元上弦の陸を討伐してしばらくした後、鬼殺隊の裏方部隊“隠”が到着した。主に宇髄が指揮を取り、意識を失っていた実弥や妖夢を蝶屋敷に搬送、破壊された美術展の後始末などを行った。
結果として鬼殺隊は元上弦の陸、彩葉を撃破。しかしその代償に風柱の不死川実弥は左腕を失い、音柱、宇髄天元も腹に槍が貫通しておりしばらくの療養を余儀なくされた。魂魄妖夢は二人程の外傷はないものの、全身の骨が何本も折れており、疲労も相当蓄積していたのでこちらも長期間の療養が必要だ。
しかし元とはいえ上弦を討伐するのは100年以上振りの快挙、この知らせは直ちに鬼殺隊員へと周知され、隊士達は彼らの戦いぶりを賞賛した。
「そうか……よくやってくれたね、天元、実弥、妖夢」
報告は鬼殺隊の本拠地、産屋敷亭にも届いた。この戦果はこれから始まる変化への予兆かもしれない、産屋敷耀哉はそれを直感で感じ取っている。
そして妖夢が次に目覚めたのは、戦いが終わってから1ヶ月後のことだった。外はすっかり寒くなっており、風で舞う枯葉が冬を感じさせる季節だ。目覚めた妖夢を、カナエが診察してくれている。
「うん。もう一週間も安静にしていれば、ひとまず訓練くらいはできるようになるわね」
「そうですか……ありがとうございます」
妖夢の容態を見て、カナエは優しく微笑んだ。妖夢が元上弦と戦ったと聞いた時は肝を冷やしたものだが、こうして継子が生きて帰ってきてくれることはカナエにとって何より嬉しいことだった。
「妖夢ちゃんどうしたの? まだどこか痛むの?」
「あの……不死川さんと宇髄さんは……?」
「あの二人ならもう復帰してるわよ。不死川くんはもっと安静にしてなきゃって言ったんだけど、身体が鈍るからって聞かなくて」
「え!?」
共に戦った柱二人の容態を恐る恐る聞いた妖夢。しかしカナエからもう復帰しているとあっさり返され、驚いた。眠っている間、あの時あの場にいたのが自分ではなく他の柱だったら二人は怪我をせずに済んだのではと魘されていた。特に不死川に関しては左腕を失っているので、その事に妖夢は負い目を感じている。
(私が一番軽傷だったのに……柱ってやっぱバケモン……!?)
「御館様が気にかけてくださっても『腕が一本ないくらいどうってことありません』って、頼もしいわよね不死川くん」
妖夢が驚愕している中、笑顔で話を続けるカナエももちろん柱だ。以前カナエにもうすぐ柱になれるかも、と言われたがまだまだ先の話になりそうだ。
「とにかく今は自分の身体を治すことに専念してね。元上弦の頸を斬ったことは凄いことだけれど、私は少し心配だわ」
「カナエさん……」
妖夢の手を取り、微笑み励ましてくれるカナエ。家族がもういない妖夢にとっては師匠であり姉のような存在、それを改めて実感した。
「妖夢ちゃ〜〜ん!! 目が覚めたんだね〜〜!! 良かった〜〜!!」
「華日……!? うわっ!!」
その時、部屋のドアを勢いよく開けて華日が入ってきた。そのままベッドで寝ている妖夢に抱きついてくる。
「上弦と戦ったって聞いて……もうすっごい心配だったんだよ!」
「……ありがとう、心配かけてごめんね」
泣きじゃくる華日を抱きしめて頭を撫でる。これだけ自分のことを心配してくれる親友の存在が今はただありがたかった。
「あらあら……相変わらず仲良しさんね、羨ましいわ」
「カナエさんも! ほら!」
「うふふ……じゃあお言葉に甘えて」
手を広げてカナエを誘う華日。そして3人で抱きしめ合い、妖夢の生還を喜んだ。その日、蝶屋敷の周りは少しだけ気温が暖かったという。
──そして一週間後、妖夢は訛った身体を慣らすためにトレーニングを開始した。
「いくよ、華日!」
「うん!」
妖夢と華日は木刀で打ち込み稽古をしていた。元上弦との戦闘で妖夢は更に成長し、前よりも強くなっている。それを華日は肌で感じていた。
(凄い……妖夢ちゃん、また強くなってる!)
