とある二人の風都探偵   作:りんご麒麟

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なんか書いてて「禁書サイドの出番多くない?」って思う。
ダブルサイドの出番もあるから気にしないで。


未知の世界 No magic,No psychic.

いつもの病室(スタート地点)である。

目が覚めたらいつも見る白い部屋にいた。

もはや実家に帰省した時の一種の安心感に似た感情を抱くまでになっていた。

上条当麻、何度目かの入院である。

普通、人生に一度あるかないかの一大イベントが何度も訪れる不幸な男だ。

当然、レアイベント多発だからと無邪気に喜べないし喜ぶ気にもならない。

毎度毎度、お騒がせ野郎がすみません。

血だるまツンツン野郎上条当麻は、どうやらあのあと神裂に運ばれて来たようだ。

なんだか騒がしい。どこもかしこも、バタバタと足音が響いて、寝ることもままならないぐらいだ。

しかし、それは無理もない。

なぜなら外は瓦礫の山だ。怪我人は一人二人なんて人数じゃないだろう。それに二桁、下手すれば三桁も上乗せされるかもしれない。

改めてとんでもない大災害だ。

地震とも、津波とも、ましてや火山噴火とも違う前代未聞の大災害。

様々な知り合いの顔が浮かんでは消えていく。

御坂美琴、小萌先生、青髪ピアス、吹寄制理。なんだかんだでタフなヤツらだから、死んでることなんてないだろう、そう楽観的に考えておく。

そうしないと持たない気がした。

上条は、かなり混乱していた。壊れた街、アレイスターとの敵対、倒れた九十九。様々な不安要素が脳裏に簡単に浮かぶ。

さっぱり分からない。なんでこんな事になっているんだ?黒幕はアレイスターなのか?九十九は何者なのか?

明らかに情報が足りない。何もかも分からない。理解しなくてはいけない。

そもそも、あのアレイスターは本当にアレイスター=クロウリーなのか?

アレイスターは、かつて最強にして最凶の魔神を何柱か殺害している。

黄金の魔術師として、最高峰の魔術の腕前を持つアレイスター=クロウリーなら事実上不可能な魔神の殺害すら可能にしてしまう。

その魔術の腕前なら、魔神オティヌスの目を欺いて結界を張ることだって不可能では無いはずだ。

しかし、じゃあこの状況とどう結び付ければいい?

まるで街と街が融合してしまったかのようなこの惨状をアレイスターが引き起こす理由はなんなんだ?

アレイスターは娘の運命をねじ曲げて死を与えた魔術を撲滅するために動いていた。学園都市もその産物だ。

だが、それがこの状況とどう繋がる?

魔術撲滅のためにこんなことをする意味がどこにある?

そもそも、アレイスターは魔術に新たな解釈を得たから魔術を恨むことをやめたのではなかったか?

ダメだ、やはり情報が足りない。

しかも、そんな事件の裏にある意思について考えている場合でもない。

もっと身近な問題。九十九やインデックスはどうなった?

意識を失って倒れ付しているはずの九十九は今どうしている?

アレイスター⋯あるいはそれを語る魔術師がインデックスに手を出している可能性も有り得る。

神裂が二人も連れてきてくれていれば良いが。

(本当に⋯なにが起きているんだこの街は?)

