蝶屋敷で2週間の休養を経た後、妖夢は任務に復帰した。花柱の継子として、訓練をしながら舞い込んでくる任務に奔走する。初任務でいきなり下弦の弍を討伐した妖夢にとってはそこらの雑魚鬼など相手にならず、順調に鬼を討伐していった。
──そして3ヶ月の時が経ち。
「はぁ!」
「うふふ」
定期的にカナエに稽古をつけてもらっている妖夢。しかし未だ彼女に一太刀も浴びせることが出来ていなかった。下弦を討伐する程の実力者でも、柱の領域には未だ至れていないのだ。
「妖夢ちゃん凄い! どんどん動きがよくなってるわ!」
「ありがとう……ハァ……ございます……ハァ……」
カナエは妖夢の成長を逐一褒めてくれるが、それでも軽く流されているので正直実感が湧かない。確かに強くはなっているのだろうが、目の前の壁が大きすぎるのだ。
「じゃあ今日はこの辺にしましょうか、そろそろお夕飯の時間だし」
「はい」
刀を鞘にしまって屋敷の中へと戻る。この蝶屋敷にはカナエの他に彼女の妹のしのぶ、そして鬼殺隊員の神崎アオイ、胡蝶姉妹に拾われた少女の栗花落カナヲらが住んでいる。夕飯時はいつも賑やかだ。
「姉さん! またこんな時間まで稽古して! 晩御飯、とっくに冷めちゃってるわよ!」
「あら……もうそんなに時間が経ってたのね」
屋敷に入るなり、プリプリと怒りながら話しかけてきたのは妹のしのぶ。彼女も鬼殺隊員であり、かなりの実力者でもある。
「妖夢も! 姉さんぼんやりしてるから、はっきり言わないとダメだからね!」
「まぁ私も夢中になってたし……人のこと言えないというか……」
「ねー。妖夢ちゃん筋がいいから、つい時間を忘れちゃうのよね」
「揃いも揃ってこの人達は……」
額に手を当て、呆れるしのぶ。彼女は一見すると気難しそうな顔をしていて怖い印象を抱かれるかもしれないが、しのぶが怒るのは全て他人のため。だからか妖夢も彼女にきを許していた、年齢もちょうど同い年だ。
「あ! 妖夢ちゃんカナエさんしのぶちゃん! ただいま戻りました!」
「華日、任務どうだった?」
「バッチリ! ……でも帰り道にご飯屋さんがなくてお腹ペコペコ……」
「あらあら、じゃあ今日は久しぶりに皆でお夕飯を食べましょう」
同じくカナエの継子となった華日も帰還した。ちなみに小芭内にも継子の話は来ていたのだが、彼は女性が苦手らしく断ってしまった。華日がとても寂しそうにしていたのを妖夢は覚えている。
「そういえば妖夢ちゃん! 妖夢ちゃんの兄弟子の不死川さん、柱になったんだって!」
「え? そうなの?」
「あら、知らなかったの? 前回の柱合会議で正式に任命されたのよ」
華日に言われ、妖夢は兄弟子である不死川実弥が柱になったことを初めて知った。元々実力はあったのだろう、いずれ昇格しても不思議ではなかった。
そしてカナエ達と食事を取り、就寝した翌日。妖夢の元に新たな指令が舞い込んできた。
「妖夢、次の任務よ。鬼の目撃情報があったわ、華日と共に向かい……水柱、冨岡義勇と合流しなさい」
「水柱……ですか?」
それは華日と共に水柱、冨岡義勇の元にいけというものだった。冨岡は確か華日の兄弟子、つまりは鱗滝の弟子ということになる。
「私のところにも来たよ! 冨岡さんの担当区域で鬼の被害が多発してるって!」
妖夢は走ってきた華日と合流し、鴉の案内で冨岡の担当地域である東京府奥多摩郡に向う。道中食事などを共にし、華日とたわいもない会話で盛り上がった後夕暮れ前には目的地に到着した。
「この町に冨岡さんがいるはずなんだけど……あ、いた! 冨岡さ〜ん!」
妖夢は冨岡の顔を知らないので、華日が先導して町の中で彼を探した。思っていたよりすんなりと見つかり、華日が駆け寄るがどうやら彼は揉めているようだった。
「俺は鬼を探している……何か変わったことはないか?」
「鬼ィ? 何言ってんだアンタ? 獣か何かのことか?」
「違う、人を食う化け物だ。俺は鬼殺隊の冨岡義勇……鬼を斬りに来た」
「に、兄ちゃん! この人……刀持ってる!?」
道行く兄弟に鬼のことについて尋ねていたようだが、鬼の存在は一般には知られていない上に鬼殺隊は政府非公認組織。つまり今の彼はどこから見ても不審人物だ。気づけば人だかりができ、警察まで駆けつけている。
「ご、ごめんなさい! この人私のお兄ちゃんなんです! 最近頭を強く打って、それから変なことばっかり言ってて……あはは……さようなら〜!」
慌てて華日が駆け寄り、無理やりな言い訳を並べた後、強引に冨岡を連れて逃げた。その間冨岡は変人扱いされたのが不服だったのか、ずっと心外そうな顔をしていた。
「もう! 冨岡さん無口で無愛想で口下手なんだからせめて言葉は選んでください!」
(結構辛辣だなこの子!?)
