──最終選別。
鬼を狩る組織、鬼殺隊へ入隊するための試験のことである。鬼が嫌う藤の花が一年中咲いている藤襲山で行われ、試験の内容はそこで7日間生き残ること。鬼殺隊が討伐、捕獲している鬼達の強襲をかいくぐりながらのサバイバルだ。
「……そろそろ終わる頃か」
とある山奥の一軒屋、その中で囲炉裏を前に正座している老人がいた。元風柱であり、不死川実弥の育手だった男。彼は先日見送った弟子に思いを馳せ、その帰還を願っていた。もっとも、彼女の実力ならばただ生き残るのは容易いだろうが。
「僅か半年であそこまで腕を上げるとは、才能とは恐ろしいものだ」
不死川実弥の紹介で預かった魂魄妖夢という少女。聞けばまだ12の歳、修行中に誕生日を迎え現在は13だが……彼女は半年足らずで目覚しい成長を遂げた。並の隊士ではもはや彼女には適うまい。
「しかし……何事も思い通りにいかないのが世の常、私にできるのは我が弟子の無事を祈るのみ」
今まで数多くの弟子を取ってきたが、最終選別を生き残った者は決して多くない。何人もの弟子を失ってきた。それを思うと、内心穏やかではいられないのだ。
その頃、藤襲山での最終選別は6日目の夜を迎えていた。今夜を生き残れば、鬼殺の隊士になることが出来る。
「全集中……風の呼吸、弐ノ型……!」
「ぎゃあッッ!?」
襲いかかる鬼の首を斬り、少女を深く息を吐いた。魂魄妖夢という少女、正確に言えば魂魄妖夢になった少女は最終選別を問題なく生き残っていた。彼女の剣士としての才は凄まじく、たった半年で並の鬼ならば容易に倒せるまでに成長した。恐らく、元となった魂魄妖夢の身体の影響だろう。
「……ふぅ」
そこらに生えている木にもたれ、しばしの休息を摂る。瓢箪に入れておいた水を飲んで喉の乾きを潤した。ここまでの6日間、鬼と幾度となく遭遇したが全て討伐することができていた。不安ではあったが、少なくともここにいるレベルの鬼では妖夢の相手にはならないようだ。
(……ここ、完全に鬼滅の刃の世界だよね)
彼女は前世では重度のアニメオタクだった。しかし、社会現象にまでなった鬼滅の刃という作品は厨二病特有の「私は他の奴らとは違うし」という価値観で未視聴だった。嫌でもSNSで入ってくる情報である程度のことは知っていたが、これなら意地を張らずにちゃんと見ておけば良かったと激しく後悔する。
(剣士になるための訓練、キツかったなぁ……私が妖夢ちゃんじゃなかったら100回は死んでたよ)
生半可な実力では、鬼に簡単に食われてしまう。だから育手達は弟子を非常に厳しく育てる傾向にあった。妖夢も例に漏れず、深い谷の底へ突き落とされたり、山から山まで休憩なしで走らされたり、挙句の果てには大きな凧に括り付けられ空高く飛ばされたり。普通の中学生であった頃の彼女ならとっくに死んでいたが、やはり妖夢に転生しただけあって身体は頑丈。剣術もどんどん飲み込み、僅か半年で最終選別を受けられるレベルに到達した。
(……! この感じ……)
妖夢は死んだ人間の魂を視覚的に認識することが出来る。子供の頃に気づいたこの力は鬼殺の剣士として修行を積んだことでより研ぎ澄まされ、魂の流れや感情、彼らの意志を感覚的に読み解くことが可能になっていたのだ。
(たくさんの霊魂が集まってる……ここにいる鬼達は人間を2、3人喰った鬼って聞いたけど)
通常、死んだ人間の魂はあの世に行く。しかし、この世に未練を残し死んだ者の魂はこの世を彷徨い続ける。そして……仮に鬼に殺され、強い憎しみや未練を感じた者の魂は、その鬼に憑くことになる。鬼の周りに憑く魂の数は今まで殺してきた人間数、つまりその鬼の強さを表すと言っても過言ではない。
「近くに鬼が──」
立ち上がり周囲を見渡す。すると木々の奥、100m程先にある開けた場所に鬼の影を見つけた。しかしそれは今までの人型とは違い、大きく膨れ上がった風船のような鬼だ。その鬼と一人で懸命に戦っている少女の姿も見えた。薄い緑色のような、珍しい髪色をした少女だ。
「水の呼吸……肆ノ型、打ち潮!」
「……ふひひ、効かないねェ。俺の首は硬い、あの獅子色の髪の餓鬼でも斬れなかった!」
「そんな……!?」