「知りたいかい?」

声があった。

まるで、上条の心を読んだかのような台詞。

見透かされるような不気味な言の葉。

そこには、白いスーツの男がいた。

男にしては長い、肩まである長髪は藤色で、さらに虹色のメッシュを入れいる部分は編んで金色のリングで止めてある。

そんな奇妙な髪型だが、彼の整った顔立ちが全てをまとめていた。

イケメンは何を着てもかっこいいし、どんな髪型にしてもかっこいいとはよく言うが、それを地で行くような男だった。

しかし、今はそんな呑気なことを言っている場合ではない。

間違いなく先程までこの部屋に自分以外の気配はなかったはずだ。

特異な存在感を放ちながら佇むその男は、知らぬ間にこの部屋に侵入していた。

手段は不明、目的も不明、分かることが何も無いことだけが分かっていた。

「誰だあんた」

警戒心をむき出しにする。この空気感で隠しておく理由もない。

むしろ、威圧の意味も込めて露わにして置いた方が間違いなくいい。

「ふむ、そうだね。『街』からの観光客とでも言っておこうか。もっとも、こんな瓦礫だらけの灰色の街じゃあ見所もないがね」

男は、飄々としている。上条の敵対心すら何処吹く風。

要領を掴めない自己紹介が終わると、男は語り出した。

「さて、君が気になるのはまず『風都』についてかな?」

「なんでそれを?!」

「何故だって?見ればわかるよ。これまでをね」

これまでを。その言葉に詰め込まれた意味を上条は確かに理解した。

この男は、あの戦いを見ていた。

『ブライスロードの覇者』と『幻想殺し(イマジンブレイカー)の少年』の戦いを。

それはつまり、手札が割れてしまっているということ。

戦いにおいて、それほど不利なことは無い。相手の初見殺しを掻い潜ることを強制されるのに、相手は事前の情報と照らし合わせて最善手を打つだけでいいのだから。

間違いなくこの男は味方ではない。

確かに、今のところ敵では無いのだが、これから敵対する可能性は如何程も有り得る。手札を隠しておくことに越したことはないのに。

だが、 男は敢えて何も気づいていないかのように言葉を続ける。

「風都とは、まあ名前の通り風がよく吹く街でね。それを気に入って住む者も少なくないぐらいだ。その風を使った風力発電が街中の電力のウェイトの大部分を占めていることも特筆すべき点かな。名物も少なくないし、住むことにおいてはかなりいい街だと思うよ」

いやな笑みだ。

常に浮かべているニヒルな笑みは、決して楽しいからではないのだろう。

嘲るような笑みが気に障る。

「しかし、これは全て()()()だ。街の真骨頂は裏にあるのさ」

反転する、暗転する。

街の表と裏。光と影。

それは、大小あれどどんな街にだってあるものだ。

この学園都市も例外ではない。

能力開発と科学技術の発展による明るい未来を語るその影には、血で血を洗う暗部の闘争が繰り広げられてきたのだから。

闘争を知った学生たちが能力で血溜まりを作り出して、異形の科学技術で身を固めた大人達が虐殺の限りを尽くす闇の世界。

その負の遺産は、新統括理事長に代替わりしてなお牙を向き続ける。

例えば、悪名高い科学者一族『木原』がその代表とも言えるだろう。

この男が今から語るのは、その裏についてだ。

風都の裏側。清涼な風に吹かれる光に隠れた闇。

「ガイアメモリ─知っているかな?」

まるで手品のようだ。

知らぬ間にその男の手には一つのUSBメモリに似た物があった。

化石のようなフォルムを持つそのメモリの真ん中にはオーロラで象られた『O』の文字がある。

「これはね。地球の記憶を内包したものだよ」

「地球の記憶?」

「ああ、この地球に生まれるあらゆる事象、言動、人物、概念そのものがその都度新しく刻まれていく。かつて、園咲琉兵衛(そのざきりゅうべい)という男が見つけ、それを元に作り上げたのがガイアメモリ。その身体に取り込むだけで超人に等しい力を手にすることの出来る悪魔の子箱さ」

上条は眉を顰めた。

そんなものがあるのか?

