金剛のバスケ+10cm 作:藤原わさび
赤司は先ほどの二の舞にならないように、交代をした控えの選手……前キャプテンの虹村ではなく自らがボールを出すため、彼からボールを受け取りに行く。
「(まさか黄瀬と交代しスローインを任せた虹村さんに、いきなり『ゾーン』状態で超至近距離ディフェンスを行うとは、流石に予想外だった)」
赤司の予想外とはまさにそのことだった。阿含は開始の笛が鳴ると同時にフリースローを行う虹村に近付き、そのあとの守備のことなど欠片も考えない超攻撃的なマークを行ったのだ。
「(残り2分もない最終局面。最初から『ゾーン』状態の金剛のプレッシャーを受けさせるべきではないと思い、スローインを任せたがまさかあんなことになってしまうとはな。
油断しているつもりはなかったが、もう少し一手一手を慎重に考えるべきか)」
『ゾーン』の肌がひりつくような集中力を前にして、攻めあぐねていた虹村ではあったが、5秒が過ぎる前に阿含の身体に当てようとする。
「(その判断は決して間違ってはいない。その判断ができるだけでも流石だ。
それこそ、フェイクなどで
……だが、今の金剛はお前の『
しかし、距離が近すぎたために阿含でもできたのは弾くことだけだった。
───だが、その弾き方がありえない。
『手の平の角度によって飛んでいく方向を調節し、コート外に出ることはもちろん、帝光メンバーの誰も触れられない絶妙な位置に落とすなど、「神速のインパルス」があるからといってできるものなのか?』
「(普通のディフェンスではありえない手の角度と、その結果を見たあとでは不可能とは言うことはできない……実際に見てもとても信じられないことだが)」
ボールを手に納めると阿含は流れるような動きでダンクに向かった。だが、それに気付いた紫原がブロックに跳んだ。
「(……だが、オレは先ほどのディフェンス以上に、あのノールックパスの方が衝撃的だ)」
阿含の様々な常識を超えたプレーを見てきた赤司だが、あのさりげないプレーにこそ赤司は愕然とした。あそこに阿含の才能が挟まる余地など無いのだから。
「(金剛は文字通り、1秒たりとも荻原が居る位置を確認せずに、荻原の手元にパスを出した。あれは勘などという言葉ではとても不可能なパスだ)」
ノールックパス。バスケのパス技術の1つでチームの連携が充分に取れていれば、決して不可能ではないパスだ。
だが、視線を切る前に味方の位置を把握するなど当然のことだ。しかし、阿含は試合が再開してからスローインを出した虹村とボール、紫原しか視線を向けていなかった。
その状況で荻原の位置を完全に把握するには、コート全てを俯瞰できる視野の広さが必要になるが、阿含にその視野の広さが無いことは既に見切っている……だからこそ、ありえない。
『本来ならばそれだけでもあり得ないが、あのパスのありえないところはそこだけではない。
ボクはあらかじめ金剛が多くパスを送る荻原には、黒子を付けていた。
それが荻原が黒子のディフェンスを躱すと同時にパスが飛んでくるなど、後ろに目が付いてなければ不可能だ』
だからこそ、考えられるとすれば1つだけ。
それがあの、あの完全なノールックパスの原理だった。
───そして、阿含はあのパスを『
「今までのような荻原が金剛に出す無茶振りのようなパスを、今度は金剛から荻原に出すとは思わなかった。
無意識の内にそんなパスを出すことなどありえないと、これまでの試合によって印象付けられてしまっていたか」
金剛阿含の才能ある者特有の傲慢さから、地道な特訓。仲間との絆。そんなものとは無縁だと思っていた。青峰と黒子の考察からあるのはチームで統一されているのは勝利への渇望だけだと。
「(ボールを全く見ずに投げるなど、光の差さない暗闇に向かってボールを投げることと変わらない。それを可能にしたものは───信頼)」
赤司は考える。
自分が生まれついての視野の広さを持たないと仮定し、少しのミスで試合の流れが持っていかれてしまうこの土壇場で、こんな曲芸のようなパスが果たしてできるだろうか?と。
「(だが、金剛は信じていた。そこに必ず荻原が居ると───)」
その全幅の信頼があのプレーにはあった。それこそ金剛阿含という才能の権化により、今のプレーも成功していると思っている者も居るだろう。
それを助長しているのが、ハイタッチすらせずにディフェンスにお互いついていることだ。あたかも何てことのないプレーのように振る舞っている。
荻原シゲヒロ。彼こそ最大限注意しなければならない男だった。
『黒子が僅かにでもディフェンスで稼げれば、余裕で追い付けると思い彼から距離を取らせ過ぎたな。
まさか、「
「(黒子との会話から察するに、あれは『
帝光でも1軍になれる逸材だ。慢心に目が曇った黄瀬の観察眼を信じすぎたか)」
阿含の言っていたことが本当ならば、明洸には途中入部でレギュラーを勝ち取ったらしい。突然現れた天才に居場所を蹂躙される絶望は果たしてどれほどのものだろう?