少女の刀が鬼の首に届いた。しかし余程硬い首なのか、刃は皮膚を通らなかった。人の身長の3倍はあるであろう高さにある鬼の首を狙うために飛び上がっていた少女は空中で体勢を崩す。そこを無数に生えている鬼の手が狙っている。それを見た瞬間、妖夢は駆け出していた。
「さぁ死ね! 地獄で鱗滝を恨むんだな!」
「風の呼吸……壱ノ型!!」
「ん?」
「がッ……!」
鬼の手を斬り落とし、少女を抱きかかえ脱出した。そのまま地面に着地して、鬼の動きに警戒しつつも少女に声を掛ける。
「大丈夫?」
「あ……ありがとう」
(わ……この子可愛い。ちょっとこいしちゃんに似てるかも……って、今はそんなこと考えている場合じゃないか)
薄緑でセミロングの髪、緑の瞳、幼さの残る顔立ち。どことなく古明地こいしを似ている可愛らしい少女だ。前世の自分が彼女を見たら、きっと推していたことだろう。
「おいお前、俺の獲物を返せ! 狐の面だよ狐の面! その面をつけた餓鬼は全員殺すって決めてるんだ!」
「面……?」
鬼の言葉を聞き少女を見ると、確かに狐の顔のお面をつけていた。しかしそれがどういった意味を持つのかは妖夢にはわからない。
「まさか……今まで鱗滝さんの弟子を殺してたのは……!」
「……! ああそうさ、俺が殺した。俺をこんなところに閉じ込めた鱗滝……アイツの弟子は全員殺してやった、10人以上だ! 印象に残ってるのは獅子色の髪の餓鬼と女の餓鬼、アイツらは強かったな!」
なるほど……察するにこの鬼は少女の師匠である鱗滝という人物に恨みを持っており、その復讐に最終選別を受けに来た弟子達を葬っていたということだろう。それにしてもこの鬼はたくさんの人を喰っているはずだ、取り憑いている霊魂の数が他とは比にならない。
「あなた、人をたくさん喰ったでしょ? 少なくとも40人以上は」
「ほぉ……よくわかったな」
「うん、見えてるからね。あなたに恨みを持ってる魂が……」
「……何を訳の分からないことを言っている?」
この鬼の周囲にはたくさんの霊魂が漂っていた。それら全てから恨み、憎しみ、怒りの感情が痛い程読み取れる。どれだけの人を殺したのか、もはや考える必要すらない。
「あなたに殺された人達が教えてくれてるよ、あなたの弱点。よっぽどあなたに死んで欲しいみたい」
「お前も他人のために命を賭けるのか? あの餓鬼もそうだったな、他人を助けて体力を消耗し、俺に喰われた。馬鹿な餓鬼だった」
「私が戦うのは私が生きるため。そのためなら……」
「……!?」
この無意味な問答に嫌気がさし、先に仕掛けたのは妖夢の方だった。伸びてくる鬼の手首を斬り落とし、一瞬の間に首へと迫っていく。
──捌ノ型、
「馬鹿な……!?」
「斬れぬ首など……あんまりない!!」
大振りの太刀筋で鬼の首を分断した。日輪刀で首を斬られ、頭と胴体が分離した鬼は身体が灰のように散り散りになり、最後は完全に消滅する。太陽光以外ではこうすることでしか、人間は鬼を殺すことができないのだ。
「凄い……」
「怪我はない?」
「あ……は、はい! 大丈夫です! ピンピンしてます!」
振り返った妖夢に尋ねられ、少女は背筋をピンと立てながら大きな声で答えた。自分と同い年くらい、下手をしたら年下かもしれない相手に助けられて内心は複雑な気持ちだ。でも今は、純粋に感謝しかない。
「私、桜乃 華日っていいます! あなたは?」
「魂魄妖夢……です」
「妖夢ちゃん! 可愛い名前! よろしくね! 助けてくれてありがとう!」
「う……うん」
目を輝かせ、手を握ってグイグイと話しかけてくる華日に妖夢は少したじろいだ。前世からしてあまり人と関わるのが得意ではないし、顔のいい女の子にこんな距離で見つめられると目のやり場に困る。
「えと……そのお面は?」
「これ? これは厄除の面って言って、鱗滝さん……私の師匠がまじないをかけて渡してくれたの! 無事に生きて帰れますようにって!」
とりあえず適当に話を逸らすために、華日がつけていたお面に話を振った。それを頭から外し、華日は大事そうに眺めている。心做しか、その瞳は僅かに揺らいでいる気がした。
「でも……あの鬼はこのお面を狙ってたんだね。鱗滝さんが想いを込めて作ってくれたのに……」
「……」
