金剛のバスケ+10cm 作:藤原わさび
あの帝光相手に善戦するどころか、どちらが勝つのか分からないシーソーゲームを繰り広げる光景に、会場に集まった観客の目は自然に奪われる。
『キセキの世代』が率いる帝光中学バスケット部は、歴代帝光中学バスケット部の中でも間違いなく最強の黄金世代だった。そんな黄金世代が逆転を喫するかもしれない歴史的な瞬間。
その熱戦に観客のボルテージはこれ以上無い程に高まっていた。
「す、すげー!この終盤でどっちも一切手を弛めてないぞ!?最後まで殴り合いをする気だ!」
その心躍る展開に観客席から喝采が飛ぶ。そして、それはベンチに下がった黄瀬も同様だった。
「いや、でもあの状態の金剛っち相手に対等に渡り合えてるっスよ!?これならこのまま押し勝てるんじゃないっスか!?」
その計算され尽くした鮮やかな手腕に、黄瀬が喜色の籠った声を挙げた……が、すぐに否定される。
「バーカ、そんな簡単な訳ねーだろ。赤司のPGとしての能力は全国屈指だが今は使える手札がもう残り僅かだ。追い詰められてるのは圧倒的に俺達なんだよ」
盛り上がる黄瀬を青峰は即座に否定する。阿含と赤司の1on1から視線を外さずに青峰は続けた。
「今のテツをその場から動かさずに使うあのやり方も、前もって分かっていれば金剛のことだ、すぐに対応してくるだろうよ。しかも、馬鹿げたスタミナを持つ金剛だが体力を大きく消耗する筈の『ゾーン』に入り続けてる。
あれはもう、自分の能力の倍の力を出せるアイテムを、無制限で1人だけ常に発揮できるようなもんだ。それに付き合わされる赤司からすれば堪ったもんじゃねーだろうぜ」
赤司に不可能とは言えないがPGのポジションで、あの阿含と息も吐かせないような攻防を繰り広げることで、体力と精神力が大幅に消耗させられるのは想像に
実際に、青峰は試合であれほど大量の汗を流しながらプレーをする赤司は初めて見た。
「この試合の勝敗が決まるかどうかの局面で、極限の集中状態に入ってる相手が常に目の前に居るんだ。そのプレッシャーは尋常じゃねー。並みの奴なら相対するだけで精神力と体力がゴリゴリ削られて、とっくの昔にベンチに下がってる。まあ、その辺りは流石は赤司ってところだな」
しかも、それがあの金剛阿含だというのだから、その威圧感は想像を絶するほどのものだろう。一瞬の気の緩みが敗北に繋がる怪物を前に、1つのミスも許されない状態で向かい合い続けるその精神力の高さは計り知れない。
そんな中で次々と新しい策を編み出し、それを完璧なタイミングと精度で実現し続ける赤司の能力は、未だに中学生とは思えないほど突出している。
「……まあ、それも奇跡的っつーかなんつーか。この試合展開そのものが違和感しかなくて俺には気持ち悪いくらいだがな。それに関しちゃ赤司も同じだろうけどよ」
「え?気持ち悪いっスか……?」
黄瀬がその言葉に理解できずに尋ねる。
「明らかにおかしなことが起きてんだよ。それが赤司の策の成功率をぐっと引き上げてやがる」
「「おかしなこと……?」」
黄瀬と桃井が口を揃えて言う。それこそ、2人からすれば今の状況は綱渡りも良いところだ。全員が全員力の限り全力を振り絞ってコートに立っている。
それこそ、阿含も見る限り怪我をしている様子がないため、
「黄瀬はともかく……さつき、お前まで忘れてんのか?テツの『
「「あっ……」」
影の薄さが失くなれば黒子は並みよりも下の選手でしかない上に、今の阿含に対抗できる策の大部分は黒子の影の薄さを利用したもの。
本来ならば、既に追い付けないほどの絶望的な点数を付けられていないとおかしいのだ。
「でも、それなら何で……?今のテツ君は『
今まで隠れていた10人目が突然現れたようなものだ。否が応にも認識できてなければ不自然だ。実は、赤司と黒子はそれを利用した策も考えていたのだが、今の今まで使うことなくここまで試合が進み、彼ら自身もそのことには疑問を抱いていた。
「……これは俺の想像になるが、金剛の奴は俺達……『キセキの世代』を。それもスタメンの俺達5人を強く意識してるんじゃねーか?」
