手は一方的に中距離から魔術を放つだけで攻撃できるが、上条は接近して殴打するしか策はない。

防戦一方ではこのまま削り殺されるだけだ。

赤の指輪(フレイム)

危機を脱した上条を、また危機が襲う。

だが、今回は単調な攻撃。

確かに赤の指輪(フレイム)は強力な魔術だが、一直線の火炎放射でしかなく対処は容易かった。

右手で打ち消して急激に接近する。

もう射程圏内に持ち込んだ。

勝ちを確信した単純な攻撃が上条の接近を許してしまったのだから。

後は拳を振るうだけだ。

固く握りこんで、狙いをつける。

一撃で戦いを終わらせるなら顔面を力一杯殴りつけるしかない。

だが、またも予想外な攻撃が繰り出された。

これは慢心でも、意識外でもない、本当の想定外。

いつの間にか魔術師は、その手に波打つ刃の剣、フランベルジュを持っていたのだから。

「なッ!」

一閃、右手の肩口から左の脇腹まで大きな傷を作りながら刃が走る。

鮮血が迸り、意識が大きく揺れた。

フランベルジュの斬撃は、通常の剣より残酷だ。

波打つ刃は肉を大きく抉りとり、治療困難なグチャグチャな傷口を作り出すのだ。

燃えるような痛みが体を蝕み、意識を手放してしまいそうになる。

だが、まだだ。

これは布石でしかなく、真の攻撃はこれからなのだから。

魔術師が二撃目の構えを取る。

それに対して上条は弱々しく右手を差し向けるだけだった。

二撃目が放たれようとしていた。

それは、一般人にはただの剣技にしか見えないだろう。

しかし、それが魔神の目から見ればどうだろうか。

隻眼の瞳に写るその技は、余りにも危険であることを悠然と語っていた。

「避けろ!!!」

オティヌスが叫ぶ。

朦朧としていた上条の意識が一瞬クリアになった。

それと同時に認識する。

これはただの剣技ではない。

これは魔術だ。

魔術への造詣が深くない上条が気づけたのは、かつてその技を受けたことがあったからだ。

それは深く刻まれた強烈な一撃。

迸る剣。

魔神オティヌスの主神の槍(グングニル)に匹敵する威力を持った絶技。

そして、自らの体をバラバラに粉砕した大悪魔の魔術。

すなわち。

「Magick:FLAMING_SWORD」

上条は跳躍した。

許す限りの全力の力を全て足に注いで回避した。

これは防げない。

右手で防げば、肉体ごと粉砕される最強の技。

突き抜けていく破壊力は、背景の灰色の街を消し飛ばして行った。

「ガハッ!!」

着地も何も考えず、硬いアスファルトに全身を打ち付けた上条に、もう動く体力は残っていなかった。

冷たい地面が熱を持った傷口を冷やしていく。

だが、安心は出来ない。

まだフランベルジュを携えた魔術師がすぐそばに居るのだから。

戦わないと。

その一心で体を動かそうとする。

だが、それは叶わない。

余った力全てを使っても顔を動かすので精一杯だ。

うつ伏せ状態から何とか上の方を向いた。

そこで上条は驚愕する。

Magick:FLAMING_SWORDの余波は凄まじく、周囲の瓦礫は軒並み飛んで行ってしまっていた。

そして、それは当然魔術師のローブもぶっ飛ばしてしまっていた。

顔が見えた。

それは信じられない人物。

ありえないはずの人物。

上条は魔術師の服装に既視感を抱いていた。それの理由がやっとわかったのだ。

彼は見たはずだ。

あの暗闘を。

苛烈な魔術戦を。

娘への弔い合戦を。

夜闇と霧に塗れた都市ロンドンで行われた、かつて存在した世界最大の魔術結社『黄金夜明』が壊滅した大事件。

そこに居たのは、ブライスロードの覇者。

男にも女にも、子供にも老人にも、聖人にも囚人にも見える十九世紀最悪の魔術師。

魔術を憎み、学園都市を設立して世界を二つに分断した初代統括理事長。

銀の髪を持った『人間』

 

 

 

「あれい…すたー?」

 

 

 

そこには霧の中の暗闘で黄金を下した当時の姿そのままのアレイスター=クロウリーがいた。

「有り得ない…だってお前は今コロンゾンの肉体にいるはずじゃぁ…」

答えない。銀の青年は無言を貫く。

フランベルジュを右手に歩み寄るその姿は、かつての宿敵メイザースをクレイモアの一刀にて斬り捨てた時と酷似していた。

「まずは一枚。ゲームに切り札(ジョーカー)は二枚も要らないだろう?」

冷たい声。絶対零度を思わせる冷酷な音波が空気をふるわせる。

「どういうことだよ …オイ!どういうことなんだよアレイスター!」

「落ち着け!右手を動かせ。死にたいのか!」

動揺する上条には、何も聞こえない。オティヌスの声さえ、衝撃が弾き飛ばして伝わることがない。

二月の学園都市を包む冷気と相反するような、燃えたぎる炎を思わせる剣が日光を浴びる。

掲げられた刃は、神々しく輝いた。

今から命を奪うとは思えないほどに。

そうして刃が振るわれた。

 