だが、彼はその金剛と相棒を組み、帝光で言うところの青峰と黒子の関係になっている。
断じて、金剛に依存している存在などと見るべきではなかった。
「(───彼も1年間あの金剛に付いていった男だ。侮ってはいけなかった)」
黄瀬が居なくなったあとに使ったことから、コピーされる可能性を潰しておきたかったのかもしれない。
質の高い3Pシュートをコピーされれば、『超広範囲ディフェンス』を行う阿含の負担になりかねないと考えたのだろう。
だが、一連のプレーで見えてくるものもある。
「(……だが、確信した。てっきりプレーだけの話かと思ったが、金剛阿含……お前はその見た目と振る舞いに反し、どこまでも相手を出し抜くことを念頭に置き、手練手管を用いるタイプか)」
思い返せば、金剛阿含という男はあの風貌と振る舞いをしながら、緻密な頭脳戦を幾度も仕掛けてきていた。
ただの悪趣味な嫌がらせなどではない。損得を冷静に見定めて勝利のために一手一手打ってきている。
「(それこそ、あの姿も口調も本意を悟らせないためのフェイクの可能性もある……見た目で相手を揺さぶれるなら僥倖と言ったところか)」
騙されていた。才能の権化でありながらここまで泥臭く勝利を求める人間が居るなど、赤司の想定を超えていた。
「(周囲からどう思われようと勝利を得ることに一切の手抜きをしない、勝利至上主義の戦略家の顔こそがこの男の本質……!)」
『神速のインパルス』、『ゾーン』といったものその全てが、阿含にとっては手札の1枚と変わらない。
見た目通りに感情を露にしたときこそ、こちらを騙す演技。
「(オレ達、『キセキの世代』以上の才能がありながら、ここまで泥臭くあれるものなのか……?)」
その疑問が頭をよぎる。赤司は顔色を変えないようにしながら阿含を覗き見る。
「1分41秒……どうせなら、1分11秒まで揃えるべきだったか?いや~、荻原クンのことだから外してたかもしれねえし、止めといて正解だったかもな。クハハハハハハッ」
「……試合が始まる前に、100点近くになったらしたいことがあるとは言ってたけど、こんなのに付き合わせるのは最後にしてくれよ」
その2人の会話もどこまで本心か分からない。
言葉やラフプレーは相手の神経を逆撫でする花宮真に近いが、決定的に違うのは格下や同格の相手を動揺させたり、痛め付けるためなどではなく、同格と格上の相手を倒すためのものであること。
金剛阿含は数多の高等技術や人類最高峰の才能がありながら、容姿に振る舞いで威圧し、トラッシュトークといった盤外戦術を磨き上げている。
「(卑怯と呼ばれかねない小技まで習得するその向上心と、手段の選ばなさは一体どこからくる……?
『キセキの世代』の誰に持ち掛けたところで、盤外戦術の習得に時間を掛ける者など誰一人としていないだろう。
それこそ
才能の権化でありながらどこまでも手を抜かず、道化となってでもこちらを最大限油断させにくる。
その徹底した勝利への執念は赤司には無いものだ。
『勝つことしかしてこなかった赤司征十郎だからこそ、勝者としての美学がある。だが、金剛阿含にはそれがない……いや、あるのだとしてもボク達とは見ている視点が違うのだろう。
奴は勝利を掴むためならばどんな技術でも習得し活用する。そんな飢えた獣のような貪欲さがある。
信じられないが、おそらく勝利をすることへの強迫観念から生まれたボクと、同じかそれ以上に勝利をすることに渇望しているはずだ』
「(勝利への渇望が劣っているだけではなく、名門赤司家の人間という枷があるオレでは、奴の見ている景色は見られないか……)」
生まれてから群れの中で君臨することが当たり前だった獅子と、目につく敵を一匹残らず食い殺し這い上がってきた獅子。
どちらも能力と才能に違いが無いのだとすれば、安泰の中で生きてきた獅子など、生きるか死ぬかの最前線で戦い抜いてきた獅子を相手にすれば噛み殺されるだけだ。
「(……だが、それだけではない。ただの孤高ならば戦略でどうにでもできた───飢えた獅子の獰猛さと生き物としての格の差を理解しながらも、
荻原の厄介さを正確に読み取り赤司は険しい顔をする。だが、戦力分析の間違いを反省するのは試合が終わってからでいい。
今は切り替えて、ただ勝つことだけを考える。
「マジ、かよ……連続得点だけじゃなく、狙ってゾロ目にするとかどんだけ余裕がありやがるんだ……」
「(まず、こちらを対処しなくてはな)」
あの余裕綽々な振る舞いから、阿含の言葉を信じてしまったのだろう。いつもの彼ならばありえないことだが気圧されているようだ。
「(しかも、そうなった要因が自分が出したボールとなれば、そのダメージは計り知れない)」
ならばこそ、新キャプテンとして彼に言わなければならない。
「───問題はない」
「!」
「オレ達、帝光の勝利が揺らぐことなどありえないのだから」
言葉だけではない。行動を持って示す。それこそが、帝王の振る舞いだ。
例え、勝利への渇望で劣っていても、群れの王としての矜持まで捨てるつもりはない。
・ミスディレクションオーバーフロー(視線誘導反転過剰濁流)
原作に無かったので適当な漢字を当て嵌めました。