「青峰君達を……強く?」
本当にそうだろうか?と桃井は疑う。
それこそ、帝光の選手を侮辱したかのような呼び名を言ったり、見下す発言をしていた阿含がその様なことを思うのはらしくないと桃井は思うのだ。
個人的な事を言うと、『みんなを馬鹿にして許せない!』という感情が6割。『よく言った!』という感情が4割ある(この3割は黒子の
青峰はガシガシと頭を掻いて、本人も納得していないかのような口振りで言う。
「そうじゃなきゃ、説明が付かねーんだよ。認識としちゃあ、いきなりコート上に新しい奴が現れたことと大した違いはねぇ。テツのことよりも他の奴に意識が向き続ける理由があるとすれば、それだけ特大の警戒を俺達にしてるってことだろ」
それしか理由がない。だからこそ、青峰は納得がいかない。
「……だが、言っちゃあ何だが、俺も黄瀬もベンチに下げさせた上に、まだコートに居る紫原も既にほとんど完封している。その上、あとファール1つで紫原を退場まで追い込んだからな。もう、そこまで警戒するほどじゃねー状態だ。
それこそ、まだ何の憂いもなく戦えるスタメンは赤司と緑間だけ……それにも拘わらず、金剛の奴は未だに赤司と緑間に対する、最大限の警戒心を微塵も解いちゃいねーのさ」
全国の決勝だから集中力を切らさないというには、
「でも、実際に緑間っチの3Pシュートは防げていない訳だし、赤司っちの策だって上手くいってるっスよ?警戒するのは当たり前じゃないっスか?」
「だーかーら、それがそもそもおかしいんだっつーの!テツの影の薄さが失くなるってことは、要するにコートに突然部外者が現れたようなもんだ。消えていたライトが突然目の前で光れば、誰しもが目を引かれるもんだ。俺もさっき初めてテツから話を聞いただけだが、もしも本当にそんなことができればあの阿含でも無視はできねーよ。
それにも拘わらず、金剛の意識をテツに集められていないということは、赤司や緑間がそのテツ以上に明るく見えるってことなんじゃねーの?」
これが青峰が出した結論だ。
もし、『
「当たり前のことだが、金剛が今まで音で拾ってたテツを目で見えるようになれば、もう金剛が耳で追う必要はなくなる。全てを視覚に集中できるならあの赤司でも金剛相手じゃ、一方的にやられちまうだろうな。それこそ、テツの奥の手を使っても体力的な問題で持続は難しいだろうしな」
『ゾーン』に入り続ける阿含と、身体がまだ出来上がっていない赤司が渡り合える理由はそれだった。視覚と聴覚を鋭敏にすると言うことは当たり前の話だがそう簡単ではない。
もし、これまで何度も阿含が『ゾーン』に入っているのならば、阿含ならば息をするようにできたかもしれない。
しかし、阿含が入ることができたのは今日が初めてだ。
理論は組み上げていたが、それをぶっつけ本番でやることは流石の阿含でもその調整は簡単ではなかった。
「そうなりゃ、今のスタミナが大幅に減った赤司の動きを金剛が捉えるくらいはできて当然だ。赤司さえ封じちまえば緑間へボールが渡るパスコースも少なくなって、緑間を無力化することもできる。
つまり、金剛がテツのことを視線で追えるようになれば、赤司でもできることはそう多くはねーんだよ。それこそ黄瀬が下がってから20点差を付けられてても不思議じゃなかったと思うぜ」
だからこそ、ここまでたった1人で自分達に圧勝しておいて、未だにそこまで警戒する理由が見えないのが青峰の本音だった。
1人だけ最高のパフォーマンスが落ちずにいる無尽蔵のスタミナ。
+
今なお続く『ゾーン』状態における動きの冴え。
+
相手の帝光のメンバーは開始直後に比べて、どの選手も明らかに戦力が落ちている点。
ここまで、有利を得ていて逆に何故ここまで警戒ができるのか。青峰にはそれが分からない。
「おかしな話だ。
だが、それはあり得ないことだ。ここまで下馬評を覆しておきながら、同じチームメイトや会場に居る誰よりも、自分達を信頼しているなど余りにも馬鹿げている。
「アイツには一体何が見えてやがんだ……?」