小型化され隠し持ちやすいサイズにも関わらず、開発や術式構築などの手間もなく異能を振るうことの出来る。

成程、正しく悪魔を冠するに相応しい脅威のアイテムだ。あまりにも完成されすぎている。

そして、上条は右手に目を向けた。

ありとあらゆる異能を打ち消す右手、幻想殺し(イマジンブレイカー)。果たして、それはガイアメモリに作用するのか。

「君の右手は、果たしてこの力を振り払うことが出来るのかな?」

また、見透かしたような台詞が流れる。

それは声色こそ楽しげな、まるで新しく手に入れた装備でボスに打ち勝つことが出来るのか期待に胸躍らせる子供のようなものだった。

しかし、その瞳は酷く冷たい。有機的な温かみのない、死体の前にある宝石のようだ。

「おっと、それは君にも分からないのかな?すまないね。話が脇道に逸れたから戻そうか。風都の裏の歴史とは、ガイアメモリの歴史と言っても過言ではない。今も尚続く呪いと災いの螺旋さ」

男は、ガイアメモリを内に仕舞いながら話を続ける。

「ビルが溶け、人が死ぬ。その街では良くあることだが、どうやら こちらでもそう変わりはないんじゃないかな?」

「何が言いたいんだよ」

「いやなに、こちらの世界にも面白い力があるんだなと思ってね。魔術⋯と言ったかな。それに超能力か。そちらに関しては見覚えがあるが、私の知るそれと関連性はないとみた方が良さそうだね」

この男は、間違いなく人を人として扱わない。上条はそう感じた。

必要とあれば、 もしくは不要な者を殺すことに躊躇うことは無いだろう。

闇、こいつが語っているそのものに、全身を漬け込んでいることは間違いない。

もう聞いていられなかった。

まるで、何も感じないかのように闇を語り、むしろそれを好ましいとさえ思っているであろうこの男の言葉をこれ以上飲み込む気になれなかった。

「御託はいい。手っ取り早く結論だけ聞かせろ」

「おっと、長話には飽きてしまったかな?ならば端的に言おう。私は、この事件を引き起こしたのは魔術でも超能力でもなくガイアメモリだと思っている」

「そんな能力があるのか?」

「むしろないと断言する方が難しい。ガイアメモリには無数の能力がある。二つの世界の垣根を越えて街を融合させる力があってもおかしくはないさ」

世界の垣根を超えた街と街の融合。確かに、それは規格外の事象だ。

異なる空と空を組み合わせ、地と地を混ぜ込ませる人の身に余る業。

「そうだね、当てずっぽうで言ってみても混ざる(ミックス)融合(フュージョン)、 適合率が高ければ結合(ユナイト)でも。候補はいくらでもある」

男は様々な候補を述べた。これら全てが、地球の記憶を内包したガイアメモリとして人間の力として振るわれているのだろう。

だが、どうにも引っかかるところがある。明確な矛盾とかではなく。単なる疑問というかに近いのだが。

「なんというか⋯しょぼくないか?起きた事に対して名前負けしてるというか。もっと凄いもの力なのかと思ったんだけど」

その言葉に男は、ナンセンスと言わんばかりに両手を顔の横に持って行って首を振った。

「そうとも限らないさ。鼠が獅子を凌駕することもある、相性次第だがね。だが、確かに神の御業ともいえる災害を引き起こすのにはそれらではパワー不足である、というのも否めない」

男は上条を見据えた。

その笑みが、闇に飲まれるように感じる。先までと何も変わらないのに、楽しくてしょうがない表情のように見える。

「では、一体なんだろうね?その力は。災害(ディザスター)か?(ゴッド)か?それとも⋯」

途端、男は眼球を動かして病室の入口を見た。

「誰か来るね。どうやら、長話をしすぎてしまったらしい」

足音が響いた。男が窓の方へと歩を進めていき、窓の前で音が止んだ。

それは、全てを知っている、正しく全知全能の神のように見えた。

全てを知る者は語り出す。

「最後に君に忠告だ。もう一枚の切り札について」

「!?」

上条は、拳に目をやった。無意識に力を込めていて硬くなっているのを見た。

アレイスター=クロウリーは言っていた。『切り札は二枚』だと。

当然、一枚がなんなのか分かっていた。

迷うことの無い問題だ。少年の右手。あらゆる異能を打ち消す幻想殺し(イマジンブレイカー)。全魔術師の願望が集った世界の基準点。

確かに、この力は切り札(ジョーカー)と称するに値する力だ。

だが、もう一枚はなんなのだろうか?

