私が鬼殺隊に入ったのは……他の皆みたいに家族の仇を討ちたかったり、鬼から大切な人を守りたいからじゃない。生きるため、自分の尊厳を踏みにじられないようにするための強さが欲しかったから。二度、死の淵を経験してわかった……『死』というものは危険から縁遠い、平穏な生活を営んでいたとしても突如として襲いかかってくる。その時が来ても生き延びられるのは、自分の身を守ることのできる強さを持っている人だけだ。
「初任務でいきなり十二鬼月が相手だなんて……聞いたことないよぉ!」
「十二鬼月だろうが関係ない、醜い鬼の頸は斬り落とすまで」
私の隣で戦う二人は鬼から身近な人を守ろうとしている、鬼への憎しみで戦っている。私とは違う……確かな信念を持った剣士だ。私は二人に比べて何も持ち合わせていない、だけど……例え私の心が空っぽだとしても私は戦う。
「さぁ……いつでもかかっていらっしゃい♡」
──私は生き延びてみせる。それこそ私が……この世に存在した証!
下弦の弐、啜美の背中から生え出る無数の管。それを掻い潜りながら妖夢、華日、小芭内は三方向から同時に襲いかかった。しかし啜美は慌てない、なぜなら彼には奥の手があるからだ。
「……! 二人共気をつけて、コイツの血鬼術は……!」
「もう遅いわ! 暗闇の中でもがき苦しみなさい!」
再び妖夢の視界が暗黒に染まった。恐らく二人も同じなのだろう、これでは連携を取って戦おうにも味方の動きすらわからない。
「……!?」
「目の前が……!!」
戦いの前に伝えておくべきだった。そう後悔しても後の祭り、目が見えない三人に向かって無数の管がまるで鞭のように襲いかかってくる。
(守らなきゃ……! 見えなくても動ける私が!)
「風の呼吸……漆ノ型!」
身体を回転させながら、暴れる管を全て斬り払う勢いで刀を振るった。しかし全ての管を止めることはできず、いくつかは斬り損ねてしまった。それらは小芭内がいる方向に進んでいく。
「伊黒さん……!」
目が見えてない小芭内ではこの管の猛攻を受けられない。そう思い妖夢は彼のフォローに入ろうとする。
「水の呼吸……参ノ型!」
「……!?」
「心配は無用だ、俺には鏑丸がついている」
だが小芭内は流れるような剣技で管を全て捌ききった。華日や錆兎と同じ、水の呼吸だ。目が見えていないはずなのにこの精度、にわかには信じがたい。
(肩に乗せてるあの蛇が状況を伝えている? ただの雑魚剣士だと思ってたけど、この子も……中々やるじゃない)
「消え失せろ、気色の悪いゴミ屑が」
「……!」
──水の呼吸、肆の型!
小芭内の日輪刀が啜美の頸を捉えた。しかし咄嗟に腕で防御したことにより攻撃がそれ、頸ではなく両腕を斬り落とす結果となった。その瞬間、小芭内の視界は一気に晴れた。
「なるほど……貴様に攻撃を加えれば視力が戻るわけか」
「ご名答。だけどすぐに元通り♡」
視力を奪う血鬼術は啜美にダメージを与えることで解除できる。だがそうしても彼はすぐにまた視力を奪ってくる。本体に大きなダメージを与えない限り、イタチごっこの繰り返しだ。
「ごめんね! 私、何の役にも立ててない……!」
「大丈夫。私と伊黒さんで前に出るから、華日は援護をお願い」
妖夢や小芭内と違い、華日は視力を奪われては戦いようがない。故に敵の懐に踏み込めず、歯痒い思いをしていた。だが戦いには相性というものがある、妖夢と小芭内がメインで戦い、華日は援護。これが最も有効な戦術だろう。
「伊黒さん、連携して攻撃しよう。私と伊黒さん……交互に技を出せばアイツの血鬼術を阻止できる」
「……承知した」
無愛想な伊黒だが、鬼の頸を斬ることは最優先事項だ。故に妖夢の提案に同意し、共に十二鬼月を倒すべく協力する。
「んふ、荒削りな連携ね。動きが筒抜けよ?」
小芭内が一撃を入れ、立ち替わり今度は妖夢が技を出す。このコンビネーションに啜美は対応してきている。斬撃は入る、しかし頸まで刃が届かない。
「風の呼吸……捌ノ型!」
「荒っぽいわねぇ♡」
「どこを見ているノロマ」
「……!?」
