半人半霊に転生した少女は生きるために鬼を狩る   作:マルメロ

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蹂躙

 

 

 対峙するだけで全身の細胞が震え出す。こんな経験は初めてだ、あの時倒した元上弦の陸ですらここまでの恐怖は感じなかった。

 

 

「ねぇねぇ、君達の名前を教えてくれよ〜」

 

「妖夢ちゃん……」

 

「大丈夫……私が前に出るから、華日は援護して」

 

 

 陽気に話しかけてくる童磨の言葉に耳を傾ける余裕はなかった。上弦との戦闘経験があるのは自分だけ、自分が華日を守らなければと震える腕を無理やり抑える。しかし内心は今にも逃げ出してしまいたいくらいだ。

 

 

「つれないなぁ。ま、どうせ俺に喰われちゃうから関係ないか……な!」

 

 

 先に仕掛けたのは童磨の方だった。持っていた扇を振りかざし冷気を放出、妖夢達に浴びせてきた。二人は咄嗟に背後に飛びそれを回避する。

 

 

「あれ? 避けられちゃった……思ったより速いのかな?」

 

「カナエさん、ここで休んでてください」

 

「華日ちゃん……気をつけて」

 

 

 これ以上の戦闘でカナエが巻き添えになることを危惧し、華日が物陰に彼女を避難させた。実際妖夢達がいた場所は氷漬けになっており、その場にいれば命はなかっただろう。

 

 

(カナエさんが言ったのはこれだ……コイツの間合いで呼吸なんか使ったら、肺が凍りついて壊死する……!)

 

 

 童磨の血気術を見て妖夢はカナエの言葉を理解した。吸った者の肺を壊死させる氷、そしてそれを粉状にして散布した霧。鬼殺隊キラーと言っても過言ではない能力だ。

 

 

(でも……私なら対処できる)

 

「さぁ、今度はそっちからおいで。遠慮はいらないから」

 

「ッ……! 風の呼吸、肆ノ型!!」

 

 

昇上(しょうじょう)砂塵嵐(さじんらん)!!! 

 

 

 下から上へ、昇るような斬撃。風の呼吸の技は刀を振るう圧で風を起こす、童磨の血鬼術による霧を吹き飛ばせるのだ。

 

 

「うんうん、俺の霧を上手く吹き飛ばしたね。40年くらい前に食べてあげた風柱の女の子も同じことをやってたなぁ。もしかして君も柱だったりするの?」

 

(コイツ……!)

 

 

 妖夢の連撃を童磨は涼しい顔で全て避けている。それどころか雑談する余裕すらあるようだ。

 

 

「水の呼吸……壱ノ型!!」

 

「!」

 

水面斬(みなもぎ)り!!! 

 

 

 童磨の背後からの華日の斬撃、しかしこれも童磨は扇で止めてしまった。そのままもう片方の手に持った扇で凍える冷気を散布する。

 

 

血鬼術 "蓮華氷(はすはごおり)

 

 

「華日……!」

 

「冷た!?」

 

 

 童磨の出した冷気は空気を凍てつかせ、蓮の葉型の氷を生成した。妖夢は華日を抱き抱え、その場を離脱する。少しでも吸っていては完全にアウトだ。

 

 

「掠っただけで腕が……!」

 

「大丈夫!?」

 

「うん、ごめんね妖夢ちゃん」

 

 

 触れただけで腕を凍らせる冷気。まともに喰らえば即死、呼吸が使えないことも考慮して戦わなければならない、厄介すぎる相手だ。

 

 

「いいね! 速いね! ほら、どんどん行くから頑張って避けてよ!」

 

「……!」

 

 

 1回、2回と扇を振るう度に氷の世界が広くなっていく。例え風の呼吸で霧を散らすことができても、これでは迂闊に近寄れない。加えて華日は左腕を負傷、防戦一方だ。

 

 

「どうしたどうした? 頸を斬らなきゃ俺は殺せないよ……っと!」

 

「……!」

 

 

