半人半霊に転生した少女は生きるために鬼を狩る   作:マルメロ

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上弦の弐

 

 

「私の訓練はこの岩を里の端から端まで押し進む……ただそれだけの簡単なものだ」

 

「かん……」

 

「たん……?」

 

 

 夜が明け、約束通り妖夢と華日は悲鳴嶼の訓練を受けていた。彼は人の身長よりも大きな岩の前に二人を案内すると、当たり前のように言ってのける。それを聞いて二人はポカンとその場に立ち尽くしてしまった。

 

 

「まずは私が手本を見せよう」

 

 

 悲鳴嶼は岩に手を置くと、手足に力を込めてその岩を押した。するとみるみるうちに岩は動き出し、地面に移動の跡を作っていく。

 

 

「南無阿弥陀仏……南無阿弥陀仏」

 

「悲鳴嶼さん……凄い!」

 

「……もうどっちが鬼かわかんねぇな」

 

 

 およそ人間とは思えないその力に華日は賞賛、妖夢は凄いを通り越して呆れるとそれぞれ違った反応を見せた。100m程進んだところで、悲鳴嶼は二人に交代を促した。

 

 

「さぁ、やってみなさい」

 

「はい!」

 

「えぇ……」

 

 

 勇ましく意気込んで岩の前に立つ華日、そして渋々ながら別の岩の前に歩いていく妖夢。動かせる気がしない、というか動かせるわけがない。こんなもの動かせたらそれはもはやドラゴンボールの世界だ、そんなことを思いながらも力いっぱい岩を押した。

 

 

「んんん……!!」

 

「無理でしょこれ……!!」

 

 

 しかし当然ながら岩はビクともしない。しばらく押し続けた後、二人は力が抜けてその場に座り込んでしまった。

 

 

「闇雲に押せばいいという訳ではない。大切なのは“反復動作”だ」

 

「反復動作?」

 

「そう……予め決めておいた動作をすることで集中力を高め、力を極限まで引き出すことができるのだ」

 

 

 全ての感覚を一気に開き、最大限引き出すために行うのが反復動作だ。悲鳴嶼の場合は念仏を唱えること、そして彼はその際に怒りや痛みの感情を思い出し心拍と体温を上昇させる。これが反復動作だ。

 

 

「いきなりこの大岩を動かすことは難しいだろう。焦る必要は無い、この里に滞在している間に感覚を掴むことだ」

 

 

 そうして妖夢と華日はこの日、岩を動かそうと必死に訓練したがついぞ岩は動かなかった。そして次の日、妖夢はまだ肌寒い明朝に一人岩の前に立っていた。

 

 

(……悲鳴嶼さんの反復動作は怒りや痛み、だけど私の場合は多分違う……思い出せ、二度命を失いかけたあの日のこと)

 

 

 妖夢が思い出すのは前世で命を落とし、幸運にも転生できた時のこと。もう一つは鬼に新たな家族を殺され、間一髪実弥に命を救われた時のこと。ある日日常が何の前触れもなく奪われるという恐怖、その負の感情をトリガーに感覚を開いた。

 

 

「私に押せぬ岩など……あんまりない!」

 

 

 そして決めておいたルーティーン。魂魄妖夢の代表的なセリフを叫び、岩を思いっきり押した。徐々に土を掻き分け岩が進んでいく。少しずつ、少しずつではあるが妖夢は岩を動かすことに成功した。

 

 

「ハァ……ハァ……ハァ……!!」

 

 

 10m程進んだところで妖夢は岩にもたれ力を抜いた。悲鳴嶼の言った距離には遠く及ばないが、二日目にして岩を動かすことに成功したのだ。

 

 

(な、なんとか動かせたけど……里の端まではまだまだ……)

 

 

 動かせたとはいえ、この距離でこれだけ疲労していてはまだ目標達成には程遠い。まずは反復動作の完全習得、それから岩柱の訓練クリアだ。

 

 

「いや〜お見事ですね、魂魄殿」

 

「……! あなたは?」

 

「申し遅れました。私、鉄穴森といいます」

 

 

 その時、ひょっとこの面を被った男が拍手をしながら妖夢に話しかけてきた。彼は穏やかな口調で名乗り、要件を口にする。

 

 

「朝の散歩中に偶然あなたの姿を見つけまして。見てみるとこんなにも大きな岩を動かしていらっしゃる。鋼鐵塚さんもきっと驚いているでしょう」

 