「水の呼吸……捌ノ型!」
「ガハッッ……!」
妖夢の回転斬りから、意表を突いた小芭内の縦一閃。頸は斬れずとも啜美に確かなダメージを与える。これは十二鬼月だとしても無傷ではいられない。
「いいわねぇ……ゾクゾクしちゃうわ!」
「……ッ!」
「いたッ……!」
しかし瞬間、啜美から伸びる管の数が倍以上に増えた。対応しきれず妖夢と小芭内はいくつかの管の攻撃を受けてしまい、血を吐き吹き飛ばされる。
「アタシを本気にさせたからには……覚悟できてんだろうなァ餓鬼共!」
啜美の雰囲気が変わった。遊び半分で楽しんでいたこれまでとは違って、本気で妖夢達を殺しに来ている。その迫力は十二鬼月の名に恥じないものだ。
攻撃の速度が増した。いやそれどころか速さ、重さ、鋭さ、全てが一段階上昇している。妖夢と小芭内は息継ぎするのも精一杯というほどの動きを強いられている状況だ。
「ぐッ……!」
「伊黒さん!」
「大丈夫だ、俺に構うな」
身体を複数箇所刺され殴られ叩かれ、伊黒はダメージの限界が来たのか動きを止めてしまった。助太刀に入ろうとする妖夢を他ならぬ彼が制止した。
(ダメだ、皆もう限界……この一撃でアイツの頸を斬る!)
「さて……終幕の時間よ!」
(また視界が……いや、今がチャンス!)
足に力を込める、息を思いっきり吸い、全身全霊の力で最後の攻撃を繰り出した。
「風の呼吸……玖ノ型!」
己の感覚を頼りに伸びてくる管を叩き斬り、啜美へと急接近していく。妖夢の動きの変化を感じたのか、彼は後退し攻撃を避けようとする。それに対し、全力で追随して管を全て斬り伏せた。
「残念、惜しかったわね」
「……!?」
ラスト、啜美の頸に刃を振るおうとしたその時、更に数を増やした管が襲いかかってきた。攻撃に集中していた妖夢は避けきれない。紙一重、この駆け引きは啜美の勝利だった。
「水の呼吸……陸ノ型!」
「な……!?」
ねじれ
華日だ。啜美の背後から忍び寄った華日の刀が彼の頸に届いた。予想外の死角からの一撃に啜美は驚きを隠せない。
「アンタ……まだ視力は戻っていなかったはず!?」
「勘!!」
唯一視力を補う方法がなく、戦いに入れていなかった華日。そんな彼女が勘を頼りに頸を斬ってきたのだ。驚かないはずがない。
「硬い……!?」
「当たり前よ! 十二鬼月の頸、簡単に斬れると思わない事ね!」
しかし斬れない。刃が届いたとしても、十二鬼月の強靭な頸は中途半端なダメージは通さない。目が見えない状態での攻撃なら尚更だ。華日の刀は啜美の頸の中間辺りで止まってしまった。
──玖の型!!
「……ウソ」
そのチャンスを妖夢は逃さなかった。華日の刀の上から更に技を繰り出し啜美の頸を無理やり斬り落としたのだ。啜美の頸は依代を失い、ボロボロと崩れながら落下していく。
「油断大敵……!」
「そんな、このアタシが……」
再生を試みても止まらない。頸を斬られた以上、あとは死を待つだけ。不死身だと思っていた、無敵だと思っていた、十二鬼月である自分が殺られるなど考えてもいなかった。
「何か……言い残すことは?」
「……んふ、最期にアンタ達と戦えて、本望だわ。……散り際は潔くないとね」
そう言い終えると啜美は完全に燃え尽きた。鬼にしては珍しく、気持ちの良い最期だった。鬼としてでは無く、人間として出会えていれば……と、妖夢は少し考えてしまう。
「やった……やったやった! 勝った! 十二鬼月に勝ったよ!」
「ちょ……やめ……身体中串刺しだから……!」
勝利の喜びから妖夢に抱きつく華日。ダメージの深い妖夢は華日を押し退けようとするが、興奮しているのか聞き入れてくれない。
「騒がしい奴らめ……十二鬼月の下っ端を倒した程度で……」
「こっち来て素直に喜んだら?」
「俺は女は苦手なんだ」
少し離れたところでため息をついている小芭内。その姿を見て妖夢は呆れ笑いをした。しかし、戦いの前とは何かが違う。死闘を経て、3人の間に何らかの感情が芽生えたのは事実だ。
「疲れた……ちょっと休憩しよう?」
「うん、そうだね……」
