「何をどうしたらこんなことになるの!!」
蝶屋敷に怒号が鳴り響いた。近くの木々に止まっている鳥達が一斉に逃げ出す中、三人の少女が屋敷の台所でやり取りをしている。一人は胡蝶しのぶという少女で、プリプリと腹を立たせながら仁王立ちしていた。そんな彼女の前に正座させらているが魂魄妖夢と栗花落カナヲだ。
「いやぁ……カナヲちゃんと料理をしようとしたんだけど……でも上手くいかなくて、気づけばこんなことに……」
「……」
「料理って……危うく火事になりかけたのよ!」
妖夢はカナヲと一緒に夕飯を作ろうとしていた。しかしカナヲは元より妖夢もかなりの料理オンチだったらしく気づけば油に引火、しのぶが慌てて消火していなければ今頃大惨事になっていただろう。
「まぁまぁ。皆無事だったのだからいいじゃない」
「姉さんは黙ってて! いつも妖夢とカナヲに甘いんだから!」
横からカナエが助け舟を出すが、どうやら無駄のようだ。もっとも蝶屋敷が燃えては怪我をした隊士の治療が滞ってしまうので、しのぶの怒りは当然なのだが。
「とにかく! 今後二人は台所立ち入り禁止、いいわね!」
「はい! すみませんでした!」
トドメに釘を刺すしのぶに妖夢は土下座して許しを乞う。カナヲのために何かしたいと思っての行動だったのだが、思いっきり裏目に出てしまった。
「ごめんねカナヲちゃん、私のせいで怒られちゃって」
カナヲはこの蝶屋敷に来る前、とても辛い目にあっていたそうだ。そのせいで心を閉ざしてしまっている。彼女を妹のように可愛がっていた妖夢は何とか元気になってもらおうとあの手この手を使っているのだが、未だ効果は無さそうだ。
「そんなに落ち込まないで、お夕飯の前に少し稽古に付き合ってもらえるかしら」
「はい、今行きます」
慰めに来てくれたカナエに続いて妖夢は外に出る。カナエとの稽古ももう慣れたもので、最近では彼女の動きにある程度ついていけるようになった。それでもついていくので精一杯なのだが。
「じゃあカナヲちゃん、また後でね。バイバイ」
「……ばいばい?」
「さようならって意味だよ」
現代日本から転生してきた妖夢はたまにこの時代では使われていないような言葉が出てしまう。その度に誤魔化していたのだが、カナヲ相手にはそれをしなかった。手を振って走っていく妖夢を見ながら、カナヲを少しだけ真似をしてみるのだった。
「いいわよ妖夢ちゃん、その調子!」
「はい!」
木刀を持って妖夢はカナエに斬り掛かる。以前は全て簡単に避けられていたが、今ではカナエも木刀で対抗してきている。それだけ妖夢の実力が伸びている証拠だろう。
「これならもう時期柱にもなれるんじゃないかしら」
「そんな……私なんてまだまだです」
実力をつければつけるほどカナエと……柱との実力差がはっきりわかる。正直まだ追いつける気がしない。さすがは鬼殺隊を支える選ばれし精鋭、そう簡単になれるものでもない。
「それに……実力が追いついても、私が柱になっていいわけないし」
「あら、どうして?」
「……」
その問いかけに妖夢は答えなかった。この間の冨岡との共同任務ではっきりわかった、自分は柱達のような覚悟がない。それが身につかない限り、例えどれだけ強くなれても柱にはなれない。
「……今日はここまでにしましょうか」
「はい」
「妖夢ちゃん。貴女の悩みは貴女にしか解決できないけど、あんまり思い詰めないでね? 妖夢ちゃんは可愛いから、きっとなんとかなるわよ!」
「かわっ……!?」
不意に可愛いと言われ、妖夢は顔を赤くした。今の自分の顔はある意味他人の顔なので、褒められても素直に喜んでいいのか悩ましいが、しかしカナエの美貌から可愛いと褒められるのは思わず赤面してしまう。
そのまま屋敷の中へと入っていくカナエの後ろ姿を眺めていると、空から妖夢の鎹鴉である幽々子が降りてきた。彼女がやってくる時は大抵任務の司令か食事の催促だ。
「妖夢〜指令が出たわよ〜」
「幽々子様!」
「帝都で開かれている美術展に鬼が潜んでいるかもしれないの。潜入して調査しなさい。風柱も向かっているわ」
「風柱……不死川さん……!」