 跳躍、童磨が加速した。一直線に華日に向かい、扇を振り下ろす。冷気を吸わないことに神経を使っていた華日は反応が遅れ、回避が間に合わない。

 

 

「……あれ?」

 

 

 童磨は確かに華日の身体を割いたはず。少なくとも華日に避けるだけの余力はなかった。だが斬れているのは童磨の両腕の方だった。

 

 

「いつの間に斬られたんだろ! 気づかなかった!」

 

「フゥーッッ……」

 

「妖夢ちゃん……!」

 

 

 妖夢だ。童磨が華日を斬るよりも一瞬速く妖夢が童磨の腕を切断したのだ。しかし妖夢の実力ではそれは不可能、童磨よりも速く動くなど例え柱でもかなり難しい。

 

 

「あれれ……君ってまさか彩葉ちゃんを倒した子かな!? わぁ、凄いね! あの御方も君には何か別のものが見えてるって言ってたっけ!」

 

 

 全力以上の力を出したので妖夢は息が乱れていた。童磨に取り憑いている何百という霊魂、彼らが童磨の動きを教えてくれているが、それでも上弦の弍の動きについて行くのは例え一瞬でも至難の業だ。

 

 

「彩葉ちゃんは強かったでしょ? あの子はいつか入れ替わりの血戦を申し込んでくれると思ってたんだけど……死んじゃったらそれもできないよね……俺が吸収してあげたかったんだけどな」

 

「ハァ……ハァ……」

 

 

 童磨が喋っている間に妖夢は息を整える。霧や冷気を吸わないように動くのは、想像以上に体力を消耗する。単純に動きに無駄ができるし、何より童磨自身の実力が抜けているので常に全力を出さなければならない。

 

 

「水の呼吸……漆ノ型!!」

 

 

雫波紋突(しずくはもんづ)き!!! 

 

 

 童磨の注意が妖夢に向かっている隙に背後から華日が突き技を放つ。僅かに反応が遅れた童磨は振り向きざま眼球に刃を喰らう。しかし突きでは鬼を殺せない。

 

 

「君も速いね! でも残念だな、突き技じゃ鬼は殺せない」

 

 

 そんなこともわからないのか、可哀想に……そんな哀れみの感情を抱く。せめて苦しまず楽にしてやろう。どうせそんな頭じゃロクな死に方はしないだろうし。

 

 

「拾ノ型!!」

 

 

生生流転(せいせいるてん)!!! 

 

 

「おっとと!」

 

 

 そのまま流れるような連撃。ちょうど冷気を吸わなくて済むような道筋を、まるで川を流れる水のように辿ってくる。なるほど、この娘もまた強い。勘が働くのだろうか? 霧を思うように吸ってくれない。

 

 

(まぁ、出せる霧の量はこんなものじゃないんだけど)

 

 

 そう、童磨が本気を出せば一瞬で殺せる。情報を収集するために敢えて技を出させているが、本来ならば勝負は終わっているのだ。そんな事もわからず必死になるなんて、なんて哀れで可哀想な女の子なのだろう。

 

 

「妖夢ちゃん!」

 

「風の呼吸……捌ノ型!!」

 

「ん?」

 

 

 童磨があまりの哀れさに華日の首を落としてやろうとした時、童磨は気づいた。あの白髪の娘はどこだ? と。その考えに辿り着いたその瞬間、背後から風が空気を割く音が聞こえた。

 

 

初烈風斬(しょれつかぜぎ)り!!! 

 

 

 冷気に触れたらアウト、ならば一息の間に頸を斬り落とすまで。華日の連撃の隙間を縫い最大限の力で踏み込み、回転しながらの斬撃。冷気と霧を飛ばしつつ、童磨の頸に斬撃を入れた。

 

 

「う〜ん……考えは良かったけど、それじゃ俺の頸は斬れないぜ?」

 

「な……!?」

 

 

 刀は確かに童磨の頸に届いた、しかし硬すぎて切り込みをいれるので精一杯だったのだ。元上弦の陸よりも更に硬い、まるで鋼鉄のような頸だ。童磨は治りつつある頸から垂れる血を指ですくい上げると、それを舐めながらもう片方の手で扇をヒラヒラと扇いでいる。