上条の脳裏に浮かんだのは、もう一つの右手。

上里翔流(かみさとかける)に宿る理想送り(ワールドリジェクター)

重なる願いを新たなる天地へ飛ばす架け橋としての力。

上条の右手を切り札と称すのなら、もう一枚は同質の力を持つ上里の右手かと思っていた。

しかし、だ。幻想殺し(イマジンブレイカー)理想送り(ワールドリジェクター)では、力の方向が全く違う。

この世界にしがみつく力と、新たな世界へ旅立つ力。

幻想殺し(イマジンブレイカー)が切り札だからもう片方も、とは行かないのだ。

だからこそ、切り札の正体について知る必要があった。

この事件も、そしてアレイスター=クロウリーの真相について近づけるはずなのだから。

「左翔太郎。それがもう一枚のジョーカーさ」

そして、上条に聞こえない小さな声でさらにポツリと男は呟く。

「そして、『魔女』の力も世界を揺るがすだろうね」

男は振り向いた。決して別れの挨拶を告げるためではない。

懐からカードキーのようなものを取りだす。

「最後に聞かせてくれ」

少年の声が、無音の病室に響く。

聞かなくてはならないと感じていた。

この男は、決して善人ではないだろう。むしろ悪党と断じられてもいいおかしくないのかもしれない。

だが、何故わざわざ上条当麻に情報を与えたのか。

「そうだね、簡単な話だよ。私としても街がこのままなのは好ましくなくてね」

眉をひそめた。

この男が街の心配?

違和感があった。

確かに上条がこの男の人となりを知るのには時間が短すぎたが、それでも街への愛で巨悪へと立ち向かう正義漢では無いことだけは強く実感したのだから。

「じゃあ、あんたはあの街⋯『風都』って街の住人なのか?」

その言葉のどこが彼の琴線に触れたのか。相変わらず表情は何も変わっていないのに、本当の笑みのように見えた。

「そうとは言わない」

まるで、劇の最後を彩る台詞のように。

ただ立っているだけのはずなのに優雅な立ち振る舞いに見えるその男は言った。

「私たちは()()()()()()()のさ」

そして、あまりに自然に、まるで窓の外へ吸い込まれるかのように、男は二月の学園都市を包む外気の中へとその身体を投げた。

思わず上条は、先の戦闘による全身の痛みも無視して窓に駆け寄ると、外を覗き込んだ。

そこには、ただ肌を撫でる風しかなかった。

 

 

 