今回の任務は美術展に潜む鬼の討伐。妖夢の兄弟子で恩人でもある不死川実弥も向かっているとのことだ。妖夢はすぐに支度を済ませ、帝都に向けて出発した。
帝都には2日程で到着した。途中藤の花の家紋の屋敷で食事と寝床を確保し、何の弊害もなくこの場所にたどり着くことができた。
(鬼が動くとしたら夜……それまで美術展っていうのを偵察しておこうかな)
道行く人に尋ねたところ、どうやら西洋で学んだ有名な画家が個展を開いているらしい。なるほど、道理で人が多いはずだと納得した。
「でもね……最近になって展示される絵が入れ替わったらしいんだけど、それが変みたいなのよ」
「変?」
「凄い作品であることに変わりはないんだけど、なんだかやけに古風になった? らしくて……私も人に聞いただけなんだけど」
美術展の前で出会った婦人はこのように言っていた。これだけでは何とも言えないが、怪しくはある。
妖夢は試しに美術展に入ってみたが、特に異常は見当たらなかった。霊魂の流れも普通だ。おかしな点は見つからない。
(やっぱり出るとしたら夜なのかな? でもどうやって見つけよう)
鬼が出る、人が消えるという話も聞けなかった。もしかしたら鬼などいないのか、それとも巧妙に姿を隠しているのか、謎は深まるばかりだ。
「ん……? あれって」
頭を使いながら歩いていると、目の前の甘味処で食事を取っている人物に目がいった。白髪、傷だらけの顔、刀、どう考えても一人しかいない。
「不死川さん!」
「んぐッッ!!」
妖夢が背後から話しかけたものだから、実弥は驚いて食べていたおはぎを喉に詰まらせてしまったらしい。慌てて妖夢は実弥の背中を叩いて詰まったおはぎを無理やり喉に通してやった。
「お前かァ……驚かせんなよ」
「ご、ごめんなさい! ……おはぎ好きなんですか?」
「……誰にも言うんじゃねぇぞ?」
言いながら最後のおはぎを頬張り、お茶をすする。この見た目で甘党なのか……と妖夢は意外に思った。
「で、そっちも任務かァ?」
「はい! 美術展に鬼がいるって聞いて……行ってみたんですけど何もなかったので、夜に改めて向かってみようかと」
とりあえず改めて任務の確認と、少ないが妖夢が掴んだ情報の整理を行った実弥は黙って妖夢の話を聞き、疑問があれば質問してくる。顔に似合わず冷静だ。
「なるほどなァ……そんだけ上手いこと姿を隠してるってこたァ、恐らくその鬼は十二鬼月……下手すりゃ上弦かもしれねェ」
「上弦……」
上弦の鬼、十二鬼月の中でも上澄みの六体の鬼。下弦ならば柱が何度も討伐しているし、妖夢も複数人でとはいえ倒している。しかし上弦は別だ、柱の死因の殆どが上弦に敗北したから。ここ百年以上、上弦を倒した者は柱を含めて現れていない。
「日が暮れるまでまだ時間があるなァ……おい魂魄、飯食うから付き合え」
「あ、はい! お供します!」
ともかく鬼がいるにせよいないにせよ、夜にならないと現れない。時間を潰すために妖夢達は近くにあった定食屋に入った。お互い注文したものを食べるが、話題もないので沈黙が流れている。それを気まずく思った妖夢は思い切ってこちらから話を振ってみた。
「あの……不死川さんはなんで私に目をかけてくれるんですか?」
「あァ?」
「いや……この前継子は取らないって言ってたから。それに……失礼ですけど他の人に聞いても、皆不死川さんは怖い人だって言ってて」
周りから聞く不死川実弥という男はぶっきらぼうで鬼を倒すことだけしか考えていない怖い人間で、当然後輩の隊士にも当たりはキツい。それは妖夢も思わなくはないが、それでも師匠を紹介してくれたし、見舞いにも来てくれて、こうして食事に連れて行ってもくれる。聞いていた人物とは違うと明確に思う。
「……別に、ただの気まぐれだァ」
「気まぐれ……ですか?」
実弥はそっぽを向いて言った。それに対して妖夢は納得出来ず、本当ですか? というニュアンスで聞き返す。しばしの沈黙の後、実弥は重い口を開いた。
「……初めて会ったあの時、お前の姿が弟と重なった」
「弟?」
「あァ。玄弥ってんだが……唯一生き残った俺の家族だ」
それから実弥はポツリポツリと自分の過去を話してくれた。貧乏な家庭で育ち、父は暴力を振るい母は休まず働いていた。そして父親は他人の恨みを買い刺されて亡くなり、玄弥という弟と共に下の兄弟達と母親を支えてきたこと。