 

 

「斬るっていうのは……こうやらなくちゃ」

 

「……ガハッッ!!」

 

 

 瞬間、妖夢の肩から腹にかけて大きな切り込みができ大量の血が吹き出した。何が起こったのかわからない妖夢は口から血反吐を吐いて地面に座り込む。

 

 

「妖夢ちゃん!!」

 

(え……? 斬られ……)

 

 

 頸を斬ったつもりが、逆に目にも止まらぬ速さで斬られていたのだ。理解が追いつかず、困惑する妖夢だが遅れて襲ってきた激痛でようやく自分が斬られたことを理解した。

 

 

「……ァァッ!!」

 

「本当は一思いに真っ二つにしてあげようとしたんだけど、思ったより速く動くから半端に斬っちゃった。ごめんね」

 

 

 感じたこともないような激しい痛みに声にもならない嗚咽を漏らす。そんな妖夢を慈悲深いような表情で童磨は見ていた。トドメを刺してやれなかったことを悔やみ、心の底から詫びているのだ。

 

 

「大丈夫、安心して。俺がすぐに楽にしてやるから」

 

「やめろぉ!!」

 

 

 妖夢の息の根を止めようと童磨が迫る。しかし目の前で友が殺されるのを黙って見ているはずがない。華日は必死の形相で童磨に向かっていく。

 

 

「おいおい。今この子を救ってあげるところだから、邪魔しないでおくれよ」

 

「きゃ……!」

 

 

 しかし童磨の放った冷気で吹き飛ばされてしまった。華日の攻撃など、本来童磨にとって片手間で処理できる程度のものだ。ここまではただ遊んでいただけ、圧倒的強者にのみ許された驕りだった。

 

 

(死……ぬ……? 私が……?)

 

 

 意識が遠のいてきた。血を流しすぎたせいか、視界が揺らぐ。童磨の扇が首元に迫ってきているというのに避ける仕草すらできない。

 

 

(いや……いや……!)

 

 

 ──心のどこかで、私は特別なんだって思ってた。だって、死んだはずの私がこの世界に転生して、魂魄妖夢ちゃんの身体をもらって……強くもなれたし、十二鬼月だって倒せた。

 

 

 ──きっと私は特別な運命を背負ってこの世界に生まれたんだって思ってた。口では生きるために強くなりたいとか言いながら、本心では死なないから大丈夫だとか思ってて……だけどそれはただの傲慢、思い過ごしだ……私はこれから死ぬ、この鬼に殺される。特別なんかじゃない、本物の強者に蹂躙されるだけの……ただのか弱い女の子。

 

 

「ぐふッッ……! うぅ……」

 

「あれ……泣いちゃった? どうしたの? 今その痛みから解放してやるから、泣かなくてもいいんだよ?」

 

 

 口の中が鉄の味で染まる。地面に溜まる自分の血が気持ち悪くて吐きそうだ。泣きたくないのに涙が溢れてくる。怖い……怖い……怖い……! 嫌だ、死にたくない……! 

 

 

 妖夢の涙を見て、童磨が驚いたような顔をして動きを止めた。今から助けてやるというのに、何故この子は泣いているんだろう? しばらく考えて、ああなるほどと手を叩いた。

 

 

「そうかそうか、斬られるのは嫌なのかな? 可愛い顔してるもんね! 気が回らなくてごめん! それなら可愛い顔が崩れないようにしてあげる!」

 

 

 童磨が納得したように笑った。どのみち俺に喰われるから変わらないぜ? とは言わない。何故なら童磨は優しいから、妖夢の願いは叶えてあげたいのだ。ここまで頑張ったご褒美も含まれている。

 

 

血鬼術 "寒烈(かんれつ)白姫(しらひめ)

 

 

 童磨が舞うように扇を振るうと二体の氷の巫女像が現れた。それらは口から広範囲の冷気を吐いた。動けない妖夢はそれを浴びる他選択肢がない。

 

 

