金剛のバスケ+10cm 作:藤原わさび
今までに無いほどに荒く息を吐きながら、最大の功労者が帰ってくる。
「いやー……、なんとかなってるっスね……」
ドカッ!と、勢い良く帝光ベンチに座る黄瀬の姿は乱雑というよりかは、まるでまともに立てなくなっているかのようだ。
その姿に赤司はもちろんあの緑間でさえも苦言を呈すことはない。
「感謝する黄瀬。お前のお陰で2つの目標が達成された。金剛阿含の『ゾーン』を解くことと、
帝光の敗北が濃厚な状況を黄瀬が覆した。その功績は余りにも大きい。
「よくやったのだよ黄瀬」
「お疲れ~」
「偉いです黄瀬君」
「あははっ、どもっス」
コートで試合をするメンバーが誇張でもなんでもなく、黄瀬の働きに賛辞を送る。『ゾーン』の圧力を失くしてくれただけでも大分楽になったのだから。
「きー……ごほんっ、黄瀬君のお陰で荻原君のパフォーマンスを下げられる可能性が高まりました。彼は金剛君が一番信頼する選手。その彼が不調となれば均衡は簡単に崩れます」
相手チームのベンチを見れば思い悩む荻原の姿が見える。あれならば、先程までのプレーも精彩を欠くことだろう。
「金剛君ならまだしも他の選手も疲れや焦りはあっても、無気力となることはありませんでした……みんなのプレーを見て自分達との才能の違いに心が折れるかと思ったんですが……」
「金剛阿含という天才を超えた天才を常日頃から意識していたことで、他の学校の選手よりも心が鍛えられていたのだろう。
それとこれは推測になるが金剛阿含の風貌からして、恐怖による支配などをしていればあの戦意の持続も理解できる」
監督である白金が桃井の予測を上回った要因を口にする。試合開始から一度も勝ち越してない。
そして自分達では一生を懸けても届かないスーパープレーの数々。多感な中学生が心を折られない訳がない。
ならば、可能性は諦めることを許されない極限状態だと考えるべきだろう。
桃井もそう考えていたのか複雑そうな顔をする。特に否定材料も無く他のメンバーもその推測に納得をする中で、2人だけはその推測に疑問を抱く。
「……本当にそうかは分かんねーけどな」
「ええ、僕も青峰君と同意見です」
「テツ君まで……?」
この決勝に辿り着く前にコンビを解消した2人だが、バスケにおいての息の合い方は今もなお良好だ。
「ほう……では、お前達の意見を聞こうか」
白金は興味深そうに青峰達を見る。
「ビビってる奴のプレーにしては肩の力が抜けてる。それにもし金剛の罰が待ってるってんなら死に物狂いで来るだろうし、ファールの数もとんでもないことになっていたんじゃないっすかね。多分だけど」
「はい、僕もそう思います。それに荻原君達の表情が『勝ちたい』という顔をしてますので、自分の意思でそう思ってると思います」
青峰はパフォーマンスから、黒子は選手の顔色からそれぞれ判断している。性格の違いか、あるいはプレースタイルの違いからか。
そんな二人を見て面白いと思うのが白金耕造という男だった。
「……ふむ、言われてみればそうかもしれないな。だが、金剛阿含が唯一無二の天才ではないかもしれないという疑念は、明洸チームにかなりの精神的なダメージを与えているはずだ」
それこそ明洸の面々としては心のどこかで金剛阿含さえ居れば、どんなチームにでも優勝できるのではいう希望を持っていた筈だ。
それが試合が始まってからというもの、点が近付くことはあれど1度も勝ることがない緊張感の中に居続けることは、相当辛いことだと白金は考える。
「しかし、例え金剛阿含が『ゾーン』でなくなったとはいえ、常に最高のパフォーマンスを行える無尽蔵の体力と、超反応の『神速のインパルス』を持つあの男が、オレ達帝光にとって脅威なのは変わらない。
───いいか、この先も金剛阿含以外の選手にプレッシャーを掛けに行くことを忘れるな」