「とうま、目が覚めたんだね」

「ああ」

部屋に入ってきたのはインデックスと九十九だった。

あの後、消えた男を視界の中から必死に探していた上条を、背後からインデックスが声をかけてくれた。

「何を見てたの?」

「別になんでもないよ。それより九十九は大丈夫なのか」

「はい、この通りです。先程はご迷惑をお掛けしてすみません」

聞いたところによると、あの後ステイルが九十九を抱えて病院に向かっていたところ、上条を運び終えた神裂が戻ってきて九十九も運んでくれたらしい。

どうやら大したことでもなかったらしく、今や元気に笑いながら話すことも出来ていた。

「無事ならいいんだよ」

「むしろとうまが無事じゃないんだよ」

睨むような目つきの暴食シスターが、咎めるように言った。

ミイラ取りがミイラになってしまった訳だけど、実際上条の身体はぐるぐる包帯を巻いてる状態のリアルミイラだ。

「まったく、なんで少し目を離したらこうなるのか不思議でしかないよ」

「上条さんの不幸を舐めるんじゃありません!」

「それ、誇ることではないのでは?」

クスクス、と笑う九十九。

上条が眠っている間にも、親睦を深めていたのか、インデックスと九十九のあいだにはよそよそしさというものを感じられなかった。

それでも、どこか影がある笑みだ。

怯えているのだろう。自分の真相について。

闇に包まれた過去の一端との矛盾で、気絶してしまうほどのショックを受けたのだから。果たして自分の正体がなんなのか。それに脅えてしまうことは、至極当然なことだった。

それに上条に対して、申し訳なさを感じているかのような態度をとっている。

「問題ないよ、九十九。俺がこんな怪我したのは九十九の所為じゃない」

ハッとしたような顔をする九十九。

気づかれていないと思っていたのだろう。

平静を装っても、どうしても浮き出てしまうものはある。

人である以上、完全に自らを隠すことは出来ないのだから。

「いえ…でも私が倒れなければ、上条さんも外へ出ることはなかったし」

「そんなことないよ。外はあんな状況だし、遅かれ早かれ避難とかしてたさ。むしろ、二人が巻き込まれなくてよかった」

窓の外を、顎で指す。

先に見た時は、あの男に気を取られて気づかなかったが、もうすぐ日が沈む時間帯だった。

少しづつ影に侵食されていく瓦礫の山が、不安感を掻き立てる。

それでも、院内が清潔を保たれているのは医療従事者が尽力しているからだろう。

学園都市が、じき夜を迎える。

「九十九は『風都』に住んでたのか?」

なんとなく、上条はそう聞いた。

九十九が何処から来たのか知るのには本人に聞くのが一番いいだろう。但し、彼女は記憶喪失であるのだから、解答はないと思っていい。

それでも、聞かずにはいられなかった。

先の謎の男。裏に住むメモリ使いが語るには、この災害がガイアメモリによって巻き起こされたというではないか。

正直、まだ上条にとってガイアメモリの存在というのは半信半疑だ。

実物は見たのだが、力そのものは見ていない。

男の話は全て真っ赤な嘘で、あれがただの変な形のUSBである可能性もあるのだ。むしろそちらの方が大きいぐらいだ。

ただ、仮にそれが真実だとしたら、事件の犯人も風都の人間である可能性が高い。

そして、九十九も今回の件に関与しているかもしれないとオティヌスは語った。

ならば、九十九も風都の人間なのではというのは自然な考えだった。

ハッキリ言って、彼女には否定して欲しかった。それか、知らないと言って欲しかった。

間違いなくあの男は本物だ。闇に全身を漬け込んで、それをひけらかす事も、誇りに思うこともない。

日常全てが異常で染め上げられた極彩色の世界。それを纏う男。

あんな奴らとの関与など、彼女自身に否定して欲しかったのだ。

だが、現実は思った通りに進まない。

九十九は、少し驚いたような顔をして。

「はい。よく分かりましたね」

と言った。

「そっか」

「と言っても、記憶に関しては本当にありません。漠然と風都に住んでたっていうことだけ分かるんですけどね」

そして少女は、窓の外を眺めた。単なる何気ない行動だ。

