「痛いと思うけど、我慢してね」
「ッッ……!」
腹に何本かの骨が突き刺さっていた妖夢を雛鶴が手当してくれている。須磨とまきを、そして宇隨が彩葉を足止めしている間に実弥と妖夢を戦線に戻さなくてはならない。
(身体中傷だらけだけど、この子はまだ軽傷……だけど風柱の方は……)
妖夢は腹からの出血があるものの、他の傷はそこまで深くない。しかし実弥の方は重症だ、左腕を失い、全身が氷漬けと火傷で酷い状態。正直生きているだけで不思議なくらいだ。
(この怪我じゃ、例え意識が戻っても戦えない……)
「不死川さんは……私を庇って……」
「! ……大丈夫、絶対助けるから!」
自分の腕を掴んで訴えてくる妖夢に雛鶴は安心させるように声を掛けた。死者は出させない、絶対に助ける、その一心で二人の手当を続ける。
「ちょちょ……数が多すぎです! 無理ですよこんなの!」
「泣き言言わないの須磨! 天元様が殆ど引き受けてくれてるんだから!」
彩葉が絵から呼び出した妖怪軍団。まきをと須磨はその猛攻を凌いでいるが、いつまで持つかはわからない。それは柱である宇隨も同じだ。
(どんだけ出てくんだよ妖怪軍団! とても一人じゃ捌ききれねぇ! 不死川がやられたのも頷ける!)
「どうしたの! 威勢がいいのは最初だけかしら!?」
そして宇隨も彩葉の繰り出してくる妖怪達に苦戦していた。一体ずつならばさして脅威ではないが、こうも数で来られると話は別だ。それに火車、雪女、侍の亡霊、鬼、ガイコツ、天狗、これらは攻撃手段も様々で対処もしにくい。
(鴉の情報だとこれで上弦の陸……それも元……! ふざけてんじゃねぇよ……! 上弦の下っ端でこの強さか!)
そして何より驚くのがこれで元上弦の陸だということ。それでこの強さならば、上弦の壱、そして鬼舞辻無惨はどれほどの強さなのか。
(いつまでも妖怪軍団を相手にしてちゃ埒が明かねぇ! ここは先に本体を叩く!)
血鬼術の効果は術を使っている鬼を殺せば止まる。ならば狙うべきは本体、彩葉自身だ。妖怪達の間をくぐりぬけ、宇隨は彩葉の頸を狙う。
「音の呼吸……肆ノ型!」
音の呼吸特有の爆発と斬撃で妖怪達を薙ぎ倒し、彩葉へ向かっていく。柱になって日の浅い実弥と違い、宇髄は現柱の中でも古参で経験豊富。素の実力ならわからないが、情報打破の能力は彼の方が上だ。
「捉えたぜ、お前の薄汚ねぇ頸をよぉ!」
「……!」
妖怪達の間を抜け、接近戦の間合いまで彩葉を追い詰めた。そのままの勢いで頸を斬ろうとするが、元上弦はそれで倒せるほど甘くない。
「私が血鬼術頼りの鬼とでも思った?」
「何……!?」
しかし宇隨の刃は防がれてしまった。丸腰だったはずの彩葉はいつの間にか大きな槍を持っており、それで宇髄の刃を防いだのだ。
「私が出せるのは何も妖怪だけじゃないのよ? アンタは私が直々に殺してあげる」
「くッ……!」
恐らく血鬼術で絵からこの槍を取り出したのだろう。しかも槍使いも身のこなしもかなりのものだ。宇髄でも防ぐのが精一杯。
(これじゃ譜面を作る余裕もねぇ……! クソッタレが……!)