町の外れまで逃げてきたところで、華日は珍しく怒りながら冨岡に説教した。横で聞いていた妖夢は華日の口調が思いの外厳しいので驚いている。
「俺は……俺は無口でも無愛想でも口下手でもない」
(どの口で言ってんだこの人!?)
対する冨岡の反論も的外れであり、妖夢は心の中でツッコミが止まらなかった。まず負のオーラが凄い、彼は陰キャの中の陰キャだ。妖夢も前世ではそうだったので自覚がないのはよくわかる。
「私、華日の同期で魂魄妖夢と言います! 今回は共同任務、よろしくお願いします!」
「……畏まった挨拶は不要だ。俺達は鬼の頸を斬る、それだけだ」
だいぶ印象は悪いが、これでも一応は柱だ。妖夢は第一印象良く挨拶をするが、冨岡は無愛想に返事をするのみ。これには妖夢も少しの間固まってしまった。
「妖夢ちゃん、冨岡さんは『そんなに緊張しなくていいよ。任務達成のために頑張ろう』って言ってるんだと思う」
「はぁ!? 今のってそーゆー事なの!?」
「うん! 私も最初はわからなかったけど、一緒にいると冨岡さんって結構優しい人だなってわかったの!」
あの言葉のどこにそんな意味が込められていたのか、妖夢には一切わからない。しかし妹弟子の華日が言っているのだからきっとそうなのだろう。冨岡義勇、つくづくわかりにくい人だ。
「あ、あの! さっきの騒ぎってアナタ達が?」
「え?」
そんなやり取りをしていると、いつの間にか一人の女の子が妖夢達の前に立っていた。妖夢や華日より一回りくらい年下だろうか、怯えたような表情でこちらを見ている。
「私……その、鬼っていうのに心当たりがあるんです」
「……! それ、本当!?」
「はい……私、この町に住んでるハルっていいます。お母さんと二人で暮らしてます。だけど……3日前からお母さんが帰ってこなくて……それで……もしかしたら」
「鬼の仕業かもしれないってこと……?」
「……はい」
ハルの話に妖夢が問いかけると、彼女は苦しそうに頷いた。帰ってこない母親、鬼の噂、十中八九決まりだろう。
「母親の行きそうな場所で思い当たるところはあるか?」
「……お母さん、近くの森に薪を拾いに行ってたんです。あそこ……昼間でも暗いから、私は近づきたくなくて……お母さん一人で」
「なるほど……昼間でも陽の光が当たらない森なら鬼が潜んでるかも」
太陽の光で死滅してしまう鬼は通常夜の闇の中でしか活動できないが、深い森ならば昼間でも陽の光が当たらないかもしれない。そこにハルの母親が行き、鬼に襲われた。そう考えるのが最も自然だ。
「とにかく、その森に行ってみよう! 案内してハルちゃん!」
「はい」
妖夢達はハルの案内で町から少し歩いた場所にある森へとやってきた。思った通りかなり深い山のようで、中に進めば進むほど陽の光は当たらなくなってくる。
「お母さ──ん!! どこ──!!」
「近くにそれっぽい気配はない……けど」
ハルが母を呼んでも返事がない。周囲に鬼の気配もないし、怪しいところもない。しかし妖夢の目には微かに見えていた、魂の流れがやや活発なのだ。この森で何かがあった可能性はある。
「……魂魄!」
「え?」
その時、冨岡が妖夢の名を呼んだ。妖夢がハッとして振り返ると牙を生やした女性の鬼が妖夢の喉元に食いついてきていた。咄嗟に刀を抜き、鬼腕を斬り落とす。
「グルルルル……!!」
「鬼! やっぱりいた!」
華日も刀を抜き構えた。その鬼は鬼化して日が浅いのか、正気を保ってはいなかった。獣のように唸り、涎を垂らしている。
「お母さん……!」
「……!?」
「お母さん……じゃあ、この鬼が!」
その時、ハルが鬼をお母さんと呼んだ。それで二人は理解した、ハルの母親は鬼に殺されたのではなく、鬼にされてしまったのだ。
(この鬼……魂が一人も憑いてない。この森で鬼にされて、人間を喰わずにずっとここにいたってこと?)