だが、ある夜に不死川家は崩壊した。あまりに帰りの襲い母親を探しに出かけた実弥は鬼と遭遇。何とか弟達を守ろうとしたが玄弥以外は殺され、朝日が昇る頃に鬼の正体が豹変した母親だとわかった。家族を守ろうと必死に戦った結果、実弥は自らの手で母親を殺めてしまったのだ。それから実弥は鬼殺隊に入るまで単身で鬼を狩り続けてきた、鬼への憎しみを糧に。
「そんなことがあったんですね……」
話し終えた実弥は髪の毛を掻きむしっていた。恐らく、今まで殆ど話したことがなかったんだろう。そして妖夢にも話す気はなかった。だから自分自身に困惑しているのだ。
「あの日……お前が家族の仇を討ちたいって言うなら俺は育手なんか紹介しなかった。死んだ家族はそんなこと望んじゃいねェだろうからなァ」
「……」
実弥の話は想像以上に壮絶で、妖夢は何と声をかければいいかわからなかった。それを察したのか、実弥は妖夢の分の勘定も済ませて席から立ち上がった。
「行くぞォ……俺の話なんかどうでもいい、今は鬼の頸を取る事に集中しろォ」
「……はい!」
日が暮れてきた。そろそろ鬼も動き出す頃だろう、鬼と相対すれば自分の過去などどうでもいいこと。醜い鬼は殲滅する、その信念を元に実弥は妖夢と共に鬼狩りに向かうのだった。
♦♦♦♦♦
『お前達には心底失望した。何が上弦の鬼だ、くだらん』
──その日、無惨様はいたく不機嫌だった。今から百年以上前、鬼狩りの柱に当時の上弦の伍が殺された。それがよっぽど気に触ったのか、無惨様は他の上弦をこうして集めていたのだ。もちろん、上弦の陸であった私も。
『猗窩座……青い彼岸花は見つかったのか?』
『……懸命に捜索を続けていますが、まだ発見には至っていません』
『もういい……お前は青い彼岸花を見つけられず、他の上弦も成果を上げられていない。猗窩座猗窩座猗窩座……この責任はお前が取るか? 猗窩座!』
──上弦の参であった猗窩座さんですらこの仕打ち、黒死牟さん以外は等しく。無惨様は上弦の鬼でも特別扱いしない。
『そうかお前か……
──私は、彼よりも強くなれます。もっと人を喰って……
『黙れ黙れ黙れ黙れ!! お前はもう喋るな、口を開くな、私の気分を害するな!!』
──申し訳ありません。
『お前はもう用済みだ。数字も剥奪する、殺されないことを有難く思え!』
──そうして私は両目の文字の上から罰印を刻まれ、十二鬼月を追放された。でも私は諦めていない。だって、私を救ってくださったのは無惨様だから。そう、あれはただの気まぐれ……そうですよね、無惨様?
『お前の描く絵は素晴らしい。鬼として永い時を生き、更に極めるといい。期待しているぞ、彩葉』
『ありがとうございます……無惨様』
──貴方様がそう仰ってくださった。だから私はまだ強くなりたい。もっと素晴らしい絵を描けるようになりたい。そうすればきっと、無惨様は私を上弦に戻してくださる。
「お願い……殺さないで……殺さないで……!」
「うるさい!」
──それなのに、どいつもこいつも私の絵は古いだの、海外の技術を取り入れろだの、私の絵の素晴らしさなんて少しもわからないくせに! この女もそうだ、私の絵を目の前で馬鹿にしやがった! だから喰ってやろうと思って捕まえた! だけどそれでも飽き足らず、今度は私の描く時間を邪魔しやがった!
「私はもっと描くのよ! 描いて! 喰って! 描いて喰って描いて喰って!! 絶対に上弦に戻ってやるんだから!!」
──強くなるのに手っ取り早いのは女を喰うこと、そして稀血の人間を喰らうこと。強い奴でもいいわね、鬼殺隊の剣士なんか身体に沢山栄養持ってるから最適。もう何人も返り討ちにしてるから、そろそろ来てもいい頃でしょ? 柱が。
「出てこい醜い鬼がァ! コソコソと隠れてんじゃねェ!!」
──ほぉらやっぱり来た。柱に……女の剣士、あっちも強そうね。どっちも私が喰って……今度こそ無惨様のお傍に……。
そうして元十二鬼月、上弦陸『彩葉』は……妖夢と実弥の二人と相対することになる。再び上弦の鬼に戻ることを夢見て、彼女は二人に襲いかかるのだった。