「鋼鐵塚さん……!? 鋼鐵塚さんの居場所を知ってるんですか!?」

 

「はい、あなたの後ろに」

 

「後ろ?」

 

 

 そう言われて妖夢は後ろを振り返った。そこには顔をギリギリまで妖夢に近づけて立ち尽くしている鋼鐵塚の姿があった。いつの間にそこにいたのか、あまりの驚きに妖夢は飛び上がった。

 

 

「は……鋼鐵塚さん!? いつからそこに!?」

 

「山に籠り修行を積んでいた」

 

「……はい?」

 

 

 帰ってきた答えは全く回答になっていない意味不明なもの。まるで状況が飲み込めない妖夢に、鋼鐵塚に代わり鉄穴森が事情を説明した。

 

 

「鋼鐵塚さんは魂魄殿に二刀流用の刀の製作を依頼されてから、山奥で一人修行に励んでいたそうですよ。ひとえに刀といっても、一刀流と二刀流では根本的に違いますからね」

 

「……!」

 

「鬼殺の剣士として戦う過程で二刀流に切り替える方は少数ですがいらっしゃいます。その場合、二刀流用の刀に慣れた別の刀鍛冶に依頼するのが一般的なのですが……魂魄殿は変わらず鋼鐵塚さんを頼ってくださった。それが嬉しかったのでしょう」

 

(……そうなんだ、全然知らなかった)

 

 

 別の刀鍛冶を担当にするという発想すらなかった妖夢からしたら偶然の産物だが、なんにせよ鋼鐵塚に無事刀を作ってもらえそうで妖夢は胸を撫で下ろした。

 

 

「いいか……この俺が山籠りしてまで打ってやるんだ。もしも折りやがったら地獄の底まで叩き落とすからな」

 

「……この人本当に嬉しがってます?」

 

「ま、まぁ表に出さない人ですから」

 

 

 かくして無事鋼鐵塚と会うことができた妖夢。刀の完成までまだ5日程かかるようなので、それまでは悲鳴嶼の元で岩を動かす訓練を継続した。

 

 

「んんんんん!!」

 

「凄い!! 妖夢ちゃん動いてるよ!!」

 

 

 その日は約20m程岩を動かすことに成功。華日はまだ動かせてはいないが、反復動作のコツは掴めたようで手応えはあったようだ。

 

 

 翌日、華日もついに岩を動かすことに成功した。妖夢の方もだいぶ長い距離を動かせるようになっており、課題クリアまで後少しといったところだ。

 

 

 そして訓練を始めて5日、妖夢の刀が出来上がる前日に二人は里の端から端まで岩を押し動かすことができた。疲労困憊で地面に寝そべる二人に悲鳴嶼は水を差し出してくれた。

 

 

「これで私からの訓練は終わりだ。よくやり遂げた……君達のような若者がいるならば鬼殺隊は安泰だ」

 

「若者って……悲鳴嶼さんも十分お若いと思いますけど」

 

「一般的にはそうであろう……しかし鬼殺隊では君達と同じ歳の頃に入隊し、二十歳まで生き残れる者は決して多くない。鬼狩りとは常に死と隣り合わせだ」

 

 

 悲鳴嶼の年齢は23か4といったところだろう。妖夢の感覚ではまだまだ若く思える。妖夢の言葉に悲鳴嶼は手を合わせながら答えた。まるで今まで死んでいった隊士達に向けてそうしているようにも見える。

 

 

「私は日が落ちる前にはここを発つ。君達に出会えて良かった」

 

「こちらこそ、ありがとうございました!」

 

「どうかお元気で」

 

 

 最後に短い言葉をかわし、妖夢達は悲鳴嶼と別れた。岩を押す訓練は筋力以上に精神面で大きく成長できたと妖夢は感じる。それがきっと悲鳴嶼の強さの一端なのだろう。

 

 

 ──その日の夕暮れ前、妖夢達は里親の鉄珍に呼ばれ彼のいる建物を訪れた。

 

 

「わざわざ呼び出してすまんの……少しばかり頼みたいことがあってな」

 

「頼み事?」

 

「この刀鍛冶の里には鬼殺隊の隊士が何人か常在して警備や見張りをしてくれとるやがな……昨日鬼との戦闘中に怪我を負ってしまったらしいんやわ。そこで、今晩だけお前さん達に警備を代わって欲しいんや」