二つの街が混ざりあって出来上がった夜景には光はあまりなく、星々の輝きがよく見えた。

黒く染め上げられた路上は異世界めいて存在している。

なにか、ザワザワとする。

心の奥底の、忘れた記憶が存在感を主張する。

咀嚼音。ぐちゅぐちゅごりごりぴちゃぴちゃ。

ナニカが伸し掛る重みと、それがどうでも良くなるような痛みがあった気がする。

実際に今それを感じている訳では無いのだが、そのような感覚に襲われた。

クラリ、とする。

遥か彼方に見える風都タワーは闇に飲まれていて、まるで⋯

「うっ!」

頭を抱えて伏せた。

九十九が、小さく呻く。

「どうした九十九!」

ベッドに寝ている少年がその身体を無理に動かし、全身に走る痛みも無視して九十九に触れた。

「立てるか?」

「はい⋯大丈夫です。ちょっとクラっとしただけで」

「あんまり無理するなよ。ちょっと休んできたらどうだ?」

九十九がこくりと頷いて、付き添うインデックスと共に病室の出口へ歩み出した。

「じゃあね、とうま。病室抜け出したりとかしちゃダメなんだよ」

その言葉に九十九が少し驚いたような顔を見せる。

ただ、その後頭を抱えながも別れの挨拶だけして病室を出ようとした。

その時、引き戸が開かれて、そこには大太刀を携えてウエスタンなんだかサムライなんだかよく分からない格好をした女性と、煙草を吸えないことに明らかに不服を示しているニコチン中毒の赤髪不良神父がいた。

「あっ、先程はありがとうございました」

頭を抱えた少女は、少しおぼつかない様子で感謝の意を示す。

そういえば、二人を連れてきたのもステイルと神裂だったか。

インデックスは、その二人を見て魔術絡みの荒事に巻き込まれていることを察する。

明らかに不安そうな目で上条を見るが、九十九を捨て置いておく事は出来ない。

そのまま、九十九を抱えて去っていった。

 

 

「全く、君が入院なんかする所為で煙草の一本も吸えないじゃないか」

なんだコイツ。わざわざそんな文句言う為だけにここに来たのか?

というか明らかに歳に合わない身長と風貌をしているが、コイツはなんと驚きの十四歳である。

我が国ニッポンのナントカ憲法によれば院内だろうと何処だろうとアウトである。

もっとも、探れば未成年喫煙以上の犯罪などいくらでもしているだろうが。

魔術の世界に住むものである以上、その程度はなんの躊躇いもないことなのだ。

魔術と関わるというのはそういうことである。

闇に関わらず異能のみを得ることのできる能力者とは違って、魔術師になるということはそれ相応の覚悟と信念が必要なのだ。

「わざわざ自分からお見舞いに来てそれかよ」

「そんなわけないだろう。僕が君なんかの為にわざわざバスケット一杯のフルーツを持ってきてくれると思ったか」

手癖で咥えた煙草をつまもうとして、空振ると見るからに不機嫌な表情を浮かべた。

「僕達がここに来たのは、あの魔術師。推定『アレイスター=クロウリー』の話を聞気に来たんだ」

「諸事情で増援は不可能との事で、私たちがクロウリーの捕縛も担当することになったんです」

そこで上条は少し引っかかって記憶を探ってみると、そういえば二人もアレイスターの登場に驚いていた。

二人はそもそもアレイスター捕縛の為に来たのかと思っていたが、どうやらそうではないようだ。

だが、それなら何故ステイルと神裂がここにいるのか?

確かに、学園都市は未曾有の大災害に襲われたのだが、科学サイド復興の増援として魔術サイドの二人が来るというのは些か疑問だ。

それに、聖人としての人間離れした身体能力を有する神裂ならまだしも、炎の魔術を操るステイルはこの状況下で役に立つとは思えなかった。

その疑問を見抜いたステイルが、黒衣の中から二枚の紙を投げる。

一瞬、ルーンの刻まれたカードが飛んできたのかと思い、身構えたが、爆炎が白いベッドを焦がすことは無かった。

写真だ。

二つの写真には、赤いパーカー、バスケットのような柄のウエストポーチ、茶色い皮のブーツを身に纏う、童話を現代ナイズしたような少女と、黒一色のスタイリッシュなスーツを着こなす長身の男が写っていた。