赤司がそう言うと、どこか不服そうに納得して頷く『キセキの世代』に内心で赤司は溜め息を吐く。
それでも、勝ちに行くことから逃げるなど、コートに居る人間としてありえない選択だ。
そんな赤司の思考を読み取ったのか緑間が話題を変える。
「だが、まさかあそこまで完璧に再現できるとは思わなかったのだよ。あの金剛阿含が行ったプレーの再現は荻原ではなくても面食らう」
それをすぐさま読み取った赤司は、その作戦の思惑を話し始める。
「ああ、彼は金剛阿含の才能に対して絶対の信頼がある。『神速のインパルス』という生まれ持った人類最高峰の才能。
その光に当てられ続けた彼だからこそ、金剛阿含しか不可能だと思われていたことを再現されれば、どうしたって揺らいでしまう」
だからこそ、黄瀬に阿含のプレーを再現させる必要があった。荻原と他のメンバーに精神的なダメージを与えるために。
「豪速球にも拘わらず、
つまり、あれは受け手ではなくボールを出す差し手の超絶高等技術。そんな技術が存在していることを知らない荻原には思い至ることなど不可能だ。
それこそ受け取り手が超反応で、阿含がボールを掴んだ光景を目にしていた彼ならばなおのこと。
「フッ、お前達のスピードに合わせていれば、あれぐらいはできなければ話しにならない」
「いやいや、俺でもコピーできるか分からないヤバいことをさらっとしてるんスからね!?赤司っちは!
あれを目まぐるしく変わるプレー中にやるなんてどうかしてるっス!」
盛り上がっている3人を目にしながら黒子が呟く。
「……そうなんですか?」
「あー……テツは赤司のパスしたボール持つことないから、分かんなくても仕方ねーだろ」
「…………」
そんな会話を隣で聞いていた紫原だが、会話には乗らず相手チームに意識を向け続ける。
「あのさぁ……それはそうと、頼みの綱の金剛も『ゾーン』が解けて普通になった。それに何度も点数を決められた俺が言うのもムカつくけど、あっち心が折れてるんじゃな~い?」
紫原が横目でその様な事を言うのを聞いて、黒子はいつもの何を考えているのか分からない瞳を紫原に向ける。
「紫原君はどう思ってるんですか?」
「あの荻原って奴以外は大して活躍もできてないし折れるでしょ。……何?黒ちん。まさか、あいつらに努力だのなんだのそんな理由でまだ立ち上がれるとか期待してたり?」
「いえ、それにしては油断も慢心もしていないように見えたので」
そう言うと紫原の眉間に皺ができる。苦虫を噛み潰したような顔をして紫原は話し出す。
「……確かにあいつらだけなら折れるけど、金剛が居る以上は常識なんて通じないでしょ。
あいつがこっちの策を見破ってこないとも限らないんだし、気なんて抜いてまた点を取られたら俺が馬鹿みたいじゃん」
その顔付きは黒子が見たことがないくらいに真剣そのものだった。
◇◇◇◇◇
明洸のベンチでは沈黙が降りていた。それも今までとは違い阿含に一切の余裕がなくなっているからだろう。
明洸の監督は強豪の学校の監督ということもあって無能ではない。しかし、今回のこの試合ばかりは金剛の力と判断に任せるしかなかった。
「(帝光メンバーのプレーは常軌を逸しているものばかり。既存の対応の仕方では対処不可能だ。それに対抗するならば金剛の力に頼るしかないが、その金剛がどこまでできるのか私では推し量れない。
そして、私が口に出せる策など頭もキレる阿含からすれば既に検討済みだろうし、阿含でも実現不可能な机上の空論を、作戦として口にしてしまえば士気が落ちるだろう。
……これも一重に、私が金剛阿含という選手の実力を正確に測ることができない未熟さだ)」
『神速のインパルス』。
『無尽蔵のスタミナ』。
『見たプレーを再現できる器用さとセンス』。
『圧倒的なパワー』。
『中学最速の脚力』。
『バスケIQが高く聡明な頭脳』。