 

 

 刀鍛冶の里は鬼殺隊にとって最重要地だ。場所は厳重に隠されているものの、万が一の時のために鬼殺隊が全力で警備に当たっている。その警備を妖夢達に頼みたいというのだ。

 

 

「もちろん! 全力でお守りします! ね、妖夢ちゃん!」

 

「そうだね、タダ飯分くらいの働きはしないと」

 

「そう言ってもらえると助かるわ。刀は代わりの物を用意させとるから、今日はこれを使ってくれや」

 

 

 代替の刀を受け取り、妖夢と華日は里の近辺の見回りを開始した。まさか十二鬼月など現れないだろうが、雑魚鬼でも見逃せば里の場所が鬼にバレる恐れがある。少しも気は抜けない。

 

 

「妖夢ちゃん、この辺で鬼の気配はある?」

 

「う〜ん……霊魂もほとんどいないし、今のところ鬼はいなさそうだね」

 

 

 妖夢の霊感ならば、ある程度鬼が近くにいれば発見することが出来る。その鬼が人を喰ったことがないのなら話は別だが。

 

 

「妖夢ちゃんの霊感ってすっごい能力だと思うけど、鬼殺隊には報告してないんだよね?」

 

「……言っても信じてもらえるかわからないし」

 

「でも私には教えてくれたよね?」

 

「華日は……特別だから」

 

 

 私には霊が見えます、なんて言っても簡単には信じてもらえないだろう。華日に言ったのも緊急事態だったから、それで信じてもらえたのだから運がいい。

 

 

「妖夢ちゃんは凄いな。上弦も倒しちゃうし、いつも私より一歩先に行ってる」

 

「上弦って言っても元だし……それに私は不死川さんや宇髄さんのおこぼれをもらっただけというか」

 

「それでも凄いよ! 私、同期として嬉しい!」

 

 

 純粋に褒めてくれる華日に妖夢は顔を赤くした。正直この子はめちゃくちゃ可愛い、妖夢が男だったら惚れていた。というか既に惚れかけている。

 

 

「ん……? あれって」

 

 

 その時、何かを見つけた華日が空を指さした。妖夢も視線をそちらに向け何があるか目を凝らす。空の向こうから点のようなものがこちらに近づいてくる。

 

 

「……鎹鴉?」

 

「あれ……カナエさんの鴉じゃない?」

 

 

 それは鎹鴉だった。それだけなら特段珍しくもない、何か報告でもあるのだろうかと思うくらいだ。しかしそれはカナエの鴉だった、妖夢も見覚えがある。

 

 

「戦闘中──!! 花柱、胡蝶カナエ!! 上弦の弐と戦闘中──!! 応援求厶──!! 応援求厶──!!」

 

「……!!?」

 

 

 背筋が凍った。カナエさんが上弦の弐と戦ってる? 嫌な予感、鳥肌が止まらない。上弦の恐ろしさはよく知っている。元上弦の陸相手に柱が二人いても苦戦したのだ。

 

 

「行こう妖夢ちゃん! 鴉ちゃん、案内して!」

 

「……うん!」

 

 

 華日の言葉で妖夢は我に帰った。カナエの鴉の案内で彼女の元へと全速力で走る。その間、妖夢は自分の鴉にある頼みをしていた。

 

 

「幽々子様、近くにいる隊士……できれば柱に応援要請を! 急いでください!」

 

「わかったわ!」

 

 

 本当に上弦の弐がいるとすれば、自分と華日だけでは戦力不足だ。なるべく多くの戦力を集めるため、自らの鴉を差し向けた。

 

 

「カナエさん……!」

 

 

 華日の額にも冷や汗が流れている。カナエの強さは妖夢も華日もよくわかっている、しかし上弦の強さはそれする超えてくるだろう。どうにか無事でいてくれることを願いながら暗闇の中を疾走する。

 

 

 ♦♦♦♦♦

 

 

 

 

「ハァ……ハァ……ハァ……!」

 

「あれ、もう終わりなの?」

 

 

 上弦の弐、童磨と相対したカナエは瞬間的に感じ取った。この鬼とは仲良くできない、してはならないと。それはきっと正しかったのだろう、この鬼の強さは常軌を逸している。どれだけの人を喰えばここまで強くなるのか、考えるだけで吐き気がする。

 

 