 童磨は油断していた。いや、この場合ほとんど勝っているのだから油断とも言えないかもしれない。しかしそれが故に気づかなかった、高速で近づいてくる第三者の存在に。

 

 

「……!?」

 

 

 鋭利な風が童磨に襲いかかり、それと同時に冷気を吹き飛ばした。咄嗟に背後に避けた童磨は自らの頬が少し斬られていることに気づき、流れる血を指で拭き取る。

 

 

「ったく……おめェはいっつも死地にいやがるなァ」

 

「あ……」

 

 

 妖夢の前に現れた白色の羽織、腕がなく揺れる左袖、そしてそれを羽織っている人物。それを見た妖夢は顔を歪めた。安堵やその人物が無くしている腕のことなど、色々な感情がごちゃ混ぜになっている。

 

 

「生きるために強くなりたかったんじゃねぇのかァ? 馬鹿野郎がァ」

 

 

 妖夢の兄弟子にして風柱、不死川実弥。妖夢が応援を呼びに行かせた鎹鴉の報告を聞き、駆けつけてくれたのだ。

 

 

「ちょっとちょっと、誰だか知らないけどその子を返しておくれよ!」

 

「黙れゴミ屑がァ! よくも俺の妹弟子を斬りやがったなァ! 覚悟しやがれクソ虫ァ!」

 

 

 再び氷の巫女から凍てつく吐息が吐かれた。そこに実弥は億さず突っ込んでいき、刀を振るった風圧でそれらを全て消し去った。そしてそのまま童磨の扇と肉薄する。

 

 

「不死川さん……」

 

「動くなマヌケめ……お前は役立たずだ、引っ込んでいろ」

 

「伊黒さん……?」

 

 

 実弥が童磨とやり合っている間に、妖夢の同期で柱に近い実力を持つと言われる伊黒小芭内が彼女を担ぎ安全な場所に移動させた。口は悪いが、これでも妖夢のことを案じているのだろう。

 

 

「下手に身体を動かせば傷が更に開く……お前は大人しく見ていろ」

 

 

 そう言い残して伊黒と童磨に向かっていった。柱とそれに近い実力を持つ人物、戦力としては申し分ないが、それでも上弦の弍の頸には届かないかもしれない。しかし、この場にはもう一人の戦力がいた。

 

 

「死に晒せやァ! 糞がァ!」

 

「あっはは! 強いね! 強いね! 片手なのに凄い技だ! 君が風柱なのかな!?」

 

「うるさい……喋るなゴミが」

 

「おっと!」

 

 

 実弥と伊黒の連携攻撃を受けても童磨は余裕を保っていた。確かにこの二人は強いが、それでも上弦には及ばない。自分は負けない、負けるはずがない。

 

 

「岩の呼吸……弍ノ型!」

 

 

天面砕(てんめんくだ)き!!! 

 

 

 落ちてくる鉄球に童磨は思わず回避を選んだ。この戦いで初めて童磨の額に冷や汗が流れた。実際その判断は正しかっただろう、この鉄球を受けていたら確実に頸が飛んでいた。

 

 

「遅れてすまない……他の柱の救援がない状況でよくぞ持ち堪えてくれた」

 

 

 鬼殺隊最強の男、岩柱悲鳴嶼行冥。妖夢達よりも早く刀鍛冶の里を出たため到着が遅れていた男が満を持して参戦した瞬間だ。

 

 

「う〜ん……強そうなのが来たなぁ。これはこれは……遊んでる場合じゃないのかな?」

 

 

 鬼殺隊最強の男の参戦、加えて残りの二人も強く侮れない相手。更には緑色の髪の娘は健在であり、白髪の娘もトドメはさせていない。童磨はあくまで冷静に、客観的に状況を判断した。もう少し本気を出さなければならないと。

 

 

 夜明けまであと1時間を切った。停滞した状況が動き出す、日が昇るまで耐えるか、はたまた鬼の頸を斬るか。どちらにせよ鬼殺隊史上最も厳しいであろう戦い、その開戦の合図は童磨の目付きが変わった瞬間だった。

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