 

二振りの、日本刀と炎剣が。

 

 

視覚外からの二撃は見事にクリーンヒットし、銀の青年を大きく吹き飛ばした。

 

「すて…いる?かんざ…き?」

 

そこにはイギリス清教『必要悪の教会(ネセサリウス)』所属のルーン魔術師ステイル=マグヌスと天草式十字凄教の聖人神裂火織がいた。

最大主教(アークビショップ)の命で来てみれば、まさかこんな人物に出くわすとは」

「全くだ。一体どういうことだい?アレイスター=クロウリーは元最大主教。いや、大悪魔コロンゾンの肉体にしがみついて生きているはずなんだが…そうには見えないな」

ステイルがタバコを吹かしながら言う。

だが、その両の手には既に炎剣が握り込まれており、戦闘態勢を整えていた。

「奴の正体は不明だ。指輪から四属性を操る。それに霊的けたぐりとMagick系列の術式を使うぞ」

「成程、アレイスター=クロウリーなら十分にできそうな芸当だな」

神裂火織は常に柄に手をかけ、抜刀できるようにしている。

聖人である神裂にとって抜刀とは、本来の言葉以上に意味のある行為だ。

唯閃(ゆいせん)

神裂の持つ聖人としての力をフルに解放して扱う術式。

そこから放たれる斬撃は天使の翼撃を斬り裂き、カーテナとも打ち合う究極の抜刀術。

一方で、ステイルも既に仕込みを終わらせていた。

魔女狩りの王(イノケンティウス)

張り巡らされたルーンから、水のように供給される炎によって巨人が生成される。

魔女狩りの王(イノケンティウス)

幻想殺しですら消しきれない、最強の魔術。

並大抵の魔術師なら、骨一本と残らない大火力がこの場にて展開された。

その熱により、空間が歪んで見える。

「…まずは警告を。大人しく投降するのなら無益な戦いを避けることができますが」

争い事を好まない神裂がそう問いかけた。

聖人、魔女狩りの王(イノケンティウス)、黄金の魔術師。

これらがぶつかり合えば、この灰色の街は吹き飛んでしまうかもしれない。

だからこその問いかけだった。

しかし、アレイスターは何も答えない。

無言、それが返事だった。

神裂は、静かに目を瞑る。

それは覚悟だ。

かつて敗北した相手に果たして勝てるのか、立ち向かえるのかという覚悟。

そして告げる。

Salvere000(救われぬものに救いの手を)

Fortis931(我が名が最強である理由をここに証明する)

魔法名。

魔術師同士の戦闘の際に告げる殺し名。

つまり全力を出すことの証明。

それだけの相手なのだ。

魔術師アレイスター=クロウリー。

当時最大の魔術結社『黄金夜明』を壊滅させ、世界を科学と魔術の二つに切り分けて、イギリス相手に大立ち回りをした十九世紀最悪の魔術師。

日本刀と炎剣とフランベルジュ。

これらの刃がいつ振るわれてもおかしくない緊張状態。

だが、この均衡状態を打ち破ったのは流れる血ではなかった。

「いや、よしておこう。今幻想殺し(イマジンブレイカー)を殺す必要は無い。時間はたっぷりあるからな」

アレイスターはそう言った。

赤と青の指輪(フレイムアンドウォーター)

指輪が輝く。

それらが表す意味を魔術師たちは一斉に理解した。

「待て!」

ステイル=マグヌスが叫びと同時に紅蓮の一閃を放つ。

だが、それは銀の青年を斬りつけることなく、沸き立つ水蒸気を裂いただけだった。

既にそこには魔術師はいない。

「霧…いや雲かな。薔薇十字において雲は秘匿を表す…か」

有り得なくはない。そもそも、黄金は薔薇十字の色も強く持った結社であったのだから。

「大丈夫ですか、上条当麻」

斬り付けられて、全身を打って満身創痍のその身体は、しかし絶え間なく呻き続けていた。

「どういうことだよ。なんで…アレイスターが?」

信じられない、ありえない光景が飲み込めない。

「これはさっさと病院に運び込まないと不味いぞ。おい、そこの神裂とやら。今は救急車もまともに呼べん。聖人のお前が運んでやれ」

男子高校生の体重をものともしないように軽く上条の身体を抱き上げる。と同時に神裂はその顔を顰めた。

肩から横腹まで一直線に引かれた傷から、夥しい量の血が流れている。

ズタズタに引き裂きながら蛇行する刃を走らせた証拠だ。

「今から運びますから安心して。傷口が開くとダメですから出来る限り動かず、喋ることもしないでください」

幸か不幸か、神裂の言う通り上条に限界が来て動くことも喋ることも満足にできない。

「なにが…この街では…なにが起きているんだ?」

そう言って、少年は意識を手放した。

 

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