そして3人はその場に倒れ込んだ。死闘による傷、極限状態での心労、気を失うには十分すぎるだろう。かくしてこの妖夢、華日、小芭内は入隊間もない隊士としては異例中の異例、十二鬼月討伐を成し遂げたのだった。
♦♦♦♦♦
「……んん?」
「……!」
目覚めると、妖夢はどこかの部屋のベッドに寝かされていた。周囲を見渡しても見覚えはなく、ここがどこかは全くわからない。そして目線を下げると、ベッドの横に立っていた女の子と目が合った。
「えと……おはよう?」
「……」
妖夢が挨拶すると、女の子は驚いたのかトテトテとどこかへ行ってしまった。よくわからないこの状況に、妖夢は首を傾げる。
「あら、目が覚めたのね。調子はどう?」
そして入れ替わりで入ってきたのは、蝶のような髪飾りをつけた美しい女性だった。その美貌は妖夢が思わず息をするのを忘れてしまう程だ。
(わ、綺麗な人……)
「意識ははっきりしてる? どこか痛むところは?」
「あ……! 大丈夫です!」
「そう、よかったわ。私はこの蝶屋敷の主、花柱の胡蝶カナエです。よろしくね、魂魄妖夢さん」
鬼殺隊最強の称号を持つ柱の一角、花柱の胡蝶カナエ。あまりの可憐さに見惚れてしまうが、彼女もまた相応の実力者だ。
「あ……あの、私の他に二人いたと思うんですけど」
「心配しなくても大丈夫よ。華日ちゃんも伊黒くんも、もう回復して任務に向かってるわ」
「そうですか……よかった」
共に戦った華日と小芭内の無事を聞き、妖夢は胸をなで下ろした。
(華日はともかく……伊黒さんも結構重症だった気がするけど、回復力半端ないな……)
「まだ鬼殺隊に入ったばかりなのに、十二鬼月を倒すなんて凄いわ。ベテランの隊士でも殺されてしまうことだってあるのよ」
カナエはベッドの横にある椅子に腰掛けると優しく妖夢に微笑んだ。まるで女神の如しその笑顔に、妖夢は赤面して顔を逸らしてしまった。
「不死川くんもそう思うわよね?」
「え?」
カナエが部屋に外に声をかけると、舌打ちをしながら男が一人入ってきた。彼の姿を妖夢は知っている。鬼に家族を殺された時に助けてくれ、師匠となる育手を紹介してくれた恩人、妖夢の兄弟子にあたる不死川実弥だ。
「妖夢ちゃんと不死川くんは知り合いなんでしょ? どういう関係なの? 不死川くん、聞いても教えてくれないの」
「……鬼から命を助けてもらって、私の剣の師匠も不死川さんに紹介してもらったんです」
「あら? じゃあ二人は兄妹弟子なのね、隠すこと無かったのに」
「別にわざわざ言うことじゃねぇだろォ」
以前会った時もそうだったが、実弥は基本的にぶっきらぼうな性格なようだ。あまり多くを話したがらない、他者を寄せ付けない雰囲気を纏っている。
「でもそういうことなら、あの話は不死川くんが適任かしら?」
「……?」
「御館様から妖夢ちゃん達を継子にしてやって欲しいって頼まれてたの。将来有望な隊士を育てて欲しいって」
継子というのは柱が直々に育てる将来の柱候補達のことである。相当の才覚や実力がなければ選ばれない、新世代のホープと言っても差し支えないだろう。それも今回は御館様直々の願い、それだけ妖夢達は期待されているということだ。
「俺は継子は取らねぇよ。第一まだ柱じゃねェ」
「あ……もう、不死川くんったら」
変わらず無愛想な返事をし、実弥は来たばかりにも関わらず退室しようとする。しかしふとドアの前で立ち止まると、妖夢の方に振り向いた。
「鬼を殲滅してこその鬼殺隊だァ。忘れんなよ、魂魄」
「……! はい!」
彼なりの激励なのだろうか? ともかくそれだけ言い残すと、実弥は部屋を後にした。初めてあった時といい、とことん不器用な人間だ。
「それじゃあ御館様のご命令通り、妖夢ちゃん達は私が預かるわ。もちろん、妖夢ちゃんさえよければだけど」
「……よろしくお願いします」
柱の継子になれるなど、滅多にないこと。御館様直々の願いとなれば、受けない手はない。こうして妖夢は花柱胡蝶カナエの継子として、蝶屋敷にしばらく身を置くこととなった。