『ゾーン』。
これを見れば金剛阿含という選手がどれだけ飛び抜けた選手なのか分かる。100年に1人の天才という謳い文句に偽りなど微塵もなかった。
「(だが、『キセキの世代』も化け物だ。総合的な性能で金剛阿含に勝てる選手はいなかったが、あの阿含に並べるものや超えるような才能を持っている。
基本性能が高いだけならまだしもプレイングが異端と呼べるものばかり。セオリーが通じない以上は均衡の要である阿含に託すしかない)」
彼からすれば広範囲ディフェンスなど、考えるまでもなくありえないと考えていた。
それこそ、求められる能力が高く1人の選手への負担が余りにも大きい。攻撃にも加われば体力が3分も持つ訳がないと。
だが、金剛阿含はその不可能を積み重ねた体力作りと才能で30分近く成立させている。それをしなければ勝てないことは理解できるが、それを中学生にやれなど一体どこの指導者が言えよう。
「す、すみませんでした!」
そんなことを考えていると突然阿含に向けて頭を下げる選手がいた。だが、その顔を見れば納得してしまう。
「……俺がファンブルしたことで点数を引き離されました。すみません……!」
「(田島……金剛と同じ2年のチームメンバーか。『キセキの世代』との激しいゲーム進行によって交代したベンチメンバー。この試合が初出場というのだからミス自体は仕方の無いことだが……)」
試合の流れは顕著だ。明洸はこの試合で一度も帝光に点数が上回ったときはない。このまま逃げられてしまうのではないか?という不安が選手を襲っている。
だからこそ、14番を背負う選手は自責の念に駆られていた。
「(ミスが命取りな状況での凡ミスほど辛いものはない。明確に阿含の力となっている選手は今のところ荻原だけ。仕方がないことではあるが次があるなど思えるはずもないか……)」
荻原も含めた全ての明洸選手が分かっている。もし、『キセキの世代』が一人でも居れば阿含なら余裕で勝ち越せていると。
広範囲ディフェンスはもちろん、オフェンスも全ての力を振り絞り阿含がプレーをしている中で、足手まといでしかない選手の尻拭いをさせていると考えれば、誰でも怒りを抱くことだろう。
それこそ自分の動きに対応できそうな優秀な選手が、敵として目の前にずっと居るのならなおのことだ。
「(くっ……いかんな。どうやって阿含を宥める……ッ。手を抜いている選手はウチには居ないが、阿含の自主練も含めた練習量は他の選手を合わせたものよりも遥かに多い。
それを知っているからこそ、ここまで他の選手も努力をしてきた。だからこそ、阿含が努力の質と量で他の選手を批判すれば誰も反論できない……!)」
自らを天才だと自負するものは傲慢になる。それは阿含とて同じであり、風貌も言葉遣い一つ取ってもとてもスポーツ選手だとは思えない。
だが、誰よりも自分に厳しい男が金剛阿含という男である。
「この俺がテメーらのミスを計算に入れてないはずがねえだろ。始めから想定済みなんだよ。俺の計算を崩しやがったのはあいつら『キセキの世代』のクソカス共だ。
そんなどうでもいいことで俺の時間を取ってんじゃねえよ、バーカ」
拳を振り上げることもなく。怒声を浴びせるでもなく。淡々と阿含は話す。
気休めでもなんでもない純然たる事実のように。
その反応から、当たり前のことではあるが自分に期待はされていないと肩を落とす彼に、阿含はジロリと人を殺してそうな視線を向けた。
田島はもちろん他の選手の背筋まで伸びる。
「……だが、テメーらに少しでも俺に引け目があるなら、そのショボい脳ミソ限界まで回してあのカスモデルの違和感を教えろ。
「あ、ああ!」
「オイッ!荻原!テメーもウジウジしてキモいんだっつーのこのカスが!あのカスモデル風情がこの俺と同じ『神速のインパルス』を持ってる訳ねえだろ、バカか?