通常鬼には喰われた人間の霊魂が怨念となり憑いている。しかしこの鬼にはそれがない。つまり、誰も殺していないのだ。
「グラァァァ!!」
「……! 水の呼吸、壱ノ型!」
「待って!」
鬼が華日に向かって襲いかかってきた。それを華日は水の呼吸で反撃しようとするが、刀を振るう前にハルが鬼の前に庇うように立ち塞がった。
「お願い! お母さんを殺さないで!」
「……ハルちゃん!」
それを見て華日は攻撃をやめ、ハルを連れて離脱した。転がる鬼を妖夢が押さえ付け、刀で口を塞ぎ拘束しようとする。しかし鬼は問答無用で暴れ続ける。
(ハルのお母さんは誰も喰ってない……それに、子供の前で母親を殺すなんて……!)
家族を鬼に殺された妖夢にとって、例え鬼になってしまったとはいえ子供の前で母親を殺すなんてできるはずもない。それにこの鬼は誰も殺していないので尚更だ。
「妖夢ちゃん……!」
華日も同じ気持ちのようで、どうすればいいのか迷いながらハルを庇うように抱き抱えている。どうすることもできない、そんな状況の中で今まで沈黙を貫いていた男が動いた。
「ハル……あれはもうお前の母親ではない。覚悟を決めろ」
「え……?」
冨岡はハルに語りかけると刀を抜き、妖夢が押さえ込んでいる鬼に向けて飛びかかる。その速さは凄まじく、妖夢や華日では目で追うのが精一杯だ。
「全集中……水の呼吸、肆ノ型」
そしてあっという間に鬼の頸を斬り落とした。ハルの母親は呆気なく、容赦なく、塵となって消えていってしまった。
「あ……あ……ァァァ!!」
ハルが母親に駆け寄って抱きしめようとするが、触れられたのは消えてなくなる直前の灰のみ。もう存在しない母親を探すように、ハルは絶叫した。
「冨岡さん……」
「……鬼となった人間が元に戻ることは無い。あのまま放置していれば間違いなくハルを喰っていただろう。あれが最善の選択だ」
冨岡の行動は非道に映るかもしれない。しかし鬼殺隊としてはこれが正しい選択、鬼に情けをかける必要はない。鬼を殲滅することが鬼殺隊の役目なのだから。
「忘れるな……俺達鬼殺隊の使命は鬼を斬ること、それ以上でもそれ以下でもない」
冨岡は妖夢と華日にそれだけ言うとその場から立ち去ってしまった。妖夢達はしばらくその場に立ち尽くしていたが、ずっとその場にいる訳にはいかない。ハルを連れ、ひとまず町まで戻ることになった。
「うぅぅ……お母さん……!」
「……なんでこんな小さい子がこんな目に合わなきゃいけないのかな?」
「……」
道中、涙を流すハルの手を引きながら華日が妖夢に問いかけてきた。それに対して妖夢は何も言えなかった、答えが見つからないからだ。
「お母さんだって、好きで鬼になったんじゃないのに……」
「……うん」
「鬼舞辻無惨を倒さなきゃ……ハルちゃんみたいな子がもう悲しまないように」
「……そうだね」
全ての元凶は鬼を人を鬼に変える鬼の始祖、鬼舞辻無惨。奴を倒さなければどれだけ鬼を狩ろうがこの戦いは終わらない。決意を決める華日の言葉を妖夢は小さく肯定した。華日の正義感はとても尊敬している。しかし、今はそれが少し妖夢には後ろめたかった。自分のために鬼殺隊にいる彼女には華日は眩しすぎるのだ。
それから母親を失ったハルは鬼殺隊に保護され、蝶屋敷で預かることとなった。母親を失い、塞ぎ込んでしまったハルを見て妖夢と華日はより一層稽古と任務に励むこととなる。
特に妖夢はこの件を猛省していた。鬼殺隊としての覚悟が足りなかったこと。不器用ではあるが冨岡が示してくれた鬼殺隊としての在り方を胸に刻み、そして何より死なないため、強くなるために、カナエの指導の元で妖夢は強さを磨き続ける。