宇髄の戦闘の真骨頂、譜面。それが完成すればこの状況をひっくり返すことができるが、彩葉本体と妖怪達の猛攻にそんな余裕はどこにも存在しなかった。
「ほらほら、背中ががら空きよ!」
「ガガガガガァァ!!」
「しまっ……!」
彩葉の攻撃に気を取られ、背後の警戒を怠ってしまった。後ろから牛鬼の化け物が食い殺そうと牙を向けてくる。咄嗟に背後に刃を振るうが、それでも間に合わない。
「風の呼吸……陸ノ型!」
「……!?」
牛鬼の頸が斬り落とされた。黒い竜巻のような風が怪物の首を吹き飛ばしたのだ。それは実弥よりは弱いが、しなやかな剣技だった。宇隨もその太刀筋は初見、故に驚いた。この場にいたのは風柱、そしてその妹弟子である一般隊士が一人。
「へぇ……思ったよりやるじゃねぇか。ありがとよ!」
魂魄妖夢は宇隨と背中合わせに構え、彼の賞賛の言葉を素直に受け取った。まだ傷は癒えきってはいないが、寝ているわけにもいなかい。
「お前、名前は?」
「魂魄妖夢です!」
「魂魄、俺が奴の本体を削る。お前は妖怪共を食い止めろ!」
「はい!」
宇髄の指示を聞き、彼の妻二人と共に妖怪達を食い止める。そこで妖夢は一つ、異変に気づいた。戦闘の序盤、妖夢達を襲っていた矢や雷、それらがいつの間にか消えていたことを。妖怪達だけにこれだけ苦戦している現状を鑑みても、それらを出されるとこちら側はほぼ詰みだと言うのに、何故それをやらないのか。
(そういえば、さっきの宇髄さんの技で飾られてた絵が燃やされてる?)
美術展に展示されていた絵は、宇髄の音の呼吸の爆撃で燃えてしまった。それらの中から物体や生物を取り出していたのだから、考えつく結論は一つだ。
(絵を燃やしたり斬ったり、ダメにしちゃえばあの妖怪達も消える……! なんでもっと早く気づかなかったんだろう!)
つまりあの妖怪達の描かれている絵を処分してしまえば、この状況を打破できる。だが問題はその絵がどこにあるのか。
『お気に入りの絵は持ち歩いてるのよ。この子は強いから気をつけなさい』
最初に天狗を出した時、彩葉は確かにそう言っていた。この戦いの鍵は間違いなくその絵、だったら本人が隠し持っている。それしか考えられない。そんな大事なものをそこらに置いておくはずがないだろう。
(あの鬼が妖怪の絵を持ってる……! だけど……妖怪達で手一杯であっちに行けない……! 宇髄さん一人じゃそこまで手が回らないし……! 私が加勢しないと……!)
彩葉自身の戦闘能力も凄まじい以上、宇髄一人でも切り結ぶので精一杯。妖夢が何とか助太刀に入りたいが、こっちも妖怪の相手で手一杯だ。
「宇髄さん! その鬼が身体のどこかに妖怪の描かれた絵を隠し持ってるはずです! それをどうにかすれば妖怪は全部消えます!」
「……!?」
「そうか……承知した!」
妖夢の叫びを聞いた彩葉は顔色を少し変えた。それを見て、宇髄は妖夢の言っていることが的中していると理解、彩葉の持っている絵を燃やすことを目的に切り替える。
「何とか私がそっちに行きますから……! それまで耐えて……!」
「いや、その必要はねぇ!」
懐から三つの爆薬を取り出し、彩葉に投げつけた。普通の剣士ならともかく、宇髄は忍び由来の搦手を多く使える。このような特殊戦は得意分野だ。
「そんな爆薬、当たるわけないでしょ!」
(チッ……! まずは奴の動きを止めねぇと……!)