「ロート=シュヴァルツリヒトとレヒト=ベーゼヴィヒツ。二人とも魔術結社『彩られた白紙の童話』の重鎮だよ。名前の通り童話系、とりわけグリムの魔術を使う魔術師さ」

ステイルの解説を、神裂が引き継いで続ける。

「私たち必要悪の教会(ネセサリウス)は、数日前に『彩られた白紙の童話』の拠点に強襲をかけ、構成員のほとんどを捕縛しました」

そこで神裂は、過去の出来事を悔やむように両目を閉じる。

「しかし、ボスであるロート=シュヴァルツリヒトとその補佐レヒト=ベーゼヴィヒツ、その他十数名の魔術師の逃亡を許してしまいました。そして、世界中に逃亡した構成員の中で、その二人が数名部下を連れて学園都市に侵入したことを確認したため捕縛に来たんです」

「一応、魔術サイドの人間が大所帯でズケズケと科学サイドの領地に踏み入る訳には行かないからね。だから少人数で来たんだ」

ステイルの顔がとりわけ深刻になる。ただ、それは人員不足を嘆くのではなく、ニコチンが足りていないだけだろう。

「おい、少し聞きたいことがある」

耳元で声がした上条は、驚きで身体が一瞬飛び跳ねた。

「オティヌス、お前そこにいたのか」

そういえば、インデックスともいなかったしどこにいるのだろうかと思っていたら、無茶苦茶近くにいた。

「その構成員に藤と虹色の髪を金のリングで纏めて白いスーツを纏った魔術師はいるか?」

その特徴は、先に病室を訪れた男のものだった。

学園都市を襲った災害、街の融合、ガイアメモリという異物。それらと同じタイミングで魔術師がわざわざ学園都市に来るというのは確かに、関連性があると見て良いことだ。

だが、神裂は頭を振って

「いえ、そのような特徴のものがいるという情報はありません」

と言った。

つまり、あの男は魔術師ではないのか?

ガイアメモリを使う男、ロート=シュヴァルツリヒトとレヒト=ベーゼヴィヒツ、『アレイスター=クロウリー』。

これらの襲来に関連性がないと見る方が不自然か。

上条は、この二人にもそれらの話をすることにした。

「ガイアメモリなんて聞いたことないな。君の思い違いじゃないか?」

ニコチンが足らないステイルは、八つ当たり気味に普段より怒りを込めたような言葉を吐いた。

「まあそう怒らないで、ステイル。しかし、私たちも聞いたことはありませんね。上に報告してみましょうか?」

「そんな必要は無い。こいつの妄言だろ」

そう言って、足早に病室を去ろうとするステイル。

「ちょっと、何処に行くんですか!?」

「もう全部吐いたろう。それじゃあわざわざこんな不愉快な場所にいる必要は無い」

神裂が、ステイルと上条を交互に見ては、困惑を露わにしていた。

まだ話を聞くべきか、それともステイルを追うべきか、迷った果てに、これ以上聞ける情報はないと判断してステイルを追うことにした。

「それでは。お大事に、上条当麻」

そう言って、ニコチン求めて歩みを早めるステイルを追いかけていった。

「一つ言っておこう」

肩に座る魔神が、語り出す。

「お前が寝てる間に襲撃場所を探ってみたが、グリム系の術式の痕跡があった。少なくとも、『彩られた白紙の童話』とクロウリーの関与は確かだ」

「はは、そうかありがとなオティヌス」

軽い笑い、しかし、心中はそれと真逆で圧倒的な不安に駆られていた。

世界が混沌としていく手前のような。

巨大な歯車が噛み合い、世界を巻き込んだ巨大な戦いが始まるような予感がした。

唯一の武器である右手を握りしめて決心する。

こんなとこで寝てる場合じゃない。

 

 

 

「ほんとーにだいじょーぶなのか?此処は」

そこは学園都市のとある場所。

冷たいコンクリートに囲まれている社長室のような仄暗い室内の灯りは、四隅に配置された蝋燭しか無かった。

「心配ない。牛の脂肪を詰めた壺を、猫が舐め切るまで鼠は近づこうともしなかった。まだ上舐めだから、アレの完成までは持つよ」

「おお…?」

部屋の一番奥、豪華な一人用ソファに腰掛ける童話を現代風にした少女の説明にピンと来ないウインドブレイカーの少女が、困惑の顔をうかべると、レヒト=ベーゼヴィヒツが一冊の本を持って歩み寄ってきた。