自分より強い者との訓練は何より成長に繋がる。この訓練は二人にとってとても有意義な時間だった。一日中打ち込み稽古をし、気づけば夕方になっていた。
「ハァ……ハァ……やっぱり、妖夢ちゃんは凄いなぁ」
「華日も私が知らない間に強くなってるよ」
「えへへ、これでも色んな任務こなしてるから」
妖夢は元より、華日も妖夢と離れて任務に行っているおかげでかなり実力を伸ばしていた。今の妖夢と何とか渡り合える程だ。
「妖夢ちゃんは5日後から任務に復帰できるんだっけ?」
「うん、もう治ってはいるけど大事をとって無理はするなってカナエさんが」
身体の方はもう大丈夫なのだが、病み上がりで鬼と戦うのは危険だ。それゆえカナエは妖夢にもう数日はゆっくりしていなさいと言ってくれていた。
「妖夢〜お手紙よ〜!」
「幽々子様! 手紙……? ああ、鋼鐵塚さんからですか?」
「ええそうよ」
するとそこに妖夢の鎹鴉が降りてきた。足には巻かれた手紙が括られており、それを妖夢に手渡しに来たのだ。
「鋼鐵塚さんから……何のお手紙なの?」
「前の戦いで新しい呼吸を編み出したから、それ用に新しい刀を打ってもらうようお願いしてたんだ」
妖夢は先の戦いで黄泉の呼吸という新たな呼吸を使った。極限状態で咄嗟に出たものなのでまだ上手く扱えてはいないが、風の呼吸よりも強い技を出すことができる。この呼吸は二刀流の型がメインになるので、担当刀鍛冶の鋼鐵塚に二刀流用の刀の作成を依頼していたのだ。
「どれどれ…………うぇ……!?」
「……? どうしたの妖夢ちゃん?」
手紙を開いて中を確認した妖夢は顔を青くして黙ってしまった。不思議に思った華日が手紙を覗き込むと、そこには乱雑な文字でこう書かれていた。
俺の打った刀に不満でもあるのか? お前にやる刀などない、死ね
「うわぁ……」
「鬼より鬼っぽいなあの人」
一応新たな呼吸のために適した刀が必要になった旨は伝えてあるのだが、どうやら彼の逆鱗に触れてしまったらしい。つくづく面倒くさい男だ。血なのか墨なのかわからない汚れ塗れの手紙から彼の怒りがヒシヒシと伝わってくる。
「ど、どうするの妖夢ちゃん?」
「ん〜……直接会って話を……でも殺されそうだなこの感じだと」
こんな手紙を書く男の元にノコノコと出ていったら間違いなく殺られる。しかし彼の刀鍛冶としての腕は確か、出来れば彼に刀を打って欲しいのもまた事実だ。
「というか……鋼鐵塚さんってどこに住んでるのかな?」
「あ、それならわかるよ! 鬼殺隊の刀を打ってくれる人達は、刀鍛冶の里って場所に住んでるの!」
「刀鍛冶の里?」
華日は簡潔に妖夢に説明してくれた。刀鍛冶の里は文字通り鬼殺隊の刀を打つ刀鍛冶達の住む里だ。普段は鬼の襲撃を防ぐため、厳重に場所を隠されている。隊士は御館様の許可を得ると隠に連れられて行くことができる。
「なるほどね……どうせまだ任務には出られないし、行ってみようかな」
「妖夢ちゃんが行くなら私も行く! ちょうど刀を研いでもらいたかったし!」
そうして二人は刀鍛冶の里に行くことを決めた。御館様の許可はすぐに出て、複数人の隠に連れられて二人は数日で刀鍛冶の里に辿り着いた。
「それでも私はここで……あちらの建物に里の長が居られますのでまずは挨拶を」
「はい、ありがとうございます!」
「ここが刀鍛冶の里……」
連れてきてくれた隠に華日が元気よく挨拶している裏で妖夢は里の景色に見入っていた。とても美しい町並み、見事な里だ。ここで鬼殺隊の命とも言える日輪刀が生まれていると思うと感慨深い。
「よう来たの。ワシがこの里の長、鉄地河原鉄珍。よろぴくな」
「桜乃華日です! よろしくお願いします!」
「こ、魂魄妖夢です」
刀鍛冶の長に挨拶にし訪れた二人。長は思ったより小柄で、ノリの軽い人物だった。元気に挨拶する華日を横目に妖夢も少し困惑しながら頭を下げた。
「うむ、元気でよろしい。それで鋼鐵塚蛍に用があるのはお前さんやな」
「は、はいそうです。新しい刀を打って欲しかったんですけど、怒らせちゃったみたいで(鋼鐵塚さん、下の名前蛍っていうんだ……可愛いな)」
「事情は聞いとる。剣士がより適した呼吸に切り替えるのはよくあることや……その際に刀を変えることもまたよくある。蛍は昔から気難しい子でな、面倒かけて申し訳なく思っとる」