しかし爆発は避けられてしまった。上弦程の実力者となればこれくらいは簡単に見切ってくる。単純に絵を燃やせと言っても難易度はかなり高い。
「音の呼吸……壱ノ型!」
轟音と共に彩葉の槍に刃を叩きつけ、そのまま後退した。彼女が怯んでいる隙に爆薬で絵ごと吹き飛ばすつもりだ。しかし想定外にも彩葉はこの攻撃に全く怯まず、槍を宇髄の腹めがけて突き出した。
「ガハッ……!」
「私の隙を作ろうとしたみたいだけど、マヌケね」
彩葉の槍が宇髄の腹に突き刺さり吐血させる。そのまま槍を抜きニ撃目を入れようとする彩葉だが、ここで異変に気づいた。槍が抜けないのだ、引っ張っても押してもまるで動かない。
「アンタ、筋肉で槍を止めて……!」
「待ってたぜ、この時をよぉ!」
槍が抜けず戸惑う彩葉に宇髄は躊躇なく大量の爆薬を投げつけた。それらはすぐさま大爆発を起こし、彩葉とそのそばにいた宇髄を吹き飛ばす。
「ッッ……! ぐぁッッ!」
「おのれ……!」
その瞬間、彩葉が懐に隠していた絵が燃えて灰になった。そして妖夢達を襲っていた妖怪は姿を消し、辺りには爆薬の煙のみが残った。
「天元様……! 大丈夫ですか……!?」
「大変です……! 爆発に巻き込まれて……すぐに手当を……!」
「大丈夫だ……爆発の瞬間に槍の持ち手を斬って脱出した……ぐぁ……!」
すぐさままきをと須磨が天元に駆け寄る。彼は腹に持ち手の切れた槍が刺さった状態で、避けたとはいえ爆発も受けており火傷と出血でボロボロだ。
「やってくれるじゃない……まさか自分ごと爆破するなんて……」
「クソ……これくらいじゃくたばりやしないか……!」
確かに妖怪達は消し去ることができた、しかし肝心の本体はまだ健在だ。爆発で受けた傷も既に癒えており、今の宇髄など簡単に殺せる。
「風の呼吸……捌ノ型!」
「……!?」
彩葉が宇髄を殺そうとした瞬間、妖夢の回転する斬撃が彩葉の両腕を切断した。妖夢は宇髄を庇うように彩葉の前に立ち、心を奮い立たせた。
(宇髄さんも不死川さんも重症……私がやらなきゃ!)
「ああ、そういえばいたわねアンタ……忘れてたわ」
妖夢が振るう刀を彩葉は紙一重で避けていく。身につけていたであろう絵は燃やした、展示してある絵も吹き飛ばしている。もう絵から物体は出せない。
「風の呼吸……伍ノ──」
「鬱陶しいのよ!」
「あぐッ……!」
彩葉の蹴りを腹に受け妖夢は吹き飛ばされた。柱二人に比べればマシとはいえ、妖夢も怪我を負っている。素手とはいえ元上弦を相手にするのはかなり厳しいのだ。
「アンタ……弱い癖に感覚は働くのね。あの方のためにも生かしておく理由はないわ」
「うう……」
口を動かしながら彩葉は妖夢の元へとゆっくり歩いていく。彼女にトドメを刺せば、後は動けない柱二人を始末するだけ。そうすればきっと無惨は自分を上弦に戻してくれると期待を抱き、鬼殺隊へと悪意を向ける。
「風の呼吸……玖ノ型!」
その時だ、彩葉の頸に刃が振るわれた。驚いた彩葉は刃の持ち主に目をやる。技を繰り出したのは、斬られた左腕を布で無理やり止血した実弥の姿だった。
「クソがァ……! 片手じゃ威力が足りねぇ……!」
「アンタ……!? その傷で何で失血死してないのよ!?」
「死んでたまるかよォ! テメェの頸をぶった斬るまではなァ!」
実弥は残った右腕で渾身の技を放った。その異常な生命力に彩葉は驚くが、やはり体力は残っていない。実弥の刀は彩葉の頸を半分斬ったところで止まってしまった。片手故に力が足りなかったのだ。