◇◇◇◇◇
「(本当に面倒臭い奴らだなカス共がッ!どうせ、『ゾーン』やらなんやらまだ残してるのは分かってんだよ……!)」
端的に言うとここまで上手く行き過ぎたことが、阿含を疑心暗鬼にさせていた。確かに、黄瀬の擬似『
「(原作知識っていうチートをしてるとはいえ、この天才共が俺の想像を超えてこない訳がねえ。第一、お坊ちゃんが『究極のパス』による『チームメイト全員ゾーン化』をして来ない?『
今までが全て予想通りの動きだったことが、
だからこそ、阿含はこう考える。
───赤司は『究極のパス』と『
実際は緑間に『究極のパス』をすることで手一杯であることと、『神速のインパルス』を持つ阿含の裏を掻くことに全力を捧げているため、そのような余裕が一切無いだけなのだが、赤司ならばやって当然だという思考がその客観的な事実に蓋をしていた。
そして、懸念事項はそれだけではない。帝光中の赤司が『チームメイト全員ゾーン化』をすることができるのなら、最悪の化け物が生まれかねない。
「(原作や映画でもなかった緑間の『ゾーン』……そんな無法を解禁されれば敗北する可能性が出てくる。唯一、何が起こるのか正確に予測不可能なパターンだからな)」
阿含からすれば緑間という常に最高打点を叩き出すチーターがまだコートに居て、その性能を最大まで引き出すことが可能なバッファーまでまだ居るという、何一つとして気を抜けない状況なのだ。
油断も慢心もできる訳がなかった。
「(俺も【アイシールド21】で蛭魔がやった『最後のプレーは観客を使う』を忘れるとはな……チッ、疲労と緊張で思考が回ってねえのか?)」
これは見破ることはできた筈だ。その策を既に知っているのだから。観客に声援を促すように見せて、プレーを既に始めていることを気付かせないアメフトのインモーション。
【アイシールド21】の作中に出てきたプレーだ。あの蛭魔の奇策を知っておきながら、観客の声援がブラフであることに気付かないなんて流石に馬鹿過ぎる。
「(身体だけじゃ足らねえ。頭も回し続けろ。『金剛阿含の肉体』ならその程度はできて当然だ)」
もし、それができないのなら俺に問題がある。言い訳なんてできるわけもない。コートにあるもの、無いもの、全てを把握しながら先の先を読まないと勝てやしない。相手はそんな化け物集団なんだから。
「(つーか、カスザコはあれだな……本当にザコだな。ぶっちゃけ、漫画やアニメの狂犬具合とやらかし具合を知ってるからか、直接目にしても
地味だ地味だと言われてはいたが、本当に地味だし影も薄い。しかし、黒子テツヤという存在を知っているからか、その知識と比較してしまい『どれだけ目が慣れても地味な奴』としか認識できないでいる。
「(まあいい。死にかけのクソザコさえ気を付ければこの20秒をボールキープすることは可能だ)」
赤司が何故22秒残したと言えば、黒子のスティールを目的としたことは明白だ。影が薄くいつ現れるか分からない人間相手にボールキープは難しいように思えるが、いつ倒れてもおかしくないガス欠間近だとすれば対処は容易い。……さらに、
「大丈夫だ!金剛ッ!黒子は俺が見張っておく!」
「くっ……荻原君ッ」
「他の奴のスーパープレーで分かり辛かったけど、もうしっかりとお前が見えるぜ、黒子!最後の1秒までお前に仕事はさせねーぞ!」
荻原が他の全てを無視して黒子に注意を向ける。いつもの黒子ならばその視線を逆手に取ることも可能だろうが、完全に影の薄さが失くなった黒子が相手なら、特殊なケースである阿含を除けば視認し続けることは容易い。
それはつまり、この最後のプレーでは荻原は攻撃に入らないということを意味しているのだが、今の状況を見るとそこまで不都合な事ではない。
体力が既に1割近くなってしまっている帝光メンバーが相手ならば、『ゾーン』状態の阿含でも勝算は高いからだ。
「ククク……終わらせてやるよ。カス共」
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