テメーがあいつのプレー見てんだから、さっさと言え。何も思い浮かばないのなら死ね。───いや、俺がコロス」
「お、おう……ちょっと頑張って思い出してみるわ……」
暗い空気が流れる前に阿含が断ち切り、建設的な話し合いが行われる。それを見ながら明洸の監督である男はしみじみと思う。
「(これも1つのリーダーシップか……)」
最初は誰もが恵まれた才能にものを言わせた嫌味な奴だと思った。
だが、誰よりも早く朝練を開始し、居残り練習も最後まで続けていたのが他でもない阿含だった。明洸は強豪ということもあってその練習量は平均よりもずっと多い。
身体を鍛えたスタメンの3年であろうとも楽にこなせるメニューではない。
しかし、金剛阿含はそれに加えてシュート練習を居残ってまで続ける姿を見れば、勝てなくても仕方ないと思わされてしまうのは仕方がなかった。
「(さらに休みの日には走り込みや筋トレを行い、学生らしい遊びは何もしていないほどの病的なストイックさ。不良仲間を作らず女遊びすらしていない徹底振りだ)」
金剛阿含の才能を羨むものはこの会場を見渡しても多いことだろう。だが、明洸中バスケ部は知っている。
「(阿含のカリスマは本当に恐ろしい……言動やその姿から恐怖を抱いているメンバーもいるが、それを上回るほどの尊敬と信頼を集めている。
3年を始めとして多くの選手が最初は阿含の入部に苦言を言っていたが、入部してから2ヶ月も経たずに自分達からそれを取り消した。
それこそ、今では次のキャプテンは1年の頃から目を掛けられていた荻原ではなく、金剛の方がいいのではないかと話されるほどだ)」
それこそ最初は荻原のメンタルを気にしていたが、練習を見れば誰よりも阿含に積極的に話し掛け、阿含の居残り練にも共に行う姿を見たことで、随分と肩透かしを食らったことを覚えている。
「(100年に1人という数多の才能で阿含を評価する奴は何も分かってはいない。
どこまでも弛むことなく強くなることだけを考える、あの研ぎ澄まされたスポーツマンとしての在り方こそ、阿含という選手の何よりも逸脱した才能なのだから)」
強く傲慢で怖い唯我独尊を貫く男。
「(帝光中学の黄金時代。『キセキの世代』という名をどこのテレビもネットも取り上げている。この先の高校でもその名前は全国に轟くことだろう。
───だからこそ、金剛阿含という超天才バスケットマンを、『キセキの世代』というネームバリューのせいで、有象無象の中に埋もれさせたくないという願いの下、チームが1つになっている)」
これもまた異質だ。別にチームの誰しもが阿含の信者というわけではない。だが、彼らは目にしてしまった。
───
「(中学生なんてのは子供だ。誰しも自分が活躍してヒーローになりたいと思うのが自然だ。
だが、誰より努力をして誰より才能がある男を間近で見てきたあいつらは、そんな金剛を押し退けて天才と世の中で言われている、目の前の『キセキの世代』を許せなかった)」
だが、それは別に同じチーム故の贔屓というわけではない。
「(対戦相手の前だというのに無駄口を叩き、欠伸までする始末。
おそらく相手の帝光としても、同じだけの才能を持つ阿含だけならまだしも、他の選手が『キセキの世代』のプレーを見ても、モチベーションが落ちない事実に疑問を抱いているだろうが、それは他でもない『キセキの世代』による落ち度。
「オッサン。無能だと言われたくなきゃアンタもさっさと何か言え」
「……金剛、教師に向かって使う言葉遣いじゃないぞ」
その言葉に大人として強く言いたいことは多くあるが、ここは黙って考えを巡らせるべきだろう。
私もこのチームの熱に宛てられて何も思わないほど、まだ枯れてはいないのだから。