「見つけ次第捕まえて連れてきますのでご安心ください」
鉄珍の口から出た鋼鐵塚の下の名前、それに気を取られ話が半分流れてしまったが要するに里側も鋼鐵塚を探しているようだ。見つかるまで妖夢達は手ぶらになってしまう。
「そっちの子の刀を研ぎ終わるにも時間がかかる。この里には温泉もあるし、まぁゆっくりしていってくれや」
『はい、ありがとうございます!』
妖夢達は鉄珍の部下に連れられ温泉を訪れた。入浴している間に食事も用意してくれるようで、まさに至れり尽くせりだ。ゆっくりと温泉に浸かり、疲れを取り食事場へと向かっていく。
「あ〜いいお湯だった。来てよかったね、妖夢ちゃん!」
「そうだね」
たわいもない話をしながら階段を降りていると、前方に一際目立つ大柄な男が見えた。宇髄よりも更に大柄、身長は2m以上あるかもしれない。
「誰だろう、あの大きな人」
「あれって……岩柱の悲鳴嶼行冥さんじゃない!?」
「岩柱?」
華日が言うと大男の方も二人に気づいたようで、こちらに歩いてくる。何故か涙を流しながら数珠を擦っているその姿に妖夢は息を呑んだ。凄い迫力だ。
「君達は……そうか、君が宇髄や不死川と共に元上弦を倒した少女か」
「はい、そうです」
「元とはいえ上弦の頸を斬るとはとても尊いこと……君には一度会ってみたいと思っていた」
「あ、ありがとうございます!」
「私は桜乃華日って言います! よろしくお願いします!」
「うむ……二人共若い身空でよい心構えだ」
悲鳴嶼はその見た目に似合わず穏やかな口調で声をかけてくれた。しかし戦う姿を見なくてもその強さは怖いほど伝わってくる。
「あの……悲鳴嶼さんも刀を研いでもらいに?」
「ああ。私の日輪刀は少々特殊で、定期的に研磨してもらっているのだ」
岩柱、悲鳴嶼行冥。現柱の中で最古参で、実力も鬼殺隊最強と呼び声高い強者だ。カナエやしのぶは彼に命を助けられ、鬼殺隊に入った過去がある。
「あの……よければ私達に稽古をつけてくれませんか! 刀が研ぎ終わるまで!」
「……華日?」
「妖夢ちゃんが頑張ってるんだから、私ももっと強くならないと!」
悲鳴嶼に頭を下げ、驚いた妖夢に向けて両手を握って答えた。強くなるためには、やはり強い人に教えてもらうのが一番だ。
「……わかった、但し私の稽古は厳しいものだ。着いてこられるか?」
「はい、頑張ります!」
悲鳴嶼は華日の願いを聞き入れ、妖夢達は彼に稽古をつけてもらうこととなった。最強の男の稽古だ、厳しいことは容易に想像できるが華日はもちろん妖夢も強くなるために必死に喰らいつく覚悟を決めるのだった。
♦♦♦♦♦
「姉さん、今から任務?」
「ええ、山を越えた先の町で人が集団で消える事件があったらしいの」
妖夢達が刀鍛冶の里に着いた頃、蝶屋敷ではカナエが任務に向かおうとしていた。しのぶは門の前で出かける姉を見送ろうとしたが、どうにも嫌な予感がする。確信はないが、このまま姉を行かせてしまったら良くない事が起こる気がしてならないのだ。
「……しのぶ?」
「っ……!」
気がついた時にはしのぶはカナエの腕を掴んでいた。行かせたくない、行ってほしくない、せめて私も一緒……そんな言葉を言おうとするが……
「しのぶ、私は大丈夫だから。カナヲ達のことをよろしくね」
「姉さん……」
いつものように優しい笑みでカナエはしのぶを抱きしめてくれた。わかっている、カナエは柱だ。実力は疑いようがないし、今までたくさんの鬼を倒してきた。それでも嫌な予感は膨れるばかりだ。
「それじゃあ、行ってくるわね」
「……」
結局姉を止める事は出来ず、しのぶはカナエの後ろ姿を見送るしかなかった。大丈夫、姉さんを信じよう。自分にそう言い聞かせ、しのぶは屋敷の中へと戻っていた。
この時の彼女には、姉を行かせてしまったことを一生後悔することになるとは夢にも思わなかった。
──カナエの向かった町。そこでは今まさに人が殺され、鬼に喰われていた。その鬼が喰うのは若い女性のみ、そこらに殺された女性の死体が転がっている。
「うんうん、今夜も良い月だ。そろそろ鬼狩りが来る頃かな? 柱……女の子だったら嬉しいなぁ……な、君もそう思うよな?」
その鬼は虹色の瞳を既に事切れた女性に向け、屈託なく笑うのだった。