「グリム童話全集…?」

「はい。そちらの『猫と鼠とお友達』のお話を読んでいただければ、術式の種は解るかと」

「あ〜、あんたらの『まじゅつ』って奴か。イマイチわかんないんだけど、取り敢えず信用していいんだよな?」

科学の街で育ってきた能力者として、未だ感覚を掴めない別の異能。

神話だ、童話だの一場面を切り取りして自由な解釈で歪めて現世に顕現させるオカルト。

そんなものに身を任せるとなると些か不安がある。

「勿論。私の専門は秘匿と痕跡削除。本気を出せば不可能犯罪だって用意だ」

そう言って、ロートは手を叩いてレヒトを呼び寄せた。

懐から取り出した葉巻入れを開けてロートに差し出す。

しかし、中に入っていたのは高級な葉巻ではなく、内容物をロートは無言で眺めていた。

「うっわ指?魔術師ってのは悪趣味だね〜」

その瞬間、レヒトはハッとした表情をして、自身のミスを認識し、葉巻入れをサッとしまうと、全く同じ形の、渦巻くキャンディの入った葉巻入れを差し出した。

「すみません、ロート様。ご許しを」

「構わんさ。我が忠実な部下」

まるで飼い主と、そのペット。

現代的な童話風少女と、それに従うスタイリッシュな黒服の男。

傍から見れば、その主従関係は真逆に見えるが、そうではない奇妙な二人であった。

ロートは、その中から渦を巻くようなキャンディを取り出して眺めた。

小さいサイズのぐるぐるキャンディは、高速回転する風車に似ていた。

クク、と微笑する。

あの学園都市の真ん中に佇むタワー。風都タワーと言ったか?

あれをこの世界で初めて見た時を思い出す。

魔術師として生きてきた自分が、初めてみた魔術以外の規格外の異能。ガイアメモリ。

確信したのだ。これさえあれば、刻んだ魔法名の意味を叶えることが出来ると。

「一応言っておくと、あれは本物じゃない。ヤギの肉で作って形を整えた偽物(イミテーション)だ」

食べてみるか?と冗談を言うと、全力で首を振ったのを見て、とても愉快になった。

「それはそうと、そろそろ働くべきじゃないか?()()()

ウインドブレイカーの少女が、その言葉に口を尖らせた。

「え〜、モ〜チ〜ベ〜ショ〜ンが湧かなぁ〜い」

壁に背を向けて座って、やる気のない様子を存分に見せる。

以下にも現代っ子らしい態度にため息が出る。

ダメだこいつ。

「例の仮面ライダーとやらは、お前の部下を倒したらしいが、仇を取ろうとは思わんのか?」

「だってアイツら勝手に従ってきただけだし。部下でもなんでもないし」

ゴキブリ一匹潰れたってなんとも思わないということか。

ある意味で冷酷に見えるかもしれないが、確かに一方的な好意は鬱陶しいことこの上ない。いっそ仮面ライダーに感謝している節もあるところだった。

「元々、力を得て勝手にどっか行ったヤツらだ。もう縁も切れてる」

ロートがでっかいため息を吐いた。

動かないゲーム機を何とか動かす方法がないかと手を施した挙句、 どうにもならなかったから父親に丸投げするような感じの目でレヒトを見た。

「では、第三位が仮面ライダーに同行しているという情報はどうですか?」

殺意が蔓延する。

暗室の中に、鋭く研がれた刃のような気配があった。

火花が散った。

蠢く砂鉄がナイフを形成し、鋭い刃がコンクリートを傷つけた。

「いいよ、それだ!それがいいんだよ!」

砂鉄のカランビットナイフを回しながらルンルンで語るその口調は。

とても心躍る気分だった。

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