「まぁしょうがないか。もう全集中の呼吸どころか、普通に息を吸うことさえ苦しいよね? 俺の霧、だいぶ吸っちゃったもんね」

 

 

 童磨の発生させる冷気を纏った霧は一度吸えば肺を壊死させ、機能不全に追い込む凶悪なもの。カナエがこれを理解した時には既に手遅れだった。

 

 

「花の……呼き……! ゲホッ……ゲホッ……!!」

 

「ほら、もう無理しちゃダメだよ。安心して、すぐに楽にしてあげるから」

 

 

 技を出そうにも満足に息が吸えない。呼吸を封じられるのは鬼殺隊にとって致命的だ、満足に戦うことすらできない。

 

 

「傷も痛むでしょ? こっちにおいで、救ってあげるから」

 

 

 屈託のない笑顔で、まるでその行為が本当に善行だと思っているように童磨は手を差し伸べてくる。人を殺しているというのに、この鬼は全く罪悪感を抱いていない。

 

 

(死ねない……しのぶやカナヲ……それに、妖夢ちゃん達の為にも……!)

 

 

 カナエはまだ死ねない。妹や継子達を残して自分だけお父さんやお母さんのところに行くなんて……姉として、柱として、そんなことが許されるはずがない。どんなに肺が傷んでも、傷が開いても、立ち上がるしかない。

 

 

「あれ? もう限界だと思ったんだけど、頑張るなぁ」

 

「花の呼吸……肆ノ型!」

 

 

紅花衣(べにはなごろも)!!! 

 

 

「……!!?」

 

 

 まるで天女のように舞い、歴戦の武人のような斬撃を童磨の頸に浴びせた。肺が壊れるのを厭わない一撃に童磨は油断していたのか、頸への一撃を許してしまった。

 

 

 だが──

 

 

「凄い! 凄いねカナエちゃん! そんな身体で俺の頸が斬れるはずないのに! 流石は柱だね!」

 

 

 もはやカナエに上弦の頸を斬り落とす程の余力は残っていなかった。手の力が抜け、無常に刀は地面に落下していく。

 

 

「君は俺が喰うに相応しい女の子だ! さぁ、俺と一つになろう!」

 

(……ああ、ごめんねしのぶ……姉さんを許して……)

 

 

 童磨の扇子がカナエの首元に迫る。これまでの人生の走馬灯が脳裏に走る中、カナエは妹を残して死んでしまうことを心の中で謝罪し、涙を流した。どうか妹が幸せになれますように、それだけが最後の望みだった。

 

 

「風の呼吸……壱ノ型!!」

 

 

塵旋風(じんせんぷう)()ぎ!!! 

 

 

 童磨の両腕が切断された。一瞬動揺した童磨の隙を狙い、カナエは救出された。彼女を抱き抱えて飛び、地面に優しく降ろして少女は安堵したように微笑む。

 

 

「よかった……間に合って」

 

「華日ちゃん……妖夢ちゃん……」

 

 

 魂魄妖夢、桜乃華日。花柱であるカナエの継子の二人が戦場に到着した。童磨の前に立つ妖夢に並び華日も刀を構える。

 

 

「あれぇ、また女の子だ! 今日は運がいいなぁ……やぁ、こんばんわ! 今夜は月が綺麗だね!」

 

(何……この鬼……)

 

 

 上弦の弐を前にして妖夢は身を震わせた。この鬼に憑いている霊の数、今までの鬼とは比べ物にならない。数え切れない程の人がコイツに殺され命を落とし、恨みから成仏できずにいる。以前倒した元上弦の陸が可愛く見えるくらいだ。

 

 

「二人共……! その鬼の出す霧に……気をつけて……ゲホッ……! 肺をやられて呼吸ができなくなるわッ……!!」

 

「そういうこと。俺は童磨、君達の名前も教えておくれ」

 

 

 穏やかに優しく喋る鬼だ、とても人喰い鬼とは思えない。しかしそれが逆に不気味さを際立てている。妖夢と華日は息を呑んだ、これが上弦の弐かと。

 

 

(妖夢ちゃん……華日ちゃん……! 神様、どうか……この子達をお守りください……!)

 

 

 もはやカナエには神に祈ることしか出来なかった。柱として、師として情けないが今は二人を信じるしかない。

 

 

 いつの間にか周囲には雪が舞っていた。肌が凍てつくような寒夜の中、上弦の弐との死闘が開戦された。

 

 

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