弟子に無事帰ってきて欲しいという師匠としての愛が故の願い。まさかそれが原因で弟子を殺されていたとは、あまりにも気の毒な話だ。
「だけど……少なくとも殺された人達はあなたの師匠を恨んでないし、あなたの無事を願ってた」
「へ?」
「私、霊感が人より強いんだけどね。あの鬼の首を斬った後『無事でよかった、ありがとう』って聞こえた気がしたから……ずっと見ててくれたんだね。大丈夫、ちゃんと成仏したみたい」
妖夢は微笑みながら華日に語りかける。かつて殺されてしまった鱗滝の弟子達、彼らは妹弟子の無事を祈り続けていた。その事実を知り、華日は目頭が熱くなった。
「うぅ……ありがとう、妖夢ちゃん」
「……行こう、他の鬼が来るかもしれない」
「うん……!」
涙をこらえる華日を連れて妖夢はその場を離れた。そしてその晩、彼女達は共に最後の夜を明かして最終選別を終了した。集合場所に戻った2人は驚く、選別が始まる前には20人程いたはずの受験者が今は自分達を含めて3人しか残っていなかったのだから。
「え!? これだけしか生き残らなかったの……?」
「やっぱり難しい試験だったんだね」
妖夢は元より、華日も隊士の卵としては上位の実力者だったのだろう。妖夢が倒したあの異形の鬼程の強者はもういないにせよ、やはり鬼を相手に7日間生きるというのは人間には難しいことなのだ。
(私達以外に生き残ったのは……あの人だけか。なんだかちょっと気難しそう)
「合格おめでとう! 私華日、あっちの子が妖夢ちゃん! 私達同期だね、よろしく!」
(もう話しかけに行ってる!? 恐るべし、華日)
妖夢達以外に生き残ったのは、2人より少し年上に見える黒髪の少年だった。特徴的なのはオッドアイであること、口元を隠すように巻いている包帯、そして肩に乗せている白い蛇だ。
「……フッ」
「無視された……! 妖夢ちゃん、私無視されちゃった〜!?」
「よしよし」
すぐに少年に話しかけに行った華日に驚く。しかし、少年は華日を一瞬見たもののすぐに顔を逸らしてしまった。ショックを受けたのか、抱きついてくる華日を妖夢は撫でて慰めてあげた。
「皆様、おめでとうございます。皆様にはまずは隊服を支給させていただきます。身体の寸法を測り、その後階級を身体に刻ませていただきます。刀に使用する玉鋼はこの場でお選びいただき、更に鎹鴉をつけさせていただきます」
着物を着た女の子達からの説明の後、それぞれの肩に鴉が降りてきた。妖夢の元にも当然鴉がやってくる。なんだかおっとりとしている鴉だ。
「ねぇねぇ妖夢ちゃん、よかったら私の師匠の家に来ない? お礼もしたいし、妖夢ちゃんを紹介したいの。刀ができるまで泊まっていって!」
「……うん、ありがとう」
華日の提案を妖夢は有難く受け入れた。ここから妖夢の師匠の家まで帰るには10日程かかる。泊めてくれるならとてもありがたい。
「あら、もう出発するの? ダメよ、もっと休んでからじゃないと」
「わ!? ……鴉が喋った!?」
「え……? 妖夢ちゃん知らなかったの? 鎹鴉は喋るし頭もいいし、凄い子達なんだよ」
妖夢の肩に乗っていた鴉が喋ったことに彼女は驚いた。華日は知っていたらしいが、妖夢はそんな話聞いたこともない。教えてくれてもよかったのに、少しだけ師匠に不満を覚えるのだった。
「なんで休んでからじゃないとダメなんですか?」
「お腹が空いたわ……ご飯にしましょう」
「いやあなたがお腹空いてただけですか!?」
どうやらこの鎹鴉、腹ペコらしい。だから休憩という名目で食事にしたかったのだ。なんだか口調といい、誰かに似ている気がしてならない。
「というか妖夢ちゃん、なんで鴉に敬語なの?」
「いや……なんだかこの鴉にはタメ口で話しちゃダメな気がして」
「……?」
別に妖夢はたまたまこの身体に転生しただけであり、元の魂魄妖夢の口調を真似る必要もないのだが……なぜだかこの鴉には自然と敬語で話してしまう。
「じゃあ出発する前に何か食べようか。何が食べたいですか?」
「虫……鳥……それから龍」
「偏食か!? てか龍って……もう、焼き魚でいいですか?」
結局華日と2人で川で魚を採り、それを焼いて皆で食べた。ちなみに一番大食いだったのは鴉だ。小さい身体のどこにあの量の魚が入っていくのか、2人は目玉を丸くして驚くのだった。