「でも残念ね! そんな状態じゃ私の頸は斬れないわよ!」
「ぐふッッ……!」
彩葉の拳が実弥の顔面にヒットし、彼は吹き飛ばされてしまった。実弥の刀も同様に飛ばされ、妖夢の足元へと転がった。
「不死川ァァ!」
「不死川さん……!」
「治療も終わってないのに無茶するから……!」
妖夢や雛鶴から悲痛な叫びが聞こえる。彩葉の頸はまだ半分斬れていない、にも関わらず柱はもう二人共戦えない。絶望的な状況だ。
「イライラする……! さっさと頸治してコイツらを喰わなきゃ────」
頸を押さえながら実弥の元へと向かおうとする彩葉。しかし足元がおぼつかない、ふらつく、立っていられない。
「まさか……あの柱の稀血で……」
実弥は左腕を欠損し、致死量を超える出血をしていた。そんな彼の攻撃を至近距離で受けたのだ、稀血の効果はさっきの比ではない。
「妖夢! お前が斬れェ!」
「不死川さん……」
「やれェェ! 妖夢!!」
「ッッ……!」
倒れている実弥の叫びが妖夢の耳に響いた。ハッと前を向いた妖夢は拳に力を込め、咄嗟に足元に転がっていた実弥の刀を手に取った。
「全……集中……!!」
肺に全開以上の酸素を吸い、足元に力を込める。地面を万力の力で踏みしめ、彩葉に向けて突撃する。
「残念ね……運は私に味方してるわ!」
「アイツ……まだ隠し持っていやがったのか!?」
そんな妖夢に見せつけるように彩葉は一枚の絵を取り出した。宇髄が驚くが、それは隠していたのではなくたまたま足元に落ちていた絵。ここに来て運が彩葉に味方したのだ。
「これで終わりよ!」
「……!?」
その絵から美術展の天井を突き破るほどの巨大な海坊主が現れた。それは妖夢に目をつけると、巨大な拳を妖夢めがけて振り下ろす。
(そんな……こんなやつ、どうやって斬れば……)
目の前が真っ暗になった。勝てない、負ける、死ぬ。走馬灯のようにこれまでの記憶が頭の中を駆け巡る中、妖夢は気づいた。あの時咄嗟に、実弥の刀を握っていたこと。つまり……今の妖夢は二刀流だ。
「
海坊主の頭上、それよりも更に高く跳躍する。そして空中で身を翻すと、二本の刀を海坊主に向けて振りかぶる。
「ぎゃあァァァァ!!!」
「な……!?」
二刀流での神速の剣技は巨大な海坊主の身体を真っ二つに斬り裂いた。そのままの勢いで妖夢は落下し、彩葉の頸を狙う。
(来る……再生しなきゃ……! でも、力が入らな……)
「捌ノ型!!」
真っ直ぐに彩葉の頸に、速く重い二刀流の斬撃を叩き込む。
最後の最後、妖夢の透き通った目と彩葉の揺らめく目が合った気がした。そして次の瞬間には頸と胴体は泣き別れになっており、彩葉の目の前は赤く染まった。
(ああ……斬られた……そんな、こんな小娘に……無惨様……申し訳……ありません…………)
薄れゆく意識の中、彩葉は妖夢の首元に白色の痣のようなものを見た。今はそんなことどうでもいいはずなのに、どうにも見入ってしまう。意識が遠のく中、彩葉は最後の最後に言い残した。
「まぁ……アンタみたいな綺麗な子に斬られたなら…………悪くは……なかったかもね」
そうして彩葉の意識は完全に無に帰った。緊張の糸が切れ、妖夢はその場に崩れ落ちる。辺りは先程までの激闘が嘘のように静まり返っており、心地よい風が吹いていた。
──風柱“不死川実弥” 音柱“宇髄天元” そして階級丁“魂魄妖夢 ”
元上弦の陸、彩葉……討伐!!